第27話 恐怖と、仲間への想い
「(まだ、来てないみたいだな)」
隠し通路内へと身を隠した私達は、息を潜めながら、扉の向こうに耳を澄ませていた。
それにしても――
「(うぅ……暗いですね)」
「(仕方ないわ。 視聴覚室側も、暗幕かけられてたし)」
そうなのだ。
通路に入った時は、そんなに思わなかったけど、扉を閉めると一切の光が遮られて、完全な闇が周囲を包みこんでいる。
腕を伸ばしたら、自分の手が見えなくなるほどの真っ暗闇。
私は、不安に駆られるように両手を周囲に彷徨わせ、指先に触れたものを咄嗟につかんだ。
「(――うわっ! びっくりした。……この掴み方はカナエちゃんかな?)」
「(あ、うぅ――すみません……驚かせてしまって)」
「(いいよー。 真っ暗だし、手繋いどく? 苦手でしょ、こういうの)」
どうやら手探りで掴んだのは、西崎さんの服だったようだ。
暗闇で急に掴んだせいか、ビクリとされてしまったけど、そう言ってそっと手を握ってくれる。
「(ありがとうございます。――少し、安心しました)」
「(――それより、どうする? このままここに隠れておくか、それともこの際、通路の先も調べてみるか?)」
ほっとひと息ついたのも束の間、今度は東川さんが声を上げた。
正直、私としては、このまま皆で固まったままじっとしておきたい所なんだけど……。
いや、怖いとかじゃなくてね!
今日は隠し通路があるかどうかを調べるだけのつもりだったから、食料なんかの物資をそんなに用意してないし。
だから、怖いとかじゃなくてね!
ただ……
たぶん皆――特に、新田さんは――――
「(――私は、聡美達を探しに行きたい……)」
――ですよね。やっぱり。
「(聞いておいてなんだが、準備も不十分だし、危険じゃないか?)」
「(探索用に色々道具は持ってきてるよ。それに――)」
東川さんの質問に答える新田さんは、そこで言葉を切って俯くと、数秒の後顔を上げて――
「(――あの二人を、早く見つけてあげたいの。……どんな姿でも)」
そう言った彼女の表情は、決意に満ちていて、その気迫に圧されるように、私達は揃って息を呑んだ。
「(……わかった。なら、できる限り調べよう。 誰か明かりを――)」
「(あ、私、ペンライト持ってきてますよ)」
「(なら、先頭に西崎と、足元を照らす鞠片、そして伊坂と新田を挟んで、僕が後ろを警戒しながら進もう)」
その言葉を合図に、隠し通路の探索が開始されるのだった。
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「ちょっと降った後は、平坦なんだねー」
歩き始めて数分。
隠し扉のすぐ先にあった階段を降り終えて、しばらく進んだところで、西崎さんが声を上げた。
「歩きやすいからいいけど、どうせなら明かりも欲しかったわね」
「そ……そうですね。こう暗いと、何か飛び出してきそうで不安に――ん?」
今、一瞬、先の方の足元で、何か光ったような――
「どうしたの、カナエちゃん?」
「あ、いえ、なんでもな――」
――また光った!
ライトの光を反射するみたいに、一瞬キラッと光ったあれって……
ライトの先をグリグリ動かしながら、正体を探ろうとした私の目に映ったのは、床と平行にピンと張られた、蜘蛛の糸のような――
「カナエちゃんホントに大丈――」
「――――っ!!?西崎さん!止まってぇ!」
床と平行に、1本だけ張られた糸を見た瞬間。
ゾワゾワと全身総毛立つような悪寒が走り、繋いだままだった西崎さんの手を慌てて引き寄せながら叫んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……けほっ……はぁ……――」
「大丈夫?鞠片さん」
さっきの悪寒が原因か、それとも急に叫んだせいか、ひどい動悸に浅い呼吸を繰り返していると、新田さんが背中をさすってくれる。
「はぁ……はぁ……っぅく――ありがとう、ございます」
お礼を言いながら、少し震えが残る手でライトを動かし、“糸”の周囲を探るように照らし――見つけた。
「……やっぱり。」
「鞠片さん? やっぱりって、いったい――っ!?」
警戒するように、後ろをチラチラと見ていた伊坂さんが、私の呟きに促されるように、光が照らす先に視線を向けて、目を見開く。
その様子を見た他のメンバーも、次々とそちらに視線を向け、同じように動きを止めた。
「あれって……」
「ポスター、のようだな」
そう。
ペンライトの光に照らされ、壁にぼんやりと浮かび上がっていたのは、B2サイズくらいのポスター。
どうやら、微笑む女性の顔がプリントされたものっぽいけど、パッと見ではわからないくらいに赤黒く汚れている。
