第29話 秘密の小部屋
地下通路を抜けた先の部屋は、前回旧校舎に来た時には調べなかった、1階向かって右側の一番奥にあるようだった。
念のため、ホールまでにある部屋も軽く覗いてみたが、図書室のように2部屋分使った、職員室と思われる部屋と、保健室らしき部屋の2部屋。
「やっぱり、あの時の玄関だよね?」
「えぇ、下駄箱もあるし、間違いないでしょうね」
ホールに着いて、周囲を確認してみたところ、やっぱり先日潜入した玄関に間違いなさそうだ。
違いとしては、今回はまだ午前中のため、前回と比べ明るい事と、入り口の扉が閉まっている事くらいだろうか。
「それで、どうする? まだ調べていない部屋も確認するのか?」
「……そう、ね。時間も惜しいし、一気に3階まで行ってしまいましょうか」
伊坂さんの言葉を合図に、ホールにある階段で3階を目指す。
前回と違い周囲が明るいため、全員で周囲を警戒しながらではあるが、サッと3階のホールまで到達。
そのまま、問題の左側奥の部屋へと向かう。
「ここが、祐子達二人が襲われた場所……」
「んで、アレが問題の掃除道具入れ、なのかな?」
前回と同じように、端の方に椅子と机が積まれているため、他より広く感じる教室で、新田さんと西崎さんが周囲を見回しながら呟いた。
「そうです。あの中から、仮面の人が出てきました」
「……とりあえず、開けてみるか。みんな、警戒しておいてくれ」
そう言いながら、東川さんがゆっくりと掃除道具入れに近づき、取っ手部分に指を掛ける。
そのまま、チラリと視線をこちらに向けた後――バッと一気に開いた。
「……何も、無さそうだねぇ」
「中にもおかしな部分は無いようだが……」
全員が固唾を呑んで見守っていたが、開いた先には何もなく、東川さんが中をコンコンと叩いてみるが、特に変な音もしないようだ。
「この中から、出てきたんだよね?」
「それは間違いない、ですけど」
そう言いながら、私も覗き込んでみるが、変わった所は無さそう。
あの時はたしか、1回目開けても何もなくて。
扉を閉めた後、ドアが開くような音が――
――あ、もしかして……試して、みようか?
「――このまま、閉めてみて貰えますか?」
「え?ちょっと、鞠片さん?何を……」
う~ん、と考え込んでいたみんなを後目に、掃除道具入れの中に踏み込んだ私を見て、新田さんがギョッとしたように口を開く。
「なるほど、中から出てきたなら、中に入ってみようってわけね……でも、危険なんじゃない?」
「なら、俺が一緒に入ろ ……って、い、いや、下心とか無いから!」
最後まで言う前に『狭い掃除道具入れに、二人で入って何する気だ?』みたいな冷たい視線が集中し、慌てて「1人だと危ないかと思って!」と弁解をする西崎さん。
心配してくれる気持ちは嬉しいとは思うけど。
正直、私もこの中に二人で入るのは……ちょっとご遠慮したい。
「それなら、僕か西崎が先に入って、安全を確かめてから順番に行くか?」
「――いえ、私が行きます。このまま閉めてください」
仮に――――さんに先に行って貰ったとして、万が一、犯人側と繋がっていたら?
