最終話 最後に、もう一つの推理を
旧校舎地下での出来事から、約1ヶ月が経った。
あの時、腹部を刺され意識を失った私は、西崎会長の協力もあって、迅速に病院に運ばれ、一命を取り留めたらしい。
幸い、重要な臓器からは上手く外れていたようで、傷口も順調に回復はして来たものの、さすがに丸一月近く寝たきり状態だったためか、一人では起き上がるのも大変な程、筋力や体力が落ちてしまっていた。
今は、車椅子で生活しながら、筋力や体力を、回復させるためのリハビリに勤しんでいる。
――コンコン――
今日の予定を思い浮かべながらボーッとしていると、不意にノックの音が響いた。
「あ、はい!」
「あ~、もう起きてたのね。 今日も彼氏、来てくれたわよ。 お通ししていい? 起きたばかりだったら、少し待って貰うけど?」
「いやだから彼氏じゃな――はぁ……はい、大丈夫です……」
扉を開けて顔を覗かせたのは、この1ヶ月間、ずっと担当してくれていた看護師さん。
気さくで、とてもいい人なんだけど、人の話を聞かないと言うか、思い込みが激しいと言うか――なんだろう、親戚の叔母さんのような人だ。
今も「隠さなくてもいいじゃ~ん」みたいなニヤニヤ顔でこちらを見ている。
「そう? それじゃお通しするわね」
「はい、お願いしま――」
「あ、リハビリの時間まで2時間くらい私来ないけど、まだ傷も完治してないんだから、あんまり激しくしちゃダメよ~?」
「――~~~~――!!?」
自分でも分かるくらい顔が赤くなるのを感じながら、看護師さんを睨み付けると、彼女はウフフ~と両手で口元を覆いながら、「じゃ、ごゆっくり~」と言い残して、軽やかに去って行った。
「………………はぁ……」
なんか、目を覚まして数分の間に、ドッと疲れたように感じる。
悪い人じゃない。
うん、悪い人じゃない――んだけど、もう少し加減して欲しいと思う。
とりあえず、ベッドの手すりを支えに上体を起こし、脇に用意してくれた濡れタオルで顔を拭いて、髪を手櫛で整えていると、再びノックの音が響いた。
「カナエちゃん、入っていい?」
「はい、大丈夫ですよ」
返事を返すと、一拍置いて扉が開かれ、西崎さんが顔を出す。
これは、さっきの看護師さんから聞いた話だけど、私が救急搬送されてから、西崎さんは付きっきりで看病してくれていたらしい。
その事について訊ねたら「俺は他の皆と違って学生してるワケじゃないからねぇ」と言って笑っていた。
「カナエちゃん、今日のリハビリ、何時から?」
「今日は11時からですね」
私が答えると、ふむ、と悩む素振りを見せたあと――
「それじゃ、外でお散歩しようよ」
――どこか真剣な顔で、そう提案してきたのだった。
あの日、気を失った私が、次に目を覚ましてから、病室には沢山の人が来てくれた。
まずは、お父さんや、お母さん。
ケガの事を何て説明しようか、って思ってたけど、どうやら世間で私は、“通り魔から、近くにいた男の子を庇って、代わりに刺された”と、言うことになっているらしい。
一緒に来ていたヒロ兄から、その話を聞かされた時、私の顔はきっと宇宙猫みたいになってたと思う。
他には、伊坂さん達、ゼミのメンバー。
柏木さん達、警察関係者。
あとは、なんと西崎会長も、柏木さんに付き添われながら、お見舞いと謝罪に来てくれた。
そんな中、当事者の1人として、聞かせて貰えた、今回の事件の顛末。
まず、あの地下で行われていたのは、所謂“オークション”だったらしい。
主な商品は、美術や工芸を学ぶ生徒達が作った作品で、授業の一貫として製作した、有名な絵画の模写などには特に高い値が付いたのだそうだ。
出品者はうちの大学だけではなく、提携している、他の大学や高校から提供されたものや、個人が持つ骨董品等も集められ、それらは販売時に2割のマージンを取っていたのだとか。
