第15話 暗闇から現れた──
「次の部屋、扉一つなんでしょうか?」
「う~ん……確かに、近くにはないよね……と言うか、あっちはもう階段前のホールみたいだから、この扉合わせて後二部屋、かな?」
西崎さんの言葉に頷いてから、改めて廊下の先に視線を向けた。
月明かりにぼんやりと照らされた廊下と、その向こうの少し開けた空間──階段前ホール。
そして、そのホールの少し手前に見える扉に。
家庭科室を調べた私達は、次の部屋の扉の前で立ち止まっていた。
ここまで一階の左側、三階の右側と移動して来たが、扉は一定の間隔で存在していた。
それがこの場所では、今私達の隣にある扉から次の扉まで、かなり間隔が開いている。
そして、他の階で扉があった辺りには、柱か壁か……何かがあるらしく、窓が一旦途切れていた。
「カナエちゃんは、扉が一つしかない教室って、思いつく?」
廊下の先を見つめながら、頭を働かせていた私に、西崎さんが声をかけてくる。
「うーん……理科室や家庭科室があったので、その準備室とか、あとは……校長室とか?」
「やっぱそれくらいしか思いつかないよねぇ。あ、でも校長室って、何か手がかり有りそうなイメージだけどね」
それだけ言うと、西崎さんは早速扉に手をかけて、一気に開いた。
「あれ? 二人とも外れたかな?」
「……そうみたいですね」
開かれた扉の先にあった部屋は、理科準備室でも、校長室でもない。
しかも、今開いた扉から、ホール手前の扉までで1部屋だった。
その、広い部屋の正体は──
「まさか図書室だったとは」
「すごい広いですね。流石に、本棚は空っぽみたいですが」
部屋に踏み込み、周りの様子を確認しながらゆっくりと進んで行く。
───と。
「あれ? あそこの棚、本残ってません?」
他の部屋と同じ様に、真っ黒に塗られた窓のせいで、ほとんど光が差し込まない室内の一角。
私達が入って来たのとは反対側の奥の棚に、数冊の本が残っているようだった。
「ホントだ。 それにしても、分厚い本だねぇ。 一生読む事なさそう」
「何の本でしょうか……、辞書、では無さそうですけど」
そう言いながら本棚に近寄り、そのずっしりと重い本を一冊手に取って開いてみる。
「うわぁ……字ばっか……」
「歴史書、みたいな物なんでしょうか……あれ?」
パラパラと本をめくって行くと、丁度真ん中くらいのページを開いた途端に、間から何かが落下した。
「何か落ちたね。 ……これ、鍵?」
「どこの鍵でしょう……」
それは、鈍い銀色をした鍵で、どこにでもあるような普通の物。
「何かに使えるかもだし、持って行っちゃおうか」
「えぇ!? い……いいんですか!?」
「大丈夫だって! ここはもう廃校になってるんだから、必要ない鍵か、犯人の持ち物でしょ」
まぁ確かに、西崎さんの言う事も一理あった。
廃校になって、少なくとも数年は経っているはずだし、必要な鍵なら既に合い鍵を作るなりしているだろう。
犯人の物だとしたら、ここを調べる上で必要になるかもしれないし。
「……わかりました。 じゃあ、一応持って行きましょう」
「そうこなくっちゃ! なんかRPGのキャラクターになった気分だねぇ。 あ、コレはカナエちゃんが持ってて」
そう言って、はいっと差し出された鍵を受け取ると、腰に付けたポーチの中にしっかりとしまっておく。
「他の本にも何か挟まってるかも♪」
「楽しそうですね」
「なんか“探検”って感じでワクワクするんだよねぇ」
西崎さんは、楽しそうに声を弾ませながら、他の本も調べようと、本棚に手を伸ばして行く。
「じゃあここの本を調べるのは、西崎さんにお任せします。 私、他の場所も見てみますね」
「オッケー。 何かあったら、すぐ呼んでね」
