第11話 並木道へ
校舎と、その周囲を囲む様に植えられた植木の間の隙間を、伊坂さんを先頭に姿勢を低くして、足音を殺しながら走る。
「そろそろ並木道かな?」
校舎の角を二つ曲がった所で、私の少し後ろを走る西崎さんが小さく声を上げた。
「そうですね。 第4棟の真裏なのでもうすぐ――」
「二人とも、止まって」
西崎さんの質問に答えていた私の言葉は、伊坂さんの制止によって遮られる。
少し前方、伊坂さんが無言で見つめる先には、懐中電灯を持つ二つの人影が見えた。
「警備員、二人いるね」
「休憩は……まだ、なのかしらね」
時刻は午前1時40分を回った辺り。
私の予想が間違ってなかったら、後20分程で、どちらかが休憩の為にこの場を離れるはず。
「じゃあさ、今の内に座って休憩しとこうよ。どうせ、片方休憩に行って貰わないと動けないんだしさ」
「そう、ですね。 いざと言う時のために体力は温存しておきたいですし」
元々あまり運動が得意じゃない事もあってか、既に軽く息切れ気味だ。
それでなくても、さっきの坂道とこの雰囲気で、身心共にダメージが溜まって来てるし。
「……そうね、ずっと気を張ってるわけにもいかないし、侵入経路も確認しないといけないしね」
「あ、そう言えば……侵入って並木道を通って行くんですか?」
これはずっと気になっていた事でもある。
侵入するなら、警備員のいない離れた場所から、森の中を通って行く方が確実なのではないか、と。
「そうよ。 ずっと森の中を抜けて行ければ早いんだけど、そうも行かなくて」
「??……どういう意味です?」
「まず、問題の旧校舎がどの位置に立ってるか分からないから、並木道を辿るしかないって事。 あともう一つ、学校が立ってるエリアは、しっかり平らに整地されてるけど、森の中はそうじゃないのよ」
首を捻った私に、伊坂さんは森の方へ視線を向けながら答えた。
「前に雅人と克也の2人に調べて貰ったんだけど、川の跡とか谷とかがそのままにされてるらしいの。 しかも、昼間でも薄暗いくらい草木が密集してる」
「えっ? それじゃ間違って入ったりしたら、危ないんじゃ――」
「うん、実際、俺達が見に入った時も、雅人が足を踏み外して怪我しちゃったんだよね」
確かに、学校を囲む森は、背の低い植木が隙間なく植えられ、そのすぐ向こう――乗り出せば届くような距離から、背の高い木が所狭しと植えられているのだ。
「そんな感じだから、生徒が入らないように、こんなに森を深くしたんだと思うわ」
「まぁ確かに、これだけ生い茂ってれば入ろうとは思わないかも……」
「まぁ、学校側から数メートルまではちゃんと整地されてたらしいから、侵入する時は、学校や並木道に沿って森の手前の方を移動して、警備員が見えなくなった辺りで、森から並木道の方に出るって感じになるわ」
伊坂さんの説明を聞きながら、今回の侵入方法を頭の中で情報を整理していく。
まず、警備員さんが休憩に行った後、今隠れている校舎側の植え込みを越えて、道を横切り学校の外周――森の方へ移動。
森側の植木を越えて森の中に入ったら、道から一定の距離を保ちながら並木道の方へ移動。
そのまま森の中を並木道と平行に移動し、警備員さんから離れた所で森から並木道へ出て、後は道沿いに旧校舎を目指す――と。
頭で考える分には、そんなに難しくない様に思える。
でも……警備員さんの側を通過する事になる。
それも、草木が生い茂り、足音を消しにくい森の中で、だ。
全員見つからずに潜入なんて、出来るのだろうか……
「あっ! 1人並木道を離れて行くみたい」
「2時……時間的にも休憩かな」
私が思考を巡らせてる間にも、時間は刻々と進んで行く。
そして――
皆が緊張に包まれる中、ついに侵入計画実行の時が来たのだった。
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「予想通り、向こう周りで休憩に行くみたいですね」
「えぇ、私達も動き始めましょ。 隙が出来た時にすぐ行動できるように、近くまで行っておきたいし」