購入者は、会長も言っていた通り、医者や政治家を始めとした資産家達で、彼等としては、学校への投資と言う名目や、“ちょっと問題のある”資金を消費・洗浄するために、このオークションを活用していたらしい。
その話を聞かされた時に、「これでやっと奴らを……」と呟いた、柏木さんの凄絶な笑みは、小さい子が見たらトラウマ刻まれそうなくらいに恐かった。
私も普通に恐かった……。
それはさておき、次に、相川先生と金橋先生について。
あの二人は神隠しに遭った後から今まで、ずっと旧校舎の地下で暮らしていたそうだ。
その一方で、一緒に神隠しに遭った残りの二人と違い、教師としての才能を開花させたために、大学の敷地から出ない事を条件に、数年前から大学で教壇に立ち始めたらしい。
ちなみに、相川先生があの時に陥った錯乱状態に、ヒロ兄達は洗脳を疑ったらしいんだけど――
それに関しては、会長は完全にシロだった。
元々家庭事情が複雑で情緒不安定だった相川先生に、会長が根気よくメンタルケアを行った結果、重度の依存性が発生したものの、安定して日常生活が送れるようになったのだとか。
そんな諸々の事情を鑑みて、相川先生達が過去の行方不明者だった事は、一旦メディアには伏せられるそうだ。
会長についても、逮捕の理由は“脱税”に絞って発表されるらしい。
正直、政治的なアレコレはよく分からないが、柏木さんが言ってくれた「全員が、なるべく不幸にならないようにする」って言葉を信じようと思う。
そんな感じで、なんとなく重い話が多かった一方、良い話もあった。
例えば、旧校舎の探索途中ではぐれていたゼミメンバーは、全員大した怪我もなく無事だった事。
あの時、縦穴から投げ落とされたと思っていた新田さんも、実は薬で眠らされた後、背負って運び込まれたらしい。
実際に投げ落とされたのは、地下で利用するためのレトルト食品や飲料水等で、落下した時の音は衝撃吸収のための緩衝材が響かせたものだったようだ。
そしてもう一組、私達が旧校舎を調べるきっかけになった、聡美さんと孝太の2人も、地下の一室で発見された。
二人とも、精神的にはかなり憔悴しきっている様子ではあったものの、どうやら食事などはしっかり与えられていたようで、今は私とは別の病棟で、カウンセリングなどを中心に治療が行われているそうだ。
その事を教えてくれた新田さんは、何度もお礼を言ってくれたあと――
「元気になったら、みんなで旅行しようよ。 聡美の事も紹介したいから」
――そう言って、今まで見た事がない程に、明るい笑顔を見せてくれた。
そして――
「……だいぶ暑いのもマシになってきたねぇ」
散歩と称して広い病院の庭を移動していると、さっきまでずっと無言のまま、車椅子を押してくれていた西崎さんが、どことなく緊張した雰囲気で口を開く。
「そうですね。 日が暮れてくると、肌寒い日も出てきましたし」
「だよね~。 何着るか悩むんだよね」
何気ない会話。
それが途切れて、数秒の沈黙の後――
「――……昨日、柏木さんから連絡があった」
西崎さんは意を決したように、ぽつぽつと話し始めた。
「柏木さん? いったい――」
「行方不明のままだった当時の学生2人と、森島先生の弟さんが、見つかった、って」
「――!?」
そうして語られたのは、過去2回の”神隠し”の被害者達の事。
最初の“神隠し”では、相川先生達を含めた4人が。
2度目では、森島先生の弟さんが、それぞれ行方不明になっていたらしいのだが、その被害者が、これで全員発見された事になる。
「3人が発見されたのは、モルディブ共和国。 親父に言われて、海外の各地で支援活動をしていたらしい」
「え? それってどう言う――」
「あの時の親父のセリフ、そのまんまの意味だったんだよ」
そのまま?