その言葉に頷いてから、改めて周りを見回してみる。
どうやら本が入ってるのは、この一角だけのようで、他の本棚には埃が積もっているだけだ。
「(空っぽの本棚を見ても仕方ないし、あとは──)」
視線を巡らせて、目的の場所を見つけると、ゆっくり近寄ってみる。
そこは、恐らく司書さんや図書委員が仕事をするであろう、貸し出しのカウンター。
ホール側の扉のすぐ側に設けられたそれは、L字型をしていて、簡単に内側を調べる事が出来た。
「(うーん……これは貸し出し名簿、かな? ──こっちの引き出しは……)」
小さく呟きながら、カウンターに付いている引き出しを上から順に開けていく。
カウンターの引き出しは、全部で四段。
上から三段が同じ深さで、一番下だけ深くなっていた。
特にめぼしい物も見当たらないまま、一番下の引き出しを開けた時──
「(……あれ?)」
一番下の、深くなっている様に“見えた”引き出しは、上の三段と大して変わらない深さになっていた。
「(思ってたより、浅い……)」
期待が外れ、少し残念な気持ちを抑えながら、中に入っていた書類やらファイルを、引き出しの中から出して物色していく。
欄がいっぱいになった名簿、本の発注書の様な物など、そこに入っているのも、これと言ってヒントになりそうな物は見あたらなかった。
「(何かありそうだったんだけど……って、あれ?)」
仕方なく出した物を戻そうとした私は、引き出しの底板の隅に隙間がある事に気づいて、中を覗き込む。
底板の手前側と奥に開いた1~2cm程の細い隙間。
底板を押さえて前後させると、多少の抵抗はあるが、隙間の分だけ底板も前後するようだ。
「(……これ、もしかして)」
ふと頭によぎった予感を確かめるべく、底板を手前に寄せ、広がった隙間に指をかけて引っ張ってみると、引き出し側面の板を擦りながら、底板が持ち上がった。
「(やっぱり、二重底……これは、卒業アルバム?)」
底板を外し、露わになった引き出しの中には丈夫な表紙で出来た本。
左端の本の背表紙には『第一期生 卒業』と書かれていて、それが右に行くにつれ『第二期生』『第三期生』と続き、最後、右端は『第六期生 卒業』となっている。
「なんか見つけたの?」
「───っ!?」
『第一期生』と書かれた本を手に取ろうとした瞬間、背後から声をかけられてビクッとしてしまった。
「あ、ごめん。 びっくりさせちゃった?」
「い、いえ、大丈夫です」
振り返ると、西崎さんが頭をポリポリと掻きながら、苦笑を浮かべている。
ホントは心臓止まるかと思ったけど……
とりあえず、ぎこちない微笑みを返してから引き出しへと視線を戻した。
「これ、二重底の下に入ってたんです」
「ん~?卒アルかな?」
西崎さんは、そう言って引き出しに手を伸ばすと、真ん中あたりの『第三期生』の本を手に取って開く。
「普通に卒アルっぽいねぇ。 お? 文化祭かな? 楽しそう♪」
そのままパラパラとページをめくっていた西崎さんが、ふととあるページで手を止め首を捻った。
「ん~?」
「どうかしたんですか?」
「ねぇ、カナエちゃん、これ……」
う~んと唸りながら、指差さしているページの一角を、横から覗き込む。
そこにあったのは、学校の屋上と思しき場所で肩を組み満面の笑顔でピースしている三人組の写真だった。
「仲良さそうですね。 ──って、あれ?」
この写真、何か引っかかる。
その違和感がなんなのか、必死に考えようとしていた時、隣で西崎さんが呟いた。
「この校舎、屋上に上がる階段あったっけ?」
───と。
その言葉にハッとなり、改めて写真を眺めてみる。
三人が肩を組んでいる少し後ろに、見えるドアが、屋上と校舎を繋ぐ扉だとして、その両脇には背の高いフェンスが写っていた。
──という事は?
