第21話 隠し通路はどこに?
――聡美さんと孝太。
“神隠し”にあった2人は旧校舎の隠し通路の先に居るのか。
新田さんの言葉が、質量を持って上から落ちてきたかと、錯覚する程の重苦しい空気がリビングに漂う。
「――可能性は、高い、だろうな……」
絞り出すように言葉を発したのは、東川さんだ。
その表情は固く、最後の方は何かを言いかけてやめてしまったような、そんな雰囲気を醸し出している。
東川さんが言いかけた言葉は、その表情から何となく想像がついてしまった。
――まだ、生きていれば。
2人が“神隠し”にあってから、およそ半年。
もし、旧校舎内にずっといたとしたら、普通に考えれば――可能性はかなり低い。
もっとも、犯人達に捕まって、監禁されてる……とかなら、犯人側の事情や、目的次第では生きているかも知れないが……
「なら! 早く見つけないと――」
「榛奈! 落ち着きなさい。 焦ったってどうにもならない。 今は、しっかり情報を集めて作戦を練らないと」
恐らく私と同じように思ったのだろう。
ソファーに座る新田さんが声を荒げるが、すぐさま伊坂さんに宥められると、焦燥に駆られたように貧乏ゆすりを始める。
「伊坂の言う通りだ。 そもそも同じ方法で旧校舎に入れるかどうかもわからないだろう」
「そうだねぇ。 犯人が、学校の関係者だとしたら、今回の事で警備とかにも対策打ってくるだろうし」
新田さんを宥めると言うより、自分達に言い聞かせると言った口調で、東川さんと西崎さんの2人も“潜入”の難しさを口にした。
――そう。
今の最大の問題は、犯人側に私たちの事がバレている事。
そして、警備が厳重になったら、潜入が難しく――
――あれ?
――何か、違和感があるような。
記憶の片隅に何かが引っ掛かってるような、何とも言えない感覚に襲われた私は、必死にさっきまでの話を思い返す。
私が持ってきたプリントで、教室の数の違和感が発覚……それと合わせて、私と伊坂さんの話で、隠し通路の可能性が濃厚になったこと――これは今感じた違和感とは、たぶん関係ない。
西崎さんが、一人で階段を降りていって、背後から襲われたこと――これも違う。
東川さんが聞いた、警備員さん同士の……会話!
「――それだ……」
「カナエちゃん? 何かわかったの?」
カチリと歯車がハマったような気分になり、つい漏れてしまった言葉を、西崎さんが聞き付けて尋ねてきた。
「あの――東川さん……警備員さんの話を聞いた感じ、“近付くと神隠しに合う”事、知ってそうだったんですよね?」
「うん? ――あぁ、そうだな。 全部が聞こえたわけではないが、『行方不明が出たら』と言う発言から考えれば、その可能性が高いだろう」
私の質問に、意図がわからないと言った風に首をかしげながら、東川さんが答えてくれる。
他の皆も、それがどうした? というような表情だ。
でも、警備員さん達が“神隠し”を知っていて警備しているなら、自分達の……ひいては会社の信用を守るために、“誰も”近付かせないんじゃないだろうか。
つまり――
「――“近付くと行方不明になる”と聞かされているのなら、近付いて来たのが、たとえ学校の関係者でも止めませんか? 万一があったら困るんですから」
「……要するに、犯人が出入りしてるのは、並木道からじゃない、と?」
そう。
これまでの事から、“神隠し”が人為的なものだと言うのは、ほぼ間違いない。
警備員さん達に、どんな説明をしているかにもよると思うけど、“特定の人物だけは通す”なんて事はしてないだろう。
「もし犯人が、自分達だけは並木道を通せ、なんて事を伝えていたら、行方不明者が出た時に、自分達が真っ先に疑われます」
「なるほど。 別の経路があるなら、わざわざそんな危険を冒す理由も無くなるわけね」
私の言葉に、小さく頷きながら同意してくれる伊坂さん。
その横で東川さんは難しい顔をしている。
――たぶん、次の言葉は……
「だが、警備会社自体がグルだと言う可能性はないか?」
当然の疑問――それを証明するように、みんなが「あっ!」と言う顔になったが、そもそも私は、その可能性は低いと思っていた。
だって――
「会社がグルなら『信用問題』と言う発言、矛盾してませんか? 逆に会社自体はグルで、現場の人間が知らないだけ、と言う可能性はありますが、その場合は結局誰も通さないでしょうし」
「――なるほど、確かにな。 なら問題は、その別ルートがどこにあるのか、だが」
