第17話 白い仮面
「――と言うわけなのよ」
「新田さんまで、はぐれちゃったんですね」
「……そう言えば、克也は?」
分断されてからの出来事を簡単に説明されたあと、西崎さんの事を聞かれたので、こちらも――
1回目の悲鳴を聞いて、伊坂さん達2人かもしれないと階段を目指したこと。
そこで2回目を悲鳴が上がり、下からっぽいと、西崎さんが凄いスピードで降りて行ってしまったこと。
そして、追い付ける気がしなかったから、足音が聞こえた三階で、まずは2人と合流しようと考えた事を伝えた。
「何のために鞠片さんと合流したのよ……」
「あ……あはは……。 まぁでも、全員バラバラにならずに済んだ、とも言えますが――新田さん、大丈夫でしょうか……」
2階にいた私達だけど、新田さんの姿は見ていない。
もちろん、悲鳴を聞いてからホールに向かった私達より先に、階下に降りていた可能性もあるけど……
「とりあえず、さっきの火の玉が気になるわね。 榛奈が何を見たのかは分からないけど、手掛りには違いないし、調べてみたいんだけど……えっと……大丈夫?」
「……うぅ、正直あまり、アレには関わりたくないですが……新田さんの事もほっとけませんし」
どちらにしても、上から順番に探して行けば、必ず見つかるはず。
西崎さんが1階にいるはずだし、うまく行けば2階かどこかで全員合流できるかも。
「なら、とりあえず、ここから出てみましょ」
そう言って個室からそっと出た伊坂さんは、足音を殺しつつトイレの入口から廊下の様子を窺うと、こちらに向かって手招きをする。
「……さっきの、いますか?」
「今のところ、灯りは見えないから、消えた? のかも」
「……きゅ――急に出てくるとか、ないですよね?」
伊坂さんの服の裾を掴みながら言った私に、苦笑を返す伊坂さんは――
「……鞠片さん風に言うなら、『幽霊なんかいない、何か仕掛けがあるはず』って所かしら?」
――おどけるようにそう言うと、もう一度廊下の方を確認してから、私の手を握ってくれた。
「じゃ、行きましょ」
「――はい!」
伊坂さんのお陰で何とか自分を奮い立たせ、手を引かれながらではあるが火の玉が見えた、一番奥の教室を目指す。
「あの……途中の教室、確認しなくていいんですか?」
他の教室は、一瞥しただけで全部無視して行く伊坂さんの様子が気になって、つい問いかけてしまった。
正直、見なくていいなら、その方が良い。
なぜって?
この雰囲気だけで、精神力がガリガリ削られてるから!!
「……榛奈は“何か”を見て、追いかけて行ったの。 なのにわざわざ扉を閉めるとは思えないわ。それに――」
「……それに?」
「――無音で開け閉めできるような扉じゃなかったでしょ? なのに私達は扉を閉めるような音は、聞いてないわ」
それを聞いてハッとする。
たしかに、1階の教室も、3階の美術室も、2階の理科室や家庭科室も、全ての扉は開け閉めの際に『がらがら』と音を立てていた。
なのに――
「たしかに、聞いたのは『がらがら』じゃなくて、『バタン』ってドアが閉まるような音だけでしたね」
「そう言うこと。 だから、扉が閉まってる教室を調べるのは後でいいと思って。 ――さて、と」
そんな話をしている内に、ついに、問題の教室まで辿り着いてしまう。
扉が開いていたのは、奥から二つ目の扉だったようで、開いた扉のさらに向こうには、1階と同じように突き当たりの壁と、もう1つの扉が見えた。
「……特に気配は、ありませんね」
「えぇ。 さっきみたいな灯りも見えないし……ねぇ榛奈! 聞こえる?」
開いた扉からそっと中を覗き込みつつ、伊坂さんが小さく呼び掛けるが――
「――物音も、無しですか」
「他の教室は、全部閉まってたわ。 ――だとすれば、ここしかないと思うけど……入ってみましょ」
そう言って、ゆっくりと中に踏み込んでいく伊坂さん。
手は繋いだままなので、必然的に私も中に入る事になる。
「――1階と同じ、普通の教室っぽいですね」
「そうね……ただ――」
「――はい。 机が端に寄せて積まれてるので、何となく広く感じますね。 1階と違って、この部屋は片付けた、って事でしょうか?」
そう――1階の教室は、2つ1組に机が綺麗に並べられていた。
でも、ここでは、教室の奥の窓側に、2段に積まれて置かれているのだ。
「――廃校になってるのだから、片付けられていても不思議はないけれど……」
「それだと、何で1階はそのままだったのか……ですよね?」
2人で顔を見合わせ、小さく頷き合う。
何にしても、とにかく手掛りが無さすぎて、なにも判断が付かない状態だった。
それなら、まずは新田さんを探す事が最優先だと思う。
「――新田さん、ここにはいないんでしょうか?」
「少なくとも、見える範囲には、見当たらないわね。 ――となると、あの時のドアが閉まるような音が気になるけど」
そう言いながら2人で周囲を見渡す。
入って来た側のドアから反時計回りに、黒板と教卓、端に寄せられた机と椅子。
そして、教室の後ろ側にあるのは、棚状にならんだロッカーと――
「「――あっ!」」
私と伊坂さんが声をあげたのは同時だった。
私達の視線の先にあるのは“掃除道具入れ”。
この教室内で唯一、“バタン”と言う音が出るものだ。
「……あれ、ですかね?」
「他には……見当たらないわね」
警戒しつつ、ゆっくりと近づく。
きゅ……急に何か――火の玉とか――飛び出してこないだろうか?
