第25話 3つの質問
───“神隠し”───
もう既に聞きなれた感すら出てきている言葉だけど……。
「――先生も、神隠しに遭ったって事ですか?」
「……嬢ちゃん今……先生“も”って言ったか?」
私の言葉に、柏木さんが鋭い視線を向けてくる。
いや、その、言いましたよ?
言いましたけど、もともと強面なのにそんな般若みたいな目をされると――
「柏木さん……カナが怖がってます」
「ぐむぅ……す、すまん……」
「まぁ、とりあえず、皆こっちきて座って。長くなりそうだし、立ち話もナンだろう」
顔がひきつりすこし後ずさってしまった私を見て、ヒロ兄が呆れたように言うと、気まずそうに視線を泳がせる柏木さん。
その後、私達は促されるまま、部屋の真ん中にあるテーブルの所で席に着いた。
「さて、改めて話を聞かせてもらいたいんだが、その前に、カナの用件から聞こうか。わざわざ職場まで来たって事は、急ぎなんだろ?」
「あ、うん……急ぎと言えば急ぎだけど……。こないだの事について、また意見が欲しくて……」
そこまで言っただけで、色々察してくれたらしい。
ヒロ兄は、柏木さん達にも視線を向けて――
「それならせっかくだ、概要だけでいいから、また一から全部話してくれ。 その方が、柏木さん達が知りたい事も纏めて聞けるだろうから」
――それだけ言うと、こちらに視線を戻して小さく頷く。
そんなヒロ兄に頷きを返してから、ゼミの事、亡霊の事。
そして、今朝の森島先生との会話や、“本当の七不思議”の事を話していった。
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「これで、今わかってるのは全部です」
「……森島氏についてその友達は、“急用ができて帰った”と言語学の教師から授業終わりに聞いた、って言ったな?」
念のため、旧校舎の件を除いた、一通りの説明を終えた私に、柏木さんが聞いてくる。
最初みたいな威圧感は鳴りを潜めているが、眉間にシワを寄せ、人差し指でこめかみをトントンしている姿を見ているのは、なんとなく居心地が悪い。
「そうですね。 急に居なくなった、と言うのはここに来てはじめて聞いたので」
「……ふむ。 加藤、お前はどう思う?」
――?
どう思うって、いったい……
「これだけで白か黒かは判別できないな。怪しくはあるが」
「やはり……調べるべきか。 ――おい、瀬川。 学校に話し聞きに行ったやつがいるから、今のを伝えて、言語学の教師からも話が聞けるように段取りしておいてくれ」
「あ、はい! 了解しました! 失礼します!」
それだけ言って、足早に部屋を出ていく捜査資料を持って来ていた男性。
後に残ったのは私とヒロ兄、そして、頭の中で情報整理をしているのか、静かに目蓋を閉じて、こめかみをトントンしている柏木さん。
――旧校舎での事も相談したかったけど、どうしようか……
――悩んでも仕方ないか。
「(あの、ヒロ兄――実は、例の旧校舎、ちょっと中を調べたんだけど――いくつか問題があって……)」
「(ふむ……柏木さんなら問題ないと思うぞ? ああ見えてかなり柔軟な人だから。 ――まぁ、いっそ俺が調査を頼んだ、とでも説明するか)」
小声で、隣に座るヒロ兄に声をかける。
途中、チラリと柏木さんの方に視線を向けた事で、言いたい事は察してくれたようだ。
「(えっと……それなら?)」
「(あぁ、詳しく聞こうか)――柏木さん」
ひそひそ話を終えて、ヒロ兄が声をかける。
「――どうした?」
「カナに頼んで調べて貰ってたものに、少し進展があったので、報告を聞きたいんですが、いいですか?」
ヒロ兄の言葉に怪訝そうな表情を見せる柏木さん。
「それは構わんが――ん? まさか、今回の事に関わりあるのか?」
「間違いなく関係あるでしょうね。 なんせ、調べて貰ったのは、過去の事件で行方不明者が多く出ている旧高校校舎ですから」
「なるほど。 それは是非聞いておきたいな」
柏木さんの言葉を合図に、私は、旧校舎内で起きた事などを、手帳のメモも見せながら説明していく。
二人は途中で口を挟まずに、静かに聞いてくれていた。
校舎の入り口が開いていたため、正面から入ったこと。
1階の左サイドを調べた後、先に3階まで行ったこと。
右奥の美術室で落とし穴に落ちたこと。
2階の図書室を調べている時に悲鳴を聞いたこと。
3階の左奥で仮面の人物に襲われたこと。
そして、気付いたらメンバーの1人の家にいたこと。
後は、森島先生から貰った“七不思議”のメモのこと。
「――こんな感じですね」
「加藤……お前、一般人に何させてんだ! 無事だったからよかったものの、下手すりゃ教師の前に学生が4人消えてたかもしれんぞ!!」
「――ひっ!?」
話し終わったタイミングで、柏木さんが立ち上がって、机を叩きつけながら怒鳴り声をあげた。
あまりの剣幕に、つい小さく悲鳴をあげてしまったが、隣のヒロ兄はどこ吹く風。
「まさか、ここまでとは思ってなかった……。 無理しすぎだ──だが、有益な情報も多い。 助かったよ、カナ」
「――お前なぁ……はぁ……まぁいい。 確かにこの情報は助かる。 ――いくつか聞いてもいいか?」
深いため息をついた柏木さんが、椅子に座り直して尋ねてくる。
「はい、大丈夫、です」
「聞きたいのは、とりあえず3つだ――」
そうして質問された3つのこと。
1つ目が、3階の落とし穴。
これは石膏像を回すと床が開いたわけなんだけど、石膏像の配置なんかを説明したところ――どうやら、所謂“罠”ではなさそうだ、と言うことだった。
実際、直接落とされた私がたいした怪我をしなかった、というのもあるが、そもそも罠として仕掛けるなら、スイッチとなる石膏像がある場所の床が抜けないと、相手を落とせない確率の方が高い。
よって、これは何らかの理由――例えば、大きかったり、重かったりするものを運ぶなど――で使えるようになっているのではないか……だとしたら、真下にある理科室にも、同じような仕掛けがあるのではないか、とのことだった。
2つ目は、私と伊坂さんが襲われた相手。
その大まかな身長とかの体格を覚えてる限りで伝える。
伊坂さんの首を絞めた仮面の人物は、伊坂さんとの身長差を考えて、推定170センチ半ばくらい。
ローブみたいなものを羽織っていたから、体型はわからないけど、身長と、首を絞められていた伊坂さんが、ロクに抵抗出来てなかったことから、恐らくは男性。
その一方で、私に薬品を嗅がせたのは、推定身長150センチ半ばくらいの──女性。
これは、背後から抑えられた時の感触からも、たぶん間違いない。
そして3つ目、隠し通路の可能性について。
これは、東川さんの家で立てた仮説をそのまま説明する。
家庭科室で見つけたプリントから予想できる、教室数の不足。
なにより、1回目開けた時には何もなかった掃除道具のロッカーから、直後、仮面の人物が出てきたこと。
この事から、このロッカーを扉として、校舎が続いているのではないか、と言う事を説明していく。
落とし穴の事もそうだけど、客観的に見て貰う事で、当事者の私達が見つけられなかった違和感を、他にも見つけて貰えるかもしれない。
次の月曜日、視聴覚室を調べる時のヒントなんかも、できれば何か見つけたいところだ。
時間的には、少し遅くなってきたけど、とにかく知る限りの事を話して、なるべく2人から意見を貰えるようにしよう。
みんなの力になれるように――
そして――聡美さんと、孝太の手がかりを見つけるためにも。