第4話 本当の目的
学校の最寄り駅から、急行で2駅の場所にある自宅は、6階建マンションの4階、1LDKで日当たりもよく、駅も近い。
中々の好条件だと思う。
私は今、そんな自宅のベッドに横になりぼんやりと天井を眺めている。
カーテンが開けられた窓からは、淡いオレンジ色の光が差し込んで来ていた。
「今、何時……?」
ふと気になり、枕元に置いてある目覚まし時計を手に取る。
デジタル画面には【18:10】と表示されていた。
1時間程は眠ってたんだろうか……まだボーっとしている頭を起こそうと、ぐしぐしと目を擦ってから、洗面所に向かい顔を洗う。
「ふぅ……さっぱりした……あれ? 誰だろ」
タオルで顔を拭きながら、ベッドに戻ってくると、携帯がメール受信を知らせるランプを点滅させている事に気がついた。
登録外のアドレスから届いたものらしく、送信者欄には名前ではなくアドレスが表示されている。
内容は──
『榛奈がようやく落ち着いたわ。 それで、急で申し訳ないのだけど、今から倉橋駅まで来て貰えないかな? あなたに話したい事があるの。 伊坂』
どうやら伊坂さんからのメールだったらしい。
倉橋駅、家の近くの駅から急行1駅。
ちょうど学校の最寄り駅との間にある駅だ。
電車のタイミング次第では、恐らく10分もかからないだろう。
でも……
「これ、いつ来たメールだろ……」
そう呟いて、受信時間を見ると、丁度1時間程前。
「やっば! 爆睡してたっ! うぅ……一応行った方がいいよね?」
私は慌てて鞄を掴むと、大急ぎで駅を目指した。
倉橋駅に到着して、キョロキョロと辺りを見渡してみるが、伊坂さんの姿は見えない。
「やっぱり、連絡無しで一時間以上遅刻じゃ、帰っちゃってるよね……」
とりあえずメールで謝っとこうと思い、近くのベンチに座ろうとした、瞬間。
『鞠片さん!』
私を呼ぶ声が聞こえた気がして、再び周りを見渡す。
「鞠片さん、こっちこっち!」
今度こそはっきり聞こえた声を頼りに視線を向けると、黒い軽自動車の助手席から新田さんが手を振っていた。
「来てくれてありがとう」
「あ、あの、遅くなってごめんなさい」
車の方へ駆け寄って、頭を下げる私に、新田さんは「いいよいいよー」と笑いかけてくれる。
「立ち話もなんだし、とりあえず乗って」
「あ、はい」
運転席から声をかけてきた、伊坂さんに促され、車に乗り込むと、車はすぐに出発した。
そしてしばらく無言のままのドライブが続き、数分後。
「到着よ。 榛奈、鍵開けて入っといて」
着いたのは、2階立てのアパート。
白い外装も綺麗で、まだまだ新しそうな印象だ。
伊坂さんが、隣の駐車場に車を止めに行っている間に、私は鍵を受け取った新田さんに、2階の一番奥の部屋に案内されていた。
「祐子もすぐ来ると思うから、適当に座っとこ」
新田さんは、そう言ってローテーブルの脇にあるソファーに腰掛ける。
そんな新田さんを尻目に、私は、部屋の中を見渡していた。
部屋の広さは、自分の家と同じか少し広いくらい。
シルバーラックなどで、よく整理されていた。
そして、ひときわ目を引く場所が1つ。
「うわぁ……かわいい」
私が視線を向けた先には、一抱えはありそうな、大きなぬいぐるみが3つ並んで鎮座していた。
「あぁ、それ、祐子のお気に入りらしいよ。 たしか……どれかがタルトだった気がする。」
「――左の子から、ミルフィ、タルト、クッキーよ」
車を止めて来ていた伊坂さんが、新田さんの言葉に応える。
口調などはいつものままだったけど、どことなく雰囲気が柔らかい気がした。
「適当に座ってて、飲み物出すから」
そう言ってキッチンの方へ消えた伊坂さんを見送り、私は新田さんの正面、カーペットの上に置かれたクッションのそばに腰を下ろす。
暫くして、飲み物の入ったグラスが3つ乗ったトレイを持って来た伊坂さんが、ソファーに腰掛け、グラスを渡してくれた。
「麦茶でよかった?」
「あ、はい。ありがとうございます」
