第19話 情報整理
「あ、鞠片さん、もう動いて平気なの?」
「はい、ご心配おかけしました」
部屋に入ると、ラグの上に置かれたローテーブル脇にある、2人掛けサイズのソファーに座った新田さんが声をかけてくれる。
伊坂さんは奥のキッチンで何か作っているようで、室内にはいい匂いが漂っていた。
「もうすぐご飯できるから、こっち座ってて」
「じゃあ俺はこっちに座ろっと」
そう言って、新田さんが自分の隣をポンポンと叩いて促してくれ、それを見た西崎さんは、ソファーと向かい合うように、ラグの上に足を投げ出して座る。
「ありがとうございます。 ……あの、ここっていったい――」
「あ~、説明まだだったもんね、ここは――」
「――僕の家だ」
私の質問に、新田さんが答えようとしてくれたタイミングで、リビングのドアが開いて、声が響いた。
そちらに視線を向けると、買い物袋を両手に提げた東川さんの姿が眼に入る。
「あ、お帰り、東川君。 ごめんね、買い出しまで任せちゃって」
「構わない。 女性の身の回りを僕や西崎でするわけにはいかないし、料理なんかは伊坂に任せてしまっているからな。 ――鞠片も、もう大丈夫なのか?」
そう言いながら、手に持った袋をキッチンの伊坂さんに渡しに行った後、こちらに来て西崎さんの横に腰を下ろした。
「はい。 丸1日寝てたようで――ご心配おかけしました」
「いや、旧校舎での事は大まかに聞いた。 極度の緊張状態が続いたせいで、疲れも出たんだろう。 なんにせよ、身体に異常が無いようで良かったよ」
「ありがとうございます」
心配してくれた東川さんにお礼を言った後、伊坂さんに呼ばれて手伝いに向かった新田さんを除いた3人で、雑談をしながらのんびりする。
その中で聞いた事の1つとして、どうやらこの家、東川さんが両親と暮らしていた家らしい。
ご両親は仕事の関係で海外に住んでいるそうで、実質一人暮らし状態のため、ちょくちょく西崎さんが泊まりにきたり、今のようにゼミのメンバーが集まって話したりしていたんだとか。
――そして、衝撃の事実が1つ。
なんと、西崎さん。
経営学部の生徒だったらしい。
あまりの衝撃に言葉を失った私を見て――
「カナエちゃんもまぁまぁヒドイよね。 俺の事何だと思ってたのさ」
――と、西崎さんが、ショボンとしながらガックリと項垂れたところで、トレイを持った伊坂さんと新田さんがこちらにやってくる。
「鞠片さんも、まだ本調子じゃないだろうから、なるべく食べやすい物にしたわ」
そう言ってテーブルに置かれたのは、刻んだ薄焼き玉子やハム、キュウリが盛り付けられた素麺とおにぎりだった。
「おっ! んじゃ早速! いっただっきま~す――うん、うんま――塩加減バツグン」
「まったく……まぁいいわ。 鞠片さんも、遠慮なく食べてね」
「あ、はい。 では、いただきます」
その言葉を合図にしたように、皆でのんびり食事を楽しむのだった。
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「ねぇ、カナエちゃん、そろそろ、あの後何があったのか、聞かせてくれない?」
みんなの食事が一段落ついてきた頃、先に食べ終わってゴロゴロしていた西崎さんがゆっくり起き上がって訊ねてきた。
「……あ、はい、わかりました」
「それなら、一度整理もしたいし、全員の情報を交換しましょ。 ――雅人」
伊坂さんが名前を呼びながら視線を向けると、小さく頷いてから、東川さんが口を開く。
「――旧校舎には行ってないから、大した情報は無いが……どうやら、学校が契約している警備員、“神隠し”の事は知っていそうな感じだった」
「そうなんですか?」
「あぁ……暫く逃げ回った後で、身を隠しながら並木道の方に戻ったんだが……その時に『それでもし行方不明者が出たら信用問題』みたいな事を叫んでいるのが聞こえたんだ」
東川さんの話によると、見つかりかけた私達の代わりに、囮役として警備員さんを引き付けてくれた後に、暫く学校の敷地内を調べてくれていたらしい。
その途中で、ちょうど休憩終わりに合わせて並木道に戻ってみたところ、休憩明けの担当者と揉めているのが聞こえてきた――と。
離れていたため全く聞き取れなかったらしいけど、仕草などから、恐らく『茂みの中に隠れてこっちを窺ってる奴がいた』とか『不審人物に逃げられた』とかだと思う、とのこと。
それに対しての反応が、さっきの『信用問題』だったらしい。
こっちはそれなりに大きな声だったらしく、離れていても何とか聞き取れたのだとか。
「“神隠し”を聞いているなら、今回の事で、警備厳しくなるかもですね」
「……そうなると、並木道からの、侵入は難しくない?」
今回は隙ができる前に気付かれてしまい、東川さんに引き付けて貰うことになった。
これ以上に警備員さんの警戒が厳になったら、隙を見つけることすら難しくなるだろう。
だからと言って――
「――並木道以外から旧校舎に行くのも、難しくないですか?」
周囲は森と崖。
特殊部隊の隊員じゃあるまいし、あの崖を越えて侵入するなんて不可能だ。
「……そうだな。 あの森の中の移動は、危険だろう」
「だよね。 前に東川君が怪我したし、私も森の中を抜けるのは危ないと思う」
苦々しい表情で言う東川さんに新田さんも同意する。
「でも、そうなると、旧校舎を調べるのがますます難しくなるわね」
「最悪……また、囮作戦?」
新田さんの言葉で、重苦しい空気になったが――
「そうなったら、今度は俺が囮役かな~。 雅人にも旧校舎を体験して貰わないとね~」
「……西崎、テーマパークじゃあるまいし、そもそも遊びじゃないんだぞ」
――笑いながら言った西崎さんに、呆れながらツッコミを入れる東川さん。
そんな二人のやり取りのお陰で、場の雰囲気が少し和らいだような気がした。
「まぁとりあえず、侵入のことは後で考えましょ」
「そうだな。 何か気付けるかもしれないし、他の情報交換を優先しよう」
その言葉を合図に、伊坂さんが侵入してからの事を説明し始める。
私と伊坂さんは、分断されてからの事を軽く話したけど、他の三人とも共有して意見をもらいたい。
……何か、手掛かりになりそうな情報、有っただろうか?
伊坂さんが話してくれているのを聞きながら、私は、探索中の記憶を頭の中で整理していった。




