第9話 過去の事件と潜入計画
「送信完了……っと」
そう小さく呟いて、デスクの上に携帯を投げ出すと、マグカップのコーヒーを飲み干す。
カナから受け取った“日程”――時間割表によれば、そろそろ授業も終盤に差し掛かった頃だろう。
とりあえず、頼まれていた事はこれで終わり。
――後は……
「お疲れさまです」
不意に声をかけられ振り返ると、丁度スーツ姿の若い男が研究所に入ってくる所だった。
その男は、入って来るなり室内を見渡し、俺の姿を確認すると手を挙げながら声をかけてくる。
「あ、いたいた。 先輩、頼まれてた奴、用意できましたよ」
「あぁ、ありがとう。 無理言って悪いな」
その男は、いえいえーと笑いながら黒いファイルがいくつも入った紙袋を差し出してきた。
「とりあえず、言われた通りに持って来てますけど、こんなのどうするんです?」
「……ちょっと調べたい事があってな」
紙袋を受け取り、中の一冊を手に取ってパラパラとめくって目を通しながら返事をする。
「まぁいいですけど、終わったら二課に持って来てください。 それじゃ僕はこれで」
そう言って部屋を出て行く男を見送ってから、デスクに向き直り、紙袋の中身を広げてみた。
「ここ20年で失踪事件が3件、死亡事故が1件……おいおい、結構曰く付きなんじゃないか、あの土地」
資料によると、事件をきっかけに、そこに建っていた学校が閉校になり、新しい学校が建てられる……と言う事が2度あったらしい。
最初は小学校。
同小学校の卒業生でもある中学生3名が、夜の学校に肝試しをしに行って崖から転落死……
学校が山頂近くで、少し道を外れると深い森になっているため、警察は暗い中で足を滑らせ転落した“事故”と断定。
これを受けて、学校側は土地の整地をする名目で閉校。
当時、山頂に立っていた校舎を取り壊し、山の中腹から上部を平らに整地して、そこに新たに高校を設立。
校舎も広く、学生寮もあり、7年に渡り高い実績を残して来たが――
「――今度は失踪事件……」
当時の学生、男女4人が「校舎で肝試しをする」と友人に言い残して、夜中に寮を抜け出し、そのまま行方不明。
全て施錠したはずの校舎の窓が、一カ所だけ開いていたと言う事務員の証言を元に、校舎内・外含め警察が捜索したが、手がかりは無し。
その後、再び閉校となり、新しく大学を設立する計画が立案。
現存の設備や校舎を取り壊すための業者が入っていたが――
「――ここで再び失踪事件」
消えたのは取り壊し業者のうち、校舎を担当した3人の内の一人。
他の二人の証言によると、失踪する数日前から、夜の校舎内に火の玉が見えたり、ピアノが鳴ったりと言う現象が起きていて、それを確認すると言って夜中に校舎に向かったまま帰って来なかったらしい。
今までの事件の事もあり、悪霊が住み着いている等と言う話が業者内に広まって、校舎の取り壊しは中止。
校舎と並木道の一部を残したまま今の大学が建てられた。
「――そして、次が約半年前。 ……これがカナ達の言ってた事件か」
件の大学に通う男女2人が、夜中に問題の旧高校校舎を調査すると友人に言い残して、そのまま失踪。
警察が捜索したが、消えた2人が調査と称して訪れたはずの校舎は、全ての入り口、窓に鍵がかかったままで、外部から侵入した形跡は皆無。
さらに校舎周辺には足跡すら見つからなかった。
大学側の要請もあり、捜査は公にせず、秘密裏に行われたため、捜索は難航を極め、手掛かりすら見つからなかった事もあり、警察は捜索を断念。
警察では、これまでの事件を知った2人が、駆け落ちの口実に“失踪"を利用したのではないかと言う見解も出ていたが、大学側は、“廃校舎に関わると失踪してしまう”と言う様に考え、警備会社との契約を24時間体制に直し、警備の強化を図った。
「……4件の事件で被害者が10人……か。 それも――」
事件が起きるのは決まって夜。
そして理由はそれぞれだが、消えた全員が“校舎に行く”と言う様な証言を残している。
一体、これに何の意味が?
