第36話 旧校舎の亡霊
私の問いかけを聞いた西崎さんは、一瞬だけ眉をひそめたものの、すぐにいつもの雰囲気に戻って口を開く。
「――誰からって……ほら、ユーコちゃんからゼミが中止になったって言われた時に――」
「あの時……伊坂さんは『森島先生が急用で帰ったらしい』としか言ってません」
「あれ? じゃあその後、カナエちゃんから聞いたんだったかな?」
私がすぐさま否定したからか、苦笑しながらそう口にする西崎さんだったが――
「――それこそあり得ません。 確かに私は、“神隠し”の情報を警察署で聞いていましたが、誰にも話していませんから。」
そう。
先生が“神隠し”に遭った事を知っているのは、間違いなく情報統制を敷いているはずの警察関係者と、おそらく学校の上層部、そして――
――犯人達のグループのみ、のハズなのだ。
「だから、西崎さん……あなたが、先生の“神隠し”を知る方法は――」
「――“神隠し”を行った、犯人のグループからの情報提供……ってワケか」
目を細め、口元に小さく笑みを浮かべた西崎さんは、私の言葉を引き継ぐようにそう言った。
「あ~あ、まさかこんな形でバレるとはね」
「西崎君……やはり、ですか」
まるで、イタズラがバレた子供のような雰囲気の西崎さんを見て、先生が口を開く。
「あれ? 先生にも疑われてたんだ?」
「鞠片さんと同じで、確信があったわけではありませんがね」
そう前置きして語られたのは、私が感じていた違和感と似たようなものだった。
例えば、先生が“本当の七不思議”に疑問を持って、詳しく調べるようになったきっかけも、私のレポートを読むきっかけも、西崎さんの些細な一言だったらしい。
私と同じで、その時その時には気にも留めなかった事柄で、大筋をコントロールされているような、そんな錯覚に陥ったと言うのだ。
「その違和感を感じてから、私は、あなたの事も徹底的に調べました。 ――その結果、“西崎 克也”と言う生徒が、大学に存在しない事が分かったのです」
「――え?」
先生のその言葉に、一瞬頭が真っ白になる。
今、先生は、なんて?
「……先生、それ、どう言う――」
「彼はそもそも、大学の生徒ではなかったんですよ。 恐らくは、授業中などに、“旧校舎の亡霊”を発生させていたのが――」
そこで言葉を切って、先生が西崎さんへと視線を向けた、次の瞬間。
「く……くく………くはは……あっはははははは! な~んだ、そこまでバレてたんだ。 って事は当然――」
「――えぇ。 貴方が学校の理事も務める、西崎会長の息子だと言う事も調べました」
急に笑いだした西崎さんとは対称的に、淡々とした様子の先生が、質問――と言うよりも、まるで事実確認のように言葉を発していく。
――その結果。
「なるほど……西崎君、君の言葉を信じるなら、私達の目的は同じのようですね」
「信じて貰えるのなら、ですけどねぇ」
そう言って苦笑を浮かべる西崎さんが語ってくれたのは、大きく3つの内容だった。
まずは先生も言った、“亡霊”の正体。
これ自体は、ヒロ兄が予想していたような盗聴用のアンテナが屋上に、そして会話盗聴用の小型マイクが校内のあちこちにあり、そのアンテナのメンテナンス部屋と言う事になっている小屋で、通信内容のモニタリングと仕掛けの起動が出来るようになっているらしい。
次に“犯人”達について。
首魁は、西崎さんのお父さんで、学校の理事でもある西崎 哲也会長。
大学の講師の中にも、何人か会長の部下のような人がいて、西崎さんがゼミに参加してる間の“亡霊”の管理や、私達が旧校舎に初めて忍び込んだ際に、襲ってきた“白い仮面”、そして、今回先生を“神隠し”にしたのもこの人達らしい。
どうやら他にも、別の学校や病院の偉い人、政治家等にも関係者がいるらしいが、西崎さんもそこまで詳しくは知らないのだそうだ。
そして3つ目が、西崎さんの目的。
それは、“神隠し”の証拠を掴んで、父親を止める事だそうだ。
そのため、深くまで潜り込んで必要な情報を集めるために――そして何より、これ以上父親による“神隠し”の被害者が出ないように――それまでは“仕事”から自分を遠ざけていた用心深い父親を、根気よく「将来、継ぐのは自分だ」等と説得し続け、ついに“亡霊”の管理を任されるに至ったのだとか。
父親の“仕事”については、まだハッキリしておらず、“亡霊”を任される事になった時も――
「古い校舎は、解体工事が途中で放置されていて危険だから、学生達が怖がって近付かないようにする」
――と言う、説明がされたそうだ。
その後、父親の携帯のGPSをこっそりオンにして、居場所の追跡を行った結果、それまでは疑念でしかなった旧校舎への出入りが確定し、“神隠し”への関与も確信に変わったらしい。
「西崎さんは、いつからお父さんを調べてたんですか?」
「調べ始めたの自体は、かなり前からだよ。 元々、爺さんの頃から、普通よりは裕福だったけど、親父の代に替わってから、有り得ないくらい急に羽振りがよくなったから。 ただ、本格的に動き始めたのは――」
そこで、一旦言葉を切ると、ゆっくりと先生の方へと視線を向けた西崎さんは――
「森島先生の弟さんが、“神隠し”に遭ったって事を、知ってからだね」
――衝撃の事実を口にした。




