第20話 足りない○○
「――で、階段を上がって来た鞠片さんと合流して、榛奈を探すために入った教室で襲われて……その後は、ここで眼が覚めたって感じね」
「ふむ――新田が人影を見て追っていき、入った教室で背後から襲われ、その後、伊坂と鞠片が“火の玉”を見た教室で“同時”に襲われた、と」
伊坂さんの説明に、新田さんが所々補足しながら一通りの流れを話し終えたところで、東川さんが、口元に手を当てながら呟くように言った。
「そうね。 さっきも言ったけど、教室の扉の開閉音がしなかったから、唯一扉が開いていた一番奥の教室に入ったわ」
「……となると、3人とも襲われた部屋は同じなんだろうな」
「でも、私達が着いた時には新田さんはもちろん、誰も人はいませんでしたよ?」
――そう、あの時入った教室は、机なんかも端に寄せられて、隠れるような場所は無かったように思うし、ロッカーも最初開けた時は何もなかった。
「間違いなく、そのロッカーだろう。 1度目何もなかったのに、もう1度開けると仮面の人物が出てきたのだろう? つまり、隠し部屋か何かあったんじゃないか?」
東川さんの言葉にハッとする。
たしかに、あの時、ドアが開くような音がしたから、もう一度ロッカーを開けた。
――つまり、ロッカーの奥がドアになってたのかもしれない。
「それは、次に行ったら調べておきたいわね」
「問題は、どうやって行くかだけどね~。 ――次は俺とカナエちゃんの方だね。 と言っても、悲鳴を聞いて1階に降りたところで後ろから殴られて意識飛んじゃったから、俺の方は収穫って無いんだよね。 ってことで――」
よろしくっ!とばかりに西崎さんはとてもいい笑顔で、私の方に向かって、握った右手の親指を立てた。
「あ~……はい。では、私が落とされた後のところから」
そう前置きしてから、理科室、家庭科室と、調べて行った教室を順に話していく。
――そして。
「最後が図書室だったんですが、そこのカウンターの引き出しが、二重底になってて、中に卒業アルバムが隠されてました」
「卒業アルバム? ――それ、手掛かりになりそうだったの?」
私がわざわざ“隠されていた”と言ったためか、新田さんが首をかしげながら訊ねてくる。
「手掛かりと言える程かは分かりませんが、そのアルバムの写真の中に、“屋上”で撮った物があったんです」
「え? そんなの別に珍しく――」
「待って、榛奈。 あの校舎――屋上に上がれるような階段、無かったわよ?」
言葉を遮って言われた伊坂さんの言葉に、新田さんも一瞬記憶を辿るように視線を漂わせ、直後ハッとした表情になった。
「――言われてみれば、あの時一番上までまず上がったんだっけ」
「そこが俺たちも気になってさ、他の写真も、もうちょい調べようと思ったんだけど、あの悲鳴が聞こえてきて、中断しちゃったんだよね~」
悲鳴の話が上がった事で、みんなが「なるほど」と納得の表情になる。
「その後は、伊坂さんと一緒に新田さんを探しに行って、襲われた伊坂さんに気を取られた隙に、後ろから薬か何かで口元を塞がれて、って感じです」
「と言うことは、私と鞠片さんは同じヤツにやられたのかな。私もハンカチみたいなので口塞がれたから」
なるほど。
伊坂さんのように首を絞められた訳じゃなかったから、暴れたりの物音もなかったのかな?
伊坂さんの方を直接首を絞めに来たのは、物音がしても良い状況になったから、排除を優先した?
――どちらにしても。
「少なくとも、“旧校舎の亡霊”が、実体のある二人以上の誰か、であることは間違いないな」
「そうですね。 そして、亡霊の目的は、旧校舎にある秘密――たぶん神隠しに関わる事を隠す、ですかね?」
私の言葉に、他の4人が静かに頷いて肯定を示してくれる。
あとは――
「だいぶ核心に近付いてる気もするけど、まだ判らない事が多すぎるわね。 侵入方法も考えないといけないし」
「囮作戦も、何度もうまく行くかは分からないしねぇ」
――他にも何か言っておかなきゃいけないことがあったような………
「……あっ!」
「――えっ!? 鞠片さん? どうしたの?」
何か気になったことがあって……みんなと調べたいものがあった気がして――と、必死に旧校舎での事を振り返っていた私が、急に声を上げたからか、隣にいた新田さんが少しびっくりしながらこちらに視線を向けてきた。
「あ、いえ、ちょっと思い出したことがあって。 えっと――これ、見てみてもらえませんか?」
そう言いながらポケットに手を突っ込むと、あるものを引っ張り出す。
それは、家庭科室で教卓の引き出しを漁った時に違和感を感じたプリント。
みんなで見れば、違和感の正体がわからないだろうか。
「――ん~? これって、小テスト?」
「内容が……家庭科って事は、あの時カナエちゃんが調べてた引き出しの中身か」
テーブルの上に広げたプリントを、全員で囲んで上から覗き込むように眺めてみる。
「特におかしい所はなさそうだが………鞠片は何が気になったんだ?」