もう少し、しっかり調べる必要があるかもしれない――
――
――――
―――――――
「ホント、良いお店ですね」
「でしょ? 料理も結構美味しいし、完全に個室になってるから話もしやすいし」
伊坂さんの案内でやって来た居酒屋。
店内は綺麗で、部屋も引き戸に仕切られた個室。
料理もいろんな種類があって味もいい。
「……そろそろ、聞かせて貰いたいな」
東川さんがそう声を上げたのは、食事もあらかた食べ終わり、女性陣がデザートをつつき始めた頃だった。
「そうね。 鞠片さん、お願いできる?」
「分かりました。 じゃあまずは……」
そう言って、鞄からノートとボールペンを取り出し、今日わかった事などを書き込んで行く。
「学校内で起きる、窓が揺れたり、体調不良になったりする現象ですが、あれは亡霊等ではなく、人間の手による物です」
「――っ! 成功してたのね」
「……? どういうことだ?」
嬉しそうにする伊坂さん、その横で東川さんが訝しげに声を上げた。
「今日、授業が中止になる前、“アレ”が来ませんでしたか?」
「確かに、奇妙なメールが届いて、その直後に窓ガラスが振動を始めたな」
「ちょっと待って、奇妙なメールって?」
何かを考えるように、口元に手を当てながら東川さんが言った言葉に、伊坂さんが反応する。
「あれ? 祐子には来なかった? ――ほら、これ」
「な……こんなのは来てないわ……確かにあの時、加藤さんからのメールが届く前に“アレ”が来たからおかしいとは思ってたけど……」
そう言いながら、新田さんの携帯をまじまじと見つめていた。
「とにかく。 ヒロ兄からのメールが来た後、伊坂さんにメールして、その返信を見て確信したんですけど――他の教室では例のメールが届いた直後に“アレ”が来てたみたいですが、ヒロ兄に返信した後でも、私達の教室では結局“アレ”が発生しませんでした」
「マジで!? カナエちゃん達の教室だけ?」
私の言葉に、西崎さんが驚きの声を上げる。
「他の教室は見に行ってないのでわかりませんが、少なくとも皆さんの教室と、私達の教室の両隣では発生していたみたいですね」
「私達、昼休みにその仕掛けを見つけて壊してあったの。 だから――」
「壊した!?」
新田さんの言葉を遮って東川さんが声を上げその声の大きさに、私達はビクッと肩を揺らした。
「……え? いや、その、壊したと言っても、学校の“備品”としては問題なくて、中に入っていた仕掛けを――」
「仕掛けが入ってたのは、窓のストッパーだったんだけど、それ自体を壊しちゃったワケじゃないよ」
母親に叱られた子供の様に、どもってしまった私に新田さんが助け船を出してくれる。
まぁ、あの時『ミシッ」とか音がしたから、絶対壊れてない、とは言い切れないんだけど。
でも――
「――なんで、そんなに気にするんですか?」
「え? あぁ……一応、僕は法学部で法律とかを学んでいるから、学校の物をみだりに壊したら、器物損壊罪が――とか、考えてしまって。 癖のようなものだから、気にしないでくれ」
東川さんの態度が不審に思え、ジッと見つめて尋ねると、東川さんは頭をポリポリと掻きながら恥ずかしそうに「すまない……」と答えた。
「まぁ、それはいいわ。 ……とにかく、例の現象を起こす為の仕掛けは、窓の留めに隠されてたわけね?」
「あ、はい。 外側に付けられた留め具で、他とも大きさが違うからすぐにわかるかと」
東川さんの様子を見て、呆れたように尋ねてきた伊坂さんは、私の言葉を聞いて、なるほどと頷く。
それとほぼ同時。
「ねぇねぇ、カナエちゃん。 いつもならメールに返信したら~、って感じなのに、今日は届いたらすぐ~、って感じじゃなかった?」
今度は西崎さんから声があがった。
「……これは推測ですが、普段なら、届けられたメール内容を確認して、届いた場所を特定して、それから仕掛けを起動――と言う流れだったと思うんです」
