第16話 暗闇から現れた── side伊坂
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「鞠片さん達、大丈夫かな?」
美術室を後にした私と榛奈は、そのまますぐに隣の教室に踏み入っていた。
二人で手分けして、あちこち覗き込んだりしながら手掛かりになりそうな物を探していると、不意に榛奈が心配そうに呟く。
「克也も一緒だし、大丈夫よ」
「……そう、だよね。 うん、大丈夫!」
榛奈は、自分に言い聞かせるようにそう言った後、改めて、私達が今いる部屋を見渡した。
「ところで祐子、ここ、何の教室かな?」
「……さぁ? 普通の教室とは違うみたいだけど……」
その部屋でも、他の教室と同じ様に、机が2つ一組で並んでいるが、所謂学習机ではなく、両手を広げたより少し狭い程度の幅をもったグレーの机が、窓側と廊下側に並んでいて真ん中は通路のようにスペースが空いている。
「うーん……黒板じゃなくてホワイトボードだし、職員室かなぁとも思ったけど、だったら多分机には引き出し欲しいよね?」
「えぇ……先生ならプリントやらファイルやらで資料を沢山管理するだろうし、ないと困ると思う」
そう……
学校教師は、授業のプリントはもちろん、会議等の資料を、それこそ山ほど管理しなければならないはず。
そして、今までの教室と一番大きな違いが、さらにもう1つ──
「って言うか、何でこの部屋だけ絨毯敷きなんだろ……」
榛奈も同じ事を思っていたらしく、何かを確かめるように床を踏みながら首を捻った。
「入り口の横に下駄箱もあるみたいだし、土足厳禁だったのかしら」
「えっ!? マジっ? ここ土禁なの!?」
扉を入ってすぐの所に設置された、背の低い下駄箱に視線を向けながら、私が呟いた瞬間──榛奈が慌てて下駄箱の方に向かう。
「……いや、もう廃校になってるんだから、土禁も何もないでしょ」
「え──あ、あはは……確かに……」
そんな様子を見て、私が溜息混じりに言うと、ハッとした様な表情になった後、照れた様に頬を掻きながらそそくさと戻って来た。
「でも、結局何の教室なんだろうね……」
「せめて、もう少し手がかりがあればよかったんだけど」
引き出しもない、ただの台とも言えるような机に、絨毯が敷かれた床。
正直これだけじゃ判断できる材料がなさすぎると思う。
「……まぁ、ここで悩んでても仕方ないわ。これと言って何も無さそうだし、次に行きましょ」
私の言葉に小さく頷いた春奈が、教室後方──最初に私達が入って来たのとは違う方の扉に向かって歩き始めたのを見て、私はもう一度、教室内をぐるりと見渡してみる。
「(見落としも……ない、わよね?)」
立ち止まったまま視線を巡らしていた私は、榛奈の「何やってんの? 行くよー」と言う声で我に返り、ごめん、と小さく謝ってから榛奈を追って教室を後にした。
──そして、そのまま次の部屋に向かい、その扉を開けようと、手を伸ばした、瞬間。
「……あれ? 今、何か……?」
「──?? 榛奈?」
ハッと顔を上げた後、キョロキョロと周囲を見回して首をかしげる榛奈。
「んー? なんか声が聞こえたような気がしたんだけど……」
「声?」
少なくとも、私は気付かなかったけど……
「ごめん……やっぱ気のせいかも」
「……まぁ、こんな状況だし、気になったらすぐ言って。 何か手がかりになるかも知れないし」
何せ今のところ、手掛かりになりそうなものは0。
強いて言うなら、美術室の落とし穴は手掛りと言えるかもしれない。
でも、かかったからと言って、命に関わるような罠ではなかったし、犯人側の意図がまったく分からない。
「わかった。 あれ? って思ったらすぐ言うよ」
「じゃあ、次の部屋、調べてみましょ」
犯人についてはさっぱりだけど、今はとにかく、1つでも手掛りを得たい。
私と榛奈は視線を交わした後、頷きあって次の扉を開いた。
「ここは……さっきまでに増して暗いわね」
「あ、この教室、廊下側の窓にもカーテン付いてるよ!」
榛奈の言う通り、今まで見た部屋にはカーテンがなかった、廊下側の窓にもカーテンが付いていて、室内に入る光は今私達が開けたドアの所からだけになっている。
「このままじゃ暗すぎて調べようがないから、とりあえずカーテン開けてくるわ。 榛奈、さっき言ってた“声”も気になるから、一応周囲の確認お願い」
「わかった。 気を付けて、祐子」
榛奈に頷きを返して、慎重に室内に踏み入ると、とりあえず一番手前のカーテンを開けてみた。
すりガラス越しに月明かりが差し込み、少しだけ明るくなる。
うっすら見えるようになった室内は、さっきの部屋ともまた違った雰囲気だった。
「今度は長机? ……こっち側の教室は統一感無いね」
「全部用途が違うんでしょうね。 ……この部屋は大学で言ったら、講堂とか視聴覚室が雰囲気近いけど……」
美術室から始まって、ここが仮に視聴覚室だとすると──このフロアは特別教室エリアって所かしら?
