第14話 みんなの力になりたいから
「階段はここまでみたいね」
「と言う事は、この校舎は三階建て、って事ですね」
階段を登り、辿り着いた校舎の三階。
そこにも、階段前に少し広いホールの様な空間があった。
ここまで一気に上がって来たが、チラッと見た感じでは、二階にも同じ様なホールがあるようだ。
「左側には教室が4つあったから、反対側も同じ数だとすれば、部屋は全部で24部屋、かな」
「職員室や実習室等の事も考えると、一学年4~5クラスって所でしょうか」
もっとも、どんな学校かによって、実習室の数や種類は変わって来るだろうけど……
「それじゃ、今度は右側から順番に見て行きましょ。 普通の教室は、とりあえず中だけ見て、詳しく調べるのは後でいいと思うわ」
「了~解。 んじゃ早速行こうぜ」
教室の大まかな総数がわかったためか、さっきより少しテンションが上がった西崎さんを先頭に、今度は校舎に向かって右側の一番奥を目指す。
暫く歩いて辿り着いた突き当たり。
さっき一階の左側を調べた時と同じ様に、そこから一番近い扉をゆっくりと開けた。
「ここは?」
「多分美術室じゃないかな? ほら、石膏像とかもあるし」
新田さんの言う通り、部屋の壁際にはいろんな顔の石膏像が並んでいる。
暗い室内に、沢山の顔がズラリと並んでいるわけだ。
「……ぶ、不気味すぎますね」
「まぁ、そうも言ってられないわ、ここはちゃんと調べてみましょ」
「えっ!? あ……お、置いてかないでください!」
入るのを躊躇う私を置いて、伊坂さんを先頭に皆が室内に入って行くのを見て、私も慌てて中に入る。
一番近くにいた西崎さんの服の裾を掴みながら。
「カナエちゃん、男としては美味しいシチュエーションなんだけど、ちょっと動きにくいかなぁ」
「――ふぅ……ここを調べるのは私と榛奈でやるから、二人は外で待ってて良いわよ。 何かあったら呼ぶから」
西崎さんをしっかりと掴む私に、暖かい目を向け、伊坂さんが小さなため息混じりに言った。
「な、なら、お言葉に甘えてそうしましょう! ねっ!? 西崎さん!」
「カナエちゃん必死だねぇ。 ……じゃあここは二人に任せるよ」
西崎さんの言葉に「えぇ」と短く応えて、伊坂さん達は美術室の探索に入る。
それを確認した西崎さんは、私を引き連れて教室の外に出た。
「はぁ……なんだか、すみません」
「苦手なモノは仕方ないよねぇ。 まぁカナエちゃんには知恵と閃きの方で頼りにしてるよ」
──だから、探索の方は任せときなよ──
そう言って頭をポンポンと軽く叩かれる。
「……ありがとう、ございます」
「い~え。 あ、カナエちゃんはハルちゃんと一緒で医学部なんだっけ?」
ハルちゃんと言うのは、たぶん新田さんの事かな。
それなら──
「そうですね。 新田さんとは同じ学部です」
「医学部なのに、何で七不思議のレポートなんて書いたの?」
「あぁ、それは──」
この疑問はもっともだと思う。
普通に考えたら、医学部で学んでいる学生が、“学校の七不思議”をレポートの題材に選ぶと言うのは、それこそ“不思議”だろう。
「──先生が変わってたんです」
「変わってた?」
「はい、えっと──」
そう、うちの学部──と言うより、その時レポートを要求した学科の先生が、少し変わった人だったのだ。
ひと月程、医療に関する授業をした後、満面の笑顔で言った言葉。
『再来週の授業に、レポートを提出して貰います』
これだけなら普通の先生だろう。
当然、学生からも多少のブーイングが上がっていた。
だが、その様子を見てニヤリと笑った先生はとんでもない事を言い出したのだ。
『ただし、今日までの授業の内容──いや、いっその事、医療関係には一切触れない事』──と。
さすがにコレには教室内がシーンと静まり返ってしまった。
先生曰わく。
『授業の内容なんかでレポート書いたら、似たような内容になるから、皆がどんな風にレポートを書くのかがわかりにくい。
だから、皆から出して貰う最初のレポートは、皆がそれぞれ、自分の興味を持っている事について纏めて来い。
それなら、同じような内容のレポートにはならないし、それぞれの個性も見れるだろ?
