よしよし
全てのはじまりは終わりって知ってた?
僕は知らずに生きてるけど
きっといつか知る事になるんだと思うんだ。
トコトコとサユの元へと戻るキズナと僕。相変わらず会話はなく、居心地の悪さを感じていた。するとその重みをはねのけるようにキズナの唇が開いた。
『……あの装置は貴方様の過去を見る装置です』
「……」
そう言われても、あんな映像知らない、だけど居心地の悪さがそれを証明している。
『ゲン様には記憶がないとお聞きしましたが……勝手ながら貴方様の隠された過去を見たのは事実です。勝手にして申し訳ありませんでした』
今更謝るのなら、どうして勝手に事を運んだのだろう。僕は自分の知らない過去とキズナの行動に違和感を覚えながらも、認める事しか選択肢はないのかもしれない。だけど認めたくない自分がいて、あの女を見捨てた自分を追い詰めてしまいそうで、怖いんだ。
一呼吸置いて、問いかける。
「謝るのならどうして暴いたの? 僕さえも知らない記憶を」
『……それは』
「事後報告ってズルイよね」
『……実は』
言おうか言わないのか選択肢を迷っているように見えた。キズナの中にも僕と同じように葛藤があるのかもしれない。
それでもした事は、いけない事だけどね。本人が覚えもないものを引き出して、見せつけて、それで謝って済む問題じゃないから。
「……」
僕は彼女からの一方的な言葉を聞くしか方法を知らない。だから耳を澄ませて、心を落ち着かせて、唾を飲み込む。少しでも安定するように。
『全ての始まりはもう一人の私が仕組んだ事です。この国ではまれに二つの魂を宿す特異体質の子供が生まれてくるのです、私もその中の一人と言えましょう』
特異体質とか言われても、はいそうですか、なんて言えないし、納得できる訳じゃないか。
だけど、この国の事を知らなすぎる僕にはキズナが嘘をついているようには思えなかった。
思いたくなかったのかもしれない――
『もう一人の私は口調は男性のようで表情は出しません。基本は無表情ですが、私と会う時にはいつもケラケラと笑っている私です、名前をキズキと言います。二つの名を産まれた時から授かったのは複雑ですが、同じ名を言われるよりはいいので……』
そんなくだらない話はいい、本題を聞きたいだけ。
苛立ちながら、当たるように吐き捨てた。
「だから?」
いつもの僕と違うからだろうか。吐き捨てた言葉に反応するキズナは、怯えているようだった。まるで僕が知らないキズナ。正直、猫をかぶっているだけだと思ってたから、そんなカラクリがある事に驚いたけど、怒りの進行を止める事が出来ない。感情が爆発しそうだ。
『キズキは何を考えているのか分かりません。私とキズキはアンバランスで主導権を握っているのは彼女です。色々な仮面を被りながら、貴方様を翻弄させているようなのですが、私にも分からないのです』
「……分からないって自分自身の事だろう? そうやって僕の質問から逃げるつもり?」
『違います、逃げるつもりではなく、本当の事なのです。サユ様にお聞きになれば分かる事ですので、確認していただいても大丈夫です』
そこでサユを出してくるとか反則だろ? 今は君と僕との会話なのに、どうしてサユを出してくるんだ?
不満が降り募って、黒い影が僕を縛っていく……
「サユの事を出してくるのって違うよね。今は君と僕との間の話なんだからさ。卑怯だよ」
『お怒りは分かります。何と言われても私のミス。ですが――サユ様の事を語らないと始まらないと思ったので』
「じゃあ、教えてくれるの?」
僕らしくないな、質問だらけだ。こんなのただの八つ当たりでしかない。止めたいけど止め方を知らないんだ。本当は、こんな事言いたくないのにね。
『……私の口から言える事はありません、謝罪とキズキの事しか言えませんので』
「じゃあ、サユはキズキの事を何と呼んでいるの?」
『例え二つの魂があったとしてもキズナはキズナだと、全てをひっくるめてキズナと呼ぶとおっしゃっていただきました。他者が名前を呼び続けるとあまりよくないので』
「……僕がその名を呼ぶ事もリスクがある?」
『はい。キズナ、私が消滅してしまう可能性があがります。私は貴方様の味方でいたいのです。彼女の思惑通りに動きたくありません、消えるつもりもありません』
「どうしてそこまでするの? 初対面同然の僕に」
少しずつだけど、キズナの言葉により、僕の感情の乱れが落ち着いてきたみたいだ。キズナが消える可能性があると聞かされたからかもしれないね。
(僕は自分の事しか考えてないのに、キズナは違う)
どうしてそう思ったのかは分からない。だけどどうしてもそう思いたい自分を隠せないし、過去の僕が本来の運命の道にへと導いているようにも思えたから、邪見にしたくないんだ。
納得するしかない事を知ると、諦めたように、曖昧に微笑んだ。そうする事でいつもの僕らしさを取り戻せるような気がしたから、笑った。ぎこちない笑顔だけど、少しでも彼女の不安を取り除いてあげたくなったんだ。
「君を信じるよ、キズナ」
僕の口から暴言が出てくるのかと思ったのだろう、委縮しながら構えている彼女がいた。
『え?』
「だからキズナを信じるって言ってるんだよ? 僕なりの謝罪の仕方でもあるから。怒鳴ってごめん」
ホロホロと毀れる涙はキズナの不安。
少しずつ色鮮やかになっていく涙は、いつの間にか僕の心を癒してくれた。
「何も泣かなくても」
『つっ……』
『よしよし』
子供をあやすように頭を撫でると、温もりを感じた。僕達は生きている、そう実感する瞬間だった。




