導かれるように
サユはセバスの部屋から戻り、一息ついた。大好きな紅茶を飲みながら、色々と考えていた。その間、僕は夢の中で、スヤスヤと心地よく微睡んでいるんだけどね。仕方ないよね、眠い時寝ないと体力も精神力ももたないから。
『……掴めない男』
そういうと、また一口紅茶を啜る。ふんわりとした紅茶のいい匂いが部屋中に満ちて、疲れた体と心を癒してくれる。
『ねぇお母様、あたしはどうしたらいいの?』
そう問いかけながら、うさぎのぬいぐるみに話しかけている。どうしてぬいぐるみの事をお母様と言うのか不明だけど、大切そうにされているぬいぐるみは年期が経っている。母からのプレゼントだろうか。
『あたし、お母様のかわり務まってるかな? いつもいつも思うの、ねぇ答えてよ、お願いだから』
しかしただのぬいぐるみは返答なんてしなくて無言ばかり。大人になっても捨てきれなかった宝物の事を思い出すよね、僕だけかな?
『セバスもね、最近変なのよ。ゲンが現われてから得に。どうしてだと思う? いくら考えても分からなくて、お母様に相談してるってバレたら笑われちゃうかな……吐き出せる場所がなくてね、いつも肩をはってるの、少し疲れる、あ、でも、充実はしてるよ、勿論』
うさぎのぬいぐるみの赤い目が少し輝いた気がした。
『あ……お母様、微笑んでくれてるのね? もう少ししたらその呪縛からあたしが助けるから、待ってて』
ギュッとぬいぐるみを抱きしめるサユ。あどけないサユ。ぬいぐるみの奥から母の温もりと厳しさを感じたのは気のせいではない。
何度も何度も繰り返す。
上の世界と下の世界で同じ時を生きるのがサユと僕。
これが運命の赤い糸ってやつなのかもしれない。
『……サユ様』
部屋のドアが少し開いていた。光が漏れて、閉じる為にソッとドアを閉めようとすると、うさぎのぬいぐるみを大事そうに抱きしめてるサユの姿を見てしまったキズナの声が響いてた。
◇◇◇◇
夢を見た、沢山の人達が死んでいく夢。僕の微かに残っている記憶にいる大切な存在の人達も、黒い渦に巻き込まれ、空の彼方へと消えていった。
建物は竜巻に巻き込まれ崩壊し、その状況を見つめる事しか出来なかった僕と遠くで見つめている女の瞳を感じた。
みるみる内に、世界は変貌し、僕の知っている星ではなくなっていた。
日が経つと、見た事もない植物が出現し、崩壊してしまった建物を覆うように、巻き付いている。
「――ダメだ、まだ」
僕は走る、息を切らしながら走る。前に進んでいるはずなのに、時間が止まったかのように、前進出来ない。どうしてだろうと、半泣きで叫び声をあげながら、右手を伸ばす。
「サユ」
夢の中の僕は聞き覚えのある名前を呼んで、探してた。
「僕は見捨てたりしない、必ず、君を探して、以前のように……」
その続きは闇に消え、僕は現実へと戻っていく。
何もなかったかのように。
『……ゲ…さま』
「ん」
『ゲン様』
「あれ」
『ゲン様?』
「つぅ……何度も呼ばなくても起きるから…」
『そうですか、てっきり二度寝をするのかと』
「え」
目覚ましよりも、効き目が強いその言葉はまるで魔法を使ったように、僕を叩き起こした。
「え……キズナ? どうして?」
『なかなか来られないのでどうせ寝坊でもしてるんでしょう、叩き起こしに行きなさいとサユ様から言われましたので、お部屋に入らせてもらいました』
いやいやいや、プライバシーってものがあるでしょう。それに時間って、そもそも時計ないよね? ここ……
「時計がないのに、どうして時間が分かるの?」
『何をおっしゃっていらっしゃるのですか? 時計ならあるではないですか』
「何処に?」
『体内に』
「……はぁ?」
『だから時間の経過を確認出来ますし、正確に伝える事が出来ます。只今の時刻は朝の八時となっております』
体内時計って訳じゃないよね、正確に伝えれるって……この国の人達はそんな事も出来るの?
「……僕にはないから」
『そうなのですか?』
変人として見られるような瞳で見つめられ、キズナの言葉で当たり前って事が分かったから、そんな瞳で見るのやめてもらいたい。
でもさ、本当凄いよね、体内の中になんでもあるみたいな、僕の体とは全然違うし、きっと日常も当たり前も全部違うから、異質に見えたのかな、と納得するしかなかった。
『サユ様が待っておられます。行きましょう』
結局、不便という事で目覚ましの代わりに毎日八時になるとキズナが起こしてくれる事になった。なんだか不甲斐無い。
すると待っていたサユが事の経緯を聞いたのか、少し切れていた。
『時計もないなんて不便な体ね、使い道があるのはダイアのみって事でしょ? あり得ない』
『……そのような言い方はよくありませんよ?』
『は? だって事実でしょ』
『……そうですが…しかし』
サユは不機嫌、キズナは気まずそう、僕は無言。キズナはサユの言葉に納得しつつ、横目で僕をチラリと見てくる。目線があうと、驚いたように逸らし、避けている。
(……何を言ったらいいのか分からない)
率直な感想しか出てこない状況に耐え切れなくなった僕は、朝食を済ませ、二人から逃げるように庭へと向かった。
(――ひどい目にあった。どうにか逃げれてよかった……)
ホッとしたのもつかの間、自由な時間を手に入れれたと思うと、そうはいかないんだよね。
『どうされました? そんなに息を切らして』
後ろから男性の声が急に聞こえて、体がビクッと反応した。優しそうな口調なんだけどさ、驚かさないでくれないかな?
僕は一呼吸置いて、振り向いた。すると、執事の格好をしている男性が瞳に映る。あまりの美しさに見惚れてしまった。
『大丈夫ですか?』
「はい」
表では冷静さを表現しつつも、どうしてだか心臓の音が煩い。この人の声を聞けば聞く程、加速しているようだった。
まるで危険を察知しているかのように――
『ならよかった』
「……貴方は?」
話を逸らしてみると、トクンと一つの激しい音を最後に、通常の速度に戻ったようで、落ち着きを取り戻した。
『挨拶が遅れましたね。私の名前はセバスでございます。お見知りおきを』
それが僕とセバスとの初めての出会いだったんだ――




