第3話 発生!怪奇現象
「まずは、神隠しを科学的に捉えた場合ですが――」
森島先生に急かされるようにして、続きを話し出した私は、“拉致”以外の可能性についての考察を始める。
「――第3者によって消された場合と、自分の意志で姿を消した場合が考えられます」
周りの皆は、先生の雰囲気に気圧されているかのように、一切口を挟まずじっと私の話に耳を傾けていた。
「――この事から、神隠しは“拉致”だけでなく“失踪”に分類される事もあると思います」
「ふむ、他の可能性はありますか?」
皆が黙っている中、先生だけは、さっきまでと同じ冷たい声音で質問を投げてくる。
「……えっと……さっきの2つは、どちらも“事件”と言う扱いになると思いますが、事件性が無い場合も勿論あると思います」
そう、何の前触れもなく、足取りが消えてしまうのが“神隠し”だとするのならば……
「じ、事件性が無いって、人が消えちゃうんだよ!? それなのに事件にならないなんて――」
「榛奈、落ち着いて!」
突然、さっきまで沈黙を守っていた新田さんが、叫ぶように声を上げ、隣の伊坂さんが慌ててそれをなだめる。
たしかに、“消えて”しまったのなら事件かもしれない――
――でも。
「“消えた”のが、周りの人たちの勘違いだった場合は、事件にはならないと思います」
「……勘、違い?」
「はい。 例えば、明日から私が急に学校に来なくなったとします。 携帯に連絡しても繋がらず。 一人暮らししている家には誰もいない。 近所の人に聞いても何もわからない……そんな状況になったら、神隠しだと思われるかもしれません」
この状況だけを見れば、神隠しだと思っても仕方ないかもしれない。
でも、ここに“本人しか知らない”と言うもう一つのピースをはめると……
「ですが、誰にも――親にさえ内緒で、例えば……海外留学に行ったのだとしたら、神隠しですか?」
「……あ……」
「……なるほど、周りの人間が知らされていなかっただけで、本人的には“消えた”つもりはなかったわけね。 確かにそれなら事件とは言えないわ」
私の質問に、言葉を詰まらせ、俯いてしまった新田さんと、理解を示してくれる伊坂さん。
後の二人も「なるほど……」と頷いていた……が。
「………内緒…………なく…………子じゃ………った……」
「……新田さん?」
新田さんは、俯いたまま、小さな声で何かを呟く。
聞き取る事が出来なかった彼女の言葉に、皆が彼女の方に視線を向けた、瞬間。
「あの二人……聡美達は、内緒で居なくなるような子じゃなかった!!」
「――っ!!?」
まさに感情が爆発と言った様子で、叫ぶ新田さん。
そのあまりに大きな声量に、周りにいた私たちは、仰け反るように肩をビクリと震わせた。
「聡美達は、誰かに消されたんだ……あの学校を調べたから――」
「「榛奈(新田)!」」
感情に任せて叫び声を上げる新田さんの口から“学校”と言う単語が出た途端。
顔を真っ青にした伊坂さんと東川さんが、同時に新田さんを制止させる。
――その直後。
カタカタと部屋中の窓が揺れ始めたかと思うと、ピシッ……ピシッ……パァン!と言う音と共に数枚の窓ガラスが砕け散った。
「え?……えぇ?……な、何、これ?」
「落ち着け、鞠片! すぐ収まる!」
突然の事に軽くパニックを起こしかけた私に東川さんが声をかけてくれる。
落ち着けって言われても……
こう言う、あたかも“心霊現象”ですって言うような……
あぁ! ダメダメ!
心霊現象なんて……ゆ、幽霊なんているわけ無――
「キャァァァ!」
途中まで進んだ思考は、再び響いたガラスの破砕音……いや、むしろそれを聞いて、思わず上げてしまった自分の悲鳴によって、頭から飛んでしまう。
頭の中が真っ白になり、思考回路がショートしてしまった私は、未だポルターガイスト現象が続く教室内で、肩を抱くようにしてうずくまった。
『……聡美……ごめんね……ゴメンね……私……そんなつもりじゃ……』
『榛奈! しっかりしなさい!』
『なんだかいつもより長い気がするねぇ』
『言ってる場合か! 新田、鞠片も、しっかりしろ!』
周りで皆が何か言ってる声がするが、よく聞き取れない。
耳に入るのは、窓が振動し、軋みを上げ、砕ける音。
「(もう……やだぁぁ……)」
幽霊なんていない。
幽霊なんていない!
