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白亜の国とマルクパージュ  作者: 尾石井肉じゃが
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2.希望の少女の生誕を

 はっきり言ってしまうと、森抜けること自体は比較的簡単に出来てしまった。体感で15分ほど歩いたところで急に左右から木々が消え、そこからまた少し歩き続けると真っ白な砂の先にまるで空の青と一体化したかのように透き通って輝く海が見えた瞬間は柄にもなく感動してしまったものだ。


 もちろん海と空、砂浜があまりに綺麗だった、というのもあるのだけど、砂浜にあまり流木や貝殻、その他海から流れ着いた物がないことから、少なくとも誰かが手入れをしていることが私にとって何よりも嬉しかった。少なくともここを管理している人間がいるということは私にとって大きな情報だった。

 というかホッとしたせいかちょっぴり泣いた。……いや、ちょっぴりどころじゃなかったかもしれないけど、とにかく本当に安心したってことが伝われば十分だ。これでもし誰も人がいなかったら本当にどうしようと心配で仕方がなかったので、杞憂に終わってくれてありがたい。


 目の前に広がる美しい景色を眺めていると、胸がいっぱいで苦しいほどだったのも少しは収まってくる。ズズ、と垂れてきそうになる鼻をすすると喉の奥の方がツンとした。いけないいけない、また泣いてしまいそうになる。慌てて大きく深呼吸をする。

 もちろん、200年前とまるっきり同じ景色という訳ではない。昔は入道雲なんてこのあたりでは見られなかったし、砂浜とか海とかもっと流れ着いたものでごちゃごちゃしていたはずだ。

 けれど空の青は相変わらず綺麗だし、頬を撫でる風も磯の懐かしい香りがする。海風のわりに爽やかな涼しい風も昔と何も変わっていない。


 ……うん、これだけでも十分に帰ってきた価値はあった。

 せっかく慣れてきた環境から唐突に出てきてしまって少し心が荒んでいた気がしたけど、この景色を見てしまっては元気を出さずにはいられない。私は思わず感嘆のため息を漏らした。


 すると、急に後ろからトントン、と肩に何かが触れる感触があった。


「っ!?」


 咄嗟に距離を取り、小型の護身用ナイフを仕込んだスカートへ手を伸ばす。敵ならば斬る。

 ここまでの一連の動作は戦場や臣下たちに鍛えられたもので、体に染みついていたため咄嗟に出てしまった。振り向いてから敵対行動を取ってしまったことに気付くが遅い。


「うわっ!?きゅ、急に振り向かないでちょうだいよ……」


 が、相手はどこか間延びしたような油断のある声で、こちらに困ったように言葉を投げかけた。

 見た目は中年の小太りした人当たりの良さそうなおじさんで、驚いた……というか、私が驚かせてしまったのだけど、びっくりして腰が引けていた。

 鍛えているような体型でもなく、暗器を隠し持っていそうもない。どうやら困惑した表情も演技ではなさそうだ。……ひとまずは敵でないと思って行動したほうがいいだろう。


「あ……、すみません……。つい……」

「あ、あぁ……。いやいや、次から気を付けてね……。おじさんぎっくり腰になっちゃうからね……」


 そう言っておじさんは腰をさする。……悪いことをしてしまったかもしれない。今更ながらに申し訳なさが募る。


「えーと……。何か御用でしょうか……?」

「あ、そうそう!海開きは今年まだだからね、入っちゃ駄目だよ、まだ安全確認が終わってないんだから。それからね、君どこから入って来たんだい?入口は閉鎖してる筈なんだけど!それから……」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!ひとつずつお願いします!」


 矢継ぎ早に質問してくるおじさんに、今度は私の方が腰が引けてくる。というか、おじさんに詰め寄られる少女の絵面、傍から見たらヤバすぎると思うんだけど……!


「う、海に入るつもりはないです!危ないのも分かりますし!」

「そうかい、ならいいんだよ。最近はルールを守らない若者が多くってね。もう困るのなんのって」

「ははは……、そうですよねぇ……」


 適当に愛想笑いをしながら相槌を打つ。

 にしても、思いのほか重大な情報が手に入った。おじさんがいることから分かっていたけど、若者、という言葉から意外と現在でも人類が幅を利かせて生きているらしい。流石しぶとい。


「あ、それから、私実はそっちの森で迷っちゃって……。適当に歩いてたらこの砂浜に出たんで、困ってここで黄昏てたんですよね……」

「そうなのかい。それは大変だ。でもね、ほら、そっちを見てみなさいよ」

「そっち……?」


 おじさんが左を手で指し示す。つられてそちらの方へ視線を向けると、


「……あ」

「こっちに道路があったんだけどね。森から見えなかったのかい?というか、そこの森も立ち入り禁止なんだけど、どっから入ったんだね?」


 そう、私が歩いていた森からすぐ左、大体数十メートル先に、石畳で舗装された道路が広がっていたのだった。

 あまりの驚きに……具体的には自分の注意力散漫さにだけど、言葉を失うほかない。これだけ近ければ少し目を凝らせば見えただろうに……。


「す、すみません……。全然気づきませんでした……。あと、森には迷っている内に入ってきちゃって。正直どこから入ったのか自分でもよく分からないんです、本当にご迷惑お掛けしました」

