時間はまだ来てない
僕に能力がなかったらどんな行動をしていただろう。突っ立っているだけかな。それとも、僕の手を握って、と苦しみを身体で理解しようと努めるかもしれない。
それでも能力があるからこそ助けられるんだから――他者の為もあるけど、自分の空腹を満たす為にも。
周りを包むのは沢山のもがき苦しむ声。その中で、たった一人平常心でお食事をしているのが僕、鏡 ゲンだ。スペードの王でもあり、ネイの恋人でもある、そしてこのループされている世界を作り上げてしまった張本人でもある。
この事実を知っているのは、僕以外、誰もいない。側近のメアでさえも知らない真実。言えない、それはネイとの約束だから――心の中にしまっておこうと、あの時決めたんだ。
そう、ネイを失った日。ただの遊びから始めたループの世界の創造。それが皆の人生を狂わしてしまうなんて考えもつかなかった。
好奇心旺盛な僕とネイは、退屈な日常から脱出する為に、ある書籍を手にする。
そう魔導書と呼ばれるものだ――
「なんだろう」
『魔導書みたいですわ。暇ですし、ご一緒しません?』
ネイの誘いを待ってましたと言わんばかりの過去の僕がいる。脳内で昨日のように巻き戻される記憶は今でも胸を締め付けて、自由にしてはくれない。ある意味、地獄でもあり、ネイと唯一、一緒にいれる幸せな記憶の一つでもあるんだ。
「楽しそうだね、一緒に読もう」
僕もネイも凄く本が好きだったのを覚えている。沢山の書籍がある中で、僕達が手に取るものは同じものばかり。運命の悪戯なんかじゃないかって感じるくらいに。
それがきっかけでスペードの王になる僕とダイアの女王へと昇給するネイの運命の輪が始まりを告げたんだ。
今でも思うよ、あの時、その魔導書さえ読まなければ、きっと僕達は、幸せな明日が待っていたはずなのにと。何の変哲もない、当たり前の日常だけど、失って、その大切さが気付くなんて、どうして、ここまで愚かになってしまったんだろう。
後悔しても、時間は戻らない、何も始まらない、元に戻せない。だから僕は、沢山の人達に、行く末を託したんだ。
自分のしてしまった事を後始末も出来ないなんて情けないよね、それでも、子供だった僕には、何の知恵もない、方法も見つからない、ただ傍観者になるしか選択肢がなかった――いや……そうやって責任から逃げていただけなのかもしれない。
今、思えばそうなんじゃないかって、責めてしまう。
(だから今度は僕自身の手で、このループされた世界を終わらして、新しい時間を創り出す。それが唯一の懺悔になればいいんだけどな)
メアには聞こえないように、バリアを張っている。だからこそ、この心の部分だけは気付かれていない。例え、気付かれていたとしても、彼女は知らないふりをしているだろうね。
ゴクゴクと飲み干す魔素を単染みながら、微睡む記憶と意識。
僕はどこを漂いながら、どこに辿り着くんだろうか――
「おいしい」
ゴキュンと最後の魔素を飲み込んだ瞬間、地上を覆っていた黒い渦は消え去り、何事もなかったような日常が現れた。
明るかったはずなのに、時間の経過とは早いもので、空は煌びやかな星と月で満たされていた。
「もう夜か。早いな」
時間の感覚を感じなかったのは渦に包まれていたからだろうか、それとも味を堪能しすぎて、周りが見えていなかっただけなのか、もう分からない。
星は舞う
僕の涙を拭うように
月は眠る
僕の過去と共に
「……ネイ」
瞬きをすると、涙が流れた。
◇◇◇◇
遠くから、サユの声が聞こえる、なんだか心配そうに、泣きそうな声で、僕の名を呼んでいる。いつもみたいに『ゲンのバカ』って、聞こえるんだけど、どうしてかな? 全然怒ってない。まるで心配しているみたい。
もう少し寝ていたい、まだ朝じゃないよね、八時なはずないもん。
朦朧とした意識の中で、一言、呟く自分がいる。
「……もう少し、このままで……」