「それが、よくわからなくて………何となく、引っ掛かりを感じたので、後でゆっくり見たら何か分からないかな、と」
ふむ……と、腕を組んで考え込んでしまう東川さん。
その視線は、どうやら問題部分を1つずつ確認してくれているようだ。
「2年Fクラスの――あさうみ ゆうた君、で良いのかな?」
「Fクラスって事は………えっと、A、B、C、D、E、Fだから、最低でも6クラスあるのか――結構大きい学校だねぇ」
新田さんが読み上げたクラスと名前を聞いて、西崎さんが指折り数えてから、そう言った直後。
「――まって克也、今なんて?」
「ん? 結構大きい学校だねって――」
「その前よ!」
伊坂さんの剣幕に一瞬考える素振りを見せた西崎さんは――
「Fクラスだから、6クラスあるのかなってやつ?」
――首を捻りながらそう答えた。
「それっ! 鞠片さん、あなたの違和感、これじゃない? ――ほら」
そう言って伊坂さんが差し出したのは、旧校舎で私が貸していた手帳。
そこに書いてあったのは―――
1階から3階までの階段に向かって見た構図で、教室の配置をメモした絵。
それを見て、何が引っ掛かっていたのか、はっきりした。
「――部屋が、足りない?」
「えぇ、まだ全部は調べてないけど、現状普通の教室は、1階左側にあるこの4つと、3階の左奥に1つ。 そして、3階の右側に美術室と、用途不明の絨毯が敷かれた部屋と、視聴覚室っぽい部屋――」
メモをペンで指しながら、一つ一つ確認していく。
「――2階は奥から、理科室、家庭科室、そして、2部屋分使った図書室」
「調べてない部屋は、1階の右側と、2階の左側……あと、3階の右側1部屋と、左側の3部屋か……」
伊坂さんがメモに新しく2階の情報を書き込んでいき、それを見ながら、東川さんが何も書かれていない部分を読み上げてくれた。
「そうね――もし、左側が全部普通の教室、右側も部屋数は4ずつで、図書室のようなイレギュラーがもう無いと仮定すると、残りが5部屋」
「すでに全学年が6クラスあったら足りませんね。 それに――」
今のまま、残りが全部普通の教室になってしまうと、普通あるはずの部屋が無いことになってしまう。
「――職員室とか、そう言うのが無いはずがない、ですよね?」
「そうだよね。 職員室に……あっ、校長室! 他には――」
必死で“高校”の様子を思い出している様子の新田さんに倣うように、口々にあれがないこれがないと意見が出てくる。
最終的に、最低限あるはずの部屋として上がったのが――
「職員室、校長室、保健室、音楽室――この4つは“無いはずがない”わよね? とすると、空き部屋は1つ」
「どう考えてもおかしいよねぇ。 まぁ2年生だけ多くて、他の学年が2~3クラスって事もあり得なくはないかもしれないけど」
西崎さんが、肩をすくめながら言ったタイミングで、みんなからも深いため息が出た。
正直、1学年だけ多いと言うのも、限度があると思うし……
でも、教室が明らかに足りないのも事実な訳で――
「――あ、もしかして……」
「何か気付いたのか?」
伊坂さんが書いてくれたメモをボンヤリ眺めていた私は、不意に浮かんだ案につい言葉を漏らしてしまう。
すると、向かい側で同じようにメモを見ていた東川さんが、顔を上げて訊ねてきた。
「気付いたと言うか、ただの予想なんですが……さっき東川さんが言った、ロッカーの隠し扉、廊下に繋がってたんじゃないかなって」
「――廊下に?」
東川さんの疑問に、頷いて応える。
「この、左側奥の教室前から……例えば――こんな風に、廊下が続いていたとしたら――」
そう言いながら、伊坂さんに返してもらったシャーペンで、メモに書き足していく。
とりあえず、教室は……4つで良いか。
そうして出来上がったのは、中央の階段を右手に見て進んだ場合、火の玉の居た教室の先で直角に右に曲がり、今度は左手側に教室が並ぶL字型の校舎――の予想図。
「なるほど。 確かに、これなら教室数の不足は解消されるな」
「えぇ。 鞠片さんは予想って言ってたけど、可能性は高そうね」
私が書き足したメモを見て、東川さんと伊坂さんが、揃って肯定を示してくれる。
卒業アルバムの写真から、屋上に上がれる場所がどこかにあるのは間違いないと思っていた。
それが、東川さんの“隠し部屋”と言う言葉によって、現実味を帯びてきていたのだ。
私達が探索した時は、明かりは月の光だけで、かなり薄暗かった。
廊下を壁で塞がれていたとしても、気付けなかった可能性がかなり高い。
そもそも、“塞がれているかもしれない”なんて、あの時は全く考えつかなかったんだから。
そして、この隠された部分があるとしたら――
そこまで考えた所で、メモをボンヤリ見ていた新田さんが、静かに口を開いた。
「……あの、さ。 この隠された校舎が、もし本当にあるなら――」
言い淀みながら言葉を紡ぐ新田さんは、期待と不安が入り交じったような、複雑な表情で――
「――聡美や楠谷君も、そっちに、居るのかな?」
――私達全員の気持ちを代弁してくれたのだった。