それも、実は当たりがついていたりする。
私が書いた『七不思議検証』。
あのレポートを書く時、ネット上や、中学高校の同級生、ヒロ兄、“大学のクラスメイトや先生”まで、色んな所から“七不思議”のネタを集めた。
その中で、ただの噂の域を越えて、やけに現実的で、しかも目撃者を名乗る人の多いものが1つあったのだ。
「みなさん、うちの大学の七不思議、知ってます?」
「あ~、『赤いカーテン』とか『流血ポスター』とか?」
私の質問に対して「それは知ってる」「それは知らない」と、みんなが口々に自分が聞いた事のある七不思議を挙げてくれ、それを私がメモしていく。
西崎さんから出たのが、『旧校舎の亡霊』『赤いカーテン』『人食い視聴覚室』『血を流すポスター』『歩く人体模型』『廊下猛ダッシュマン』『動く銅像』。
東川さんから出たのが、『旧校舎の亡霊』『彷徨う人魂』『実習棟一階トイレの幽霊』『異界に続く合わせ鏡』『歩く人体模型』『深夜に鳴るピアノ』『人が消える視聴覚室』。
伊坂さんから出たのが、『旧校舎の亡霊』『ホルマリン漬けの行進』『異界に続く合わせ鏡』『あの世と繋がる視聴覚室』『深夜に鳴るピアノ』『彷徨う人魂』『動く銅像』。
そして、新田さんから出たのが、『旧校舎の亡霊』『白衣の霊の抜き打ちテスト』『赤いカーテン』『実習棟一階トイレの幽霊』『血を流すポスター』『段数の変わる階段』『人が消える視聴覚室』。
以上のそれぞれ7つ。
いくつか重複もあるので、分かりやすいように重複したものを抜いて書き出すと――
『赤いカーテン』『人食い視聴覚室』
『血を流すポスター』『歩く人体模型』
『廊下猛ダッシュマン』『動く銅像』
『実習棟一階トイレの幽霊』『異界に続く合わせ鏡』
『深夜に鳴るピアノ』『人が消える視聴覚室』
『段数の変わる階段』『ホルマリン漬けの行進』
『あの世と繋がる視聴覚室』『彷徨う人魂』
『白衣の霊の抜き打ちテスト』
――これに『旧校舎の亡霊』を入れた全16個。
私以外のわずか4人で挙げただけで、重複があるにも関わらず、これだけの数の噂があること自体、少し異様だけど……重要なのはそこじゃない。
表現に少し差はあるものの、必ず全員の口から出た“場所”があるのだ。
1つは、もはや私たちにとってはお馴染みの『旧校舎の亡霊』。
これは良い……出ても当然だろう。
問題は――『視聴覚室』。
私がネタ集めしていた時にもいくつか聞いていたが、その時は気にも留めていなかった。
でも、今こうして書き出して見ると、気付くこともある。
――それは。
「ねぇ、視聴覚室の噂……言葉は違うけど、人が消えたり出てきたりしてない?」
そうなのだ。
『人食い』と『人が消える』は文字通り、入って行った人それぞれ出て来なかったもの。
そして、『あの世と繋がる』は、誰もいなかったはずの視聴覚室から、人が出てきた所を見た、と言うものだったのだ。
「はい。 そして、この噂だけは、かなりの確率で登場します」
「つまり、その分、噂の元になった“何か”の目撃者が多い可能性がある、と」
うちの大学の視聴覚室は、学生が使うことはあまり無い教室である。
理由は、ビデオ鑑賞とかなら、教室でもできるからだ。
なら、何に使うのかと言えば、外部講師を招いての講義の時など、受講希望者が多い場合に、教室より広い視聴覚室が使われることがある――逆に言えば、普段はほぼ使われない空き教室状態なのである。
「そうですね。 そもそも普段あまり使われてない教室なので、入っていく人がいたら気になるでしょうし」
「たしかに、『人食い』とか言われてたら、そもそもあんまり近付きたくはないだろうしねぇ」
西崎さんの言葉にみんなが「たしかに」と頷く。
「つまり、鞠片さんは『視聴覚室』に旧校舎へのルートがあるんじゃないかって思ってるんだよね?」
「そうです。 普段使われないうえ、使われる日時はある程度わかってるはずです。 それに、噂があることで、ますます近付く人は減ってるはずですので――」
人が寄り付かなければ発覚のリスクも下がる。
むしろ、人避けのために、この噂を流してる可能性だってあるだろう。
どちらにしても――
「――隠すにはもってこい、と言うわけか」
「これで、次にやることは決まったわね」
東川さんと伊坂さんの言葉に頷く事で応えると、私たちは『視聴覚室』探索のための作戦を練っていくのだった。