真似しちゃだめだよ?
言葉には力がある、想いと声が重なりながら音となるから、言霊へと変わる。僕の言霊への執着は普通ではない。メアリーではない、時々聞こえる女の声に翻弄されながら、何か大切あな事を忘れているような気がして、たまらないんだ。
その声の主が誰かも分からないし、あれ以来メアリーも僕に声をかけてこない。一つ言える事は二つの声はサユ達を恐れているように、避けている、そんなふうに感じるんだ。
セバスと別れた僕は、一つの本を持ちながら、トコトコと自室へと向かう。自室と言っても、与えられた部屋だけど、少しはそういうの許されるよね? 色々な事がありすぎて……疲れてる時に、部屋が僕の目の前に……嬉しいったらありゃしない。
(部屋に帰ったらこの本を読もう、なんだか不思議なんだけど引き寄せられるんだよな――)
著者は誰なんだろうと確認してみるが、表紙にも中身にも著者の名が書かれていない、普通なら書かれているはずなのに、おかしい事もあるもんなんだなぁ、とたいした事じゃないように、扱っている自分がいるんだ。
この時に気付くべきだったのに、ね――
この国の予知能力の基盤、セバスのチョイスだけど、まるで僕の疑問や好みを知っているように的確な書物だった。
(まるで心の中を読まれているみたいで怖いけど、でもこの国の事を知るにはいい機会だもんね。悪いけど甘えさせてもらおう)
まだ部屋についていないのに、どうしてだか本の中身が気になった。本当は危ないし、いけない事なんだけど、と思いながらも、その衝動を止める事が出来なくて、いつの間にか歩きながら、本を読みはじめてしまったんだ。
『危ないですよ』
「今、いい所だから少し待って」
『誰かとぶつかったら危ないですし、お怪我をしたらどうするんですか?』
「大丈夫、僕頑丈だし、軽やかだから」
邪魔をされたくない僕は適当にあしらいながらも、本を読み続ける。すると痺れを切らしたように、ある名前が聞こえてきた。
『サユ様に報告案件ですね、これは……書庫に行ったっきり戻ってこないから、様子を見に来て、本人は無自覚に本に熱中していると――分かりました、報告しておきます』
……え? ちょっと今報告案件とか言ったよね。サユに伝えるって。
あんなんでも一国の女王に変わりない。そのサユに報告するという事は、説教では済まないかもしれない。出会って間もない頃のように、足や手で調教されるかもしれない、そう思うと、ゾッとした。
「ごめんごめん、部屋で読むから怒らないで」
『本当ですね? 信用していいのですね?』
「勿論だよ! キズナ」
『……なら今回だけは見逃しましょう』
その言葉を聞いた瞬間、脱力感で本を落としそうになった。慌てた僕は、アタフタしながら、毀れ位落ちそうになった本を大切に守ると、 再び案著するんだ。
「ごめんなさい」
ここは素直になるべきだと思う、長く続く廊下には誰も歩いていなかったからよかったものの、もし遭遇して怪我でも負わせていたらと考えると、真っ青になっていく。
そんな僕を見て、フウと息を吐くと、分かればいいのです、分かれば。そうキズナの言葉が心にグサリときたのは内緒。僕も一応男だもん、自分が悪かったし、少しの言葉の痛みはある意味、勲章ものだから。
『それはそうと見つけましたか?』
話を切り替えるキズナの瞳は無表情のように見えるけど、優しかった。
「うん。セバスがね、見つけてくれたんだ。僕の知りたい事がここにはあると思うから読んでたんだ……」
セバスが、と彼の名前を告げると、一瞬だけキズナの目つきが変わった気がした。鋭いというか、まるで獲物を捕らえようとしている狩人のように、厳しい視線だった。
『セバス様とお会いになったのですか?』
「たまたま会っただけだよ。書庫は管轄だから時々様子を見に来ていると言ってたから」
『……そうですか』
「どうしたの?」
『いえ、セバス様といつの間に面識を持ったのか不思議に思いましたので』
僕はキズナを安心させるために、今までのセバスとの出会いと会話、そして本の事も色々、話した。キズナが不安になるのなら、サユはもっと不安になるtだろうから、ただ、その一心だったんだ。
『なるほど、そうなのですね。仲良くされているみたいで安心しました』
そう完結に伝えると、キズナは僕を部屋まで送ってくれた。そして僕は早く本が読みたくて、ありがとう、と伝えると足早に部屋の中へと消えていった。
残されたキズナは僕の前とはうってかわって、厳しい表情で考え込みながら、ゆっくりと元来た道を辿り始めた。




