第13話 旧校舎探索開始
「これ……どう思います?」
「さすがに、あからさますぎる気はするわね」
「……ですよね」
開いた門を通り、旧校舎の敷地内に入り込んだ私達だったが、その先、校舎の入り口前で立ち尽くしていた。
──と、言うのも。
“開いている”のだ。
廃校になって何年も経過し、立ち入り禁止になって人も寄りつかないはずの、校舎の玄関が──
「入って来い、って事……かな?」
新田さんの呟きに、皆が身を固くする。
もしそうだとしたら、今日、私達がここに来る事が“誰か”に知られていた、と言う事だ。
「俺は、廃校になった時に、鍵かけ忘れた……とかじゃないかと思──」
「でもっ! 聡美達がいなくなった時に、警察も来たはずだよ? もしその時までは開いてたとしても、調査した後に鍵は閉めると思うけど……」
新田さんの言い分はもっともで、皆もそれ以上何も言わない。
──どちらにしても。
「これで、旧校舎に“誰か”が出入りしていることは確定したんじゃないですか?」
「……そう、ね。 それも……廃校になった旧校舎の鍵を持っていて、学校中に“旧校舎の亡霊”を仕掛けられる人物……ってことかしら」
「なんか、少しずつ核心に近づいて来てる感じはするねぇ」
短い沈黙。
その重い空気を払うように、努めて明るく新田さんが口を開いた。
「ねぇ、じっとしてても仕方ないし、とりあえず、入ってみようよ」
「……そう、ね。 でも、正面から入って大丈夫かしら」
廃校になったのに開いている正面玄関。
ゲームや小説なら、通った途端に罠が発動してバッドエンド……とかになりうる状況だけど
確かめてみようか……
「うーん……見た感じは、罠とかは無さそうな気はするけどねぇ……」
「……あの、西崎さん、あそこの枝折れませんか? 出来れば長いのが欲しいんですけど」
扉の隙間から中を覗き込む西崎さんに、私は入り口横の木を指さしながら声をかける。
「枝? オッケー」
そう言うや否や、西崎さんは「それっ」と言うかけ声と共に木に飛びつくと、周りの木をうまく使いながらスルスルと登っていき、適当な枝を折って飛び降りて来た。
「これくらいで行けそう?」
「そうですね、これだけ長さがあれば……」
西崎さんが差し出して来た、1メートル弱の長さの枝を受け取り、開いた扉の隙間から突っ込んでグリグリと動かしてみる。
届く限り上まで。
そして、床を掃くように下を。
左右に揺さぶるのも忘れずに。
「カナエちゃん?」
「……特に引っかかりは、ない……大丈夫そうですね」
突っ込んでいた枝を引き抜き、ゆっくりと扉に手をかける。
そのままそっと引っ張ると、ギィと鈍い音を立てながら扉が開き、暗闇に覆われた校舎内が目の前に広がった。
「思った以上に不気味な雰囲気ね。 空気が淀んでるって言うか……重いって言うか……」
「……そ、そう……ですね……あんまり、入りたくはない、ですね」
木々が生い茂っているおかげで、月明かりもそれほど差し込まず、薄暗い校内……
コレならいっそ真っ暗な方がまだマシだ! とさえ思える程の不気味さを湛えている。
「これだけ人数いるんだし、なんかあっても大丈夫っしょ」
「まぁ、何もないのが一番だけどね」
体を強ばらせていた私を励ますかのように、西崎さんと新田さんの二人が努めて明るく声を上げた。
「それじゃ、行きましょうか」
「みなさん、足下や周りに気をつけてくださいね」
その言葉を合図に、私達はゆっくりと旧校舎の中に踏み込んで行く。
下駄箱が並ぶ昇降口を抜けると、少し広いホールの様な空間に出た。
正面には、おそらく校長と思われる人物の胸から上を象った銅像。
その奥には、上り階段が見える。
「手掛かりは何もないし、一部屋ずつ調べるしかないわよね。 とりあえず、左の奥から順に全員で調べましょ」
「オッケー。 さすがにこの中で二手に分かれるのは危ない気がするしね」