「とりあえず、メモして……と。残りのカーテンも開けてみるわ。 その方が多少は探索しやすくなるだろうし」
そう言って、残りのカーテンを開けに向かった──直後。
「あ、じゃあ、私も手伝───聡美!? あっ! 待って!」
「──え? ちょっと、榛奈!? 1人で──痛っっ!」
急に何かを叫びながら走って行った榛奈。
慌てて追いかけようとして、私は長机の脚に躓いてひっくり返り、脛を強打して蹲った。
「──いま、さとみのなまえ、よんでた?」
自身を、落ち着かせるために、声に出しながら頭を整理する。
痛みのせいで声が震えてるけど、そんなこと気にしてる暇はない。
「いえ、そんなはずはない。 2人が居なくなってから、ここには警察も調査に入ったはず」
それなのに、まったく手掛りなしで隠れ続けるなんて、食料調達等も考えれば、まず不可能。
──なら、榛奈が見たのは?
仮に“人影”だったとしたら……まずい、わよね?
痛みも引いてきたし、榛奈を急いで追いかけないと。
この部屋のすりガラス越しに、走って行く姿が見えたから、階段の方に向かったのは間違いない。
━━━━キャァァァ!!━━━━
「──っ!?」
突然響いた悲鳴に、ビクリと足を止めてしまう。
──今の、榛奈?
でも、何となく……それにしては聞こえ方が不自然だったような?
違和感の正体が分からず、とりあえず教室を出て周囲を見回してみるが、薄暗い廊下が続いているだけで変わったものはない。
とにかく、今は早く榛奈を──
━━━━キャァァァ!!━━━━
「──また!? でも、やっぱり……」
何か、おかしい。
一回目と二回目、聞こえ方がまったく一緒だった。
──まるで、録音みたいに。
でも、だとしたら、いったいどこから?
校内のスピーカー?
──いや、何年も放置されていたはずの機材が、あんなに鮮明にノイズ無しで音声を発するとは思えない。
「……なんにせよ、考えるのは後ね。 まずは榛奈を──」
──追いかけなきゃ。
そう思って駆け出し、階段前のホールに差し掛かった所で、不意に“ガチャ…ギギィ”と、まるで扉が開くような音が離れた場所から響いた。
「──っ!!?」
慌てて階段前ホールの手前にあったトイレの、入口の陰に隠れながら、音のした方に目を凝らす。
どうやら、美術室とは反対側の一番奥の教室から、光が漏れているようだ。
「(灯り? ライト……じゃなさそうだけど)」
見に行ってみようか……
そう考えて、物陰から出ようとした瞬間。
階段の方から何かが近付いてくる音と気配を感じ、身体を強ばらせた私は、ゆっくりと階段を上ってきた人物を見て、ホッと肩の力を抜いた。
そして、その人物──鞠片さんに声をかけようとした、刹那。
“バタンッ”と、今度は扉を閉めるような音がして──私と鞠片さんが、ほぼ同時に右手奥の方に視線を向ける。
さっき見た時と同じ、ゆらゆらと揺らめくようなオレンジの光。
それが少しずつ強くなっていき──次の瞬間、部屋の中から“火の玉”がふわふわと揺れながら姿を見せた。
「ひっ!? ……いやぁ──むぐぅ……」
扉の向こうから現れた火の玉を目撃した鞠片さんが、数歩後ずさり悲鳴を上げそうになったため、私は慌てて飛び出して、後ろから抱きつくようになりながらも、しっかりと両手を使って鞠片さんの口を塞ぐ。
「?!?!!?」
「落ち着いて。 とりあえずそこのトイレに隠れましょ」
パニックを起こしたように暴れていた鞠片さんに、小声で声をかけつつ、階段横のトイレへと鞠片さんを誘導しながら、とりあえず一番奥の個室に入り、完全に廊下側から死角になったところで鞠片さんを解放したのだった。