推しのいる世界で
──もしも異世界に転生したら。
今やアニメの2本くらいは転生ものなんじゃないかというくらいありふれた文化になった時代において、少しでもそっち方面をかじっていれば一度は考えたことがあるであろう妄想。
なんならこういう入りもありふれたものじゃないかなというくらいのそれだが、みんなならどんな世界に行きたいだろうか?
自分も知らないような世界? それともゲームの世界? アニメ・漫画の世界?
どれも想像するだけで楽しそうだなという感想になるかなと思うが、俺にとって1番行きたい場所は漫画の世界だ。
なぜ? と問われればそんなのは単純。
その漫画に俺の最推しがいるから。ただそれだけ。
当然、「漫画・アニメ等で1番好きな子は?」と質問された場合。「1番なんて決められん!」と言う人もいるとは思うけど、俺は不動のナンバーワンがいるタイプだった。
だから他の作品にも行けたら嬉しいけど。行く場所を選べるなら間違いなく最推しがいる場所に行くぞって話。
まぁ、そんな上手い話がこの世の中にあるわけないよな。
だって異世界転生は万が一、億が一起こるかもしれないけれど、その世界が漫画の世界だなんて普通あり得ないだろう?
その世界は創作の中のものであり、現実にはないものなんだから。
──そんなふうに思ってた時期が俺にもありました。
「なーに話してるのん?」
「わわっ!?」
とある喫茶店にて、話し込んでいる女子高生二人を見つけた俺は意気揚々と声をかけていた。
「なんでここにいるのよ?」
睨みつけながらそんなことを言うのは高橋理佐。
長い髪と切れ長の目が特徴の美人さん。クラスでも人気の女子だか、ちょっぴり怖いという理由で告る人はいない模様。
でも友達思いのすっごくいい子で、人気投票でもずーっと上位の子だった。
そしてそんな高橋理佐ちゃんが睨みつけながら庇おうとする後ろで「あわあわ」と見ていた本を片付けようとしているのは英ひな。
ボブカットでタレ目ガチ。性格も控えめで引っ込み思案という、高橋理佐と真逆のタイプと言う感じ。
でも、こっちもこっちですっごくいい子。
何より、誰よりもずーっと一途に好きな人を思い続けてるいじらしい子だ。
……なんて、平然を装っているが、ひなちゃんを見ている俺の内心はそれはもう荒れ狂っていた。
どんなふうに? それは──
ひなちゃん本見られたかどうか慌ててるのかわいすぎほっぺ赤くしちゃってまぁいつもいつも顔赤くしちゃうんだからあらまぁちょっぴり涙目?しかも泳ぎまくってるし相変わらず恥ずかしがり屋さんなんだからそれにしても今日も髪つやっつやで綺麗だし瞳も潤んでいるからいつも宝石みたいだけどより綺麗だなさらにさらに──
「なんで!ここにいるの!」
脳内暴走していたら高橋理佐ちゃんに怒られてしまった。ここはいつも通り戯けましょうか。
「おぉっ、怖い怖い。いやぁここは気分転換によく寄ってるからさ。たまたまだよー?」
ちなみに最後の「たまたまだよー?」は嘘。
ここの喫茶店に今日この二人が来るのは知ってたから今日ここに来た感じだ。
そりゃ推しに会える可能性があるなら会いに行くでしょう?