「――開けるわよ?」
そう言った伊坂さんは、掃除道具入れの取っ手に手を掛けると、深呼吸してから、一気に開いた。
「――……空、みたいね」
「……そんな。 じゃあ、新田さんはどこに――」
そう言って愕然とする私達。
仕方なく開けた扉を閉めた――瞬間。
━━━ガチャ、ギギィ━━━
「……い、今……ドアが開くような音、しませんでした?」
「……鞠片さんにも聞こえたなら、気のせいじゃないみたいね」
そう言いながら、再び目の前の掃除道具入れに視線を向ける。
たしかに、ここから音がしたように感じたけど……
チラリと周囲に視線を巡らせ、特に変わったことがないのを確認した後、伊坂さんは再び取っ手部分に手を掛け──開いた。
「――――っ!?」
「――ひっ!」
開いた扉の中――さっきは空だった道具入れの中に現れた“モノ”を見て、二人揃って後ずさる。
そこには、真っ黒なローブのようなものを身に纏い、まるで能面のように真っ白な仮面を着けた、人とおぼしき“何か”が居た。
“ソレ”は、目を見開き視線を逸らせずにいた私達を数瞬眺めたあと、道具入れの中から、一歩、また一歩と、ゆっくり近付いてくる。
「――い、イヤ……やだ――」
一歩ずつ近づいてくる毎に、こちらも一歩ずつ後ずさって行き、教室の中頃に差し掛かった──瞬間。
「――ひっ! ……あ………かはっ――」
「伊坂さん?! ――あ――ぁぐぅぅ……」
突然“ソレ”が飛び掛かってきて、伊坂さんの首を両手で締め上げる。
それを見て咄嗟に助けようとした私は、背後から伸びてきた、別の――小さな布のような物を持った手で口と鼻を塞がれ、徐々に意識が遠のいてしまう。
「(これ……麻酔? ――身体がうごかなく――いしき、も――いさか……さん――)」
どんどん意識が遠くなり、力も入らず、床に倒れてしまった私が、徐々に塗り潰されていく視界の中で最後に見たのは――
私の隣で崩れ落ちるように倒れる、伊坂さんの姿だった。
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明かりの少ない、薄暗い通路を歩く複数の人影。
異様な雰囲気なのは、デザインに差違はあれど、その全員が“白い仮面”を付けているためだろうか。
「“あの場所”に侵入者がいたらしいな」
「……はい。 正面玄関からの侵入で、センサーにかかり早期に発覚したため、早い段階での排除に成功しております」
集団の先頭を行く者からの小声での問い掛けに、その半歩後ろを歩く別の影がこちらも小さく答えた。
「マズイ物は、見られていないだろうな?」
「搬入用の仕掛けが1つ……ですが、今回はダミーである第1エリア内で排除できましたので、問題無しと判断致しました」
「ふむ……その程度ならば良い。 前回のように余計なものを見られたら――また“消えて”貰わねばならなくなるからな」
先頭の影は、底冷えするような冷たい声音でそう言うと、通路の突き当たりにある装飾の施された大きな扉の前で立ち止まり、ゆっくりと後ろを振り返る。
そして――
「――さて、皆様。 本日の“商品”も素晴らしいものを揃えております。 どうぞごゆっくり、お楽しみください」
そう言って芝居がかったお辞儀をしたあと、着いてきていた十数名と共に、扉の向こうへと消えていった。