「屋上への階段、校舎の端って訳じゃなさそうですよね?」
「うん。 見た感じ、真ん中寄りだと思う」
それなら、私達が見てない三階の左側に階段があるとも考えにくい。
「三階への階段の先も、別に不自然に塞がれたようには感じませんでしたし……」
「なら、もしかしたら、うちの大学みたいに校舎が一つじゃなかったとか?」
「それもあり得ますね。他の写真も──」
━━━━キャァァァ!!━━━━━
「──っ!?」
「なっ!? 今の、悲鳴!?」
「に、西崎さん!」
他の写真も確認しようと言いかけた所で、突然校舎内に響き渡った悲鳴。
一瞬、ビクッとしてしまったが、すぐに西崎さんに視線を送る。
「うん、行ってみよう!」
「はいっ! とりあえずは、階段のあるホールに!」
西崎さんと顔を見合わせ、すぐさま図書室を出る。
今この校舎にいるのは、私達4人と犯人だけのはず。
だとしたら、今の悲鳴は新田さんか伊坂さんだろうか?
「階段前には着いたけど、どこから聞こえたのかは分からないね」
「伊坂さん達は上を調べてたはずですし、3階の方でしょうか?」
「カナエちゃんみたいに、トラップで下に落ちたって可能性もあるよ。 でも、こんな状況じゃ、二手に分かれるって訳にも行かないし……」
西崎さんがそう言い淀んだ刹那。
━━━━キャァァァ!!━━━━
「───っ!? ま、また?」
「今の下からっぽかったっ!」
「あっ! に、西崎さんっ!」
私が身を縮めている間に、西崎さんは“チッ”っと舌打ちをして走り出す。
慌てて声をかけるも、そのまま階段を半分くらい飛び降りて、あっという間に見えなくなってしまった。
「……ど、どうしよう」
一応、追いかけた方がいい、よね?
そう思い、階段に足を向けた時、ふと、廊下を走っている様な足音が聞こえてきた。
「(上? 新田さん達?)」
──あのスピードじゃ、西崎さんには追いつけなさそうだし……よしっ!
心に言い聞かせる様に小さく頷き、私は西崎さんとは別の、階上に上がる階段に向けて足を進める。
そのままゆっくり、足音を殺し、耳を澄ましながら登って行き、程なくして三階のホールに辿り着いた。
「あれ? 走ってるみたいな足音だったのに」
どこかの部屋に入ったのだろうか?
首を捻りながら、廊下の両側が見渡せるホールの真ん中辺りに進んだ瞬間。
「……っ!?」
バタンッと言う音がして、音がした右手の方に慌てて視線を向ける。
新田さん達だろうか?
そう思ったのも束の間、違和感に気づいた。
廊下の端、一番奥の扉が開いているらしい。
そして、それが分かったのは、扉の中から明かりが漏れていたからだ。
その明かりは、懐中電灯の様な光線状の明かりではなく、まるで蝋燭やランタンのような“火”の明かりに見える。
──行って、みようか?
そう思って、足を踏みだそうとしたのと同時。
━━“ソレ”が姿を見せた━━
「ひっ!? ……いやぁ──むぐぅ……」
扉の向こうから現れたモノを見て、悲鳴を上げそうになった私の口が、後ろから誰かの両手で塞がれる。
「?!?!!?」
「落ち着いて。 とりあえずそこのトイレに隠れましょ」
パニックになり、手足をバタバタさせる私を押さえながら、手の主が小声で声をかけてきた。
声を聞いて少し落ち着いた私は、今度は片手で口を塞がれながら、半ば引きずられるようにして、階段の隣──向かって右側にあるトイレに連れ込まれ、奥の個室に入って廊下側から完全に死角になった所で、ようやく手から解放される。
「い……伊坂、さん!?」
「ごめんなさい。 あそこで悲鳴上げられたらマズい気がしたから」
そう言うと、伊坂さんは個室の扉の隙間から外の様子を伺い、数瞬の後、扉を閉めてから「ふう……」と、小さくため息をついた。
「……気づかれては、いないと思うけど、暫くは迂闊に動けないかも」
「すみません……。 ビックリしてしまって……」
そう言って頭を下げると、気にしないで、と言って、再び扉の隙間から外を伺う。
「こっちには、来てないのかしら……灯りは見えないけど……」
「い……今の、何だったんですか?」
伊坂さんの少し下から、同じ様に外を覗き込みながら問いかけると、伊坂さんは隙間から目を離し、再び小さくため息をついた。
「それが、わからないのよ」
そう前置きをした伊坂さんは、壁にもたれながら、ゆっくりと話し始めた。