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心臓のない国  作者: 法蓮
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それを終わりに静寂が再び舞い降りる

『……さっきの映像は一体』


一人は僕というのは確認出来た。しかし僕と話している女の顔はぼんやりと映されていて、よく見えなかったようだ。まるでモヤがかかったように、誰かが隠しているように……


『どういう事でしょうか。本来ならば記憶が再生された瞬間から周囲の人間の顔もはっきりと映るはずですが……このような事例は文献でも書かれていない』


考え込むキズナは、頬に右手をあて、考察をしてみる。その時だった内なる声が聞こえたのは。


『へぇ、隠しすんだ。面白いね、ゲン様。私は真実を突き止める。逃がしはしないよ』


キズナが声をかける前に消えた声の主は、初めからいなかったように無音の世界へと飛び込む。そこに続くのは怒りと悲しみの世界なのかもしれないね。


僕ともう一人のキズナがどんな関係なのかは分からない。それはキズナも同じで、何も知る事も出来ないあの時(・・・)の僕も同じだったんだ……この時は思う事もなかった。訳の分からない映像を見せつけられて、軽いパニックになっていたから余計に。


――そうあの時までは…。


『どうして貴女が…出てくるのですか』


情けない声を出してしまったキズナはもう一人の自分に問いかけるように呟く。風のように去ってしまった声の主は笑い声だけを残して、不穏な空気感を与えたんだ。


プシュー、ガコ、ガコン、と不規則な音が響く中でやっと自由を戻した僕自身が装置から排出される。長い間夢を見ていたみたいだ――


ハッと我に返ったキズナは思い出したように駆け寄ってきて、一言いうんだ。


『大丈夫ですか? ゲン様』


まるで装置に生きる力を据われたみたいによろける僕は、フラフラになりながら彼女に問いかけた。


「……あの映像は何? どうしてこんな事するの?」


搾り出す声はかすれているようで、キズナは眉を顰めながらも無表情をまだ勤めようとする。視線を地面に泳がせていた僕は、チラリと上を向き、彼女の複雑な表情を初めて見た。僕の意思でここ(・・)に来た訳じゃない、全てはキズナの意思なのに、どうしてそんな表情(かお)をしているのか分からなかった。


「どうして……」


そんな痛みを耐える表情(かお)をしているの?



風は嵐になる

僕の心はざわつきながら彼女を睨む事しか出来なかった――





正直、無言は好きじゃない。あんなにお互い会話ばかりだったのに、いつの間にか闇に覆われたように重たい空気の中で二人が存在している。そんな僕達を楽しそうに観察している、彼女の分身の姿に気付く事はなかった。


時間が経過してもそれは変わらなくて、キズナの口から納得のいく言葉は何一つもらう事が出来なかった。裏切られたような気持ちになりながらも、あの映像を思い出す。すると、ダイアが熱を持ったように痛み出し、僕を苦しめていく。


(痛い……痛い)


(かば)うように心臓のある部分をさする、少し息苦しさはあるけど、マシになる気がするから、何度も何度も繰り返す。


『……大丈夫ですか?』


耐え切れなくなったのか、心配しているのかキズナは僕の心と体へと手を近づけてくる。


「さわるな」


それを拒絶するのは防衛本能に近い衝動かもしれない。今の僕にはそれくらいしか(すべ)を知らないから。


『すみません…』


キズナと僕の距離は遠ざかり、心も離れていく。数歩先を歩くキズナの後をついていっている自分がいて笑ってしまう。拒絶しておいて、ついていくなんて訳分からないよね。


『……』

「……」


それを終わりに静寂が再び舞い降りる。



◇◇◇◇



サユはのんびりとした時間の中でおやつタイムを終了して、スヤスヤと寝てしまったようだ。キズナの研究気質に呆れているから、こういうのは見ない。あちらとサユの部屋を繋ぐ鏡から確認出来るのに、しない彼女は爆睡。しかしセバスは違った。魅入るように、向こうの映像を凝視しながら、考えていた。驚きと共に――


『あれは……しかし、何故?』


僕にもキズナにも気付かなかった事に気付いたように呟くセバスは、自分の心を隠すように、胸の前に腕を組み、睨む。


『鏡 ゲン、あの者がどのような経緯でこちら側に来たのか分からないが、あの時のようにはいかんぞ、サユ様は渡さない。警戒が必要だな』


一人事は木魂(こだま)のように余韻(よいん)を残して、逃げるキズナとは対照的に向き合う姿勢を見せた。組んでいた両腕を緩めると、ダランと通常に近い姿勢に戻るが、いつもとは何かが違う。サユが寝ているから本性を出しているのだろう。


項垂れた右腕は垂れた左腕とは違う動きを見せる。胸ポケットへと右手を探ると、小さな手鏡を出して、こう言うんだ。


『気付かれないように、動け。サユ様とキズナに気付かれないように』


鏡はこの世界では一つの連絡手段なのだろう。誰に連絡を取っているのかは不明だが、深刻さが伝わってくる。


そんな様子をサユは、聞き耳を立てながら、寝たふりをする。


セバスは慌てる事なく、そそくさと部屋から退却し、残されたサユは悲しく呟いた。


『……ゲン様の馬鹿』



まるであの映像の女のような口調で、何もかもお見通しと言っているようだった。

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