グラスを受け取り、お礼を言うと、伊坂さんはニコッと笑うと自分の麦茶を一口飲む。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
そのまま誰も、一言も喋らないまま数分が過ぎた頃。
不意に新田さんが口を開いた。
「あの……鞠片さん。今日は、ごめんなさい」
「え?」
「ゼミの時、取り乱しちゃって……」
「そんな! 大丈夫ですよ。 あの時はちょっとびっくりしましたけど、元気になってよかったです」
頭を下げる新田さんに、私は少し慌てて「気にしてない」と返事を返す。
それに、正直、新田さんの事より、あの時の心霊――怪奇現象の方が気になってた……なんて言えない。
――だから。
「そ、それより、伊坂さんのメールにあった“話したい事”って言うのは……?」
そんな心に気づかれまいと、話題を変える。
それは、ここに来た、一番の理由。
「祐子、どこから話そう?」
「鞠片さんを信じて全部話すって言ったのは、榛奈なんだから、自分で考えなよね……」
伊坂はそう言うと、やれやれ、といった風にゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「鞠片さんは、私達がゼミで何をやってるかは、もう分かってるわよね?」
「え?あぁ……はい。 都市伝説とかの解明――ですよね?」
以前、先生から受けた説明や、今日参加した時のことを思い出しながら答えると、伊坂さんは小さく頷いた。
「そうね、ゼミとしての、表向きの活動内容はそれで合ってるわ」
「お、表向き?」
「えぇ。 私達には、ある目的があって、そのためにあのゼミを活用してるの」
ここまで言って、伊坂さんは急に言葉を切ると、じっと私を見つめる。
――そして。
「鞠片さん。 ここから先を聞くかどうかはあなたが決めて。 ここまでの流れで、多少は気が付いてるかもしれないけど、正直ちょっと――いえ、かなり危険があると思って貰っていい」
――だから無理強いはしないわ。
危険だと示唆する伊坂さん。
その表情はとても硬く、嘘や冗談ではない、と言うのがひしひしと感じられた。
「まぁ、今日いきなり答えを出すのは難し――」
「あ、あの! 答えを出す前に、一つ、聞いてもいいですか?」
それは、ゼミの時に聞いてから、ずっと心の片隅で気になってたこと。
それが、伊坂さんの言った“危険を伴う目的の話しを聞いたことにより、大きな存在感を持った疑問となって心を支配していた。
「――いいわ。 何?」
「皆さんの言ってる本当の目的って……サトミさん、って方が、関係してるんですか?」
あの時、感情を爆発させた新田さんが叫んだ名前。
それも、あの時の話から考えると……
━━━━━“神隠し”━━━━━
その単語が、私の脳裏に浮かぶ。
「あの時、私が言っちゃったから……」
「まいったわね、 しっかり覚えてたなんて」
私の口から出た名前に、伊坂さんや新田さんが驚きの表情を浮かべた。
「人の名前が出てきたから、印象が強くて。 それより……やっぱり関係あるんですね」
「そう、ね。 聡美達の事が無ければ、私達がここまで固執する事もなかったかもしれないわ」
そう言って、伊坂さんは小さく溜め息をつき――
「核心に触れないまま、聡美達の事を説明するなら、それこそ“神隠しにあった”としか言えないわね」
――肩を落としながらそう呟く。
その瞬間。
私が頭に思い浮かべていた単語が、色を――現実味を帯びて、のしかかって来るように感じた。
「神、隠し……」
「うん……だから今日のゼミの題材を神隠しにしたの。 鞠片さんの“科学的視点”からの意見が聞いてみたかったから」
“神隠し”
その単語が放ち始めたプレッシャーを押し返そうと、必死に、声を絞り出すように呟く。
それを聞いて、申し訳なさそうに言う新田さんの目は、今にも涙が浮かんできそうな程に哀しげな色を湛えていた。
きっと、私のレポートを見て、役に立つかもしれないって、認めてくれたのだろう……それは、とても嬉しかった。
でも――
「私なんかじゃ……きっと、役には立てないと、思います」