「って言うか、そんな事したらカナエちゃんが泣いちゃうんじゃない? ねっ?」
「なっ!? 泣くわけないじゃないですか! し……失礼すぎます!」
意地悪そうな笑みを浮かべる西崎さんに、頻を膨らまして反論すると、みんなが一斉にクスクスと笑い出した。
「どもりながらじゃ説得力無いよ、カナエちゃん」
「克也、その位にしときなさい。 緊張もほぐれたし、行きましょ」
ニヤニヤと笑う西崎さんを、伊坂さんが呆れた様子でたしなめて、ゆっくりと歩き出す。
無言で歩き始めた私達だったが、暫く進んだ所で新田さんが声を上げた。
「ねえ、廊下の所ちょっと明るくない? 植木が途切れてるのかも」
そう言いながら小走りに窓へ近づき、窓に手を付いて外を覗き込む。
「うまく回り込めば他の入り口も見つかったかもしれないわね」
「鍵のタイプによっては、外からでも開けられるしねぇ」
そ……外から窓を開けるって……西崎さんっていったい……
そんな事を話しながら、新田さんの方へ近づくと──
「……回り込まなくて、正解、かも」
「? 何かあるの──っ!?」
苦笑混じりに言った新田さんを不思議に思ったのか、伊坂さんが窓に近寄り外を覗き、途端に言葉を詰まらせた。
「どうしたんですか? ……あ」
「……崖――」
その様子に引かれるように窓の外を見た私と西崎さんも、同様に言葉を失う。
窓の外は、少し見通しが良くなっていた。
窓のすぐ側から数メートルは木も見あたらず、“向こう岸”から再び深い森が始まっている。
窓の近くに木が植えられていない理由は一つ地面がないのだ。
窓を開けて下を確認すると、1メートル足らずのコンクリートの足場が校舎の際にあるものの、その先は急斜面になっているようだった。
遠くでは水の流れる音がするため、恐らく斜面の下は川になっているんじゃないだろうか。
「歩く分には問題ない幅ですけど……万が一足を滑らせたりしたら――助からないかも、ですね」
「それでなくても夜中で真っ暗、入り口の周りは森が深かったから、急に足場がなくなって――って事になってたかも……」
「まぁまぁ、こうしてみんな無事なんだから大丈夫だよ」
その様子を想像してしまったのか、ブルブルと肩を抱き、身体を震わせる新田さん。
そんな新田さんを落ち着かせるように、西崎さんが肩を優しく叩いていた。
その様子を見ながら、私は頭を整理していく。
一窓の側から崖、入り口周辺は深い森……つまり。
入り口は玄関1つ。
「玄関の扉が開いていたの、罠とかじゃないのかも」
「鞠片さん?」
「入り口は玄関しかなかったし、校舎の周りがコレじゃあ……ここに誰かが出入りしてたとしても、玄関から入るしかないですよね?」
私の言葉に、皆がハッとした表情を浮かべる。
「たしかに……犯人も、自分が通る度に罠を仕掛けなおしたり、解除したりしなくちゃいけなくなるわけだもんね」
「んじゃ、心配事もなくなった所で、探索を再開しようぜ」
西崎さんの提案に、小さく頷き、私達は再び廊下の奥を目指して歩き出した。
いくつかの扉を通り過ぎ、しばらく進んだ所で、正面に突き当たりが見えて来る。
「ここが終点みたいね、じゃあそこの扉から順に中を調べていきましょ」
そう言って、伊坂さんは廊下の突き当たりから少し手前に戻った所にある扉に手をかけて――そっと開いた。
「普通に教室、ですね」
「えっと、机が6×6だから、1クラス36人かな」
開かれた扉の中に広がっていた光景は、まさに“教室”と言った様子だった。
黒板とそのすぐ前の教壇。
教壇の方を向いて、2つ1組に3列並べられた学習机。
そして教室の後ろ、私達が開いた扉側には掃除用具入れや棚が並んでいる。
「暗いわね……」
用心深く教室内を見回し、伊坂さんが小さく呟いた。
確かに、月明かりが直接差し込んでいた分、廊下の方が明るいように感じる。
「廊下側の窓がすり硝子になってるので、明かりが差し込みにくいみたいですね。それに──」
「教室の中、カーテン閉め切られてるしねぇ」
