第7話 “亡霊”捜索と警備員
うちの大学の学食は、メニューも豊富で味もいい。
さらに、一応の食事代は学費に含まれているらしく、学生は基本料無料。
ドリンクなどやサブメニューの追加にはお金がかかるけど、費用は普通程度だ。
そのため、昼休みには、ほぼ全ての学生が学食で食事をとっていた。
――おかげで、楽に調査ができると言うわけだ。
昼前の授業を終え、誰もいなくなった教室内。
私は新田さんと二人で“調べ物”をしていた。
「怪しいのは二カ所……ですかね」
「だね。 鞠片さんが言ってた窓の留めと、天井のアレ……」
新田さんが、そう言って指さす先には、丁度2リットルのペットボトル位の大きさの、生徒達からオゾン発生器と呼称されている空気清浄機がある。
「個人的には、やっぱり窓の留めの方が怪しい感じはしますね……」
「そう? オゾン発生器もかなり怪しいと思うけど」
そう言って、天井のそれをいろんな角度から眺める新田さんを尻目に、私は教室の後方にある、窓の方へ視線を向けゆっくりと近寄った。
ヒロ兄の話の通り、何らかの仕掛がされているとしたら、新田さんが言うように、空気清浄機は明らかに怪しい。
全ての教室にあり、仕掛を隠すのに充分な大きさで、簡単に触る事ができない天井に設置されているから。
――でも。
「(あまりにも、あからさま過ぎる気がするんだよね……)」
少なくとも、私が仕掛けを作った犯人ならこんな簡単に推理される様な場所に仕掛を隠したりはしないだろう……。
「(――と、言っても……こっちに何かあるってわけでもないんだけど……)」
小さく溜め息をつきながら、窓枠の下側に付けられた、プラスチック製の黒い留めをツンツンと指でつついてみる。
私が気にしている“窓の留め”。
コレは、窓が一定以上開かなくするための物で、転落防止の名目で大学内全ての窓に取り付けられているらしい。
そのため、どの窓もギリギリ頭が通るかどうか……と言う20cm弱しか開かないのだ。
ちなみに、ここの大学では、上半分が透明、下半分が磨り硝子の窓が使われていた。
「ねぇ、鞠片さん?」
「……っ!? ……あ、何です?」
うーんと唸りながら、窓とにらめっこしていた私は、いつの間にか隣に来ていた新田さんに、肩を叩かれてビクリとする。
「鞠片さんは、なんでコレが怪しいって思ったの?」
正直、もっともな疑問だと思う。
怪しさで言えば、空気清浄機がダントツだと私も思うし。
――でも。
「うちの大学って、そんなに動物とかを扱う訳じゃないから、ここまで窓の開きを制限する必要は無いんじゃないかな……と」
「それは、確か転落防止、でしょ?」
そう、普通ならそれで納得してしまうだろうけど――
「でも、ここみたいに、一階にも付いてますよね? そして何より、“学校中どこにでも”ある事になります」
それを聞いてハッとする新田さん。
「そっか……アレが起きるのは、教室内だけじゃないんだっけ……」
「はい……ただ、この小さい中に仕掛けを作れるかはわからないですね……」
ヒロ兄の家で見せて貰った、低周波を発生させる機械は、5cm+15cm四方くらいの物だった。
もっと小さくする事はできるとは言われたけど、問題の留め具は1~2cm四方、長さ5cm程度の四角柱……。
とてもじゃないけど、同じ物が収まりきるとは思えない。
「これ、簡単に取り外したりもできなさそうだね。全然動かないし」
そう言って、教室の3つ――計6枚ある窓を、順に開けたり閉めたりする新田さん。
――あ れ ?