あのレポートも、幽霊とかが嫌いで、認めたくないって一心で作成したものだ。
いろんな視点からの考察を纏めていたため、先生からも視野の広さや切り口を褒められはしたけど、あれはあくまで空想・想像から生まれたと言う前提の元で作成した物。
実際の神隠しを解決するなんて事、警察でも探偵でもない私に出来るわけがない……。
「だから……ごめんなさい」
「そっ、か……そう、だよね。 急にこんな事言われたって、困るよね」
あはは、と努めて明るく笑う新田さん。
その姿を見てると、自分がとんでもない悪人なんじゃないかと、心が苦しくなって来る。
でも、だからと言って、中途半端な気持ちで関わってはいけないと言う事も感じていた。
「大丈夫よ、今までも私達だけでやって来てたわけだし、何も変わらないだけ。 気にしないで」
そんな私の葛藤を感じ取ってくれたのか、伊坂さんが微笑みながら、声をかけてくれる。
「うん、祐子の言うとおり、私達だけでも聡美や楠谷君を見つけてみせるよ」
「――え?……楠……谷?」
伊坂さんの言葉に応えるように、小さくガッツポーズを見せながら、新田さんが言った言葉に、私はとっさに反応してしまった。
「……??]
「鞠片さん? どうかした?」
そんな私を見て、不思議そうな表情を浮かべる二人。
「あ、あの――」
言いかけた所で、つっかえてしまう。
まるで――
その先は言っちゃいけない。
踏み込んじゃいけない。
――そんな風に、脳が危険信号を出している様な感覚に襲われ、喉がカラカラになる。
「――その、楠谷って……?」
そんな感覚に逆らうように絞り出した声は、老人の様なかすれた声……
「あぁ、そっか。 鞠片さんは知らないんだった……。 実は、行方不明になったのは聡美1人じゃないの」
新田さんが言葉を発するたびに、どんどん胸が苦しくなってくる。
「消えたのは2人で、一人は鞠片さんからも名前が出た、蓮口 聡美」
頭が「その先は聞くな」……と警鐘をならしているかのようにガンガンする。
「それで、もう一人が――」
「……楠谷……孝太?」
脳内に響く警鐘を振り払うように、口にした名前。
それを聞いた途端、新田さんと伊坂さんは目を見開く。
「……なんで、鞠片さんが楠谷君の名前を……?」
「聡美と違って、孝太の名前は、一度も出てないはずなのに……」
確かに、新田さん達との会話に、その名前は出ていない。
でも……
私は彼の名前をよく知っている。
「……孝太とは、幼馴染み、だから……」
小さい時はよく一緒に遊んでいた。
中学を卒業して、別々の高校に入り、徐々に疎遠になっていってたけど。
「まさか……あなたが、孝太と知り合いだったなんて」
「あ、あの新田さん、伊坂さん……さっきは断ったんですけど――」
いまだ驚きが冷めていない様子の2人に向かって、私は口を開く。
「――よかったら、今の話、詳しく聞かせて貰えませんか?」
頻繁に連絡を取り合うような間柄では無くなっていた。
だから、ある時を境に、メール等の返信が一切途切れた事にも、違和感を感じなかった。
「鞠片さん……」
「私じゃ、大した力にはなれないかもしれないけど――」
そんな、相手でも。
自分と関わりが深い人であることに違いはない。
「――それでもっ!」
「……分かったわ。 彼の事も含めて、私達が知ってる事、全部話す」
――だから、落ち着いて。
そう言って、半分位お茶が残っていた私の分のグラスを手渡してくれる。
そのお茶を一気に飲み干し、気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
「あの、すみません、取り乱してしまって」
「気にしないで。 知り合いが行方不明になったって知ったら、誰でも取り乱すわ」
そう言った伊坂さんは、すぐに真面目な顔になり、私をじっと見つめると、静かに言葉を紡ぐ。
「とりあえずは、さっきも言った、私達の本当の目的から話すわ」
そう前置きをして、聞かされたのは――
「私達の目的は、あの大学の"8不思議”を解明する事なの」