「そうかい、迷って……。おじさんも今日みたいなお祝いの日にごちゃごちゃ言いたくはないし、これから気を付けてもらえればそれでいいよ」

「すみません、ありがとうございます……」


 正直一番最初にいた場所が森だったため、気を付けるも糞もないのだけど、これからはどこかに立ち入るときはきちんと周囲の確認をしようと心に誓う。


 それよりも、おじさんの言葉でひとつ気にかかったものがあった。


「えっと、お祝いの日っていうのは……?」

「ああ、お嬢ちゃんは観光客だったか。今日みたいなお祭りを街の人が知らないはずもないしね。今日はね、我が国グランツェル2代目国王、マナ様の生誕祭なんだよ!」

「げふッ!」


 はぁっ!?いやいやいやいや、ちょっと待った!それはおかしいでしょう。驚きのあまりにむせてしまった。いや、実際今日は私の誕生日なんだけど、そうじゃない!

 私は確かにこうしてピンピン生きているけれど、200年前に死んだことになっているはずなのだ。──少なくとも、表向きは。

 それなのになぜ故人の誕生日を祝うのだろう?既に死んでる人間の誕生とか、そんなの祝われるのなんて中央界での例のクリスマスの聖人くらいだと思ってたんだけど!

 それに私、国民に先祖の先まで誕生日を祝われるようなことをしてきた覚えは全くない。むしろ、国の代表を務めていたときだって歳と性別で周りから軽蔑されっぱなしだったと記憶しているのだけど、何が原因で生誕祭なんてものが開かれるほど好感度を上げたのか、正直全然想像がつかない。


「え、えーっと……。私、この国に来てあまり長くないんですけど……。マナ……、様、って、亡くなられた方じゃないんですか?それとも、この国では亡くなった方の誕生も祝ったりする文化があるとか……?」


 うぅ、状況的に仕方ないんだけど、自分で自分に様を付けちゃうのは恥ずかしすぎる……。穴があったら入りたい……。


「いいや、少なくともこの国でそういった文化はないね」

「なら、どうして?」

「それは……」


 首を傾げる私に、言葉に詰まるおじさん。おじさんは何かを言おうとしてすぐにううん、と唸って口を結ぶ。その態度に私は更に疑問を募らせていく。

 そうして、おじさんは口を何度かもごもごさせた後、諦めたように大きなため息をひとつ吐き、私をまっすぐ見据えて問いかける。


「お嬢ちゃん、この国にはまだしばらく滞在する予定なのかい?」

「え?まあ、はい。せっかく来たのである程度居ようかな、とは思ってますけど」

「だったらグランツベルク城へ行くといい。あそこは城もそうだが、学校でもあり、歴史館にもなっていてね、観光客の人の見学も可能だ。──さっきの質問の答えは、出来れば自分で見つけて欲しい」

「え……?」


 そう言っておじさんはポケットから紙の束のようなものを取り出し、棒状のもの……、おばあ様の城で読んだ本に載っていた、羽でも万年筆でもない筆記用具……で、なにかをさらさらと書きつけていく。

 呆気に取られて突っ立っていると、何かを書き終えたらしい。おじさんは私にその紙を一枚破って私に突きつけた。慌てて受け取りそれを読む。


「『ナラノレ、第三書庫閲覧許可』……?なんです、これ?」

「中に入ったら入口の人に渡すといい。あとは君次第だよ」

「は、はぁ……?とにかく、ご親切にありがとうございます」


 貰った紙切れを綺麗にたたみ、持ってきていた鞄の中にそっとしまう。

 よくわからないけど、とにかくこれからの行動の指針となったことは明らかだ。どうせすることもそこまで多くないわけだし、せっかくだから初めて会った現地の人のおすすめスポットへ行くのも一期一会感があっていいかもしれない。私は素直にお礼を言い頭を下げた。


 ──それに、グランツベルク城についても引っかかった。元はと言えば私の住んでいた家であり、今となっては歴史的に価値のある建築物だろう。200年の時を経た我が家の姿は何があっても拝んでおきたいものの内のひとつだった。


「おっと、もうこんな時間だ。それじゃ、おじさんは持ち場に戻るとするよ」

「あ、すみません、引き留めてしまって。ありがとうございました、本当に助かりました」

「そうかい、ならよかった。良い旅を、お嬢ちゃん!」

「はい、よい一日を!」


 それなりに長い時間を取らせてしまって申し訳なく思いつつ、親切にしてくれたことへのお礼を述べる。そしてお互いに挨拶を交わし、おじさんは来た道と反対の方向へのしのしと歩いて行った。



 こうして私は砂浜の先に見える白レンガの一本道を歩き、200年後のグランツベルクへと足を踏み入れたのだった。


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