握手と美貌
そそくさと部屋へ戻った僕はキズナの異変に気付いていなかった。少しの異変も好奇心というものは簡単に判断を鈍らしてしまうんだよね。正直、僕の頭の中の中心に存在してたのはあの書籍の事だけだった。何故だか知らないけど、魔法にかかったように、はまっている自分がそこにいた。
軽くパタンと戸を閉めたつもりなのに、キズナからすれば少し大きく感じたのだろう、いつもの僕と違う事に気付いたのはキズナが最初だった。
意を決したキズナは自分の鏡を開くと、ある人物に繋げた。
『セバス様、お話があります』
僕にもサユにも秘密にして、自分一人で話をつけようとしている彼女の姿に心に気付けなかった僕達はなんて愚かだったのだろう。
一つの言葉を吐くと二つの言霊が返ってくる。
その原理を一番知っていたのはこの僕なのにどうしても気付けない。
それをモドカシイ眼差しで見つめている存在がある事にも気付けずに――
ダイアと共に存在しているメアリーは僕の行動を確認していた。そしてキズナ同様、セバスに違和感を抱いていた。
<本来なら表に出るべきじゃない、しかしこれは緊急事態なのだから仕方がない>
そうメアリーは自分に言い聞かしながらも、僕の目の前に出る決意をしたんだ。通常なら僕がメアリーに接触するのが普通だけど、メアリーから接触するのは異例の事態のみ。表に姿を現すと、他者に自分の存在が見つかる確率も格段と跳ね上がる……そんなリスク、おかしたくなかったんだろう、本当なら。
瞼を閉じたメアリーは小さく輝きながら、念を送る。ダイアを通して、僕の体を通して、現実世界へと3D化していく。
『書物に現を抜かしている場合ではありませんよ? ゲン様』
「……」
『――私の言葉が聞こえていますよね?』
「……うるさいなぁ」
僕の部屋には僕しかいない。だから半分夢の中にいるのかと思いながらも、自分の本音を出してしまう。僕の言葉は声の主の発言によって反射し、現実へと舞い戻してゆく。
『失礼な方ですね、貴方がそんな人だとは思いませんでした、失望しました』
「……え」
『だから失望したと言ったのです、二度も言わせないでくれない?』
敬語が少しずつタメ語に変わっていく。それ以前に、僕の部屋なのに、どうして女性の声が聞こえるの? 本の世界へと漂っていた僕は、慌てて、現実へと戻り、ベッドから起き上がるんだ。
振り返ると、映像の中で見た女と似ている女性がいた。
「君は?」
『ゲン様が一番知ってるじゃないの、私の事――それとも忘れたの?』
「まさか……あの映像の」
『映像? ああ、過去のネガの事ね、貴方はまだ思い出していないという事かしら』
「……」
『ああ。そんなに警戒しなくていいわ。貴方は私の事をよく知っているじゃないの。昔よりも現在を……この姿を見せれば理解出来るかしら?』
そういうと、彼女は微笑みながら、右手のてのひらを僕に見せるように、目の前に突きつけると、くすっと笑った。
そこにはダイアの中で出会った彼女が――メアリーがいたんだ。
それを見て、僕は彼女の顔を見つめると、答えるように頷く彼女がいる。もしかしても思うけど、まさかこの人……
『ゲン様の考えの通りですよ。あたりです』
以前僕達は繋がっているから、僕の感情や様子を確認出来ると教えてくれた事を思い出した。だけどここは現実世界。メアリーが実体を持つなんて難しい、無理だよね。
僕の考えは全てお見通しのようで、変わりに言葉を与えてくれるんだ。
『貴方には黙っていたのです、成長すれば、このような事も出来る、それが私なのです』
「何で教えてくれなかったの?」
『あの時は必要がないと考えてたし、現状が変化したから、私は決めたのよ。ゲン、貴方の傍にいると決めたの――だから敬語もやめるし、呼び捨てにする、いい?』
「……え、え?」
『理解を求めちゃいないから、yesかnoのどちらかでいいのよ』
真剣な眼差しのメアリーから逃げる事は出来ない、だから選択をするしか方法がないんだ。そしてyesしか選ばしてくれないだろう。
僕は全てを理解しようとしたうえで呟いた。
「yes」
『ありがとう、これからよろしくねゲン』
ニッコリと微笑む彼女はダイアの世界で出会った時とは違う、別人だ。美しい美貌に心を攫われそうになる。
右手から映し出されるダイアを守るメアリーの眠る姿を映した映像を掻き消し、変わりに僕に差し出してきた。
握手を――