「やっぱり別におかしい所は……ん? どしたの鞠片さん?」
微かに感じた、違和感。
「おーい。 鞠片さーん?」
さっき、左から順に、一枚ずつ窓を開閉して行った新田さんを見ていて、確かに何かを――
必死に記憶の糸を手繰り寄せる。
一番左、教室側に留めが付いた窓。
二番目、外側に留めが付いた窓。
三番目、再び教室側に留めが付いた窓。
――そして、四番目――
「――あっ!」
「え? ちょっ! 鞠片さん!?」
頭の中でバラバラになっていたピースが、カチリとはまった様な感覚になり、即座に走り出す。
違和感の正体を確かめるために。
幸い、昼休みはまだ20分近くある。
後ろには新田さんも付いて来てるみたいだ。
校舎を抜け、壁沿いに回り込み、さっきの教室のすぐ外側に向かう。
――そして、見た。
「……やっぱり」
「……はぁ……はあ……やっぱりって……何が……?」
息を切らしながら追い付いて来た新田さんに見向きもしないまま、私は植え込みを乗り越えて真ん中の窓枠に近づく。
そこには、教室内に付いていた物とは、明らかに大きさが違う留めが取り付けられていた。
「これ……他と全然大きさが違う……」
「……ですよね。 コレなら、充分仕掛を隠せます」
同じ様に植え込みを乗り越え、私の肩越しに窓の方を覗いた新田さんの言葉に、私は頷きながら応える。
「でも、よくこんなの気が付いたね、中からじゃ見えないのに」
そう言って目を丸くする新田さん。
確かに、窓の下側が磨り硝子になっているため、教室内からはこの留め具は見えない。
――でも。
「……音が、違ったんです」
「音?」
首を傾げる新田さんに、私は留め具を指差して示す。
「ここ、開けた窓と接触する部分、緩衝材が付けられてます」
「あっ! ホントだ……なんか、プニプニしてる」
「結構前にテレビとかで噂になった、“卵を落としても割れない”やつみたいですね」
……つまり、結構上等な緩衝材を使っている事になる。
それも、真ん中の留め具にだけ。
「それで、私が開け閉めしてた音で気が付いたんだ……すごい!」
「何かが詰まってるだけかとも思ったんですが……状況が状況なので気になって……」
――どうやら確認しに来て正解だったみたいだ。
教室内からは見えず、校舎の周囲、つまり窓の手前には植え込みがあるため、さっき私達がした様に乗り越えなければならない。
そして、明らかに違う大きさの留めに緩衝材……
仕掛が隠されているのは、おそらくここなのだろう。
「……後は――」
そう呟きながら足元に視線を巡らせ、植え込みの付け根から手頃な石を掴む。
――後は、ヒロ兄との打ち合わせ通りに……
窓の隙間から教室内を覗き、人が居ない事を確認。
さらに、周囲に人が居ない事を確認して、手に持った石を、留め具にガンッガンッと叩きつける。
数回の後、留め具からミシッと言う音が聞こえて来た。
「――よしっ。 これ位衝撃を与えれば……」
あんなにいい緩衝材を使っていたのだ、衝撃には弱いはず。
持っていた石を植え込みの所に投げ入れ、再び周囲を見回して人が居ない事を確認する。
「新田さん、教室に戻りましょう。 後は――」
「君達、そこで何してるんだ!?」
後はヒロ兄に連絡してテストしよう――
植え込みを防ぐために足を上げつつ、そう言いかけた私の言葉は、離れた場所から聞こえた大きな声によって遮られ、同時に私達はビクッと硬直する。
「(見られた……かな?)」
「(さっき見た時は誰もいなかったから、見られてはいないと思いますが……)」
小声でやり取りする私達に、声をかけて来た人がどんどん近づいて来て……言った。
「ここの学生さんだよね? ここで何してるんだい?」
そう声をかけて来た人は、結構有名な警備会社の名前が胸に刺繍された制服を着ている。
おそらく、例の“並木道”の警備をしてる人なのだろう。
「あ……えっと…………」
「??」
言い淀む新田さんに、不審そうな表情になる警備員さん。
このままじゃ……ヤバい、よね?
