第二試合 4.午後練
クールダウンがてら走ってブルームーンジムに戻ってきた譲二と空太らは、早めの昼食をとり、食後の休憩ののちに、午後練習に没頭していく。
午後練では各技術の反復練習に重きが置かれていて、譲二は空太と美濃部と交互に、組み相撲やテイクダウンディフェンスのドリルから取り組んでいた。試合会場で組み立て設置される本物と比べるとやや小さく手狭ではあるが、四方を数本のロープに囲まれたリングの上で、裸足になって。
ちなみに、ボクシングや総合格闘技のリングのロープは規定で四本と定められているが、プロレスの試合場を想定しているこのリングのロープは三本と少ない。諸説あるものの、相手をリング外に投げ落として場外戦に移行するという演出を発生させやすくするため、というのが主な理由として考えられている。
また、上下のロープ間に一定のスペースがあった方が、(リングスの実技教官のサンライズマスク軍曹が得意としていた)上下のロープをつかんで体をリングと水平に回転させながらキックする技など見栄えのある様々な技が使えるようになり、試合展開の幅が広がるというのもある。とにかく、プロレスラーにとってロープの間隔というのは、リング内や場外への出入りがやりやすいかどうか、が特に重要とされているのだ。
「ぐ……うう……っ!」
組み相撲で美濃部に押し負けて、譲二はそのロープ際まで下がらされてしまう。「そこまで!」という詠美の声で解放され、譲二は腰に手を当てて、乱れた呼吸を整えようとした。
空太となら体重や体格が一階級しか違わず、拮抗して勝ったり負けたりといい勝負になるのだが、美濃部には毎回押し潰されてしまう。もっと筋肉と体力をつけなければ話にならない。
ウエイトトレーニングを含めた毎日の練習メニューに不足はなく、それならばご飯の量を後少し増やすべきかどうか考えていると、
「空太、譲二ー。サラダと、副菜を一品ほど作っておいたから冷蔵庫に入れておくね。夜に食べて」
住居部分へと通じる室内ドアから顔を出した寧々がそう言ってきた。上京しての借り暮らしで減量飯を自炊する女子格闘家といった感じで、エプロンをかけている。
「ありがとうございます!」と、空太と声が重なった。
持参していたお弁当箱とマイ箸を洗っているのかと思ったら、料理までしてくれていたとは。頭が上がらないとはこういうことをいうのだろう。
訓練兵時代の給食は民間委託されていて、譲二達は食堂で栄養管理士の提供する三食を残さず食べるだけだった。駐屯地では打って変わって自前で調理をすることになり、業務隊なるものに所属している隊員が炊事場の管理をしつつ、食事や戦闘糧食を作っていた。
しかし、業務隊の人員は定期的に各部隊から集められるのだけれども、特殊格闘兵がそこへ配属されることは臨時でもなかった。
つまり、譲二はこの町へ来てから自炊をするようになったわけだが、腕前はお世辞にも良いとはいえない。簡単なクッキングの教本を読み、空太に調理器具の説明や完成品の味見をしてもらいながら勉強中の身である。
寧々のように学生にもかかわらず料理が上手にできるというのは、譲二からすれば尊敬の対象だった。将来、いいお嫁さんやお母さんになると思う。
「じゃあ、次は、グラウンドにおけるガードポジションとパスガードの練習をしよう」
詠美が手を叩いた。
ガードポジションとは、仰向けに寝た下の選手が、馬乗りしてこようとする相手を蹴り離したり両脚で防御したりすることをいう。パスガードはそのガードポジションを越えて、上半身の抑え込みに成功することだ。
譲二は寝転んで踵を浮かせる。美濃部が左右にステップを踏み、大胆にフライング・ボディアタックをするかのように、ガードを飛び越えてこようとした。
「ちょっ……、初手からそれですか!?」
足での対応が間に合わずに、ボディアタックをもろにくらってしまう。その衝撃にげふぅ、と胃の中に残っていたものを戻しそうになった。
「譲二くん、膝を上げてパスガードを許すな! プロレスでフライング・ボディプレスに対して膝を突き立てるのは掟破りだが、MMAでは基本的かつ有効な防御技術だぞ!」
よく声が通るトレーナーの助言に譲二は反応する。膝を上げて、美濃部のマウントポジション移行を阻止した。
「やるな、だが俺は負けない!」とサイドにつこうとしてくる美濃部。譲二は「俺だって譲りませんよ!」と、それにも抵抗をしていった。
