第35話 膨らむ疑念
「先生っ! 森島先生っ!」
「……ぅ……うぅ……」
そっと仰向けにし、声をかけながら肩を叩いていると、先生が小さく呻き声を上げながら、ゆっくりと目を開いた。
「よかった。 痺れとか痛みとか、無いですか?」
「……えぇ、大丈夫なようです。 どうして鞠片さんが――と、言うより、ここは一体?」
そう言いながら、周囲に視線を巡らせた先生は、とある地点を見た瞬間に、目を見開く。
「ここ、旧校舎の地下っらしいっすよ。」
先生の見ている先へと顔を向けると、ちょうど入って来た場所から通路側を窺っていた西崎さんが、チラリとこちらを見た後そう言った。
「西崎……君」
「どうしました? 先生?」
「あ、いえ、何も。 まだ少し、頭がボーッとしているようです」
まるで幽霊でも見たような目で、西崎さんを凝視していた先生に、何か引っ掛かりを感じて尋ねてみるも、返ってきたのはどこかはぐらかすような返事。
まるで、何かを探るようだった表情も、次の瞬間にはいつもの柔和なものに戻っていた。
「それにしても、旧校舎、ですか……と言うことは、まさか、他のみなさんも?」
「……はい。 でも、みんな捕まったっぽくて……自力で抜け出せた私と西崎さんで探してる所なんです」
そこまで言った所で「ふむ」と何かを考え込む
「では、私もご一緒しましょう。 皆さんの事も心配ですから」
それから暫く、3人であちこち探索したものの、いくつかの空き部屋や、倉庫のような部屋があっただけで、他の皆の姿は見つけられずにいた。
「居ませんね。 何度か分かれ道がありましたけど、別の通路が正解だったんでしょうか?」
「どうだろうねぇ。 確かに皆は居ないけど、その代わりに、仮面の奴らにも遭遇しないから、ある意味正解なのかもよ」
私の問い掛けに、前を歩く西崎さんが振り向かずに答えてくれる。
最初の内は警戒しながら進んでいたが、今では頭の後ろで手を組んでのんびり進んでいた。
あんまり、油断はしない方がいいとは思うんだけど……ずっと気を張ってても仕方ないし、背後は先生が警戒してくれてるし――
「――先生。 後は、大丈夫そうですか?」
「えぇ、特に変わった事はありませんね。 尾行られてる様子も無さそうですし」
――と、言うことは、私たち三人の脱走にはまだ気づかれてない?
でも、あの時仮面の人達は、定期的に巡回して、目を覚ますのを待っているような雰囲気だったけど……
脱走がバレてるなら、そのまま泳がされてるのだろうか?
そうだとしたら、監視はされてそうだし……あ、もしかして、そのまま縦穴から逃げたと思われたのだろうか?
ダメだ。
いろんな事が、頭の中で引っ掛かってる気がするのに、それがなかなか一本に繋がらない。
パズルのピースは沢山あるのに、核になるピースが足りなくて形に出来ない感じだろうか。
今はまだ、時々分岐はあるものの、ほぼ一本道。
後ろで先生が警戒してくれているし、今の内にもう少し情報の整理をしたい。
特に――
――もしも、ヒロ兄達が言った通り、あの人が犯人の仲間だったとしたら?
今考えると、引っ掛かる行動――と言うより、まるでその人の言動によって、私達の動きがコントロールされてたんじゃないかと思える程に、要所要所でカギとなる言動があったように思うのだ。
でも、その一方で、犯人達にとってマイナスになるような情報もちらほらと出されていたりもする。
結局、味方と言い切るには怪しい行動が多く、敵と言い切れる程の証拠もないのだ。
そうやって、半ば自分に言い聞かせるように結論を出しかけた、その時だった。
「それにしても、先生まで神隠しに遭ったって聞いた時はビックリしたけど、無事で良かったっすね~」
前を歩く西崎さんが、ふと思い出した、と言うように、肩越しに振り返りながら言った言葉。
いつも通りの口調。
思って当然の内容。
それなのに、それを聞いた私の心は、ざわざわと騒がしくなり、思わず立ち止まってしまう。
「……? どうしました、鞠片さん?」
「カナエちゃん?」
後ろを歩いていた先生が、私に合わせるように立ち止まり声をかけて来たのを見て、前を行く西崎さんも歩みを止めて振り向いた。
いつも通りの、私を心配してくれる、優しい表情。
だから――
自分の考えが間違っていると思いたくて……
単なる思い過ごしなんだと信じたくて……
その確証を得るために、たった今、違和感を感じた事を――
「西崎さん……先生が“神隠し”に遭ったって、誰から聞いたんですか?」
――訊ねた。




