第37話 終わらない逃走
「先生の……弟?」
その言葉を聞いて慌てて先生の方を見ると、以前ゼミの時に見た、怒りを押し殺しているような、暗く冷たい目をしていた。
「えぇ。 私の弟は、建築に関わる仕事をしていまして、この大学を建てる前にあった、高校の解体工事にも携わっていたんです。 ですが――」
「先生の弟さんは工事の途中、夜の校舎でおかしな事が起こるから調べてくる、と同僚に言い残した後、行方不明になったらしい」
いい淀んだ先生の言葉を引き継ぐように、西崎さんが言った内容は――
「それ、孝太や聡美さんがいなくなった時の状況と、似てますね」
「そうなんだよねぇ。 “夜”に、“旧校舎”を調べに行って、行方不明」
「詳しい情報は得られていませんが、他にも数件、“夜の旧校舎”に関わる事件があるようです」
ヒロ兄達警察は、その辺りの情報も持ってるかもしれないけど、今、携帯は圏外だから連絡は取れないし……。
「まぁ、今の状況で過去の事件まで調べるのは無理だし、まずはハルちゃん達と合流を――」
そこまで言った西崎さんが、急に表情を険しくして口をつぐむ。
その理由はすぐに分かった。
通路の前後両方から、コツン、コツン、と足音が近付いて来たのだ。
「ちっ……のんびり話しすぎた。 とりあえず、こっちに!」
そう言って走り出す西崎さん。
私と先生も背後を気にしながら、懸命に追いかける。
「――邪魔だぁっ!」
「なっ!? 侵入者――ぐぁっ!」
L字になった角を曲がった瞬間、鉢合わせた仮面の人物を、西崎さんは、走り込んだ勢いを乗せた右ストレートでぶっ飛ばすと、そのまま脇を走り抜けた。
仮面を叩き割る勢いで殴られた相手は、そのまま壁に激突し、崩れ落ちる。
……うわぁ、痛そう……って、この人って。
「……そんな……金橋先生まで」
後ろを走る森島先生の呟きで確信したが、やっぱり、大学の先生だったみたい。
道理で見たことあったわけだ。
「たぶん、教員の3割くらいはグルだよ」
「えっ? そんなに――!?」
ずっと存在を隠し通して来た以上、精々数人程度の組織だと思っていたのに、想像以上の規模に言葉を詰まらせてしまう。
――いや、人数が多くて管理しきれず、漏れてしまった情報の集約したのが、“本当の七不思議”だったのかもしれない。
「さすがに、誰が“敵”かまでは分かってないけど……」
「どちらにしても、構成員全てがここに詰めているわけではないでしょう。 まだ昼間――授業がある講師は大学側にいるでしょうから」
そんな話を聞きながら、走っていると、目の前に、Y字に分岐した通路が見えてくる。
それとほぼ同時、先頭を進んでいた西崎さんが、分岐の手前で立ち止まり、こちらを振り返った。
「カナエちゃん、先生、まだ大丈夫そう?」
「はぁ……はぁ……キッツい、ですけど、少し休めば、なんとか」
「私は鞠片さんよりはまだ余裕がありますが……さすがに、辛くなってきましたね」
人の気配をなるべく避けながら、結構な距離を走る事になって、運動不足だった私は息が中々整わない。
先生も、多少はキツそうにしているが、まだ余裕あるみたいだし、西崎さんに至っては、顔色も変わってなかった。
「追手っぽい足音も聞こえないし、少しだけ休んでから、どっちに進むか決めようか」
無事に帰れたら、もう少し体力作りしよう、なんて事を考えていると、西崎さんが通路の先を交互に眺めながら声をかけてくれる。
「ありがとうございます……すみません」
「いえいえ、いざと言う時に動けないとマズイしねぇ」
お言葉に甘えて、壁に寄りかかって休もうとした私だったが、次の瞬間に聞こえてきた音に、体を強張らせた。
「足音? でも、これって」
「今までの追手とは違いそうだね」
これまでは歩きの足音ばかりだったのに、今回聞こえて来たのは、“走っている”ような足音だった――。
もしかしたら、私達みたいに逃げている人がいる?
まさか、伊坂さん達が――
そう思い、音がしたのと逆――向かって左側の通路に身を潜めた私達は、そっと右側の通路を覗き込む。
しばらくして見えてきたのは――
「はぁ……はぁ……はぁ……」
時々後ろを振り返りながら、息を切らして走るスーツ姿の女性だった。
「相川先生!?」
「も……森島先生……ご無事だったんですか!? あ、そ、そんな事より、変な仮面の人達が――」
相川先生と呼ばれた女性が言いかけた所で、通路の向こうから、コツン、コツン、と言う足音が響いてくる。
「西崎君!」
「分かってます! カナエちゃん、動ける?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
私の返事を合図に、相川先生を入れた4人は、身を隠していた左側の通路の奥に向かって、再び走り出したのだった……。