さてさて、ここまで来たらだいぶ察してきたと思うけれど。俺──結城拓夢はなんと推しのいる漫画の世界に来ていたのだ! いやぁ驚いたね。
「本当にたまたま?」
「さぁねぇ高橋さんが疑うのならどうぞ?」
「…………まぁいいわ。どこか別の席に行きなさい」
「おっとそいつは冷たくないかい?」
理佐さんが極寒の如く視線を向けてくるが、俺は椅子を持ってきて何食わぬ顔で座る。
「女子同士の会話なの。はっきり言うわ。邪魔よ?」
まぁそりゃそうだよね? 当たり前だと思うわ。俺でも普通にうぜーわって思う。
でも、それもこれで最後だから許してほしい。
「まぁまぁいいじゃないですかー。バレンタインの話をしようとしてたんでしょう? 男の俺がいた方が得すると思うよ?」
本当に、これで最後にするから。
◆
漫画「ゆめこい」は他人の悪夢のみ除くことが出来てしまうという特異体質の主人公──佐々木博人が、悪夢にあっているヒロインを助けることでフラグが立っていくと言うもの。
最初は夢の中だけ助けるんだけど、その悪夢は基本そのヒロインたちが現実世界で困っていることが、夢の中にまで反映されていることに気がついた主人公が現実でも助けようとなんとかするというものだ。
ひなちゃんも理佐ちゃんも悪夢を助けられたヒロインで、まぁ普通に主人公に好意を持っている。
ここでのミソは「主人公は悪夢しか見れない」ってことなのよな。だからヒロインたちが主人公を愛しいと思って夢を見るとかは出来ず、好意を持っていることは分からない。
ま、それももうすぐ終わるだろう。
「博人がどんなチョコ欲しいか気にならない? 俺ならあいつの好みとかは割りかし把握できてるよー……去年は失敗してたみたいだしね」
「…………」
「…………」
実はこの二人、去年は手作りチョコを博人に渡すことが出来なかったのだ。
去年は博人含めて俺たちがバレンタイン時期にゴタゴタとしたイベントがあった感じなんだよな。それもあって二人はチョコ作りが出来ず、市販のチョコをあげたのだ。
確か一度チャレンジしたけど失敗してたはず。
それが二人は悔しくて、今年はリベンジすると誓ってるわけだね。
そんな中でこの話なんだから、二人にとっては渡りに船だと思うのよ。
まぁ、俺のこの行為は意味ないけどね……
「……はぁ、隠しても無駄ね。ひなはいい?」
「う、うん……もう結城くんにはバレてるしね」
「やったね! 試食は俺に任せて!」
「どうせそんなこったろうと思ったわ」
おちゃらけながらも内心ではホッとしていた。
本当にこれが最後になるだろうからね。
「俺はねー。かなり甘いもの好きなんだよねー。あっでもフルーツ系も微妙かも。好きなチョコケーキはガトーショコラかな? うーん悩むなぁ」
「あんたの話は聞いてないわよ!」
「あ、そう? せっかく色々教えてあげようと思ったのに……」
「あははっ、相変わらず結城くんは面白いね」
「ひなはこいつを甘やかしすぎよ! 別に面白くないでしょ!」
「理佐ちゃんはひどいなぁ」
「っ!? 名前で呼ぶな!」
「ふふふっ」
そこからは真面目に博人の好みを教えて…チョコ作りをスタートした。
ちなみに博人とは幼稚園の頃に俺が強引に友人関係を結んだ。理由は単純。そうすることでひなちゃんとの会話が増えるからだ。
ひなちゃんと理佐ちゃん、博人と博人の親友、そして俺は幼稚園からの友人ってわけだ。
だから博人の好みはしっかり把握できている俺に死角はないのである。
「うーん、とりあえず出来たけどどうかなぁ?」
場所は変わってひなちゃんの家。ひなちゃんと理佐ちゃんは今、フォンダンショコラを作っている。
中からとろとろとしたチョコが溢れ出るのが特徴のチョコケーキだ。
「はーい! 味見するよー!」
「……結局あんたはそれがやりたいだけじゃない」
「理佐ちゃんは厳しいなぁ」
「名前で呼ぶな」
おちゃらける俺とは対照的に二人は真剣だ。
まぁ当たり前だろう。理佐ちゃん、、ひなちゃんがこのバレンタインにかける思いは強い。
ひなちゃんは特に今回のバレンタインで博人に告白しようと考えてるからね。
修学旅行も終わり、さまざまなイベントをくぐり抜け、来年度はもう受験生。
正直このタイミングを逃したら、後々ズルズルと何事もなく進んでしまうことも普通にあるのだから。
「どう?」
「うーん……うん、さっきに比べてぐんと美味しくなってる!甘すぎることもないと思うし、よく出来てると思うよ」
「ほんと? 良かったぁ」
「あとはイチゴを上に乗っけて粉砂糖を振りかければ見栄えも良くなりそうだね」
「うん!」
俺はフルーツ系が苦手なのでケーキ部分のみを食べたが、それでも十分美味しかった。
どうやら去年はは計量を雑にやりすぎたのが原因でダメだったようだ。
思ったよりも二人ともお菓子作りは苦手らしい。
今日も一回目の挑戦の時は「まぁいっか」と言い続けてなんとも微妙な感じになってしまったからな。
俺も別にお菓子作りが得意ではないんだけど、だからこそ二人が適当すぎてびっくりした。
漫画の設定なのかな? まぁお菓子作り上手だったら去年も渡してたから、ストーリー上困るって事で多分そう言う事なんだろう。
でも今年は上手に作ってた気がする……いやちょっぴり不恰好だったか?
「結城くんありがとう。計量って細かい感じでちょっと苦手だったんだよね。理佐もそうでしょう?」
「まぁ、そうね。料理は大体で出来ちゃうから、甘えちゃってたかも」
なるほどね。そういうのもあるのか。
スイーツは分量が命って言うのは結構有名な話だけど、さっきも言った通りストーリー上の関係なのかな?
