9話 『ゴカイがコイに』
最終話です。
家に帰って、一文は入学式のときの名簿で下の名前がミオである人を探していた。
(えーっと、ああ、あった、この人だ)
あの子の名前は「古脇ミオ」だった。
(はぁ〜、名前カタカナなのか)
名前が分かったので次はアタックのチャンスを探るだけだ。
(たしかあのときのクラスには香川がいたな、ということはあの子は4組か)
香川とは、一文と同じ中学校に通っていた同級生で、家でゲームが禁止されていて、よくみんなの会話に入れないでいた奴だ。たしか実家がうどん屋をやっていた筈だ。もちろん一文は出禁になっている。
(よし、明日からチャンスをうかがってみるか)
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今日は席替えの日だ。朝イチで席替えがあったのだが、一文は貯まっていた全ての運を使い果たしていた。
なんと今回の席替えでは、一文のまわりは全員女子だったのだ!
しかし今の一文にはそのようなことはどうでも良かった。今はあの子が最優先なのだ。
(今のところずっとバリア張り続けてるな)
そう、実は一文は朝からあの子を駅で出待ちし、ずっと話しかけるチャンスを探していた。しかし、今のところそれは訪れてはいなかった。
結局あの子は学校にいる間はバリアを張りっぱなしだったので、喋りかけることはできなかった。しかし、一つわかったことがある。
どうやらあの子には、彼氏はいないようなのだ。
(これはいけそうだ、はやくバリア解かないかなぁ)
そして、今日の帰りもあの子と同じ車両に乗り、チャンスをうかがっているとき、不意に電車が揺れて一文はよろけてしまった。
バサァッ
「おっと、まずい、落ちた」
一文はカバンに入らなかったので抱えていたノートやプリントを落としてしまった。
一文は慌てて拾っていると、なんと、あの子が拾うのを手伝ってくれていた。そして、何か小さい紙切れを拾い、それを見た彼女はめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。
「あ、やべ」
その紙切れとは、一文が昨日買ったロリ系エロ本のレシートだったのだ。彼女はそれをそばに落ちていたノートに挟んで見なかったことにして、一文に渡してくれた。めっちゃ恥ずかしい。泣いてもいいですか?
「あ、ありがとう」
一文はそれを言うのが精一杯だった。さらに、彼女は追い討ちをかけてきた。
「あなた、昨日からずっと私をつけてるでしょ、何のつもり?ストーカー?」
「え、いや、そんなつもりは、」
レシートのダメージが大きすぎて、一文は何も言い返せなかった。
「はぁ、もう私をつけ回すのはやめてくれない?2度と私の前に姿を見せないでちょうだい」
「え、いや、あ、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ」
「ふん、じゃあ何よ」
「君だろ?ずっと僕と絵のやり取りしてたの」
「は?違うけど?私があの席になったのは昨日よ、席替えしたの」
「え、うそ、じゃああそこの席に前座ってたのは誰?」
「たしかラグビー部の出部くんよ、毎回嬉しそうに絵を描いてたわ。そう、あなたが出部くんのBL仲間なのね」
「嘘だろ」
一文の精神力は尽きた。
しかし、悲劇はこれで終わりではなかった。
一文が立ち上がるときに掴んだところは、手すりではなく、40歳ぐらいのおばさんの足だった。
「キャアアアッ!痴漢よ、捕まえて!」
「え?うそん、やべ、ごめんなさい!」
次の駅で一文は降ろされ、駅員さんと警察に囲まれていた。
「君、痴漢は初めてかね?」
「え、いや、違います!誤解です!」
「何?そうか、5回か、ちょっとこの後ついてきてもらえるかい?」
「え、なんでですか!少なくともわざとやったわけじゃありませんし、痴漢なんてしたことないです!」
「いいえ、違いますわ、絶対故意ですわよ。第一、今前科があると言ったじゃないですか。」
「私も君が故意にやったと思いたくはないんだよ。だけどちょっとお話をしなくちゃならないんだ」
「そ、そんなぁ」
こうして一文の恋は終わった。
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「よし、今日の晩御飯でも調達するかね」
そうして、昨日海に釣りに行ったときに余ったゴカイを針につけ、池に垂らす。
しばらくすると、釣り竿に動きがあった。
「おっ、きた!今日はコイが釣れたぞっ」
「おいっ、何やってるクソガキッ!ここは私有地だぞっ!」
「やべっ、逃げろっ!」
そして一文は走り出す。
一文は高校を卒業した後、見事東大に進学した。今は道ゆく人に学歴マウントをとって生活している。
なんとか逃げ切った。
「はぁ、昨日釣りデート誘われたのに結局会えずに終わったなぁ。まあ、50万円も課金してるし、一回会えなかったくらいで諦める僕じゃないけどね」
そう言ってマッチングアプリを開く一文であった。
これにて『机上の恋バナ』の連載を終了します。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
生物の課外授業のときに思いついてノリで書き上げた物語ですが、ちゃんと形になりました。自分でもびっくりです。