第12話 潜入!旧校舎
━━━合流の数分前━━━
「向こうも上手く隠れられてるかな?」
「伊坂と鞠片がいるんだ、大丈夫だろう」
祐子達と別れて、東川君と二人で並木道を目指していた私達は、警備員さんと遭遇する事もなく、並木道のすぐ近くまで来る事が出来ていた。
「休憩はまだ……なのかな? もしかして、もう終わっちゃってたり――」
「いや、さっきからしきりに時計を気にしてる……恐らくまだだろう」
現在地は並木道の入り口近くの森の中。
警備員さんまでは10メートル足らずの距離だ。
暗闇にも目が慣れて来て、警備員さんの様子もよく見える。
「祐子達、大丈夫かな?」
「少なくとも見つかってはいないみたいだ。 どの辺りまで近付けてるかは分からないが………っ! 新田っ!」
東川君は言い終えるや否や、表情を強ばらせながらサッと頭を下げ、私にも姿勢を低くするよう促した。
私が頭を下げるのとほぼ同時、私達の頭上をライトの光が通り過ぎ、その後警備員さんの一人がゆっくりと近づいて来て――
そのまま私達のいる場所を通り過ぎた。
「東川君……?」
「あぁ、ちょうど2時。 休憩だろうな。 後は、もう一人に隙が出来るかどうか……だが」
通り過ぎた警備員さんを見送りながら、時計を確認した東川君が、静かに答える。
警備員さんに隙が出来なければ、潜入する事は出来ない。
とりあえず、ここまでは鞠片さんの予測通りに来てる……けど。
「ねぇ東川君。 このまま隙が出来なかったら――」
━━━━「何だ!?」━━━━
「えっ?」
隙が出来なかったら、私達が囮になろうか――
そう言いかけた瞬間、周囲に大きな声が響き渡り私達は屈んだ身を固くする。
「……見つかった?」
「いや……僕達じゃなさそうだが――」
東川君の言う通り、警備員さんのライトは、私達がいるのとは反対側を探るように照らしていた。
私達じゃないって事は……祐子達?
「誰か、いるのか?」
そう言いながら、徐々に森の方へ近づいて行く警備員さん。
それを見た東川君が、私の方を横目で見ながら、囁くように口を開いた。
「新田……伊坂に連絡して、旧校舎の方へ急ぐよう伝えたら、新田も旧校舎を目指して合流しろ」
「え? 東川君? ちょっと――」
「その帽子、借りるぞ! 出来るだけ姿勢を低くしておけ」
私が言い終えるのも待たず、私が被っていたキャップを引ったくり、すぐさま目深に被ると、わざと音を立てるようにして立ち上がる。
――まるで。
あたかもさっきの声を聞いて、逃げ出さなきゃと慌てて立ち上がったかのように――
「そっちか!?」
再び警備員さんの声が響き、向けられたライトに、私のキャップを深く被って顔を隠した東川君の姿が照らし出される。
それを待っていたかのように、東川君はサッと植木を飛び越えて走り去り、警備員さんも「待ちなさい!」と声を上げながら走って行く。
それを見てハッとなった私は、携帯を取り出し、祐子にダイヤルしながら、東川君に言われたように、並木道を抜けて旧校舎の方へ走り出した。
数回のコールの後、スピーカーの向こうから声が聞こえる。
『もしもし、榛奈? いったい――』
「あ、祐子? 今の内に、並木道の方に抜けて! 説明は……後でするから、早く」
『え? 榛奈? ちょ――』
要件だけ早口に伝えると、祐子も何かを言い掛けたが、それを無視して通話を切り、携帯をポケットにしまった。
正直、走りながら説明するのは、私にはかなりキツい……
とにかく今は、東川君が引きつけてくれてる間に、少しでも先に――
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「――と、言うわけなの」
「そう……雅人が……」
新田さんの説明を聞いて、状況を理解した私達の間に沈黙が流れる。
あの時、私達3人は、完全に萎縮して身動きが取れなかった。
あのままだったら、3人揃って見つかっていただろう。
それを東川さんが助けてくれた事になる。
無事に逃げ切れてるといいけど。
「……とにかく、雅人のお陰で出来たチャンスよ。 無駄にしないためにも、急ぎましょ」
短い沈黙を破った伊坂さんの言葉に頷いてから、私達は並木道の先――旧校舎に向けて早足に歩き出す。
暫くして、淡い月明かりに照らされ、グレーのコンクリート造りの建物が闇の向こうにぼんやりと見えて来た。
「うわ……。 い、今からあそこに行くんですよね?」
「……と言うより、忍び込むわね」
深い森に囲まれ、暗闇に佇む建物。
数羽のカラスが建物の上の方をクルクルと飛び回っている。
長い間放置されているためだろうか?