「……あれ、もしかして、7不思議にある『血塗れポスター』なんじゃない?」
「それって確か、目線を避けていかないと仲間入りするってやつだっけ? ――って、鞠片さん!?」
西崎さんと新田さんが話しているのを聞きながら、フラフラと足元に張られた“糸”に近づいていき、ポスターの“視線”を確認してから、“糸”の少し手前にしゃがみこむ。
そんな私に気付いた新田さんがギョッとしたような声が上げたが、ほぼ同時に、私の指がそっとその“糸”に触れた、直後。
――バシュッ――ドスッ――
空気を裂くような音がしたかと思うと、続くように何かが突き刺さる重い音が響く。
「…………………」
「…………………」
音がした方へ視線を向け、何が起きたのかを目の当たりにした全員が、言葉を失っていた。
私自身、目の前の光景から目が離せず、体も金縛りにあったかのように動かせない。
そして、視線の先にあるポスターの、汚れのせいか虚ろな表情に見える女性の眉間には、20cm強の長さがある黒い矢が突き刺さっていた。
「………これ、気付かずに進んでたら……ヤバかった、よね?」
どれくらい茫然としていたのか――最初に気を取り直した西崎さんが、顔をひきつらせながら呟く。
「……そうね。鞠片さんが気付いてくれなかったら――」
「俺、死んでたかも……だよね。」
西崎さんの言葉に、みんなの表情が一気に暗くなったように感じた。
正直、旧校舎に入った時も、犯人と思しき人物に遭遇して、襲われはしたものの、全員が無事に帰れた事もあって、どこかで楽観的な気持ちになっていたように思う。
だから。
森島先生が消えたと聞いても、根拠無く無事だと思い込んでいた。
隠し通路が本当に見つかって、どこか探検気分だった。
それが、目の前の光景で、間違いなく“命の危険がある”ことを、嫌でも再認識させられてしまった。
――孝太や聡美さんが神隠しに遭ってかれこれ半年。
その間になんの手がかりもない事は、異常ではないのか?
旧校舎の隠された部分が、本当にあるとしたら。
私達があの時見たのが、単に“見られてもいい”部分だったから、“生かされた”だけではなかったのか?
今まで、何となく考えないようにしていた沢山の疑問が、まるで濁流のように押し寄せてきて、軽く目眩がしそうなる程だった。
みんなの力になりたい。
そう、思っていたのに、手の震えが止まらず、腰が抜けたのか、立ち上がることもできない。
歯はカチカチと鳴り、視界も徐々にボヤけてくる。
……やっぱり、私なんて、役には立てな――
「―――あ……」
マイナス思考が爆発して、うつむき震えながら涙を浮かべていた私は、血の気が引いて冷たくなっていた自分の手が、不意に温かくなったように感じて顔を上げた。
「カナエちゃん、大丈夫だよ。 カナエちゃんが気付いてくれたお陰で、誰も怪我してないんだから。 ね?みんな」
「うんうん。 かなりビックリはしたけど、やっぱり流石鞠片さんだよ!」
涙で霞んでいた目に映ったのは、両手で私の手を包んでくれている西崎さんと、その横で同じように手を添えてくれている新田さん。
そして――
「そうだな。僕達だけではずっと進展させられていなかった状況を変えられたのは、間違いなく鞠片のお陰だ」
「えぇ。最初は、他には誰も巻き込みたくないって思ってたけど……今では貴女も大切な仲間よ」
――そう言いながら、背中側からそっと抱き締めてくれた伊坂さん。
そんなみんなの温かさを感じて、ようやく、少し気持ちが落ち着いてくる。
「――すみません。……もぅ、大丈夫です」
本当は、今すぐにでも引き返して、全部無かった事にして忘れたいくらい、怖くて、怖くて、仕方ない。
でも、どちらにしても、ここまできたら、もう後戻りなんかできないんだ。
それなら――みんなと一緒に孝太達を見つけて、絶対、無事に帰る。
そのための準備は、ヒロ兄達とちゃんとしてきたつもりだ。
なにより、伊坂さんや新田さん、東川さん……そして、西崎さんも居てくれる。
『私だけ、挫けてはいられない、よね?』
心の中で、自分自身に言い聞かせてから、ゆっくりと立ち上がり、軽く目元をぬぐってみんなの方に向き直る。
「――たぶん今で半分くらいです。油断せずに、行きましょう」
私の言葉に、みんなが静かに頷いてくれたのを確認してから、私は再びペンライトを通路の先に向けて歩き出したのだった。
果苗ちゃんの成長パートのつもりだったけど、最初は「別人!?」ってくらい、あり得ない程急成長しちゃって、書き直してたらめっちゃ時間かかっちゃいました(泣)
困難にぶつかって、成長していくのって、物語の主人公あるあるだと思うので、ずっと書きたかったシーンのひとつです。