確かあの時、会長は“物覚えがよくなかったから、もうここにはいない”って――
「――あ、それじゃ、相川先生や金橋先生は、教師ができるレベルになったけど、後の三人はそれが難しかったから、もう学校にはいないって意味だったって事ですか?」
「そう言うことみたい。 まったく、紛らわしい言い方しやがって、あのクソ親父」
私の回答に満足そうに頷いた後、西崎さんは悪態を付きながら、森島先生の弟さんの事も聞かせてくれた。
先生の弟さんについては、行方不明になっていた学生4人の事を知られたため、拘束するしかなくなった事。
そんな中、弟さんの方から、教師にもなれず、そのまま軟禁し続けるだけになる予定だった二人を、海外の支援活動に派遣し、監視――と言うか保護者代わりとして自分を使わないか、と会長に申し出たそうだ。
三人の処遇について決めかねていた会長は、結局その申し出を承認し、協力者を募って養子にしたり等、別人としての戸籍でパスポートを取得させて、海外へ送り出したのだとか。
「なんか、驚くことばかりですけど……でも、これでやっと、西崎さんも少しは肩の荷が下りますね」
「――そう、だね。 未成年の拉致監禁に、脱税、他にも色々と細かい余罪が出てきそうではあるらしいけど。 それでも、親父が最後まで、俺やお袋を巻き込まないようにしてた事は、知れてよかったと思う」
――まったく知らされなかったってのは、ちょっと複雑でもあるけどね。
足を止めて、そう呟いた西崎さんの声は、僅かに震えているように感じた。
――だから。
「西崎会長は、天狗だったのかもしれませんね」
――私は、最後にもう1つだけ、推理を披露する事にした。
「――え?」
「人知れず、家庭に事情を抱えた子供達を連れて行って、学びの機会を与える」
学ぶ意欲のあるものに、知識や技術を教え込み。
「相川先生も、金橋先生も、立派に教師として一人前にして貰って」
仮に実力が足りずとも、決して見捨てる事なく――
「他の二人も、しっかりと誰かのために働けるように、面倒を見て貰って」
最後の最後まで――
「海外に送った時にも、自分の代わりに、ちゃんと見守ってくれる人を付けた」
たとえ、色々な事情から、家には帰してあげられなくても、“神隠し”にした相手を大切に思っていたからできた事だと思う。
「――ほら、これって、私が初めてゼミに参加した時に、皆さんが考察した“天狗の神隠し”によく似てませんか?」
「――あ……」
黙って私の話を聞いていた西崎さんは、最後の問い掛けに言葉を詰まらせる。
そのタイミングで、私は車椅子を自力で前進させた後、ゆっくりと反転させ、西崎さんと向かい合った。
「会長が何を考えていたのかは、私には分かりません。 でも、学生である私達を大切に思ってくれていた事は間違いないです」
それは、相川先生に刺された後に、搬送に協力してくれたらしい事や、わざわざ謝罪に来てくれた事からも確実だと思っている。
「そして、それと同じくらい――いえ、きっとそれよりももっと、家族である西崎さん達を大切に思っていたから、――守りたかったから、尚更言い出せなかったんじゃないでしょうか」
だって、知ってしまったら、犯罪の片棒を担がせる事になってしまうから。
「だからせめて、西崎さん達家族だけは、天狗の事を許して、認めてあげても――信じてあげても、良いんじゃないかなって、思います」
「カナエ……ちゃん……俺――」
唇を噛んで、拳を震わせていた西崎さんだったが、そこまで言って再び言葉を詰まらせる。
その目には、大粒の涙が浮かんでいた。
「なんか、ごめんね。 すげぇ情けない所を見せちゃった気がする」
しばらくして、涙が止まった西崎さんに、再び車椅子を押して貰いながら、病棟に戻る道すがら、少し照れたような口調で話しかけてくれる。
「――そんな事無いですよ。 西崎さんには沢山助けて貰っちゃってますし」
「それはこっちのセリフだよ。 カナエちゃんがいなかったら、今でも親父の事、何も知らないままだったかもしれないし――」
そこまで言って、何かを考えるように口ごもったあと、「よしっ」と小さく呟いて、再び足を止めた。
