知らない世界
ここがどこかなんて分からない、でもね。一つだけ理解出来る事があるんだ。それはね……
――ここは僕の知っている世界なんかじゃないって事さ
赤い霧を食べていく蒼い空気。普通なら目に見えないもののはずなのに、この場所へと流れてきてから、感情、匂い、視界、色々なものから沢山の色が溢れている。
まるでそれは『人間の心臓』のように。
「あら。貴方はだあれ?」
自分が人間じゃない別の何かになってしまったように感じる中で、綺麗な音が聴こえた気がした。ここには人間なんていない。生きている、生き残りの『人』は僕だけなはずなのだから。
どうせ夢を見ていると言い聞かせながらも、期待に胸を躍らしている自分がいる。なんだろう、このワクワク感、そして安心感。遠い昔に知っているような、知らないような、懐かしいようで、遠い、不思議な感情なんだ。
「僕って幻聴まで聞こえ始めたのか……やばいな」
「ちょちょちょーっと。待ちなさいよ。幻聴とか失礼でしょうが」
振り向く勇気なんてないよ、だってどうせ夢だもん、これ。変な期待して、本当は妄想でしたなんて絶望したくない訳だからさ。そこまで子供じゃないんだから。頭が捻じれているしか考えられない。
「一人でいすぎたかなー? 仕方ないよな。生き残り、僕しかいないし」
「……シカトかよ」
そうそう、背後から溢れている殺気もきっと気のせい、気のせい……だよね?
「ムカツクわね。制裁!!」
「うぐあああああ」
女性の音色が鼓膜を刺激する。それと同時に僕の頭に力一杯のチョップをしてくる。
「一人でブツブツ何言ってんの? 夢とか意味不。あたし生きてるんですけどー。勝手に殺さないでくれない?」
「いてぇえええ」
「はぁ……そんな大げさなリアクションいらないから。てかあんた誰?」
「うぐう……名前を聞いたいのなら、君から名乗るのが……」
僕の言葉は彼女に伝わらないらしい。今度は蹴りあげられた。なんていう事だ。パッとしか確認出来てないけど。女性だよね? だったら、なんでこんな強いの?
(殴られ、蹴られ、そんな確認する暇なんかないよ)
迷い込んでしまった世界の迷路から逃げ出す事なんて出来ない。だってその逃げ道の前に立ちはだかっているのは『最強の女性』だから。
「あのね。ここはあたしの創った国なのよ。あんたみたいな住人、記録にないから」
「え」
「じゃあ、いいわね。侵入者って事で。あたしに消されに来たのね」
「違いますから!」
なんだここは。僕の夢でも妄想でもないみたいだ。彼女から攻撃?を受けて感じたのは痛みだから。寝てて、痛いだなんて感じるとか普通ないよ。あったらそれこそ、やばすぎるから。
と……とりあえず、ここは。彼女がこれ以上キレないようにごまをすろう。うん、それが一番の安全策だよね。じゃないと嫌な予感しかしないのは、何でだろう。これが防衛本能ってやつかな?
「じゃあ、何者?」
「僕は人です」
「はぁ? あんたバカじゃないの? 夢物語を語りたいのなら他所でやってくださいな」
「……?」
何がバカなのか分からない。僕は自分の素性を言っただけだし。まぁ、名前とか職業とか伝えてないけど。一番単純なのが人かな?って思ったからさ。言葉をチョイスしただけだったんだ。
そういや、よく友達から言われたな。人なんて言わなくても分かるだろ、バカにしてんのか?って……もしかしてそれか? それなのか?
やばい、どうしよう。こんなに強い女性を前にして、ミスをしてしまったと慌てながら、額にボロボロと冷や汗が溢れて、ビッショリだ。次第に呼吸も荒くなっている気がする。これ何? 過呼吸? それとも酸欠?
「ちょ……あんた!」
――意識はその声を最後に遠くへ飛んで行った