表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白亜の国とマルクパージュ  作者: 尾石井肉じゃが
4/6

3.故郷と夏とタピオカ

 おじさんが指し示してくれた道の方向へ向かい、そこをまじまじと見つめる。道は『白亜の国』の所以である白と青を基調としたレンガで舗装されていて、昔とあまり変わらない装飾が道沿いの街を彩っていた。

 しかし、やはり200年の歴史は街の様子も変えるらしい。変わった例を挙げると魔導によって灯されていた街路灯は見たことのないスタイリッシュなデザインのものになっていて、炎が揺れていないのがなんとなく居心地が悪かった。

 他にも金属でできた箱……車というのだと本で読んだのだけど、そういった馬車に代わる新たな移動手段だったり、建物の近くに置いてあるピカピカと眩く輝く電飾など、おばあ様の持つ書物で見たことのある、それでいて私にはあまり見慣れない品々が多く目に留まる。


 しかし一度定着した文化というものはしっかり残っているようだ。今もほうきになにやら袋をぶら下げ、ゆっくりと年若い魔法使いが頭上を通過していった。今辿っている道の少し先では、先ほどの魔法使いよりも更に年齢が幼く見える少年と少女が競うように魔力を使って花や氷などを小さな手に出し合っていた。その横を通過すると、高い歓声と笑い声が住宅街に響き渡る。


 ──懐かしいな。


 思わずそう独り言ちる。私がいた頃から、こういった光景はなんら変わらない。200年という人の代がいくつも変化するほどの長い時を重ねても、こうして人の笑い声が溢れていることが、私の胸をくすぐった。


(……私には、こんな気持ちを抱く資格なんてないんだろうけど)


 少しセンチメンタルな気分になると同時に思い浮かぶ仄暗い光景をより目の前の街並みの観察にあてることで振り払う。……こんなふうに落ち込んでいるのも惜しいのだ。とにもかくにも、今はおばあ様からの『おつかい』と、目的地である城まで行くことを第一に考えるべきだろう。



 そのまま見えている道をずんずんと進んでいく。すると徐々に道が傾いていき、10分もあるいた頃にはかなりの高さまで上ってきていた。

 もちろん私は足腰に自信があるから、というのもあるけれど、後ろからは爽やかながら強い風が吹いているためあまり疲れは感じず、坂が終わり道が平らになったところまでは比較的楽に上ってこられたのだった。


 なんとなく後ろを振り返ると、ほんのりと潮の香りのする風が頬を撫でる。振り向いたことで揺れる髪から未だに慣れない、しかしどこか懐かしい香りが潮のものと混じって私の鼻をくすぐった。


(……そういえば、このままの見た目だと怪しまれたりするのかな……?多分絵画とかは残ってるだろうし、見た目は知られてると思うんだけど)


 私の髪型は王宮にいた頃は肩に届かないほどの長さで下ろしていたのだけど、今は肩に付くらいで切りそろえていた。

 髪が少し伸びたとはいえ、絵画に描かれる歴史上の人物と顔が瓜二つだと違和感を覚える人もいるかもしれない。流石に本人だとバレることはないだろうけど。


(変装してみるとか……?いやでも、余計に怪しまれそうだよね……)


 うーん、と唸りながら何かないか鞄をまさぐる。底の方まで手が触れたとき、シルクのような手触りの何かに指が触れる。

 それを掴み引っ張り出してみると、私の眼の色と同じ青で出来た可愛らしいリボンだった。いつだったかの誕生日に母から送られてきたもので、見るからに上等と分かる生地とレースで出来ていて、あまりの可愛らしさに自分には似合わないと思って封印していたものだった。


 それを見てふとおばあ様の顔が思い浮かぶ。私の記憶の中のおばあ様はいつも横でひとつにまとめた髪を軽やかに揺らしていた。特に理由がある訳ではなかったのだが、なんとなく同じ髪型にしてみよう、と思い立つ。


 しかし私はおばあ様ほど髪が長くない。横でまとめるように指で集めると高いところで結ぶには長さが足りないようで、手のひらからこぼれていってしまった。

 仕方なく私から見た左側の髪をひと房すくって紐をくくって結ぶ。その上からリボンを巻くと不思議と気持ちが高揚するような気がした。

 持ってきた鏡でおかしくないか確認する。そこには優しく微笑むひとりの年相応の少女の姿があった。……うん、これならひとまず私が()()に似ているとは思われないだろう。


