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白亜の国とマルクパージュ  作者: 尾石井肉じゃが
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1.青い空、白い雲、それから

 血で滑り落ちそうになる剣を必死で握り、切っ先を目の前の大男へ向け、思い切り風を放つ。

 大男の喉笛を的確に切り裂いた風の刃はそのまま後ろの別の兵士の頭に直撃し、顔が丁度横一文字に割れ、血しぶきが撥ねた。生暖かく不快な感覚が私に来ないようすぐに身を翻す。


 と、つい一瞬前までいた場所に風を切るような音と共に割かれ、私の背丈の2倍はあろうかという大きさの斧のような武器が地面に深々と突き刺さっていた。見上げると、先ほど殺した兵士たちと同じ鎧の男が驚いたようににぴたりと動きを止めている。


(狙いもブレブレ、隙がある訳でもない軌道の利く相手に細かい立ち回りが出来ない斧でなにが出来ると思ったんだろう?ま、このあたりの敵はまだ練度の足りない下級兵なんだろうけど)


 はっ、と息を吸う音がする。自分の喉から出るものよりも遥かに低いそれは、私が振るった剣の軌道から次に飛ぶ首が自分のものだと分かったからか、恐怖と絶望の色を孕んでいた。とはいえ、私に止まってやる義理もない。せめて楽に殺してやろうと、私は愛剣を握る手に力を込めた。

 愛剣の周りに蠢いているおぞましいほどの魔力に少しだけ方向を定めるために意識を向ける。それだけで私の意思を汲んだかのように的確に風の刃を放ち、叫ぶ間も与えずに目の前の兵士の命を奪い去った。


 ──これで周囲には敵はいないはずだ。はずだ、というのは先ほど剣を振っている間にちょくちょく見渡して確認していたからだ。

 もちろん敵を前にして余所見をするのは油断でしかなく、王宮の従者たちやお父様からも口うるさく言われていたのだけど、今は状況が状況だ。雑魚がいくら出てきたところで私は殺せない。それは敵も分かっているだろう。とすると、こいつらは囮で別動隊がいるだろうことは自明の理。そちらに意識を割くのは当然のことだった。


 実際にちょうど今倒した敵の死亡を確認し、一息ついてから辺りを見回しても、視界に映るのは雲に覆われた灰色の空と広い平野、それから私の殺した敵国の兵士だけだった。

 息を整えるために大きく空気を吸い込むと、鼻の奥のほうで血と金属の嫌な臭いがして、すぐにむせるように吐き出す。何年もこれを体験して来ている筈なのだけど、全くもって慣れる兆しはなかった。



 ──特段、油断しているつもりはなかった。普段から戦場で気を抜けば、すぐに私の心の中で父親の叱責が聞こえるような生活を送っていたから、というのもある。けど、それだけでなく、私自身が馬上にいるわけではないから、何かが起こったときにすぐに逃げられる用意がないため自分で警戒を怠らないように常に気を張っている、というのが主な理由だった……はずだったのに。


『それ』はいつも唐突に、私の後ろに現れる。今もそうだ。まるで我らが『主』のように、気配も音も、更には直前まで姿すらもそこには存在しないかのように。

 ……いや、実際についさっきまでは存在していなかったのだろう。本当に何も存在しないかのように近づける者など、それこそ『主』以外に存在しうるはずがないのだから。

 つまり、今背後にいる者はただ動きが人間離れしていて、私の視界に入らないような遠くから一瞬でここまで走ってこれるほどの脚力の持ち主、というだけの存在だ。……そんな敵に対して、ただの人間である私が碌に対処できるはずもないのだけど。


 そんな風にある意味で現実逃避するように思考を巡らせても、別に現在の状況が変わる訳では決してない。今からできることなどもうないと言えるほど、『それ』の纏う死の臭いがあまりに濃かった。おそらく私は背後の敵に殺され、あっけなく命を散らすだろう。

 しかし、14年間生きてきて、ずっと()()()()()()を待ち続けた結果がそんな無意味な終わりであってたまるものか。


 ある意味私らしく反骨精神溢れる意気込みが固まるまでコンマ数秒。ここまで早いのも、私の生来の精神構ゆえなのだろうか。せめて敵の顔だけでも拝んでやろう、死後どうなるかはわからないけど、何としてでも呪い殺してやろう、などと考えるのも、ある意味当然とも言えるのだろう。


 ──だからこそ、胸の奥で誰かが叫ぶ、「見るな」という警告も私には響くことはなかった。


 目の前に紅が広がる。私の脳がそれを血だと認識したのは、それから数秒経ってからだった。そして理解すると同時に、もうひとつの事実が私に衝撃を与える。


 ──その血は私のものではなく、見知った顔……、いつも傍に付いていた臣下のもので。






「……また、この夢」


 最悪な目覚めだ。冷や汗で背中がベタベタとして気持ちが悪いのもあるが、何より史上最低な悪夢を見たことが最も今の私の機嫌を最高級にイラつかせる。極めつけに、かなりの時間眠っていたのか体が固まってしまっていて、少しでも身動きしようものならボキボキと不快な音を立てていた。

 悪夢とは、大抵が一番ショッキングな映像が流れたところで終わるものだ。だからこそ起きたとき、不快感や恐怖がべったりと付きまとうわけで、私は常日頃悪夢のそういうところが何よりも嫌いだった。