幽霊なんて──
ぎゅっと目を閉じ、そうやって自分に言い聞かせるように、頭の中で繰り返していると、不意に……まるで頭の中に直接話しかけられたかのように、やけにハッキリとした声が聞こえた。
「今日のゼミはここまでですね。 片付けはやっておきます。 あなた達は早く帰りなさい。……寄り道などは、しないように」
声の主は森島先生らしい。
その声は、さっきまでと同じ冷たい印象で、しかもこんな状況は全く気にもしていないとでも言うような冷静さで……
それがより一層、有無を言わさぬ雰囲気を醸し出していた。
「――っ……わかりました。 西崎、お前は皆の荷物、伊坂は新田を頼む。 鞠片、立てるか?」
「……は、はい……大……丈夫……です」
手を差し出してくれた東川さんに支えられるようにして、教室を後にする。
すぐ前には、さっきからずっと何かをつぶやき続けている新田さんが、伊坂さんに引かれながらヨロヨロと歩いていた。
「あの……東川さん?」
前を行く二人を眺めながら、隣で腕を貸してくれている東川さんに小さな声で話しかける。
「ん? どうした?」
「えっと、新田さん……何かあったんですか?」
拉致などの単語に敏感に反応し、今は錯乱状態。
正直、何もないって思う方が難しい。
「…………………………」
でも、私の問いかけへの返事はなく、東川さんは険しい表情で黙々と歩いていく。
聞いてはイケないことだったのかな……と諦めかけた、瞬間。
「………………伊坂」
突然足を止めた東川さんが、前の伊坂さんを呼び止めた。
「………………」
「どうする?」
無言で立ち止まり、振り返る伊坂さんに、東川さんは問かける。
「……どちらにしても学校内じゃ話せないわ。 榛奈もこんな状態だし」
伊坂さんは、静かにそう言うと、新田さんの方に視線を向けた後、ゆっくりと私の方へ視線を流した。
「鞠片さん、連絡先、教えて貰える? 榛奈が落ち着いたら連絡するから」
「あ、はい、分かりました。 ちょっと待ってください。 西崎さん、私の鞄貰えますか?」
「オッケー。 カナエちゃんのは……コレかな?」
そう言って差し出してくれた鞄を受け取り、中から手帳を出して自分の携帯のメールアドレスと番号を書き込んで行く。
そして、書き終わったページをピリッと破り伊坂さんに差し出した。
「――どうぞ」
「ありがとう。 後で連絡させてもらうわ。 それじゃ私は榛奈を送っていくから」
またね。と短く言って、西崎さんから鞄を受け取ると、伊坂さんは新田さんの手を引いて行ってしまった。
そんな二人を見送ったところで、西崎さんが口を開く。
「んじゃ、俺達も帰ろっか」
「そうだな。 鞠片は、電車か?」
「あ、はい、そうです」
私の言葉を聞いて、東川さんは少し考える素振りを見せ――
「ふむ……なら、駅まで車で送ろう」
――そう言ってくれた。
「え? でも……」
「駅までのバスが来るまで時間あるだろうし遠慮する事無いよカナエちゃん」
「……お前はもう少し遠慮をしろ。……どうせこいつも駅方面だ、ついでだから気にするな」
そう言って駐車場の方へと促される。
正直、さっきの“アレ”のせいで、まだ少し膝が笑ってるし、今回は好意に甘える事にしようかな……。
「じゃあ、お願いしていいですか?」
「あぁ、あの車だ」
東川さんは少し先に止まっている銀色のセダンに近寄ると、鍵を開けて乗り込み、視線で乗るように促してくれる。
「んじゃ、カナエちゃんは助手席ね。 俺、後ろで寝ていくから」
言うが早いか、西崎さんは後部座席に乗り込むと、鞄を枕にして横になり目を閉じた。
そんな様子を見て呆然とする私と、やれやれとため息をつく東川さん。
「……いつもの事だ、放っておいて構わない。 ほら、乗ってくれ」
「あ、はい……よろしくお願いします」
私が、そう言って車に乗り込んだのを確認すると、東川さんはゆっくりと車を発進させた。
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「たしか鞠片は、新田と同じ学部だったな」
「はい、同じ医学部です。 東川さんは、たしか法学部でしたよね?」
駅までの道のりはおよそ30分。
すでにいびきをかき、熟睡している西崎さんを尻目に、私たちは他愛ない会話で時間を潰していた。
「あぁ。 弁護士を目指してるんだ。 鞠片はなぜこの大学を? 医学部なら、もっと有名な所もあっただろう?」
「あ、えっと……ここなら、実家からもそんなに遠くないですし、なにより学費が安かったので」
「なるほど。 確かに、他の大学と比べれば安いな。 設備もそこそこの物が揃ってるし。 あぁ、そういえば――」
普通の話をするのが初めてだった、と言うのと、東川さんが次々話を振ってくれるおかげで、気まずい沈黙が流れることもなく、楽しい30分間になった。
「さぁ、到着だ」
駅前に到着し、ロータリーに車を停車させてくれる。
「助かりました。ありがとうございます」
「こちらこそ、西崎はいつもこうだからな、話をしながらで楽しかったよ。 それじゃまた」
車を降りて頭を下げた私に、小さく手を振りながら、東川さんは再び車を発進させ、町並みへと消えていった。
「……なんか、ちょっと疲れちゃったかな」
駅の改札を抜け、ホームを歩きながら、ぽつりとつぶやく。
初めてのゼミ参加。
あの時の謎の現象。
先生の態度の豹変。
ちょっとだけ……いろんな事がありすぎて、頭が休息を欲しがっているみたいだ。
帰ったら、先に一眠りしようか……
そんなことをぼんやり考えながら、私はホームに入ってきた帰りの電車に乗り込んだのだった。