まぁ何はともあれ練習が上手くいってよかった。
バレンタインは一週間後。
もう少し練度を上げる形になるだろう。
「味見役はお任せあれなのでいつでも呼んでねー」
「……もう何も言わないわ」
「わーい。公認だー」
「ぶん殴りたくなるんだけど」
「おお怖い」
その後はわりと普通の日々が続いた。
理佐ちゃんの都合が合わない日もあったけど、基本的にはひなちゃんと3人で練習する形だった。ま、俺は基本的には味見役でしたけどね。
そんなこんなでバレンタイン当日がやってきた。
「ううっ緊張するー」
「まぁ、なんだ。そこに関しては頑張れとしか言えないな」
放課後、俺が博人を「何個チョコもらったか勝負しようぜー」と呼び出したところにひなちゃんが行くと言う流れになっているのだが……吐きそうな顔してますね。
ちなみに場所は俺たちが住んでる学区近くの公園。今じゃほとんどの遊具が撤去されてしまった場所だ。
……昔はみんなであそんだよなぁ。
……楽しかったなぁ。
今は理佐ちゃんが用事があると言って先に家に帰っていて、ひなちゃんと二人きりだ。
ちなみに博人の親友は親友でフラグが立っててそっちに行ってる。
…………。
「ねぇひなちゃん」
「な、何?」
本当に余裕が無さそうだなぁ。かわいいなぁ。
「ひなちゃんは可愛いよ」
「へ?」
本当は言うつもりはなかったんだけど、どうにも気持ちが溢れてやまなかった。
「ひなちゃんは確かに引っ込み思案だけど、いつも他人を思いやってて。ずーっといい子」
「へ? へ?」
「そんなひなちゃんの良さはみんな知ってるし、みんな愛しいと思ってるんだ。もちろん俺も博人も」
「あ、あの」
「そんなひなちゃんが一途に思ったら、心動かない人なんていないと思う。だから自信を持ってぶつかってきなよ」
「…………」
「ごめん。なんか上手く言葉にできないや。でも俺は応援してるから、頑張って! もしあいつが振るなんてことあったらコークスクリュー決めてやるから」
「……ありがとう」
最後の方はぐちゃぐちゃになってしまった俺の言葉に、ひなちゃんは真剣に答えてくれていた。
俺の言葉が伝わったか分からないけど、吐きそうな状況は突破出来たみたいだね。
もう少しで公園に着く頃合いだ。
俺はそこで立ち止まる。
「じゃあ、頑張って!」
「うん!」
ひなちゃんの目にはもう怯えはなかった。
そのまま俺を置いて公園へと向かっている。
「…………」
俺は反対を向いて家に帰った。
◆
「はぁ……これで、最後か」
ひなちゃんが博人に告白するこのイベントで、博人とひなちゃんは付き合うことになる。
だから男である、ましてひなちゃんを推している俺が必要以上に近づくのはダメな行為だ。
「──最初はただ推してただけなんだけどなぁ……ん?」
思わず感傷に浸るような気持ちになったところで、インターホンが鳴ったのが聞こえた。
俺の両親は共働きで誰もいないから俺が出るしかないんだよな。……正直気分じゃないんだけど。
とりあえずインターフォンで誰が来るのかを確認……理佐ちゃんだった。
「理佐ちゃん? どうしたの? 用件があったんだよね?」
『入れてもらってもいいかしら?』
「? わかった」
何故来たのかも用件も分からないが、断る理由もない……というか断れる雰囲気でなかったので入れることにする。
「……いらっしゃい」
「どーも」
とりあえずお茶を出したのだが、どうにも意図が読めないな。どういうこと?
そんな事を思っていると理佐ちゃんが口を開いた。
「ひどい顔ね」
「…………そう?」
「えぇ、まぁあんたがそれを望んでたみたいだから何も言わなかったけど」
「あー」
こりゃあバレてたっぽいすねぇ……
そう最初は推していたはずだった。
だけどねぇ……推してるってことは大好き……で表せないほど大好きってことじゃないですか。
「まぁずっとひなちゃんの気持ちは知ってたから応援することしか考えてなかったんだけどさ……」
そんなん自分の彼女になってくれたらなぁって思いますやん。
「博人も博人でひなの気持ちを気付かないのはおかしいけど、ひなはひなであんたの気持ちに気付いてないのが阿呆よね」
「まぁ博人はともかく、ひなちゃんは博人の事で一杯いっぱいだったろうし」
「ふーん」
「ところで理佐ちゃんはどうしてここに?」
これ以上考えると泣けてきそうだったので話を変えることにした。
まぁ元々気になってたしね。
「聞きたいことがあってきたのよ」
「聞きたいこと?」
「そうよ。あんだけひなのことを好き。それこそ、大好きどころか愛してると言ってもいいくらいだったあんたなのになんで、なんで自分に振り向かそうと思わなかったの?」
「…………」
話を変えようとしたけど失敗したみたいだ。それどころか鳩尾を抉られるような感じする質問という……
「私から見たら、ほんっとうに……それこそ博人なんかよりも、何倍もひなのことを思っているようにすら見えてたの」
「うん」
「博人に負けないって思わなかったの?」
確かに、理佐ちゃんがそう俺を評価しているなら、そんなふうに思わないこともないのか?
