第23話 “本当の”7不思議
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「──この大学の7不思議、ですか?」
予想してなかった質問が来たため、一瞬頭が真っ白になりかけたけど、なんとか絞り出すようにしてそう聞き返す。
「はい。貴女が書いたレポートの題材が、7不思議の解明でしたから、うちの大学のモノも調べたのかな、と思いまして」
「あぁ、なるほど──」
確かに、聞き込みなんかで調査はした。
でも、伊坂さん達から出して貰ったように、本当に多岐に渡る“噂”が出てきて収拾がつかなかったのだ。
「──……一応、調べはしたんですが、7つどころではなく大量に出てきたので、断念しました」
「ふむ──なら、せっかくです。 この機会に“本当の7不思議”をご紹介しましょう」
……ん?
今なんて?
“本当の”って、言うのは───
「この大学には、本当に多くの噂があります。 しかし、そのほとんどはただの噂なんです。 ──でも」
そこで一度言葉を切った先生は、一見穏やかな笑みを浮かべているが、まるで怒りを押さえ込んでるかのように、目の奥に炎が見える気がした。
「この7つだけは、しっかり覚えておくと良いです。 まずは──ゼミでも現れた『亡霊』……」
そう言って語られる、“本当の7不思議”。
1つ目……学校中を監視する『亡霊』
2つ目……冥界に繋がる『並木道』
3つ目……鬼の棲む異界への入り口『赤いカーテン』
4つ目……仲間を探している『血塗れポスター』
5つ目……現世への門番『動く銅像』
6つ目……鬼の棲み家への扉『合わせ鏡』
7つ目……幽世に繋がる『視聴覚室』
1つ目は、もはやお馴染みとも言える“旧校舎の亡霊”だろう。
2つ目の並木道も、“神隠し”を表していそう。
そして、どうやら“視聴覚室”もしっかり入っているらしい。
「この7つが、“本当の7不思議”なんですか?」
「えぇ……他のは出所も分からないモノばかりですが、この7つだけは、開校当初から囁かれている噂話なんですよ」
ポケットから出した手帳にメモを取りながら訊ねると、先生はそう言って、胸ポケットから折り畳まれた1枚の紙を取り出すと、一瞬だけ躊躇うような表情を浮かべた後、そっと差し出してきた。
「ここに、私が今までに調べた7不思議の事を纏めてあります。 貴女に会ったら、渡そうと思っていた物なので、受け取ってください」
「あ……ありがとうございます。 ──でも、なんで私に?」
私の質問に、先生はまた、一瞬の躊躇を見せた後、静かに口を開く。
「貴女のレポート、気に入ったので、ぜひ、この7不思議でも、解明するレポートを書いてみていただきたくて。 ──あ、もちろん、その分単位には加算しますよ」
「あー、なるほど……分かりました、頑張ってみます」
レポートかぁ……あれ、作るの大変だったけど……
まぁ、単位ももらえるなら、書いてみようか。
それに、今回の調査にも役立つかもしれないし、7不思議の情報はありがたかった。
「楽しみにしていますね。 ──あぁ、もうそろそろ授業が始まる時間ですよ?」
「え? あ、ほんとだ……先生、コーヒー、ご馳走様でした」
食堂の時計を指差してそう言った先生に、お礼を言って立ち上がる。
「えぇ、気を付けてくださいね」
「はい! ありがとうございました!」
そう言って軽く頭を下げたあと、小走りに教室に向かう私。
その背中に向けてかけられた言葉は───
「──あなた達なら、きっと──真実を見つけてくれる」
──私の耳に届くことはなかった。
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森島先生と話をしたあとの授業中。
私は先生から受け取った物を取り出して眺めていた。
「(かなり詳しく纏められてる)」
例えば、『赤いカーテン』。
“赤いカーテン”を通り抜けた先が、鬼がいる異界に繋がっていて、その入り口をくぐったことで、鬼が目を醒まして襲ってくる。 【カーテンさえ避けられれば、鬼にみつからずに済む】
こんな感じで、噂の内容と、【】で対策と言うか、注意書きのようなものが書き込まれているのだ。
この中でも、特に気になったのが3つ──いや、実質2つかな?
まずは『血塗れのポスター』
これは、廊下の壁に貼ってあるポスターが、血塗れになっており、目の前を通る人間を自分のように血塗れにしてしまう、と言うものらしく、先生の注意書きには【血の付いたポスターを見つけたら、目線を避けて通ることで仲間入りを防げる】と書かれている。
気になった理由は、他の6つに比べてやけに詳しく書かれているように感じたのだ。
しかも、7不思議にありがちな、気が付かないまま前を通って、ポスターが血を流したのを見てしまい、仲間入り。
──ではなく。
最初から“血塗れのポスター”があり、しかも“視線”を避けて通れと書かれている。
他のフワッとした、噂話っぽい説明や対策に比べて、なんだかすごく現実的な対策が書かれているのがすごく引っ掛かったのだ。
そして、あとの2つ。
それが、『視聴覚室』と『動く銅像』。
「(これ、もしかして、2つでセットなんじゃないかな?)」
と言うのも、7不思議としての名称に付いた“常世”と“幽世”。
これって“この世”と“あの世”を表す言葉だ。
もし、大学側を“この世”、旧校舎を“あの世”と表現していると仮定すれば、
視聴覚室と銅像のある場所が、繋がってるんじゃないだろうか?
───視聴覚室、やっぱり当たりかもしれない。
これは皆にも伝えておいた方が………いいよね?
今日はゼミの活動がある日だし、その後にでも、皆にこの事話しておこう。
そう心に決め、残りの授業に集中すべく、先生のメモを手帳に挟んで鞄にしまうのだった。
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「あ、森島先生~!」
昼休みに廊下を歩いていた森島先生は、背後からかけられた声に立ち止まり振り返った。
「探しましたよ~。 ここにいらっしゃったんですね」
「おや、相川先生ですか。 どうされました?」
振り返った先にいたのは、この大学で言語学を教えている相川先生。
“小柄で可愛らしい”と、生徒達からの人気も高い女性の先生だ。
「実は……今日の放課後にやるって言われていた、学長会議に使う教室のセッティングを他の先生達と一緒に頼まれたんですが……なんかプロジェクターが調子悪いみたいで……。 森島先生がこういうの詳しいからお願いして呼んでこいって言われたんですけど……」
件の学長会議は、朝の職員会議で全職員に連絡されていたもので、提携している学校からも学長や理事長等が集まってきて、定期的に行われている。
「──ふむ。 分かりました。 ではちょっと見てみましょうか」
「ありがとうございま~す! じゃあ行きましょう!」
そう言って歩き出す相川先生。
その後ろを付いていきながら、森島先生がふと思い付いたように声をかける。
「そういえば、どこの教室を使うんですか?」
その質問に、歩きながら一瞬だけチラリと後ろに視線を向けた相川先生は、すぐに視線を前に戻すと──
「──視聴覚室ですよ、森島先生」
──とだけ言って、どんどん歩いていく。
その口元は、三日月の様に大きく弧を描き
不気味な笑みが浮かんでいたが
彼女の後ろを歩く森島先生に
その事を知る術はなかった………




