消化
サユは感情を紛らわすように、強引に僕の腕を引っ張って離さない。連れていかれる時にメアとすれ違いざまに、僕に『また後で』と意味深な言い方で、サユに聞こえるように挑発をしていた。
メアは何を考えているのだろう――あんな事……キスしといて。
優しくもあり情熱的でもある口づけを思い出すと、熱が出てきたみたいに脳みそがショートする。サユの気持ちを汲み取る事も忘れて、自分の感情に流されている自分がいる。
『ゲンの……バカ』
何度も言われると、しょんぼりしてしまう。だけど、言葉の裏には色々な感情が混ざっているんだと思うんだ。
「サユ……どこまで行くの?」
『いいから、黙ってついてきなさいよ』
「痛いよ……サユ」
『……痛いのはあたしよ』
「え?」
『なんでもないわ』
微かに聞こえたサユの弱音は、本音に繋がっているようで、心の奥底が疼いた。なんと言えばいいのか分からないけど、ダイアが反応し、少し苦しいような、切ないような……勿論、いい意味で。
声が震えているようにも聞こえたサユを確認しようと、掴まれている腕を振りほどき、逆に左手で彼女の手を握った。
「サユ? もしかして泣いてる?」
どうしてそう思ったのかは彼女の背中が震えている気がしたから、なんだか泣いているように思えたんだ。
『うるさいわね』
泣き顔を見るのも一つの勇気なのかもしれないけど、今の僕にはそんな勇気なくて、ただ出来る事としたら一つだけだった。震えている彼女の手を包み込むしか出来なかった。
僕は弱虫、メアは意地悪、サユは純粋。
少しずつ僕達の関係性が動き出した瞬間だったんだ――
巡る運命は綺麗な花びらのように儚く、美しい。
僕達はその一つの花びらと同じで、儚い中にも自分の中の正義を持っている。
それが人により、価値観により、そして国により、世界により違っても
僕達は一つの花びらなんだ。
『で、どうしてサユ様が泣かれているのか理由を教えていただけますか? ゲン様』
「僕にも分からないんだ……ただ一つだけ分かる事がある」
『と、言いますと?』
「ある女性にキスをされてから様子が変なんだ」
『サユ様がされたのですか?』
「違う……されたのは僕だよ」
気まずい中で僕とサユの手が繋がれたまま、時間が経っていた。異変に気付いたキズナは、僕達を探してたみたいで、タイミングの悪い時に登場して、今に至る。
泣いているサユを見て、僕がサユの手を握っているのを見て、険しい表情で詰め寄ってくるキズナはサユの母みたいで、驚いた。
いくらサユを支える、守る立場だとしてもサユも立派な大人だし、彼女は王女である事には変わりないのに、凄く守っている。
そして尋問は続くんだけど、これは僕に原因があると思うから、逃げる訳にもいかない。
『そうなのですか……キスを。ええっ?』
「そんなに驚かなくても」
『いや、あの、その……。なんとなく理由が分かりました』
そう呟いたキズナはチラリとサユの方を見つめながら、アイコンタクトを送る。すると、サユはそれに答えるように頷いていたんだ。
『……ここまで鈍いと話になりません』
「え?」
『いいえ、こちらの話です。ですよね? サユ様』
『……そうね』
「どういう事?」
『『知らなくていい』』
男は僕一人、そして気が強い女性陣は二人いる。僕だって言いたい事があるのに、あるはずなのに、どうしても言葉が出てこない。
男が女性の涙に弱いって言うのは事実なんだな、と実感する。
(なんで僕が……キスをしたのはメアなのに)
誰にも言えない本音を心の中で消化した。