でもこれは……言ってもわからない気がするなぁ。
だって俺は、この後の告白で二人が結ばれるのを知っている。
それ以前にどのようなイベントが起きるのかも知ってたし、この世界がそうなることを知っていた。
……簡単に言えば、どれだけ愛していても、俺はひなちゃんたち「物語の登場人物たち」から見たら「蚊帳の外」みたいなものだと思っていたのだ。
いや、実際そうだったと思う。
だって俺がどれだけひなちゃんを愛していたとしても、どれだけ彼女たちに今回のようにうざ絡みしに行ったとしても結果は変わらなかったのだ。
今回のバレンタインへの協力だってそう。
本来この漫画に俺みたいな「部外者」が関わっても、ほんの少しチョコの出来が良くなったくらい。
彼女の愛は変わらなかった。
ずっと自分が「外側」の人間だと思ってたら、中に入ろうなんて思わないだろう。
なにより……
「博人の事を考えて必死に頑張る彼女を見て、俺は好きになったんだよ」
そう、俺が彼女を推すように、果ては愛するように思ったの原点はそこなのだ。
「蚊帳の外」うんぬんを考えたことはあったし、愛しさが増して行くたびにそうして諦めるように促してきたけれど、俺にとってひなちゃんは博人を愛していてこそなのだ。
「だから、俺にとってひなちゃんは博人の彼女になってこそだと思ってたんだ」
「……ふーん」
そう、だからこれで良かったのだ。
「の、割には泣きそうじゃない」
「っ!?」
気がつけば理佐ちゃんが俺の前に近づいてきていて、ハンカチを俺の頬に当てていた。
「泣きそうどころか泣き始めたわね」
「な、何で……」
「そんなの、あんたがひなのことを好きだったからに決まってるじゃない」
出てくる涙に困惑しか出てこないのだが、そんな俺をあやすように理佐ちゃんはハンカチで涙を拭った。
「好きな人が別の人と付き合うのなんて、見たくもないでしょう? まして、あんたみたいに本当に愛していたやつなら、そんなん泣くに決まってるわ」
「ふ、普段は冷たいのに、今日は優しいね理佐ちゃん」
「いいから泣きなさい」
恥ずかしくなって茶化すように言うが、理佐ちゃんはまるで取り合ってくれなかった。
……そりゃそうだ。
推しだったんだ! 大好きだったんだ!
世界を跨いででも会いに行きたいと思ってたんだ! そして実際に会うことが出来たんだ! ほんの少しでも期待したくなるに決まってるだろ!
俺はその後も涙が止まらず、理佐ちゃんはそれをずっとあやしてくれた。
「ありがとう理佐ちゃん」
「別に?」
数分後ブサイクな顔になりながら感謝を述べると、理佐ちゃんはまるで気にしていないといった雰囲気だった。
「まさか理佐ちゃんにバレてたとはなぁ」
「あれでバレないと思ってる方がバカでしょ」
「手厳しいねぇ」
まぁ確かに好き好きオーラを隠してなかったと言えばそうかもね。ひなちゃんは博人にしか目線行ってなかったけど、普通は気付くか。
ともあれ理佐ちゃんのおかげで少しだけ元気になれた。これには感謝しかないだろう。
「もう帰るでしょ? 送っていくよ。あ、お茶飲む?」
丁寧にハンカチをしまう彼女を横目にそう言った。
まぁお茶を飲むことはないかな? さっきも手を付けてなかったし。
「どうす──」
「まだ私の話は終わってないわよ」
「──る?」
何が? え? 今ので終わりじゃないの?
