自慢の姉でしたが
つい、思いついて書きました。やってしまった後でビクビクしています。何でも許せる方向け。
近所の仲良しの家に、赤ちゃんが産まれた。
とんでもなく可愛い女の子だ、と斜向かいの家の婆さまが言うので、お祝いがてら見に行くことにした。
でも、子供のあたし一人で出歩くと心配されるので、店番をしていた年の離れた姉にお願いして、一緒に行ってくれないかとねだってみた。
仕方ないわね、と優しい姉は笑って、家の雑貨屋のドアに閉店札をぶら下げてくれた。
その赤ちゃんは、ピンクの髪にぷくぷくほっぺで、びっくりするくらい大人しくて可愛かった。赤ん坊なんて、普通はしわくちゃで赤くて、ぴいぴい泣いてうるさいものなのに。
あたしが可愛い可愛いと褒めちぎっている横で、姉は黙って微笑んで赤ちゃんを見ていたが、だんだん顔が青くなってきて、突然「悪いけど帰るわ」と勝手に立ってしまった。
あわてて追いかけて一緒に帰ると、姉は何かに混乱しているようで、道すがら小声でブツブツ言った。
「マジコレゲームセカイ。アレヒロインジャネエカ。オレモブトカナイワ。テカ、ナンデメロンソウビナノ。マグナムドコイッタ」
「姉さん何言ってるの?」
姉の目にあたしが入っていない。早足の歩調に合わせようと、あたしは小走りになる。
「マジムリ、ツンダ。ティーエス転生カンベン。デモチビヒロインオニカワ。リアルテンシ、モエシヌ」
「えっ、今なんて言ったの姉さん……?」
転生という言葉が聞き取れて、あたしはひどく動揺した。そう言えば、姉の口から出る言葉は普通じゃ聞かないようなものばかりだし、なんだか嫌な予感がした。
あたしは取り乱した姉が逃げないように、しっかりその両手を握って足を踏ん張った。
それから、たどり着いた家の前で大声で、母を呼んだ。
「お母さーん! たいへーん。姉さんがやり直しの子だー!」
「なんですってえ!」
「あっ、こら離せ。うぉっ、ちちち違っ」
母が店の裏手から大慌てで飛び出してきた。
この国に、度々現れる自称転生者なるもの。
彼らは等しく、他の世界の神が厄介払いで我らの神に押しつけた、悔いと未練を宿す者だ。
彼ら自称転生者達は、かつて別の人生を送っていたと言い、その記憶からおかしな言動を行って周囲を困惑させたり、よくわからない理論を他人に押し付けたり、よくわからない野望に目覚めたりする、はっきり言って厄介者だ。
伝承によれば、我らの信奉する男神は異界の女神達と共に、いにしえの遊戯ヤキュウケンなる賭け事勝負をして負け、浄化しきれなかった魂の悔恨を晴らす手伝いをすることになったのだという。
つまり姉は、残念で可哀想だったかもしれない魂を宿す、神から人生再挑戦の機会を与えられた、やり直しの子だったのだ。
すぐさま姉は、あたしと母に付き添われて教会へ行くことになった。
司祭様にお願いし、お高めのお布施を払って祈祷していただき、姉のための聖句をもらってきた。
いらないとか嫌だとか、姉は往生際悪くごねていたが、この件に関しては拒否権なんか無い。
帰ってきて、姉は椅子に座らされた。
そして、姉はまだ字を習い途中で半分しか読めないため、母が聖句を読み唱えてくれると言うから、あたしも部屋の端っこで聞いてみることにした。
ちょっと聖句に興味があったのだ。
「ブイアールゲームティーエスモブ」
とたんに姉は胸を押さえてウゥと唸った。どうやら言われたくなかった事みたいだ。
「イベントノゾキミダメ。コッソリミマモルハストーカー。オシノジンセイオシノモノ。ヨケイナテダシケガノモト」
聖句を聞いて、姉はとてもがっかりした顔になった。口を開けたり閉じたりしたが、どうにも言葉が出ないように見える。
「ドクシンシャチク、コイビトトワカレテ、ザンギョウザンマイ。ブラックキギョウデツイニカロウシ」
驚いて、それから哀しそうにうつむいた姉の頬を、ゆっくり涙が伝っていく。肩が小さく震えていた。
「コンドハダレモムリジイシナイ。ダイジナモノミウシナウナ。アキラメナクテイイ。イキテテイイ」
