第5話 幽霊なんかいません!
「8不思議の解明……?」
「そう。 私達が通ってる学校ね、一般的な7不思議と一緒に、8つめの噂があるの」
聞き慣れない単語に疑問符を浮かべ復唱した私に、新田さんが神妙な表情で答えてくれる。
「大学の裏手に、立ち入り禁止になってるエリアがあるのは、知ってる?」
「えっと……あぁ! 並木道の所ですか?」
「正解」
そこはベンチ等が置かれていて、春になれば並木の桜も満開になるのだが、“立ち入り禁止”の看板がでかでかと置かれているばかりか、大きな赤コーンに、黄色と黒の縞々のバー、さらには警備員さんまで立っていると言う、およそ風情とは縁遠い場所になっている。
そんな場所なため、誰しもが一度は見に行ってはみるものの、警備員さんの、まるで威嚇でもしているかの様な視線を受けながらの花見なんて楽しいはずも無く、大抵の生徒達は一度行ったらまず二度と立ち寄らない。
大学の正面にも並木道はあるので尚更だろう。
「あの場所が、どうかしたんですか?」
「……あの並木道を抜けた奥には、廃校になった古い高校の校舎があるの」
古い……高校。
なんか、話を聞くって言った事を、早くも後悔しそうな気持ちになってくる。
「あの先に……学校?」
聞き間違いではないのかと尋ねてみるも、二人は無言の頷きで肯定の意を示した。
ここで一度、私達が通う大学について触れておこうと思う。
うちの大学は、小高い丘の上に建ち、周囲を深い森に囲まれている。
『自然に囲まれてのびのびと学習を』がコンセプトらしく、敷地も広く、棟は4つに別れ、施設も充実。
さらには最寄り駅から大学までの無料バスまで出ている。
それだけ整った環境で、学費は他の大学の2分の1……は言い過ぎかもしれないけど、結構安い。
私がここに決めたのも、充実した設備と学費の安さに惹かれた部分が強い。
そして、問題の並木道。
周囲を森に囲まれているため、大学に来るには正面の並木道を通って来る事になるわけで。
当然学校の裏手にある並木道も大学へのルートの一つ。
それが、土砂崩れか何かで通れなくなった……と言うのが、生徒一般で囁かれている内容だった。
「そう。 廃校になってからもう結構年数が経ってるはずよ」
「そ……その学校が……いったい…………」
そう言う伊坂さんは、少し俯き気味になり、声のトーンを落としていて。
それがまるで、怪談話でもしているかのようで……。
まさか、幽霊が出るとか、お化けが出るとか……そ、そう言う非科学的な事を――
「その学校に、『いる』らしいの――」
い、いる……って、何――
「――幽霊が……」
「ひっ、いやぁあああぁ!!」
伊坂さんの言葉を聴き終えるか否か、私は悲鳴を上げて、耳を塞ぐ。
それを見て……いや、悲鳴を聞いて……だろうか?
伊坂さんと新田さんの二人はビクっと肩を震わせた後、慌てて私をなだめに来た。
「ま、鞠片さん!? どうしたの?」
新田さんが肩をゆすって声をかけてくれる。
「大丈夫?」
「……あ、えっと……はい、すみません……」
悲鳴を上げてしまった恥ずかしさで、顔が熱を持っているのが分かる程に赤くなってしまった。
「もしかしてあなた、こういう話、苦手?」
「……え、あ……その……苦手、と言うか、信じたく――いや! 信じてない、って言うか……」
苦笑しながら聞いてくる伊坂さんに、ちょっとどもりながら返事を返す。
「そう……ちょっと困った……かな。 正直、私達が直面してる問題は、それこそ幽霊とかにしか出来ないような――」
「そっ……そんなわけ無いです! ……ゆ、幽霊なんていません! きっと……何か仕掛けがあるはずです! ――はっ?! ……あぅぅぅ」
困った様な笑みを浮かべた伊坂さんの言葉を遮り、私は強い口調で言い放った。
それと同時に唖然となった二人を見て、私は再び顔を真っ赤にしてうずくまる。
「あ、あはは……鞠片さん、よっぽど嫌いなんだね……でも――」