「ふむ……居場所を特定するために時間が必要だから、返信されるのを待っていたわけか」
東川さんの言葉に頷いて、私はさらに続ける。
「そうです。 でも今回は、私が知る限りでもかなりの人数に一斉送信されています。 あと、内容が内容だったので、恐らく――」
「――犯人自身も焦っていた?」
「……はい。 それに、いちいち誰に送られたかを確認しなくてもいい様な状況――」
……私達のクラスでも約半数。
推測の域を出ないけど、学校に所属している学生の半数に届いていた可能性がある。
……だとすれば。
「――つまり、学校内のあらゆる場所の学生に届いていたら」
「なるほど……それで学校中に、同時“アレ”が起きた……と」
「はい……あ、えっと、想像……ですけど……うぅ……あうぅ」
伊坂さんの言葉に頷いた所で、周りの皆から視線が集中している事に気付き、自分でも分かるくらいに顔が真っ赤になってしまう。
どうも、こうやって注目されるのには慣れない。
それを見て、伊坂さんがフフッと笑ったのを合図に、皆も笑い出した。
「普段と随分イメージが変わるんだな」
「あはは。 カナエちゃん、今のめちゃ可愛かったよ~」
「……あぅ……つ、次っ! 次行きましょうっ!」
これ以上からかわれたら、恥ずかしさで死んじゃいそう。
自分自身を落ち着けるために、「こほん」と咳払いをしてから、もう一つの収穫――警備員さんについて話し出す。
「次は、桜並木の警備員さんについてです。 24時間体制で、各時間2人の計6人、一組が午後3時で終わりらしいので――」
そこまで言って、ノートに書き込んでいく。
・7時~15時
・15時~23時
・23時~7時
「おそらく、こんな感じで時間が分かれてるのではないかと」
「そんな事まで調べたのか……」
ノートを眺め、呟く東川さん。
それに応えるように新田さんが口を開く。
「調べたって言うか……例の仕掛けを見に行った時に見つかって……」
「バレたの!?」
「あ、いえ、戻る時に見つかっただけですし、ちゃんとごまかしてあります」
真剣な表情で尋ねて来た伊坂さんをなだめていると、私が書いたノートを見ていた西崎さんが声を上げた。
「ねぇ、やっぱり、交代の時間帯を狙うのが一番有効そうなのかな?」
「あ、いえ、交代の時間帯は、一時的に警備員さんが4人になってしまいます。 それより、1人1時間づつ休憩があるらしいので、その時間帯なら――」
「警備員さんが1人になる!」
「はい。 あと、潜入するなら、1人目が休憩に行って、15分以上経った頃がいいかと」
そう言うと、新田さんと西崎さんが首を傾げる。
「1人目が帰って来た後とかの方がよくない?」
「お腹も膨れて眠くなる頃だと思うんだけどねぇ」
2人の言い分もわからなくはない。
……でも。
「一人目が休憩に行った事で、自分の番までの時間を気にしたりして、集中力が切れてくる可能性があります。 時間を少しズラすのは、休憩に行ってすぐだと、「今から1人だ」と神経が過敏になっている可能性が高いからですね」
「でも、それなら、2人目が休憩に行った後でも一緒じゃない?」
再び新田さんが疑問の声を上げるが。
「いや、休憩によって集中力が回復していると、潜入するチャンスが減るかもしれない」
「えぇ、それに、それまで2人だったのが、急に1人になるから、時間を持て余す可能性も出てくるわ」
今度は、東川さんと伊坂さんの2人が意見を出してくれた。
「……そっか、じゃあ潜入は、この23時~7時の休憩時間を狙うんだね?」
「そうですね、丁度真ん中辺りで休憩を取ると思うので、午前2時~3時……と言う所でしょうか」
さっきの時間予測が正しいとは限らないが、大きく外れてもいないと思うし。
「ふぅ……とりあえず、ある程度は整ったわね。 明日にでも試してみない?」
「……そうだね、早い内に聡美達を見つけないと」
「なら、明日の0時に学校の最寄り駅で待ち合わせよう」
その東川さんの言葉に、私達は頷く事で了解を示した。