姉は恥も外聞も無く泣き出した。男みたいな声で、うおおーんと泣いた。
「コウリャクヒントナシ。レベルアップナシ。スキルアップナシ。コマンドワザナシ。ミンナオナジスタート。フツウノジンセイ、ダイジニイキロ」
頷きながら泣く姉を見て、母も泣いた。あたしもなんだかもらい泣きした。
聖句を一緒に聞いてみたけど、あたしには効果がないようだった。が、泣いている姉にはよく効いているようだし、とても可哀想に思えた。
なんて言えばいいのかよくわからないけど、とりあえず姉、でいいのか? 今更兄じゃないし。頑張れ。強く生きろ。
そういうことがあった三日後、二才年下の仲良しのやんちゃ坊主に、事の顛末を内緒話で教えた。
奴は、例のすごく可愛い赤ちゃんの兄でもある。
今のところ村で一番私と仲がいい。幼馴染みの気安さもあり、時にどつき合いもする、近所の遊び仲間の一人だ。
「じゃあ、お前んちの看板娘やってる、おしとやかで美人のお姉さん、中身TS転生元社畜過労死男なの……?」
「あんたの言うこと、たまにところどころわかりたくないんだけど。ようするに、姉さんはやり直しの子っぽい。これから先、姉さんがおかしな事言ったりしたりして、面倒かけるかも。なんかあったらゴメンね。先に謝っとくわ」
「い、いや。オレは大丈夫だ。たぶん」
微妙に目をそらしつつ、やんちゃ坊主は言った。
衝撃だよね。優しくて綺麗で自慢の姉さんだったんだよ。なのに中身アレな人らしいんだよ。姉さん自身もあのとき初めて気付いたみたいだけど。
「けっこうな美人なのに。ちょっと憧れてたのに。中の人、野郎なのか。……お前の姉さん、苦労したんだな。普通の人生送れるといいな……」
「そうだね。先のことなんかわかんないけどさ。まあ、なるようにしかなんないよ」
あたしはサバサバ言い切った。
「それより、姉さんが、自分の心は男だから将来お婿さん貰いたくない、って言い出したせいで、父さんも母さんもめっちゃめちゃ困ってる。お嫁さんなら貰う、とか言って、自称転生者ってやっぱり馬鹿なんだね。女と女じゃ子供作れないから結婚できないじゃん。うち、姉さんとあたししかいないし、店を誰が継ぐんだっての。あたしはあんたのとこに嫁に行くしね」
そう言ったら、奴は驚いて自分を指差した。
「えっ、オレ? 嫁?」
「なによ。あんた自分で言ったじゃん。お前、幼馴染み枠の嫁だな、って。あたしがそうなの? って聞いたら、運命で決まってるんだ、って。ちょっとびっくりしたけど、運命感じるって、そこまで言うなら別にまあ良いかって思ったからいいよ。あんた他の奴らよりガキっぽくないし」
奴はみるみる赤くなって、青くなって、もう一回赤くなって、ガクッとうなだれ、また青くなった。
なんなんだよその反応。あたしが好きなんじゃないのかよ。
「ハーレムあると思ってたんだ……」
「何って?」
「な、なんでもない!」
急にうろたえだした奴に、ムッとしたあたしは得意技を繰り出した。
前に姉さんに教えてもらった、うるうる上目遣いだ。お客にやると売り上げ倍増って、一発合格のお墨付きである。子供だと思ってなめんなよ。
「もしかして、あたしが嫌いになった、の?」
うるうる。
「いいい、いやそんなことは!」
「よしっ」
奴はわかりやすく赤くなった。
男なら腹くくれや。二言は無いだろ。あたしは、今世は結婚したいからね。
あたしは姉と違って、誰にも何にも悟らせないし、告げない予定だ。
せっかく健康に産まれたんだもの、周囲に二度と心配なんかかけないし、成人前に病気で早死にしたりしないようするよ。
人生はゲームじゃない。ちゃんと青春して結婚して子供作って孫の顔も見て、後悔しないよう長生きするんだ、今度こそ。
これは神様がくれたチャンスだもの。あたしはしっかりやり直す。普通の人生を、大事に生きる。
やんちゃ坊主はナリアガリユウシャ君。女子免疫無し。
注意。ヤキュウケンは大変危険な遊戯です。よい子はマネしないでね。
それと、本家野球拳は脱ぎません。