「えぇ、かなり心強い、かな」
私の様子を眺め、苦笑を浮かべつつ、二人はお互いを見て頷きあった。
「えっとつまり、その廃校になった学校に行った人が“神隠し”に遭う……と?」
あの後、暫くして復活した私は、改めて新田さん達が調べている内容について、話を聞かせて貰っていた。
幽霊のくだりはひとまず後回しで話して貰う事にして……だが。
「うん。 聡美と楠谷君も、その事を調べにあの学校に行って、そのまま消えちゃったの……」
「それで、その『学校を調べた者が神隠しに遭う』って言う8つめの謎を解明して、聡美さん達の行方を捜すのが活動目的、ってわけですか」
新田さん達のやろうとしている事、それ自体はすごく単純だった。
要は、消えた友達を見つけたい、と言うだけなのだから。
「そうなるわ。 でも、色々問題も多いの」
「問題?」
「えぇ……正直、これのせいでお手上げって、くらいの問題なのよ」
そう言った伊坂さんは、深いため息を付いてから、言葉を続ける。
「……大きな問題は2つ。 1つは問題の高校――私達は旧校舎って呼んでるんだけど、そこに行くための並木道には、24時間警備員が立っている事」
「24時間!?」
私が驚きの声を上げると、伊坂さん達は黙って頷いた。
「学校と提携してる警備会社らしいんだけど、24時間体制での警備が契約内容らしいの」
「……それって……近づいたら神隠しに遭うって言うのは、警備員さん達は知ってるんでしょうか?」
「さぁ……さすがにそこまではわからないけど、どうして?」
近付いたら神隠しに遭う……なんて話を聞いているなら、そりゃ必死で警備するだろう。
自分達が警備しているにも関わらず行方不明者を出したりしたら、会社自体の信用にも関わってくる。
――でも。
「……もしも、神隠しの話を聞かされていなかったとしたら、警備に対するモチベーションの維持は難しいのでは?」
「――!? それなら、潜入するチャンスも出てくるかも!」
「……はい。 モチベーションの低下は、集中力にも繋がってきますし」
集中力が低下していれば、ほんの少しの動きや変化には気が付かない可能性もある……
「確認、しておく必要があるわね」
「うん、東川君達とも相談してみよう」
そう言うと、伊坂さんは小さなメモ帳を取り出して何かを書き込んでいく。
そして、書き終わったメモ帳をパタンと閉じて、私の方へ向き直った。
「最悪誰かを囮にって考えてたけど……警備の方はこれで何とかなるかもしれないわね。――じゃあ次、二つ目なんだけど……」
そこまで言って、何かを考え込む伊坂さん。
しかし、私がどうしたのかと尋ねようとした途端、再び口を開き――
「……なるべく、雰囲気出ないように話すから、落ち着いて聞いてね」
そう前置きした後。
「二つ目の問題は、大学内に居る霊についてなの」
「……れ、霊?」
前置きされていた事と、サラッと言ってくれたおかげで、とりあえず悲鳴は上げなくて済んだが、声は少し上擦ってしまう。
「今日のゼミの時の事覚えてる?」
「あ、窓が割れたアレ、ですか?」
「そう。 あれはかなり酷い方ね。 榛奈が“学校”とか“消された”とか口走ったから」
そう言って、伊坂さんが呆れたような目で新田さんを見ると、新田さんは苦笑を浮かべた。
「だからごめんって……」
「えっと、それって……大学内で、その――旧校舎? の話をしたら、あぁ言う現象が起きるって事ですか?」
私の言葉に、伊坂さんはすぐに頷く。
「えぇ。 さっきも言ったけどゼミの時のはかなり酷い方で、ほとんどは窓ガラスが一斉に揺れたり、教室内に居る人が一斉に吐き気とか頭痛とかの体調不良を訴える……って程度かしら」
「ほら、私達の学部でも、前に一回、急に皆が体調不良になって授業が中止になったでしょ? アレだよ」
――そう言えばそんな事があった。
あの時は、急に車酔いしたみたいに気分が悪くなって……
――って……あれ?
