よいお年を。
真剣に読まないように。
ふたりの進行役が言葉も巧みに紹介する。
「さぁ、いよいよ出番がやって参りました!」
「そうですね。次の曲が最後となります。トリは ── 」
─ ぶつん ─
突如、画面が真っ暗になる。
蜜柑などを食べつつ、炬燵でまったりしていた私はふと恐怖を覚え、身構えてしまう。
天井の明かりはけたたましく点滅し、やがて真の闇が訪れた。
── 大丈夫。炬燵は生きている ──
ゆっくりと身を潜め、柔らかな布団の中へと全てを預け、猫のように丸くなる。
なのに、がちがちと震えが止まらない。
煌々と照されるなか、何かボソボソと聴こえてきたが無視を極め込む。
外から聴こえてきたその音源はどうやらテレビかららしい。
好奇心は猫を殺すというが、そんなのはまやかしだ。
私は恐る恐る布団を開き、勝てなかった誘惑を悔やむも、テレビのモニターを興味津々に睨み付けた。
先程の進行役ではなかった。
あまりの異様さに。 ああ、やはり観るべきではなかったと後悔した。
眼底から溢れ落ちる血の涙に構わず、ふたりの人形が忙しなく不規則な動きで語りかけてきたのだ。
あらぬ方向へと曲がり折れた腕や脚。
または無茶な動作によりひし折れてしまった頸。
なのに、まるでそれが当然であるかのように立ち振舞い、奴等はケタケタと嗤っていた。
観客席は賑わいを魅せる。
よく視れば座席を陣取る面々は、理科室などで立ちつくしている白骨や。
または、禍々しいオーラを放つ淫らな格好の、特徴的な角を生やした化け物達。
鮮烈な輝きを宿した翼や尖った尾から察するに。
多分、世間一般で謂われている『悪魔』という存在だろうか。
現実逃避。 再び炬燵の中へと逃げ込もうとするも、咄嗟にそれは鳴り響き。
私の好奇心を揺さぶる。
── オ"オ"ボ"デ"ザ"ザ"ガ"デ"ザ"イ"イ"ミ"テ"……エエエ──
僅かばかりに、読経に近い雰囲気が漂う。
だが、今まで耳にしたことがない。
かくいう私は様々な寺を巡り、有りとあらゆる説法や御経を耳にしてきた。
趣味は寺巡りといっても過言ではない。
決して敬虔な信者ではないが、私にとっては心地好い音楽には違いなく。
そして何よりも、隅々に仕込まれた音響装置を見ては、必死に笑いを堪えていたものだ。
その文字を思わず目にしてしまい、冷静に勤めようとも。
四文字のspellが目立つのだ。
あれは卑怯だと常々思う。
── などと、現実逃避に浸るも、しっかりと現実は忍び寄る。
いつの間にか、一人暮らしの狭い部屋には夥しいまでに闇の住人達が所狭しと犇めいていたのだ。
天井の明かりは既に消沈しているにも関わらず、煌々と照されていたのはおそらく。
某教授が言い切るプラズマか。
人魂がふわりふわりと漂い、漆黒の室内を明るく照らしあげていた。
テレビに映し出される歌手は、hiphopなどを軽々しくも見事に歌唱していたが、その姿は形容し難い。
画面は真っ赤に染まってゆく ── 。
あまりにも耐えきれず、私はその身を温もりへと委ねた。
襲い掛かる鼓動は絶え間無く胸を締め付ける。
── もう、何も要らない。
眠りを欲し、暖かみに一身を委ねようと試みる。
── 朝だろうか。
訪れた明るみに安堵した。
ゆっくりと身体を引き起こし、陽の光を待ち望むも。
だのに、ふいに足首はがしりと力強く掴まれる。
歪んだ影はニッコリと微笑む。
── まだ、終わってないよ? ──
…………。
「さぁ、いよいよ出番がやって参りました!」
「そうですね。次の曲が最後となります。トリは ── 」
ナレーションは朗らかに次の出番を紹介していた。
しかし、その室内には誰もいない。
─ ぶつん ─
次の瞬間、モニターには。
血塗れの文字が浮かび上がる。
『逝く年、狂う年』
雑音が響き渡る一人暮らしの狭い部屋。
大晦日で、誰かが忽然と姿をくらました。
─── 完。 ───
よいお年を~♪