 先ほどの戦場での出来事が夢であったことを理解するのに、さほど時間は掛からなかった。

 理由は簡単、これまでにも何度も同じ夢を観ているからだ。さきほどの夢は、実際に2年前起こったことで、私にとって大きなトラウマとなっているからこそ何度も夢として出てくるのだろう。

 それが分かっているのにも関わらず治らないのが最も腹が立つ部分ではあるのだけど。


 ショックで飛び起きたからか、目を覚ました直後だというのに私は体を起こし、体育座りのような体制になっていた。

 ひとまず周囲の状況を確認するために辺りを見渡すと、このあたりはどうやら森のようで、近くには木々と草花しか確認できない。

 ……いや、実際にはそれは少し違った。体の傍に目を向けると、綺麗に封のされた紙袋が体の横にぐしゃりと押しつぶされたように置かれていた。私の体のすぐそばにあることとその不自然な潰れ方から、おそらく眠っているときに胸の上あたりにあったのが体を起こした際に落としてしまったのだろう、と推測できる。


 両手の手のひらを合わせたようなサイズのそれをまじまじと観察する。耳を当ててみてもおかしな音は聞こえない。どうやらひとまず危険はなさそうだ、と判断し、封をしている可愛い柄のマスキングテープをそっと剥がした。

 なるべく刺激を与えないように中を漁ると、カードのような感触がひとつとなにやら柔らかい袋に包まれたものが入っているような感触がした。


 ひとまずカードらしきものの方を引っ張り出し、綺麗に折られているそれを開く。するとどうやら2枚に渡って文章があるようだ。これは少し長そうだ、と思いながらそこに書かれていた文字を読む。

 と同時に、私は紙袋に抱いていた警戒心を解いた。そこには、


『親愛なるマナ。16の誕生日おめでとう。これは私からのプレゼントです。本来であれば(マルクパージュ)以外には渡してはいないのですが、誕生日ということで、特別にマナにもプレゼントしちゃいます。きっとそちらで生活していく上で身分証明書などが必要だと思いますので、偽装して中にデータとして入れておきましたので、存分に活用してください。貴女の味方、ミリアより』


 と言う文面とおばあ様のデフォルメされた可愛らしい自画像、それから、


『PS、そちらにもし『主』の姿を取った像などがあれば、出来るだけ壊しておいてもらえると助かります。プレゼントの端末、リーヴルというのですが、それを活用すればすぐだと思いますので、そちらの生活の合間にでもやっておいてもらえればな、と思います』


 ということが2枚目に書かれていた。


(おばあ様が自分から頼み事してくるなんて珍しいかも……!)


 人間である私と神であるおばあ様にはできること、手の届く範囲には圧倒的な差があり、基本的におばあ様は私に頼み事をしない。私に頼むよりも自分でしてしまった方が早いからだ。

 それが今回は私をこうして頼ってきた。もちろん現在の仕事が切羽詰まっている、というのも大きな理由ではあるのだろうが、それ以上の理由に私は心当たりがあった。


 この世界には周囲に神では簡単には通ることのできない厳重な封印が施されている。それをしたのは私の血のつながった母親なのだが、「神」のみ指定して通れなくしているため私はこうして故郷に戻ることができている。おそらくこれがおばあ様が動かない理由なのだろう。……まあ、私とおばあ様が初めて会った場所はこの世界の内部なので、おそらくできないことはないのだろうけど。


 なんにせよ、おばあ様が私を頼った、という事実は変わらない。それだけで悪夢を見て落ち込んでいた気分が踊りだすほどに私にとっては嬉しいことに違いはなかった。


 ホワホワと浮足立つような心地のまま紙袋のもうひとつの中身を漁る。袋の中にはたくさんの綿に包まれ丁寧に梱包された腕時計のようなものが入っていた。

 着けてみると、まるで最初からそこにあったかのようにぴたりと収まる。流石は神の技術。


 (マルクパージュ)のみに渡している、とカードには書いてあったが確か栞というのはおばあ様が所属している……というか、おばあ様をトップとした神々の特殊部隊だったはずだ。そこまで私は詳しくはないのだけど、神々に手渡される端末なのだからきっと驚くような技術が使われているに違いない。


 早速使ってみたいところではあるのだけど、今は周囲の状況確認も殆ど出来ていない。とにかく現在地や以前私が住んでいた頃から200年が経っている筈なので今の文化レベルだけでも確認しておきたい。それによっては服装も変えなければ訝しまれる可能性があるためだ。


 他にも衣……は置いておいたとしても、食と住の確保をしなければならないし、宗教や教育など、知りたいことなど、確認したいことは山の数ほどある。

 そもそもとして、人がこのあたりに住んでいるのかすらわからない。人々が生活していたとして歴史は記録され、今でも人々に学ばれ続けているのか。考え始めると止まらなくなってくる。


「……うん、やることが多いのはいい事だよね、きっと。……特に、今は」


 ポンとひとつ膝を打ち、立ち上がる。人は立っている方がやる気が出ると聞くが、それはどうやら本当のようだ。

 ぐ、と伸びをすると寝起きで少し重く感じていた体も軽くなる。


 固まった体をほぐすため腰を逸らし、後ろに傾くと、どこまでも透き通った空に低く雪のように白い入道雲が浮かんでいた。


 ──夏がやってくる。そんな予感を抱かせる美しい空だった。




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