 正直、昔は街の少女たちがお洒落に目を輝かせている理由にあまりぴんと来ていなかったのだけど、こうして普段よりも自分自身を飾ると少し気分が上向きになる。……これも、ただの町娘になったからこそわかる感情なのだろうか。髪型と服装を少し変えただけでも自分の内面すらも変わったかのような錯覚に落ちる。私にはこの気持ちがあまりに新鮮で、ほんの少しだけ緊張する。



 足取りも軽く、しかししっかりと大地を踏みしめながら歩いていく。ひとまずの目的地は海を出てすぐの場所から見えていたグランツベルク城だ。この場所からも大きな存在感を持って佇んでいる私の生家は200年たった今でも進むべき方角の目印になってくれていた。



 先ほどの坂の終わりから何キロか進んだだろうか、少し喉が渇いてきたな、と思ったあたりで突然民家のような建物の多い街並みから看板やカラフルなのぼりの並ぶ景色に一変した。おそらく店なのであろうそれらからは様々な食べ物や飲み物の匂いが混じって私の元まで漂ってきていた。


 その通りをまっすぐ進んでいくと、ふと私はある店に飾られた看板に目が留まり、思わず立ち止まった。


(なんだろう、これ?飲み物みたいだけど……。この黒い粒々、何……?)


 そう、店のメニュー表であろう看板には色とりどりの飲み物が描かれているのだけど、その中に入っているカエルの卵のような黒い粒が気になった。つまりは好奇心に負けたのだ。

 こうして普通に売られているのだからきっと不味いものではないのだろうけど、なんとなく口に入れたくないような見た目をしている。

 そんなものがどうして店で売られているのか。店が潰れていないのだからそれなりに人気のものだろう。それが不思議で足を止めたのだ。


「すみません、どなたかいらっしゃいますかー?」


 店の奥へ向けて呼びかけてみると、はぁい、という籠った返事が返ってきた。どうやら今は何かの作業中だったようで、バタバタと慌ただしい音がした後、奥にあった扉からエプロンを着けた女性が小走りで出てきた。どうやらこの店の店員のようだ。


「お待たせしましたぁ~。ご注文お決まりですかぁ~?」

「えっと……。一番上の、これ、たぴおか……?ミルクティーをひとつ」

「はぁ~い、少々お待ちくださぁ~い」


 店員がそそくさとまた店の奥へ消えていき、数分経つと、店頭の看板に描かれたものと同じロゴのプリントされた容器を持ってこちらへやってくる。


「はい、お待たせしましたぁ~、タピオカミルクティーです~。ストローお通ししますかぁ~?」

「え、あ、お願いします」

「畏まりましたぁ~」


 店員はそのままストローを刺し、私に手渡す。慌てて代金を払いそれを受け取ると、ヒヤリとした感触が手に伝わった。思わずゴクリと喉が鳴る。

 まじまじと見つめると、写真で見るよりもよりカエルの卵のような質感の黒い粒が目立つ。自分から頼んでおいてなんだが、これは本当に口に入れても平気なものなのだろうか。


「あぁ~、お客さん、もしかして観光客さんですかぁ~?大丈夫ですよぉ、ぐいっとどうぞ~。ほらほら、温くなっちゃいますよぉ~」


 なんでそんなことが分かるのだろう?店員の言葉に半信半疑ながら私はストローに口を付ける。

 ええい、女は度胸。店員に言われた通りに大きく中身を吸い上げた。


「──っ!」

「どうですぅ?美味しいでしょぉ?やっぱり慣れてない方の反応は面白いですねぇ~!あ、タピオカはちゃんと噛んでくださいねぇ、喉詰まらせちゃうんで」


 言われた通りに口に入ってきた丸い物体を噛むと、モチモチとした触感にミルクティーと混じって仄かに甘い香りがした。

 これは……。確かに、美味しい。見た目はちょっとアレだけど。


 喉が渇いていたこともあってか、一気に中身を飲み干す。もちろん喉に詰まらせないようきちんとたぴおか、というものは奥歯で噛んでから喉に通した。ごちそうさまでした、と心の中で小さく呟く。


 あっという間に空になった容器をどうしようかと迷っていると、店員が傍にあるごみ箱を手で指し示した。どうやらゴミはここへ捨てろ、ということのようだ。ありがたくそうさせてもらう。初夏の熱であっという間に熱を失った容器からは結露した水滴がポタポタと零れ落ちていた。