個性がわかれば、授業のレポートを書いて貰った時も、自分で書いたのか、人のを写したのかが一目瞭然だからね』
「──と言うわけなんです」
「なるほど、それでカナエちゃんは七不思議だったわけだ。 それにしても、面白い先生だねぇ」
「はい、授業も分かりやすいですし、好きな授業の一つですね。 ちなみに、西崎さんは──」
何の学部ですか? と訪ねようとした瞬間、伊坂さんがひょこっと顔を出した。
「あ、克也、悪いんだけど、ちょっと手を貸して貰える?」
「ん? いいけど、どしたの?」
声をかけられた西崎さんは、立ち上がりながら伊坂さんに問いかける。
「動かしたい物があるんだけど、ちょっと重くて」
「オッケー。 カナエちゃんはどうする?」
「う……い、行きます。 一人で待ってるよりはいいので」
室内よりはマシとは言え、廊下も薄暗いし、気味が悪い事には変わりない。
一人で居る位なら、多少不気味さが増す場所でも皆と居る方がいい。
声をかけてくれた西崎さんに、返事を返すと、手を出して立ち上がるのを手伝ってくれた。
「ありがとうございます」
「い~え。 んじゃ行くよ。 動かして欲しいのってどれ?」
こっちよ、と言って室内に戻って行く伊坂さんを先頭に、西崎さんと私が続く。
西崎さんの服の裾をがっしり掴んでいるのはさっきと変わらないが……。
「コレなんだけど……コレだけ他と違う向きになってるのがどうも気になって」
伊坂さんが示した物は、教室内を囲むように置かれた、白い顔の置物──石膏像の内の1つだった。
「確かに、他は全部教室の中心を向いてるのに、コレだけ横向いちゃってますね」
「えぇ、それが何となく引っかかってね。 克也、動かせそう?」
「まぁやってみるよ。 カナエちゃん、ちょっと離れててね」
言われて渋々西崎さんの服を離し、少し離れる。
端の方は、仕掛けがあって、何かが飛び出してきたりしたら怖いので、教室の中央辺りに移動してみたものの、ここはここで、石膏像の視線が集中していて気味が悪い。
「よっ……と……ん? 重いって言うより、なんか固定されてる感じが……お? 回る、のかな?」
西崎さんが像を抱えるように持ちながら、呟くように言った直後、“ゴゴゴ……”と擦れる様な音と共に、像が正面に向かってゆっくりと回転し始めた。
……そして。
──カチッ──
「──っ!?!?」
首が正面を向いた瞬間、小さな音が鳴ったと思ったら、私の視界から西崎さん達が消える。
それとほぼ同時に、腰に鈍痛が走った。
「い……痛た……な、何が……?」
「鞠片さん! だ……大丈夫!?」
尻餅をついたまま、腰をさすっていると、不意に頭上から声をかけられる。
見上げると、天井にぽっかりと開いた正方形の穴から、新田さん達が覗いていた。
どうやら、皆が消えたのではなく、私が階下に落とされたらしい。
「とりあえず、大丈夫みたいです」
腰は痛いけど、別に足を挫いたとかはなさそうだ。
「よかったぁ……でも、ここから登って来るのは無理そうだね」
「私達がそっちに行くまで待ってて貰うしかないわね」
「こ、ここで待つんですか!?」
そう言いながら、改めて周囲を見渡す。
沢山の棚と、そこに収められたビーカーやフラスコ、アルコールランプ。
そのまま視線を後方へと向けると──
「──ひっ!!」
「ど、どしたの? 鞠片さん!?」
突然視界に入って来た影に、小さく悲鳴を上げると、慌てたように声を上げる新田さん。
「──あ……じ……人体模型……?」
「……あんまりびっくりさせないで」
「す、すみません………」
室内にある物から察するに、ここは理科室らしい。
って事は、ホルマリン漬けのカエルとかも居たりするんだろうか……
ここで一人で待つのは、ちょっと……いや、できれば遠慮したい。
「あ、あの、やっぱりここに一人で居るのは……」