「あの時って確か、ビデオ鑑賞中で、誰も何も喋ってなかったんじゃ……」
あの時のビデオは手術風景の物で、執刀医が指示を出す短い言葉と、心電図等の機械音が流れるだけ。
教室内もかなり静まり返っていたし、誰かが話していたらすぐにわかったはず。
「そこが一番の問題でね。 声を出しての会話は勿論だし、今日の榛奈みたいに叫ぶなんてもってのほか。 でもね、それだけなら、それを聞いた誰かが仕掛けを……って言われても納得できるけど、メールでの会話でも起きるのよ」
「……え?? メールでも……って」
伊坂さんの口から聞かされた言葉。
そのあまりの内容に、思考が追い付いて来れなくなり、思わず聞き返してしまう。
「メールを送るだけ、送られるだけならまだ大丈夫なんだけど、その内容に対して返信がされて、“会話”が成立するとアレが起きるの」
「それじゃあ、メールの内容を全部チェックされてるって事ですか!? ……そんなの、出来るわけ――」
「そう、もしも“犯人”が居たとしても、学校内のあらゆる場所にいる生徒の会話やメールを全てチェックして、怪奇現象を起こす……なんて人間にはまず無理よ」
そう言って溜め息をつき肩を落とす伊坂さん。
それを見て、今度は新田さんが口を開いた。
「……だから、うちの大学では、旧校舎の話自体がタブーとして扱われてて、内容を知ってる人もごく僅かなの。 ……誰かが話してるとアレが来るし、後で先生達から厳重注意を受けるから」
「そりゃ注意もしますよね……神隠しに怪奇現象……そんな噂が広がったら生徒がいなくなっちゃうでしょうし……」
そんな噂を聞いていたら、私だって入学してなかっただろう。
うん、確実に。
「……まぁそんな感じで、大学内どこで話してもダメ、メールもダメ、って事で、いつの間にか“旧校舎の亡霊”が自分達の住処に人が近付かない様にしてるんだ、って言うのが一応の結論になったみたい」
「……亡霊なんて……そんなの――」
「そんなのいない、私達も最初はそう思って調べてたけど、調べれば調べる程、普通の人間じゃ出来ない事が、多すぎるのよ……」
亡霊なんていない、と言おうとした私の言葉を遮って、伊坂さんが言う。
その口調はとても沈んでいて。
それでいて、聞いてる側まで辛い気持ちになる程必死で。
重苦しい空気に部屋が支配されてしまった。
誰もが無言のままで、時間だけが過ぎていく。
……伊坂さん達が話してくれた問題。
24時間体制の警備。
大学内の会話を全てチェックする旧校舎の亡霊。
そして、それによって引き起こされる、窓の振動や体調不良――
「――あ」
頭を整理しようとしていた私は、ある事を思い出し、思わず声を漏らした。
「? ……どうかしたの?」
「あ、いや、メールまでチェックする亡霊については、全然分からないんですが……その、窓を揺らしたり、体調不良にさせるだけならできるかもしれないと思って」
中学校の頃からずっと科学が大好きだった、親戚のお兄ちゃん。
お兄ちゃんが自慢げに話してた中に、そんな内容があったような……。
「それ、本当!?」
「あ、はい。 かも……ですけど、親戚にそう言う事に詳しい人が居て――」
私の言葉を聞いた2人は、互いに顔を見合わせ頷き合うと、真剣な表情をこちらに向けてくる。
「お願い、今は少しでも情報が欲しいの……その人、すぐ連絡つきそう?」
「え? ……あぁ、どうだろう……連絡自体はつくと思いますが」
そう言って携帯を取り出すと、目的の人物のメモリを探し、電話をかける。
――寝てるかな?
そう思った頃、受話器から短い声が聞こえた。
『もしもし?』
「あ、ヒロ兄? 今、大丈夫?」
『構わないぞ。 珍しいな、カナが電話してくるなんて』
受話器越しに聞こえる声は、しっかりしている。
どうやら寝起きではないらしい。
「ちょっとヒロ兄の知恵を借りたくて」
『へぇ……なら、内容を大まかに話して、明日にでも家に来るといい』
その言葉に従い、窓ガラスや体調不良の件を説明して、電話を切る。
「どうだった?」
「うん、準備しとくから明日家に来いって」
心配そうに言う新田さんに笑顔で返事を返し、今日は解散する事になった。