法令第35条
キズナの前だと素直になれるのに、どうしてメアと僕の前ではこんなにぎこちないんだろう。そんな事を考えながら、紅茶を一口、口に含むと、いい香りが広がりながら、ほのかな甘みが広がっていく。その幸福さを楽しみながらも、この空間に漂っている自分がいる。まるで僕だけ異次元にいるみたいな感覚。
「ふう」
『幸せそうな表情ね』
「サユがセレクトしてくれた紅茶だから余計美味しいよ」
にっこりと思っている事をそのまま言っただけ、なのに、メアとキズナが頭を抱えている姿が目に映る。
「どうしたの? 頭痛いの?」
不思議そうに首を傾げながら、問いかけると、返ってきたのは返答じゃなくて、大きなため息だった。メアはどうだか知らないけど、キズナは基本溜息を吐かない、その人物がこんなに頻繁に吐くなんて……
『……気にしないでください』
『そうよ、ゲン』
納得は出来ないが、ここは頷くしか出来ない。これが空気を読むって事だろうか。だったら僕はきちんと出来ているのか、不安になった。
しかし、その不安はすぐに消える。きっかけは殆ど会話に参加してないサユ本人だった。
『少し聞きたいけどいいかしら?』
『……サユ様?』
『キズナじゃなくて、そこのお客様に』
嫌味に聞こえるのは気のせいじゃない。
『お客様って私? ふふっ』
余裕たっぷりで言葉を返すメア。態度にも余裕を感じる。
『何笑ってんのよ。そうよ、あんたの事よ』
少し挑発しただけなのに、サユには効果抜群だったみたい。まるでメアの手のひらの上で転がされているみたいだった。
『私はあんたじゃなくて、メア。覚える余裕もないの? お姫様』
「メアっ……」
『ゲン。あんたは黙ってなさい』
「でも」
『……あたしの会話を遮らないでくれない? ゲン』
『そうですよ、ゲン。私達は会話と紅茶を楽しんでいるだけだもの』
サユの前だから呼び捨てしないように気を使ってくれてたんじゃないの? 嫌な予感しかしない。
サユが僕の名前を呼べば、メアも負けじと僕の名を呼ぶ。まるで二人の間に入っているみたい。メアは楽しんでいるけど、サユは目から火花が散っているように、充血をさせながらも、出来るだけ自分の努めを果たそうとしている、努力感が凄い。
『……本題いいかしら?』
痺れを切らしたように問いかけるサユに少し表情をかえたメア。少しは真剣に話を聞くつもりになったのかもしれない。
そう安心していると、驚くような言葉をサユの口からきいてしまったんだ。
『この城への不法侵入、理解していただけるかしら』
『くすくす』
『!! 何がおかしいのよ。事実でしょう』
どうしたらいいのか分からない。不法侵入……実際、そうだよね。キズナがフレンドリーに接してくれてたから忘れてたよ、どうしたらいいんだろう。
今更になって迫る現実におろおろしてしまう自分。その中で突破口を開くのは言葉の数々。
『特殊能力を使ったのですよね? メア』
「え……」
『スペードの国の者は特殊能力を持っていると言われています。個人により、種類は様々ですが。その可能性があれば、入口の部分でデリートされないのも納得かと』
『さすがね。私は最初からゲンといたわよ。姿を隠せれるちからでね。堂々と入り口から入ったわ、招いてくれたのはサユ、貴女自身よ』
衝撃な展開に度肝をぬかれながらも、話は進んでいく。
『となると、これは不法侵入ではありませんね』
『そう、透明化してても私に気付く事なく、ゲンと共にこの国に入れたのは、この国の王女様、ご本人だからね。それに昔、ここには来た事がある――だからパスが残っていたのでしょうね』
「じゃあ、メアは」
『『不法侵入ではない』』
心臓の国
法令第35条
この国を治める王女自体が招き入れた者達を処罰する事は原則不可能に価する。付き添い人が存在した場合は、付き添い人のみをサーチし、処刑するかどうかを確認する場合が主体になる。
どんな効果を持っていても、王女が招き入れた事実がある限り、不法侵入に値しない。
この法律でメアは守られているみたいだ――もしかしたらこれを狙ったのかもしれない。




