第24話 神隠しにあったのは‥‥
「え? 今日のゼミ、中止なんですか?」
耳に当てたスマホから聴こえてきた言葉に、すこし驚きつつ訊ねる。
4時限目の授業が終わって、ゼミの教室に向かおうかと荷物を纏めていると、不意にスマホが着信を知らせてきた。
相手は伊坂さんで、用件は『森島先生が都合悪くなったから、今日のゼミも中止になったらしい』と言うものだったのだけど――
『えぇ……さっき言語学の授業のあとに、その先生から伝えられて……榛奈に連絡したら、鞠片さんは別の授業だって聞いたから、こっちにも電話したの』
「すみません、お手数おかけして……ありがとうございます」
どうやら、昼休みの後に「急用が出来たから」と、午後からの授業を全部休講にして帰ってしまった、と言うことらしい。
「あ、じゃあ今日はもう集まりませんか?」
『う~ん……そうね。 克也と雅人は分からないけど、榛奈は月曜のために買い出しに行きたいって言ってるから、私はそれに付き合うつもりだけど……一緒に行く?』
伊坂さん達は買い出しか……
そして、西崎さん達は別行動っぽい、と。
う~ん……それなら、私は――
「――えっと、せっかくですけど、別行動でもいいですか? 行きたい所があるので」
『そう……わかったわ。 何かあったら車も出せるし、遠慮なく連絡してくれたらいいわ』
「わかりました。 いざとなったらお願いします。 ――それでは」
『えぇ』と短い返事の後に、通話が終わった“ツーツー”と言う音が受話器から聞こえてくる。
「さて……と」
4限が終わって4時過ぎ……
今から会うなら、職場かな?
急だけど、会えるだろうか?
とりあえず、電話してみて、と。
『――ただいま、電話に出ることができません――』
「――あれ? 会議中とかかな?」
――仕方ない、直接行ってみようか。
ここからなら電車乗り継ぎで1時間くらいだし、ちょっと急いだ方がいいかも。
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「――あの、すみません。 取り次ぎをお願いしたいんですが」
受付でカウンターから声をかけると、奥のデスクにいた女性の方が出てきてくれる。
「こんにちは。 お取り次ぎですね。 お名前伺ってもいいですか? あと、どちらにご連絡しましょうか?」
「えっと、鞠片 果苗です。 ――科捜研の加藤にお願いします」
そう言うと、対応してくれた女性は、カウンターにある内線の受話器を取り、ダイアルして――数瞬。
「――あ、お疲れ様です。 そちらの加藤さんにお客様です。 鞠片 果苗さんと――え? ――あ、はい ――はい。 ――了解しました。 お伝えします。 ――はい、失礼します。 ――お待たせしました。 直接来いって言ってるんだけど、場所、わかりますか?」
「あぁ――はい、大丈夫です。 ありがとうございます」
女性の「この子いったい何者?」みたいな表情から逃げるように、お礼を言ってから目的地に向かって歩き出す。
ヒロ兄達に差し入れ持ってきたりとかで、何度か来たことがあるから場所は大丈夫。
いつもなら、内線越しに用件話して、ロビーで待つことが多いのに、今日は直接来いって――手が離せないくらい忙しかったのかな?
相談したいことが多いから、直接会えるのはありがたいんだけど……。
そんなことを考えながら歩いていると、目的地の扉が見えてきて――
『お前なぁ! いくらお前の身内とは言え、一般人にこの話を聞かせる気か!? まだ公開もされてない機密だぞ!?』
――扉の向こうから響いた怒鳴り声に、思わず足を止める。
「(あれ? やっぱり、何か取り込み中だったんじゃ……)」
入るか、入らないべきか……最悪、ヒロ兄にはメールでもいれて、後日でも……などと、扉を見つめながら、廊下を行ったり来たりしていると――
「どうかされました?」
「――――!!?」
急に背後から声をかけられて、飛び上がってしまう。
「――あ、すみません、驚かすつもりじゃなかったんですが、お困りのようだったので……」
振り返ると、スーツを着た30代くらいの男の人が段ボールを抱えて立っていた。
「――いぇ、こちらこそすみません……科捜研の加藤に用があって来たんですが……取り込み中っぽくて――」
「あ~、先輩のお客さんですか。 話のために必要だからって、コレを取りに行ったから、まだ取り込み中って事は無いハズなんだけどな……」
そう言いつつ、その男性は私の横を通りすぎて、扉を肩で押し開けると――
「センパ~イ、資料お待たせしました。 あと、お客さん来てますよ?」
――顎でクイックイッとこちらを指し示す。
「あぁ、カナか。 すまないな、こっちまで来てもらって」
「えっと、それはいいんだけど、取り込み中だったんじゃ……」
こちらの姿を見つけて声をかけてきたヒロ兄に返事を返しつつ、ヒロ兄の隣に立つちょっと厳つい感じの男性にチラリと視線を向けて、とりあえず軽く会釈しておく。
「いや、俺の予想だと、カナも関係者の可能性がある。 むしろ話が聞ける分丁度よかった」
「……どういう意味?」
さっきの若い男の人は“資料”って言ってた。
それが“捜査資料”だとしたら、何か事件があったってこと?
それも、私が関係者かもしれないって、どういう――
「柏木さん――」
「――チッ……はぁぁぁ……やむを得ん」
私が情報整理に頭をフル回転させている間に、ヒロ兄が隣にいた厳つい人――柏木さんと言うらしい――とアイコンタクトを取った後、柏木さんは深~いため息と共に、すごく疲れた表情になった。
えっと――なんか、従兄弟がすみません?
「カナ、お前、自分の通う大学の教師で、森島 和文って教授、知らないか?」
「……森島先生なら、私が入ったゼミの先生だけど?」
私の言葉に、柏木さんが目を見開き、「マジかよ」と小さく呟いたのが聞こえた。
「ビンゴ……だな。 すまんがカナ、いくつか質問に答えてもらえるか?」
「それはいいけど、森島先生がどうしたの?」
さっきの流れから行くと、森島先生が何かの事件にでも巻き込まれた、とか?
朝話した時には、別におかしな所はなかったけど……
あ、でも、突然急用が出来たって、講義をキャンセルしたんだっけ?
そんなことを考えていると、今度は柏木さんの方が口を開く。
「それは俺から説明しよう。関係者であることがわかった以上、“捜査協力”にもなるしな。 森島氏は、昼休みに同僚に目撃された後、突然消息を絶ったらしい。 通報してきた大学の学長によれば――」
そこで、一旦間を空けた柏木さんが、次に放った言葉は――
「“神隠し”――だそうだ」