そんなふうに攻防を数十秒続けたところで、交代が告げられる。今度は美濃部が下で、空太が上だ。譲二は起き上がって、一息つく。
タオルを取りに行こうとして振り向くと、ウェイトトレーニング用の台座に腰かけている光次郎会長が視界に入った。ロマンスグレーの髪を後方に撫でつけて、にこやかに空太と美濃部の組手を見つめている。
光次郎会長はトレーニングに参加していない。今日だけでなく、ここのところずっとだ。
(……まだ股関節の具合が芳しくないのかな)
戦時下ということもあってプロレスの興行がほとんど差し止めとなり、試合ができなくなったことも関係しているのは間違いない。年齢的に、体にも限界が来ているはずで、表舞台から身を引くことも考えているのかもしれなかった。
事実、最近の彼は空太らの練習を見る側に立ってばかりで、半ばコーチのような振る舞いが増えてきている。ろくに試合に出なくなって、フレッシュな後輩選手のセコンドや練習相手ばかり務めているベテラン格闘家が時々いるが、それよりも顕著だ。
譲二はジム内を見回す。午後になってもジムの会員は一人も来ない。
当初はもう少し人数がいたのだが、この数ヶ月の間に何人も辞めてしまった。プロレスなどで収入を得ていくことが難しくなり、別の道を行くために退会していったのだと思われる。
会員がほとんどいなくなるということは、月謝が減るということで、ブルームーンジムの経営が立ち行くのかも心配になってくる。本来なら、詠美トレーナーを雇う余裕さえもないのかもしれない。
路線変更して一般会員を募集したらどうかと思わなくもないのだが、建物は言わずもがなで設備も古く、新たに人を呼び込めると考えるのは楽観的にすぎるだろう。おそらくフィットネスやエクササイズの指導のノウハウも足りず、現実的には厳しい。
それらの内外の要因が複合的に合わさって、光次郎会長も練習している場合ではなく、身の振り方を考えているところなのだろうか。
(世知辛いな……)
譲二は目を逸らし、壁のポスターを見やる。色褪せて一角が剥がれているポスターには、過去のプロレス興行の案内と並み居る出場選手の写真が印刷されていた。
それらの出場選手の中に寺越光次郎もいて、構えをとっている宣材写真が前目に大きく使われていた。十数年前のもののようで、不敵な笑みを浮かべているさまが若々しい。
全盛期、光次郎はそれなりに名の知られた中堅のレスラーだったと空太から聞かされている。地方巡業でここ地元に凱旋したときなんかは、会場の歓声があったらしい。
決め技の一つとなっているムーンサルトプレスは彼の代名詞といってもよく、コーナーポストからのバク転の軌道が他のどの選手よりも美しかったという。このブルームーンジムという名称も、その必殺技から取っているのだそうだ。
しかし、過去の栄光も今は昔。現在はどこからも打診がなく、試合が組まれないために露出が減って、知名度も下り坂となっている。
光次郎曰く外を歩いても、役場で手続きをしようが、気づいてくれる人はまずいないとのことだった。プロレスラーは非日常の象徴であるべきなので、プライベートを詮索されずに済むのはいいことだとも。
「時間なのでそこまで! 美濃部さん、譲二くんと交代して少し休んでください。今度は譲二くんが上で、空太くんはガードポジション!」
詠美の指示に、譲二は意識を現実に戻して振り向く。今は練習に集中だ。
「よーし、今日こそは数日ぶりに勝ち越してやる!」
と、空太が目の中の炎を燃やしながら、両腕を開いたり交差させたりしていた。彼はなぜか譲二に対していつも敵愾心を抱き、練習で事あるごとに勝ち負けを数えている。
勝敗の総数は、一階級のアドバンテージがある譲二がわずかにリードしているものの、ほぼ互角といってよかった。組手というのは同程度の力量を持った相手とやるのが効率の面で良いとされているため、空太は理想的な練習相手といえる。
正直にいえば、暑苦しいやつと思わなくもない。……が、譲二は、よそ者の自分に対しても裏表なく、まっすぐ全力で競ってくれる彼のことを好ましく思っていた。
突然ジムに転がり込んできた経歴不詳の者として疑惑をかけられているのはわかっているし、いつまでもここにいるわけではないというのもあって、友情を育むつもりはないのだが。