さっきのを見られてはいなくても、不審に思った警備員さんが私達の事を誰かに話したら、学校内にいるかもしれない犯人の耳にも入るかも――
「(……新田さん、話しを合わせて下さいね)」
「えっ?」
乗り越えかけていた植え込みを越えながら小声で言うと、新田さんは驚いた様にこちらを見たが、それを無視して警備員さんに向き直る。
「すみません……私の不注意だったんです……」
そう言って顔を伏せ、言葉を続ける。
「昼休みに、換気しようと思って窓開けたら可愛い形の雲が見えて……写真を撮ろうとしたんですけど、窓から携帯落としちゃって……」
「……ふむ」
言いながら、ポケットから携帯電話を出し、警備員さんに見せた。
警備員さんの表情に疑いの色は残ってるけど、さっき程ではなさそうだ……。
そう思ってチラリと新田さんに視線を向けると――何というか、呆気に取られたと言う風に、ポカンとした表情をしていた。
――これは、墓穴を掘る前に退場して貰った方がいいかもしれない……
「あっ! 榛奈、携帯探すの手伝ってくれてありがと。 お弁当食べかけだったし、先に教室戻ってていいよ」
「え? あ……あぁ、うん?」
未だ頭の上に「?」を浮かべている新田さんに、まるで今思い出した、とでも言うように声をかけてから、肩を押して促してその場から立ち去らせる。
当然私達はお弁当なんて食べてなかったけど、とりあえずこれで――。
「仲良いんだねぇ」
「はいっ! そうなんです。 学部で一番の仲良しですね」
――予想通り“食事を置いてでも、探すのを手伝ってくれた友人”と言う印象を持ってくれたらしい。
後は、適当に情報を――
「あの! 警備員さんは、今から休憩なんですか?」
「あぁ、そうだよ。 やっと交代が来てな」
「なら、途中まで一緒に行きましょ」
ようやく飯が食えるよ、と言って大きく肩を落とす仕草をした警備員さんを促すようにして、並んで歩き出す。
「交代って事は、何人かで警備してるんですか?」
「あぁ、全部で6人だね。 24時間体制になっちゃったから、2人組で警備する事になってね。 まぁそのおかげで、途中に1時間ずつ、交代で飯に行けるわけだ」
そう言って大きく笑う警備員さん。
2人組、計6人……。
1時間ずつ休憩……。
「大変ですねぇ……あ、って事は、おじさ――お兄さんは、お昼過ぎ位までの担当さんなんですね」
「ははは、おじさんでいいよ。 その通り。 僕らは3時までの担当」
3時で1組が終わり……
次々与えられる情報を頭の中にメモしていく。
「24時間体制でおじさん達に守って貰ってるんですね~。 感謝、感謝です」
「仕事だからな。 まぁ、そう言って貰えると、やりがいも出るってもんだ」
そう言って豪快に笑う警備員さんに、こちらも笑顔を返し……そして。
「そう言えば、裏の並木道って、丘の反対側に出られる道なんですよね?」
最も聞いて置きたかった事を――
「土砂崩れで通れなくなったとか聞きましたけど、そんなに危ないんですか?」
――尋ねた。
「土砂崩れ? ……あぁ、学生さんにはそう……」
「?? ……違うんですか?」
言葉の最後は聞き取れなかったが、少なくとも土砂崩れではない事は知っているらしい。
私は、大袈裟に首を傾げる仕草をとりつつ、あたかも「何も知りません」と言う風を装う。
「……まぁ、危険って事には変わりないんだけど……でも……」
消え入るような小さな声で、口止めは、されて無いがなぁ……と言う呟きもチラッと聞こえる。
さすがに、ここであんまり突っ込んで聞くのは、怪しい、かな……?
「えっとつまり、土砂崩れではないけど、危ないから警備してます! って感じなんですね」
「まぁ……そういう事かな。 とにかく、君もあの辺にはできるだけ近づかないでくれよ? な?」
念を押す様にそう言った後、警備員さんは暫く無言で歩いていたが、不意にピタリ立ち止まる。
「君は――」
振り返った警備員さんが口を開いた瞬間、大学の予鈴が鳴り響いた。
「あっ! 授業の準備しなきゃ! おじさんは、あっちの棟の食堂ですよね? 私はこっちなので、ここまでですね」
「え? あ……あぁ。 頑張ってな」
何かを言いたげな警備員さんに、笑顔で手を振り、次の授業があるさっきの教室へ早足に向かう。
――いろいろな情報を手に入れる事ができた。
その事に浮かれていた私は……
数階上の窓の隙間から、私と警備員さんが話す様子を、ジッと見下ろしていた視線に、気づく事ができなかった。