私が教室の奥に視線を向けて言いかけた言葉は、西崎さんによって続けられた。
「ただカーテン閉まってるだけにしては、暗すぎる気が──って、うわっ! 何コレっ!?」
新田さんが、周りに注意しながらゆっくりと奥に進み、そっとカーテンに手をかけて開き──そしてほぼ同時に数歩後ずさる。
開かれたカーテン。
その向こうには、私達の予想を大きく裏切るモノがあった。
「真っ黒……」
「開けようにも……びくともしませんね」
カーテンの向こうから姿を見せたのは窓。
でも──
元は透明であっただろうガラス部分は真っ黒に塗られていた。
試しに窓のロックを外して引っ張ってみるが、何かで固定されているのか全く動かない。
念のため、メンバーで一番力があるであろう西崎さんも試してみたが、結果は同じだった。
「これ、相当しっかり固定されてるみたいだねぇ」
「まぁ開かないなら仕方ないわ。 これと言って何も無さそうだし、次に行きましょ」
伊坂さんの提案に頷き、教室を出ると、そのまま隣の教室の扉を開く。
「さっきの部屋と変わんないね」
「そう、ですね。 ──窓も、やっぱり真っ黒ですし」
「じゃあ次行きましょ」
一通り怪しそうな所を調べては、次の部屋に移動。
全く同じ雰囲気の部屋が続いたので、探索もスムーズだった。
──そして。
「これで4部屋目だね」
「ですね、中央のホールに向かって見て左側廊下の一番手前。 最後の部屋ですが──」
「見た感じ、ここも他と一緒みたいだねぇ」
今までの3部屋と同じように、手分けしてロッカーや窓などを調べながら、西崎さんが小さく呟く。
「そうですね……窓も開きませんし、違う所と言えば、机の数くらいでしょうか?」
「4部屋調べて……手掛かりゼロなんて」
新田さんが絞り出すように声を上げるのを聞いて、皆が言葉を失った、それも束の間。
「ねえ、教室ばっか調べるのも飽きてきたし、先にこの学校がどれ位の大きさなのか、一通り歩いてみない?」
「……そうね、ちょっと気分も変えたいし、全体を把握するのも必要かも」
西崎さんが思い立ったように両手をポンと叩いて声を上げる。
そして、その提案に伊坂さんがすぐさま賛成の意を示した。
気分を変える、と言う意見には大いに賛成だ。
廃校舎特有の暗く重苦しい雰囲気に、私の精神はガリガリと削られて行っている。
もっとも………
この廃校舎の中を歩き回る事が、私にとって、果たして気分転換になるのかは定かじゃないんだけど。
「鞠片さんもそれでかまわない?」
「え? あ、はい。構いません。気になった所は随時調べていけばいいですしね」
不意に名前を呼ばれ、咄嗟にそう答える。
まあ、全ての現象は人為的に起こせるってヒロ兄が証明してくれた。
そして、私達は実際に“旧校舎の亡霊”を発生させる装置を見つけだしているのだ。
つまり。
どんなに雰囲気が出ていても、ここにいるのは幽霊じゃなくて人間なんだ。
怖がる理由なんて無い! ──はず……。
そんな葛藤を知るはずもない伊坂さんは、私の返事を聞くなり小さく笑い、中央ホールの奥にある階段に視線を向ける。
「とりあえずは、一番上の階を目指しましょ。 そうだ、誰か紙とペン持ってない?」
「あ、シャーペンと手帳なら」
「充分よ、ちょっと借りてもいい?」
伊坂さんの言葉に頷いて、ポーチから手帳を取り出して「どうぞ」と差し出した。
「ありがと。 えっと……ここが昇降口で、前にホールがあって、奥に階段……左側に普通の教室が4つ……っと」
伊坂さんは、受け取った手帳をパラパラとめくってメモのページを見つけると、校舎の簡単な地図を書き込んでいく。
「相変わらずマメだねぇ」
「こうしておけば、どこを調べたかすぐ分かるでしょ? それに何かに気付けるかもしれないし」
手帳をパタンと閉じながら、西崎さんの言葉に答えた伊坂さんは、そのまま私達を奥の階段に促し、校舎の最上階を目指して歩を進めた。