そして、そのまま車椅子を回り込んで、私の正面に立つ。
「……あのさ、カナエちゃん。 一個だけ、聞いて欲しい事があって――」
「ぇ……あ、はい!」
いつもの快活さみたいな雰囲気が鳴りを潜めた、真剣なその眼差しを見て、つい居ずまいを正してしまった私に、西崎さんは「俺より緊張しないでよ」と笑ったあと、静かに語り始めた。
「俺さ、カナエちゃんが言ってたように、最初はゼミメンバーの監視が役目だったから、ハルちゃんがカナエちゃんを誘ったって聞いた時、監視対象増えるなぁくらいに思ってたんだけど――」
そうして聞かされたのは――
「一緒にゼミ活動しながら、カナエちゃんの事を知っていく度に、頑張り屋さんな所とか、負けず嫌いな所とか、そう言う、あんまり自分に無いって思ってる所が気になり始めた」
私と出会ってからの――
「それで、初めて旧校舎に潜入した時に、暫く2人で行動してて……何て言うか……守ってあげたいって思うようになったんだ」
西崎さんの想いだった。
「危ない目に遭わせたくなくて――だから、最初にカナエちゃんが刺されそうになった時も、無我夢中で気付いたら間に割って入ってた。 ――なのに! ……結局最後は、俺の方が庇われて、大怪我させて――」
「そんな!? あれは、私が勝手に――」
慌てて、自分が勝手にやった事だと言いかけた、私の言葉を遮るように、膝を付いて目線を落とした西崎さんが、私を見上げるようにしながら、包み込むようにして両手を握ってくれる。
「――あの時、カナエちゃんが死んじゃうって思った……。 俺のせいで……俺が巻き込んだから……」
「……西崎さん」
手を握られて気付いた。
いつの間にか、あの時の痛みや、恐怖を思い出して、自分が震えていたんだって事に――
そして、西崎さんの手も、同じように小さく震えている事に――
「巻き込んだのは俺の方なのに、自分勝手に、カナエちゃんを喪いたくないって思った……。 一命を取り留めたって聞いた時、もう二度と、離したくないって、思った……! ずっと、ずっと側に居て、守ってあげたいって思った!!」
まるで心の叫びのような言葉を聞いて、いつの間にか震えの止まった手で、今度は西崎さんの両手を包みこむ。
「カナエ……ちゃん?」
「……私は、西崎さんに初めて会った時、なんかチャラい人いるなぁ、って思ってました」
微かに震える手を握りながら――
「ゼミに真剣に取り組む真面目な姿や、怖がってる私を気遣ってくれる優しい所を知って」
お返しとばかりに私の気持ちも伝えていく。
「警察署で、スパイかも知れないって聞いても、最後まで信じたいって思えるくらい、いつの間にか大きな存在になってました」
私の、譲れない、想いを――
「でも……だからこそ……そのお気持ちはとても嬉しいんですけど――やっぱり、そんなの私、嫌です――」
不安そうにこっちを見上げる西崎さんにそう告げると、ビクリと肩を震わせた後、悲しそうな、でもどこかホッとしたような、そんな複雑な表情が浮かべるのが見えた。
「そう、だよね……いっぱい迷惑――」
「――守られるばっかりなんて、嫌なんです」
「……え?」
ハッキリ告げた私の言葉に、目を見開く西崎さん。
「私だって、西崎さんを守ってあげたい。 少しでも……支えてあげたいです。 だから――」
顔が真っ赤に火照るのを感じながら、彼に向けた言葉は――
夏の終わりを告げるように、強く吹き抜けた風に乗って、青く、晴れ渡る空へとさらわれて行く――
太陽に照らされ、地面に伸びた2つの影が、そっと重なり、ゆっくりと離れていく――
そうして触れた唇から伝わって来た、彼の優しさと温もりだけは――
その後も私の心に、しっかりと残り続けるのだった……
これにて、果苗ちゃん達の物語はおしまいです。
2年近くの長い間お付き合いいただきまして、本当にありがとうございましたm(_ _)m
今後の励みになりますので、少しでも面白いなって思っていただけたら、感想や☆での応援を頂けると、とっても嬉しいです(*´▽`*)ノ
よろしくお願い致します!m(_ _)m