「うーん……気持ちは分かるけど、一人で動き回るのも危ないと思──」
「カナエちゃん、ちょ~っとそこ動かないでね? ──ほいっ、と」
伊坂さんの言葉を遮って、私に動くなと言った西崎さんは、言い終えるのとほぼ同時に、天井に開いた穴の淵に手をかけて、飛び降りて来た。
「か、克也!?」
「ほら、これでカナエちゃん一人じゃないでしょ?」
穴から覗いている二人に向かって、にっこりと笑いながら言った西崎さんを見て、伊坂さんが盛大にため息をつく。
「はぁ……まったく。 でも、これで鞠片さんを一人にしなくて済むわね。 せっかくだから私達はこのまま三階の右側を調べて行くわ」
「なら、私と西崎さんで、二階を調べればいいですか?」
伊坂さんは、私の問いかけに小さく頷いた。
「えぇ、お願い。 ただ、あんまり無理はしなくて良いわ。 とりあえずは、二階の階段前ホールで合流する事を第一に考えましょ」
「オッケー。 じゃあサクッと探索開始しようか、カナエちゃん」
西崎さんの言葉に短く返事を返し、伊坂さんと新田さんの方へ視線を向ける。
「二人共、気をつけて下さいね」
「えぇ、そっちもね。 行くわよ、榛奈」
伊坂さんは、私達に向かって笑いかけた後、新田さんと頷き合って、そのまま穴の場所から離れて行く。
数秒後にガラガラ、ピシャンと扉を閉めたような音がしたので、たぶん次の部屋に向かったんだろう。
「カナエちゃん、この部屋はどうする?」
伊坂さん達が出発したらしいのを確認して、西崎さんが尋ねて来た。
「う……うぅ……見た感じ、何もなさそうなので、是非、次に行きたいです」
「正直だねぇ。 まぁハルちゃん達も次行ったみたいだし、俺達も進もっか」
別に人体模型が怖い訳じゃなくて、見渡しても棚に実験道具が入ってるだけで、変わった物は見当たらないってだけで、人体模型が怖いとかそう言うのでは──
必死に自分に言い訳しつつ、西崎さんに続いて理科室を後にする。
教室を出て左側が、三階と同じように突き当たりになっているのを確認した私と西崎さんは、右側に向かって歩き、次の部屋を目指した。
扉の前に立ち、ゆっくりとドアを開く。
「ここ、何の部屋かな?」
「ミシンとかがあるので、家庭科室、でしょうか」
「ここも、これと言って何もなさそうだねぇ」
理科室の隣は家庭科室らしかった。
ミシンがたくさん並んでいて、壁際には数体のマネキンが置かれている。
──でも、それだけ。
西崎さんが言うように、これと言って気になる所も見当たらない。
黒板前の机についていた引き出しを開けてみたが、授業で使っていたのであろうプリント類が入っているだけだし、美術室の様な仕掛けがあるかもと、西崎さんが試しにマネキンを動かしてみても、何も起こらなかった。
「この部屋はハズレかなぁ」
「そうみたいですね。 次、行きましょうか」
残念そうに肩を落とす西崎さんに声をかけながら、引き出しを閉めようとした──瞬間。
「……?」
「カナエちゃん? どうかした?」
引き出しの中にあった数枚のプリントの内の1枚に、何となく、違和感を感じた様な気がした。
何が気になったのか、自分でもよく分からない。
──だけど。
「あ、いえ、なんでも無いです。 行きましょう」
声をかけられ、慌てて引き出しを元に戻し、西崎さんを促すようにして部屋を出た。
「(咄嗟に持って来ちゃったけど……大丈夫だよね?)」
ポケットに突っ込んだ左手、その指に触れる物を確認しながら、ぼんやりと考える。
慌てて突っ込んだせいで、クシャクシャになってしまったそれは、さっき違和感を感じたプリント。
後でゆっくり見たら、何が引っかかったのか分かるかもしれない。
皆必死になって手掛かりを探そうと頑張ってる。
「(私も、少しでも皆の力になりたい)」
そんな思いを胸に、私は西崎さんと、次の部屋を目指して、家庭科室を後にした。