伊坂さんの言葉に頷いて、私達は来た道を少し戻り始める。
今いた場所からだと、夜の暗がりの中でも警備員さんの事がある程度観察できた。
それはつまり、向こうからもこちらの事が見える距離だと言う事になる。
遮る物の無い道を横切って森の方に移動するのは、発見される危険がかなり高い。
「この辺なら大丈夫かな?」
「そう、ですね。 警備員さんも見えませんし、大丈夫だと思います」
警備員さんが闇に紛れて見えない距離まで移動した私達は、周囲を注意深く確認した後、植木を乗り越え一気に森の方へと駆け抜ける。
森側の植木を乗り越えて、木々の隙間に身を隠してから、再び周囲に視線を巡らせ、人がいない事を確認した。
まぁ……こんな夜中の学校内に、そうそう人がいるとも考えにくいけど。
それより……
「うぅ……こんな事なら長袖で来るべきでした」
深く生い茂った森の中。
むき出しになった腕に葉や草が当たってチクチクする。
今はまだ移動してないからいいが、動き出したら……チクチクでは済まないかも。
「ごめんなさい……連絡をすっかり忘れてて。コレ羽織ってて」
「え! でも……」
「私は中のもう一枚も長袖だから」
そう言って、伊坂さんは自分が羽織っていた薄手のパーカーを差し出してくれた。
お礼を言って、早速羽織る。
夜で涼しくなってるとは言え、真夏が近づくこの時期に、長袖は少し暑い……。
まぁ、腕中傷たらけになるよりはマシだとも思う。
「じゃあ、行きましょう。 警備員の人の様子がちゃんと見える辺りまで」
「はい、なるべく音を立てないように、ですね」
そう言って、そろそろと移動を始めるが、これが中々難航していた。
歩毎に踏みしめてしまう枯れ葉。
顔の近くに容赦なく迫って来る木の枝や葉っば。
進む度、かき分ける度に小さく音が鳴る。
まだ警備員さんからも遠いから、「この程度なら……」とは思っていても、一歩毎に周りが気になって歩みが止まってしまっていた。
「見えてきた……」
「でも、様子をちゃんと確認するには、もうちょい近づかないとだねぇ……」
西崎さんの言葉に頷きで肯定を示し、再び歩き出す。
もう少し……
もう少し……
そう念じながら、ゆっくりと近づいて行くと――
━━━━パキッ━━━━
「何だ!?」
「―――っ!!?」
足下で鳴った音。
そして直後に響いた大きな声に、私達は揃ってビクリと立ち止まり、慌てて身を屈め息を殺す。
「誰か、いるのか?」
間違いなく警備員さんの物であろう探るような声が、シーンと静まり返った周囲に響く。
そして、頭の上を数回、懐中電灯の明かりが通り過ぎた時。
「そっちか!?」
再び声が聞こえたかと思うと、直後に「待ちなさい!」と言う声を残して、明かりが遠さかって行った。
―――直後。
身を屈め、呆然とさっきの出来事を眺めていた私達は、伊坂さんのズボンのポケットの中で、携帯電話が震えながら淡い光を放っているのに気づいてハッとする。
「もしもし、榛奈? いったい――」
『あ、祐子? 今の内に、並木道の方に抜けて。 説明は……後でするから、早く」
伊坂さんが慌てて通話ボタンを押し、私達も受話器の方に耳を寄せると、スピーカーの向こうから、息を切らしたような新田さんの声が聞こえてきた。
「え? ちょっと! ……切れてる」
「……よくわかりませんが、警備員さんが居なくなったのはチャンスです、新田さんの言う通り、今の内に抜けましょう」
「……そうね、行くわよ」
伊坂さんは、通話の切れた携帯をポケットにしまい、私と西崎さんの顔を交互に見ると、小さく頷いて駆けだした。
私と西崎さんもそれに習って走り出し、さっきまで警備員さんがいた場所並木道の入り口の方へ抜け、そのまま並木道を辿って奥へと走る。
「あ、みんな!」
「榛奈! ……あれ?」
S字になった並木道を暫く進むと、少し先から新田さんが駆け寄って来た。
ただ、一緒に行動していたはずの東川さんの姿は見えない。
「ねぇ、雅人は?」
「えっと……それが――」
新田さんは、言いにくそうに視線を泳がした後、何が起こったのかをポツリポツリと話し始めたのだった。