困惑する俺を横目に、彼女は持ってきていたトートバッグの中から綺麗に包装されたものを取り出した。
「ん」
「え? もしかして……」
今日この時に、このアイテムと言ったら」
「そっ、バレンタインよ」
「え? ありがとう」
まさか理佐ちゃんから貰えるとは思ってなかった……いや、去年も義理チョコはもらえたか。
でもこんな手作りのやつをもらえるとは思ってなかったから、素直に驚いた。
「……この場で食べなさい」
出されたチョコと思われるものを受け取ると、そんな風に言われてしまった。
そう言われれば、本日の恩もあるし何より断る理由がない。
テーブルについて、丁寧に包装を解くと中には……
「ガトーショコラ?」
え? 何で? だって理佐ちゃんもフォンダンショコラを作ってたよね? いや、実は何度かいなかった時もあったけどだとしても……
「なんで?」
「いいから食べなさい」
「は、はい」
有無を言わせぬ圧力に負けて、俺は包装の中に入れられたプラスチックフォークを取って口に含む。
「……美味しい」
「そ」
ガトーショコラのしっとりとした食感と濃厚なチョコの風味、甘味が口に広がって、しあわせな気持ちになってくる。
理佐ちゃんも俺の反応に満足そうだ。
でもやっぱりおかしいよね? 何で?
美味しさと混乱とで頭ん中がぐちゃぐちゃになった俺をよそに、理佐ちゃんは語り始めた。
「私の意見としてはね? やっぱり好きなら振り向かせたいと思うの」
「……うん」
「あんたのひなは博人と付き合ってこそ。まぁ意見としてはわからないわけでもないけどさ。それに私もひなを応援してたしね。分からないことはないのよ」
「……うん」
「でもやっぱり私は好きになった人は私と恋人になってほしいと思うし、そのための努力をしたいと思う」
「うん?」
あれ? 理佐ちゃん好きな人いるの?
いや、漫画では普通に博人のこと好きだったはずだよね。
ん? だとしたらおかしくない? 博人のことが好きで、振り向かせたいならこんな所いないよね? しかもさっき応援したいって言ってたし?
「──ガトーショコラ、好きなんでしょう? 美味しかった?」
「え? うん」
「私は例え好きな人が別の人を好きでも、振り向かせるつもりなの」
「は、はぁ」
「まだ分からない?」
ま、待て。この流れって──
「拓夢、あんたのことが好きよ」
混乱する俺をよそに理佐ちゃんは畳み掛けてきた。
「ひなのことを愛していて、誰よりも大事にする姿を見るあんたを見て、あんたが彼氏になったらどれだけ大事にしてくれるんだろうって思ってた」
「あ」
「おちゃらけているように見えて、誰よりも真面目に真摯に振る舞う姿。あんたのことが気になってる女子がいたりして、嫉妬したこともあったのよ。もちろんひなにはかなり嫉妬したわよ」
「あの」
「……博人の悪夢を見るという特異体質。助けられた私でさえもちょっと怖いとすら思うのに、あんたは怖がるどころか積極的に協力しようとしてる姿にも驚いて、りの好きになったのを覚えてるわ」
「えっと」
「あんたがひなと付き合うつもりはないと思ってたからしばらく待ってたけど、バレンタインでいきなり割り込んできた時は焦ったわね。もしかしたら告白するんじゃないかって。でも途中でそれがないって分かったから、今日まで我慢したわ」
「…………」
多分俺の顔は真っ赤だろう。
だって俺のことを甘い視線で見つけながらそんなことを言ってくるんだもの。
な、なんで? 理佐ちゃんは博人の事が好きで、でもひなちゃんのことを応援したくて諦めるという展開だったはず。
は? それが俺を好き? 物語の登場人物ですらなかった俺が?
混乱する俺をよそに理佐ちゃんは言った。
「例え今もあんたがひなのことを好きでも、絶対に振り向かせるから、ここから覚悟しなさい」
物語の外側で、推しに恋して、そしてそれが今日、終わったはずなのに。
俺と言う異物が絡んでもストーリーに影響なんて無かったはずなのに。
どうして、こうなったんだ?
俺の困惑をよそに、今まで極寒の如く冷たい目でしか見てくれなかったはずの彼女は。
甘い、フォンダンショコラのようにトロトロとした、でもガトーショコラのようなしっとり濃密な瞳で見つめてくる。
「とりあえず、ホワイトデーのお返し期待してるわね?」
そう言う彼女に俺は、今後尻に敷かれる未来を思わず幻視してしまったのだった。
理佐ちゃんだけ補足
漫画での博人の好き具合は、ひなちゃんほど大好きと言うわけではなく諦められるくらいだった。淡い恋心?にすらなっていたか怪しいレベル。
それよりもひなちゃんのことをとっても大事にする博人にガチになったと言う感じ。
誰かを真摯に愛してその人のために行動するのって綺麗だなと思ったので書いた感じです。