壁は所々黒くすすけ、窓ガラスは白く汚れて曇っていた。
あ……あそこに入る……。
の、呪われたりしないだろうか?
まぁ……木造で、ツタとかが絡まって、窓が所々割れて――っていう、所謂“お化け屋敷”と言うような雰囲気で無かっただけまだマシ……ではあるんだけど。
「……うーん、入り口の門、やっぱ閉まってるみたいだねぇ」
「かと言って、森の中を通って迂回するのは……危ないよね?」
旧校舎の全容が見えて来た所で、西崎さんと新田さんが口を開く。
「そうね、この感じだと、他に入り口もなさそうだし、門を乗り越えるしかないわね」
「えぇ? よじ登るには高いような……」
と言うのも、この学校。
一般的なコンクリートの塀と、大学と同じような森で囲まれていた。
塀は見上げる程の高さな上、森の中は例によって危険があるだろう。
となると必然的に、この格子状になった、高さ2~3メートルの門を越えることになる。
「………ねぇ」
行く手を塞ぐ門を見上げながら、私達がどうするべきかと思案していると、不意に西崎さんが口を開いた。
「俺が台になるから、誰か一人向こう側に越えて、門の閂外したらいいんじゃない?」
「あ、なるほど……」
「まさか克也からいい案が出るとは思わなかったけど……確かに、全員一斉に乗り越える必要はないわね」
西崎さんの言葉に、皆が目を丸くし、西崎さん自身はがっくりとうなだれる。
「みんな……俺への評価酷くない?」
「まぁ、そんな事は置いといて、ここは一番小柄な榛奈に乗り越えて貰おうと思うんだけど」
「私は構わないよ」
西崎さんの呟きを華麗に無視した伊坂さんが提案すると、すぐさま新田さんが同意を示した。
「じゃあ決定ね。 克也、お願い」
「はぁ……りょーかい。 ほいハルちゃん、肩の上に立ったら俺も立ち上がるから」
そう言って、西崎さんは門の格子に手をかけ屈み込む。
「ねぇ、靴のままでいい?」
「えぇっ? いや……それはちょっと痛いかな……門の上に乗ってから受け取って貰えると――」
「あはは! わかってるって」
そう言って、上げかけた足を下ろして靴を脱ぎ、改めて西崎さんの肩に足をかけ、そのまま格子を支えにして肩の上で立ち上がり、続いて、しっかり安定した事を確認した西崎さんが、「行くよー」と声をかけてからゆっくり立ち上がった。
「……よっ……んしょ……と。 オッケー、靴ちょうだい」
「はい、どうぞ」
「ありがと」
私が靴を手渡すと、新田さんはそれを履き、門の向こうへ一気に飛び降ると、閂を外し門に手をかける。
「うわっ……重いっ!」
「錆び付いてるのかも……みんなでやりましょ」
全員で顔を見合わせたのを合図に、今度は全員で一斉に引っ張ると、“ギギ……ギギギ”と鈍い音を立てながら少しずつ門が開いていく。
そして数十秒の後、ようやく人一人通れる程の隙間が開いた。
「これだけ開けば、通れそうだね」
「鞠片さん、大丈夫?」
「うぅ、大丈夫、です。 行きましょう」
緊張してるのは皆も一緒だ。
そう自分を鼓舞しながら、肌でわかる程に張り詰めた空気の中、強ばった表情をした皆に向き直り、しっかりと告げる。
そして、それを合図にしたかのように、私達は旧校舎への潜入を開始したのだった。




