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白亜の国とマルクパージュ  作者: 尾石井肉じゃが
1/6

0.プロローグ

 ──『白亜の国』グランツベルク。

 今から300年ほど前、神の子であり、また自身も神の一柱たる少女と、ただの騎士の家の出である少年によって興されたこの国は、その美しい景観と地中海性気候にも似た温暖な気候、何より国の王たる『白亜の国』の王様と女王様の叡智……、そしてそれ以上に彼らの国民を心から愛し、慈しむ心によって実現した安定し、平等な政治で支持を受け、建国から数年と経たずに世界の大国のうちのひとつとなりました。


 王と女王はお互いを深く深く愛しあい、ふたりにはそれは美しい娘ができました。その女の子は父親である王様と同じ色の宝石のように煌めく空色の瞳に銀色の髪を持ち、母親である女王様譲りの意志の強く美しい顔立ちの少女で、国民からも両親からもとても愛され、3人と国民たちは幸せに、楽しく暮らしました。めでたしめでたし。




 ……これが私たちの『主』、グランツベルクでは「海母神」と呼ばれた人の願った結末(ハッピーエンド)だ。……正確にはだった、と言うべきか。


 主は孤独を埋めるため、自身の「自由が欲しい」という願望を叶えるため、ひとりの少女を生みだし──そして、その少女を心から愛した。愛して、少女に「神」という翼を与え、自分が見ることのできない景色を見てくるように旅をさせたのだ。さながら「かわいい子には旅をさせよ」である。


 しかし、どんな物語にも終わりがあるように、『主』にも見なければいけない現実があって、遂には現実が『主』に少女を手放すように働きかけた。だからこそ、『主』は自分の愛した少女に自身の思い浮かべる精一杯の幸せを与え、それを幕引きとしたのだ。それがさきほどの一文だ。


 そうして、グランツベルクはまさに人の理想ともいえる幸せを永遠に享受する……筈だった。女王である少女が神として「お役目」のために呼び出されさえしなければ。



 そこから紆余曲折あって国王も姿を消し、残された私──もとい、初代国王の娘、マナ・グランツベルクは自身の故郷であるグランツベルクを離れ、祖母であるミリアおばあ様の元で生活することとなった。関係としては私の祖母なのでおばあ様、という呼び方で間違いはないのだけど、どうしてもおばあ様という歳には見えないため、初めて会ったときは戸惑いが大きかった。


 なんて言ったって私のおばあ様は見た目だけならば私よりも若く、11歳ほどの女の子にしか見えないのだから。しかしその実態は数千年、下手すると万の時を生きるれっきとした神様なのだから本当に世の中分からないものだ。


 おばあ様の住む場所は流石は神様、といった感じで、元々住んでいたグランツベルクの城よりも何倍もの大きさの巨大な城がそびえ立っていた。ほとんど人間と言って差し支えのない私には城の端が視認できないほどで、初めて案内された時にはひどく驚いた。


 中も本当に広くて、2年間をそこで生活してもなお全てのフロアを回れていない程だ。もちろんそれだけの広さに合うだけの大量の本があり、それを読むだけでかなりの時間がかかったのだけれど。


 しかし何よりも驚いたのは城ではなくその周囲だ。まず空から故郷とは全く違う。夜のように星が煌めいているのに昼のように明るく、地面は見たことも振れたこともない素材で出来ていた。そこで生活する中で存在を知った『主』の世界でいうところのコンクリート、というものとも違う、色のない、と言っても無色でもないもので、そんな理解の範疇から外れたものが沢山おばあ様の居城にはあって退屈とは無縁の日々を送ることができた。


 とはいえ人間である私と神であるおばあ様の流れる時間が同じな訳がなく、またおばあ様には母と同じでしなければならない「お役目」が数多くあった。


『主』のいた現代で言うところでまさに「チート」のような存在だったおばあ様だったけど、神にもキャパシティというものはあるようで、ある日を境にだらだらと紅茶を啜ったり、様々な世界にいる人間たちを観察してゲラゲラと笑っているだけだったのが、急に慌ただしくどこかへ連絡したり、何百もの小箱を用意したり、自身のコンピュータを凌駕する頭脳をフル活動して何かの計算をしたりで忙しそうにし始めたのだ。


 この時点で良識を持ち、空気を読むことのできる私には邪魔になったりしないかとか、何か手伝えることはないだろうかと気を揉んでいたのだけど、所詮ひとりの人間、それも15の少女に出来ることは大量の本の中からお茶の淹れ方、お菓子の作り方を調べ、それらを作って差し入れるぐらいのものだった。自分でもできるだけ簡単なものを選んで作ったつもりだったのだけど、仮にも王女の身だったため茶菓子を作ったことがあるはずもなく、最初は真っ黒な物質を生みだしまくったものだった。今では見た目にも気を遣えるほどには上達したと自負している。


(もっとも、神であるおばあ様に食べたり飲んだりする必要とかないんだけどね)


 しかしそれでもおばあ様は私が淹れた紅茶を嬉しそうに飲み、お茶菓子に目を輝かせていた。それが故郷を離れ、国民を結果的に見放すことになってしまった私の荒んだ心にどれだけの癒しを与えてくれていたのかわからない。死にゆく運命だった私を救ってくれたことといい、おばあ様には感謝してもし足りない。本当に自慢のおばあ様だ。


 だからこそ、これから更に忙しくなっていくであろうおばあ様の仕事の邪魔をすることは私にとって絶対に許しがたいことだった。何より、情けないことだが置いてきてしまった故郷のことが心配でいつも喉に小骨が刺さったようで、それがずっと不快で仕方がなかった。


 ……実を言うと、今いるおばあ様の居城とグランツベルクでは時間の流れが違う。おそらく、私のいた頃のグランツベルクとは何もかもが違うかもしれない。……いや、そもそも()()()()()()()を考えると、グランツベルクという国が残っているかもわからない。


 それでも私は、「自分のやりたいこと」として母国への帰省を選んだ。──例え、私の思い出の景色がもう影も形もなくなっていたとしても。

 おばあ様も私のことを尊重し、一応、と念をおされ旅の支度を調えてくれた。……正直、これも仕事の邪魔になったとは思うんだけど、おばあ様が


「いいのいいの、これぐらい。私としては、孫娘がやりたいことを見つけたことが嬉しくてスキップしてしまいそうなんだから」


 と言ってくれて、結局それに甘えることになってしまった。本当に我ながらダメダメだ……。と落ち込んだりもしながらもこれ以上の迷惑をかけないため素早く支度をした。


 もともとここに持ってきた荷物はそこまで多くはなく、向こうに着いてからの資金などはおばあ様が用意してくれたので、本当にすぐに発つことができたのだった。


 こうして私は、私の生きていた頃から200年後のグランツベルクへ帰ることとなったのです。


 ──これは、私の思い出を巡る物語であり、──私の、私という一国の王族の犯してしまった過ちへの贖罪の物語であり、文字通り全世界を巻き込むこととなった大事件の前日譚だ。




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