手掛かりになりそうな物があっても、隠されてしまうかも。
それなら、私が最初に行って、少しでも調べた方がいいと思う。
「――わかった。何があるか分からないから、充分気を付けてくれ」
「はい。では、お願いします」
東川さんは、少し悩むような様子を見せた後小さく頷くと、取っ手に手を掛けて、ゆっくりと扉を閉めてくれる。
閉まっていく扉の隙間からは、新田さんや西崎さんも心配そうな顔をしてくれていた。
――さて。
この中から出てきたのだから、たぶん後ろ側に別の扉か何かがあるのだと思うんだけど……
何が来ても大丈夫なように、身体をクルリと回転させて後ろ側に向き直って身構える。
それとほぼ同時に、背後で扉がガチャリと閉まる音がした。
――教室側の扉は閉まった。
――でも、特に変わった事は――
「――うわぁっ!?!?」
何もなさそうだと思って、目の前の壁に手を付こうとした私は、大した抵抗もなく壁が開いたことにより、つんのめる様にして倒れ込んでしまう。
「痛たた……いったい何が――」
勢いよく床に付いてしまったためにジンジンしている両手を振りながら、後ろを振り返ると――
「――ドア?」
取っ手が付いた扉が、ギギィと音を立てながら揺れていた。
『鞠片さん?聞こえる?大丈夫なの!?』
「あ、大丈夫です」
そっと扉に近づくと、向こう側から伊坂さん達の声が聞こえてくる。
それによると、どうやら、掃除道具入れの扉が開かなくなったようだ。
周囲を見渡して見ても、特に何も置かれていない小さな部屋。
あるのは、この部屋に入った時の、掃除道具入れへと繋がる扉と、反対側にある、もう1つの扉のみ。
――と言うことは、たぶん。
「――こっち側の扉を閉めてみますので、それで、そっちが開かないか試してみてください」
『――わかったわ。お願い』
伊坂さんの言葉を合図に、扉を閉める。
ギギィ、バタン、と、大きめの音を立てて閉まった扉を見ていると、数秒後に再びギギィと音を立てて扉が開く。
「あ、新田さん!」
「すごい……ホントに壁の向こうに抜けられたんだ」
開いた扉から姿を見せた新田さんは、キョロキョロと周りに視線を飛ばしている。
『榛奈、抜けられたなら扉閉めて。こっちが開かないから』
「あ、ゴメン祐子。すぐ閉める」
伊坂さんに促され、慌てて扉を閉める新田さん。
その後も、西崎さん、伊坂さんと、順調にこちら側に抜けてくる。
「後は雅人だけだねぇ」
「そう言えば、1人で扉閉められそうでしたか?」
私は閉めて貰っちゃったから、すっかり忘れてたけど。
もし閉められなかったらこっち開かないんじゃ……
「それは大丈夫。扉の端に指引っ掛けたら閉めれたよ。」
「あ、それなら安心で――」
――バタン、ギギィ――
安心ですね、と言いかけたところで、再び扉が開く音がして、みんなが視線を向けると――
「――なっ!!」
「みんな!下がって!」
伊坂さんが驚きの声を上げ、ほぼ同時に、西崎さんが私たちを庇うように“白い仮面の人物”との間に立ち塞がる。
「(ユーコちゃん。そっちのドア、開きそう?)」
「(分からないけど、鍵のつまみはあるから、たぶん)」
仮面の人物を睨み付けながら、ジリジリと後ろに下がりつつ、小声で聞いてくる西崎さんに、伊坂さんも声を落として答える。
仮面の人物はまだ、隠し扉の所から動かず、ジッとこちらの様子を窺っているのみだ。
「(最悪、俺が抑えるから、ドア開けて逃げてくれる?)」
「(え?でも――)」
「――っ!!みんな!行って!!」
私が言い淀んだ瞬間、仮面の人物がおもむろに一歩を踏み出し、それを見た西崎さんが声を張り上げる。
そこからはあっという間だった。
弾かれるように扉に飛び付いた伊坂さんが、手間取りながらも鍵を開けてドアを開く。
そのまま半ば転がるように部屋を出ると、すぐさま左右を確認。
右手側に廊下が続いてることを確認して――
「榛奈、鞠片さん、こっちへ!!」
「うんっ!」
――声を上げた伊坂さんに促され部屋から飛び出した新田さんを追うように、私も扉から出て振り返る。
「――っ!?西崎さん!」
「――ぅぐっ!いいから!カナエちゃんも早く行って!」
そこでは、首を絞めようとしている仮面の人物と、それに抵抗する西崎さんの姿が見えた。
「でも――」
「鞠片さん、早く!――克也!」
「……わかってる!すぐ追いかけるから!――行って!」
助けに入るべきなんじゃ――と伸ばしかけた手を、横から掴んだ伊坂さんが名前を呼ぶと、グググッと仮面の人物を押し返しながら西崎さんが答えてくれる。
その様子を見た伊坂さんは、「お願い」とだけ言うと、私の手を引きながら走り出したのだった。