「いやぁ~、お客さん、良い飲みっぷりだったねぇ~」

「ははは……、すみません、喉が渇いていたもので」

「いやいや、美味そうに飲んでくれて嬉しかったよぉ~。コレもね、ちょっと前まではお客さんみたいに新鮮な反応をしてくれる人も多かったんだけどぉ、この国の人たちは見慣れちゃったみたいで」


 反応に面白みが無くなっちゃってねぇ~、と店員は愚痴をこぼす。なるほど、だから他所から来た観光客だと思われたのか。とはいえ、私の故郷はこの国だから、当たらずとも遠からず、といったところだ。言っても仕方ないので言わないけど。


「そういやぁ、お客さん、観光客さんなんでしょ?やっぱ、マナ様の生誕祭に合わせてきたとか?」

「えっ!?……あ、ああ……、まあ、そんなところです」


 びっ……くりした……。唐突に自分の名前を出されるとバレたかと一瞬思ってしまった。

 店員の表情を伺うに、バレてはいないようだけど……。出来る限り自分の名前を出されても驚いたりしないようにしていかないと疑われるかもしれない。流石に死んだ人間が生き返って目の前にいると思う人間はいないとは思うけど、変な誤解をされても面倒くさい。これからは気を付けた方がいいだろう。


「それで、お客さんはこれからどこへお出かけで~?」

「そうですね、城へ向かおうかと。せっかくこの国に来たんですし、是非とも見ておきたくて」

「あぁ、今の時期は人が少なくていいですよねぇ~。ちょうど学生もいないしぃ」

「そうなんですよね、人の多い時期はどうしてもあちこち動き回るのが大変ですから」


 もちろん嘘だ。この時期に来たのだって偶然だし、人が少ないということだって今初めて知った。適当に話を合わせただけだ。

 にこり、と愛想笑いを店員に向けると、それに気を良くしたのか、途端に饒舌に話し始める。具体的には私……マナ様の生誕祭のことだとか、王立ハイスクールの生徒への愚痴とかの他愛無い話だった。


 ……おそらく店員は暇だったのだろう。この辺りは時間的に人通りが少なく、お客さんも入らない。適当に相槌を打ちながら周囲を横目で観察し、私はそう推測した。


 そのまま店員の世間話に耳を傾けていると、ぼんやりとではあるがこの国の現状が見えてきた。ちらりと腕時計型の端末を見ると結構な時間が経っている。そろそろ行かなければならないな、と冷静に考えた。正直、こういった市民の日常の話を聞くことは街の状況が知れていい情報源だったりするのだけど、今はより優先すべきことがいくつもある。名残惜しいがそろそろ出発しなければならない。


 ──そこまで考え、店を発とうとする私の動きは、次の店員の一言によって完全に止めるられることになった。


「あ、お客さん、お城に行くんなら気を付けてくださいねぇ~?他所の国の人なら、使えないんですよね?」


 魔法。


 店員がそうつぶやいた瞬間、ヒュッ、と聞きなれない音がした。それが自身の喉から出たものとは気づかず、頭が真っ白になる。同時に心臓が爆音で鳴りだして、息が詰まっていることを私に気づかせない。

 店員が何かを話し続けているのが見えるのに、ドキドキと存在を主張するうるさい音のせいでなにも聞き取れない。頭に入ってこない。


 どうして、それを。どうして、また、どうして、どうして、どうして────。


 ────どうして、私に言うの。


 耳鳴りがした。叫ぶような、嗚咽のような、悲鳴のような、怒号のような──。泣いているような。

 目の前が赤く染まって、だんだんと視界を塞いでいく。だんだんと目の前が暗くなって、だんだんと──。


「──あれ、お客さん?」


 その一言でハッと我に返る。──そうだ、私は──。


「す、みません。そろそろ行かなきゃ。お話、ありがとうございました。……ミルクティーも、美味しかったです。では」


 それだけ言い残し、身を翻す。そのまま城への道へ早足で歩きだすと、後ろから困惑したような声がかかった。しかしそれすらも耳に入ってこない。とにかくいますぐここから離れてしまいたかった。

 ……これ以上立ち止まっては、また『あの日』のことを思い出してしまいそうで、ただただ怖かった。



「あ、はい……?またおこしくださぁ~い……?」


 私が立っていた場所には、マニュアルに従った、しかし困惑のみが込められた言葉が残された。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