セシリーとシエラの提案
孤児院で魔力の暴走を止めた、ルリアルカ。
でもそれは、これから新しいことが始まる一歩だった。
魔力の暴走を止めた後にセシリーのお説教を受け、疲れ果てていると。
「お姉ちゃん!助けてくれて、ありがとう!」
と、女の子からお礼を言われました。
これだけで、疲れが無くなった気はします。
「本当に、ルリは気を付けてよね!」
配達を終え、孤児院から帰る間も、セシリーは怒っていました。
「だから、無茶はしてません」
「私達から見ると、ルリは無茶してるのよ!」
「そう言われましても……」
「ルリさんにどうやって覚えてもらえばいいのかな……」
シエラさんは悩んでいるようでした。逃げ場無しですね……。
「魔力の暴走を止めるとか聞いたことないわよ……」
「ですけど、止めないと、あの女の子は」
「それもわかってるわよ!ああ……本当にどうしたらいいのかしら……」
八つ当たりされているような気もしますね。
「一般常識が足りない?」
「酷い言われようです」
問答無用でへこみますね。
「ルリ、暫く宿の手伝いをして色々、学びなさい!」
「え?」
セシリーの言葉に戸惑うしかありません。
「あ、それならギルドの仕事も手伝ってもらおうかな。こっちは荒事もあるけど、世間的には色々学べるから」
「シエラの意見に賛成」
「ええ!?ちょっと待ってください!私の意見は……」
「「却下!」」
「そんなぁ……」
こうして、私の宿屋とギルドのお仕事が始まるのでした。
「『ミューズの安らぎ』へようこそ」
宿に来た人に声を掛けます。
私の姿ですか?『ミューズの安らぎ』の女性の方が着ている服と同じ物ですね。屋敷等でメイドと呼ばれる方達が着ているものと同じ物らしいです。
表情ですか?当然、見えるようになっています。髪留めで留めていますから。
「部屋の空きはあるかね?」
「はい。普通の部屋と高級部屋、どちらも空きがございます」
「では、普通の部屋を」
「こちらに名前を記入してください。宿泊は何日か決められておりますか?」
「二日の予定だ」
「二日ですね。お食事は朝食、昼食、夕食の中から二つ選べますが、お決まりですか?」
「朝と夜で頼む。昼は王都で用事があるのでな」
「かしこまりました」
名前が書かれた紙を受け取ります。
「宿泊料金は二日間で金貨2枚となります」
「金貨2枚だ」
「受け取りました。こちらが部屋の鍵となります。施設の案内もありますので」
「ここには何度か宿泊しているから、案内は大丈夫だ」
「わかりました」
「ああ。丁寧にありがとう」
自信があります。接客は成功でしょう!
「完璧よね」
「完璧だね」
「「笑顔だったら……」」
「………」
セシリーとシエラさんからダメ出しがありました。笑顔のつもりでしたけど。
「堅い感じのメイドさんだとありなんだけどね」
「ギルドだと問題なしかな」
「難しいです」
ため息がでます。表情だけで、ここまで問題になるのですね。
「髪留めを外してしまえば、このままで……」
「「ダメ!」」
はもって却下されました。泣いても問題ないですよね。
「もー!私にはこれが限界です!これ以上望まれても、無理ですよー!」
本当に無理です。お手上げですよ!
「これで笑顔だったら、お客さんは大喜びなのにね」
「リピーターが増えるわ」というのが聞こえましたよ。
「ギルドだと、違う意味で通う人が増えそうかな」
「私は声掛けられないけど」と聞こえましたよ。シエラさん、言いながら拗ねないでください。
「ルリの残念美人の脱出はいつになるのかしら……」
「残念美人?ふ……ふふ…あはは!」
シエラさんが笑いだしました。そんなに笑うところなのでしょうか?
「ルリさんが残念び………あははは!ダメ!セシリー、なんてこというのよ!あはははは!」
「笑いすぎです……」
当然、拗ねました。
「ルリさんが表情を出さないのはわかったけど、接客としては大丈夫かな」
「ちょっと複雑だけどね。この娘はまったく」
「……誰にでも得手不得手はあるのです」
「一度ぐらい笑顔でできないかしら?」
セシリー、それは無理です。
「何か好きなことを考えながらとか?」
「いい案だわ!」
何か嫌な予感がしますね。どうにかして止めたいですが、止まりそうにない雰囲気です。
「何を考えながらいいかしら……。あ!」
セシリーが何か思いついたようです。諦めることにします。
「ルリ、今日のお昼は美味しい物を沢山ご馳走するわ」
「!」
お昼ご飯が美味しい物ですか。ここの料理は本当に美味しいのです。セシリー、酷いです。私が楽しみにしている事で釣るなんて!
でも、美味しい物ですか……。楽しみで仕方がないですね。え?やっぱり、食いしん坊?食事は大切な事なのです。そういう見方はダメですよ?
「うまくいけそうね……」
「だね。残念美人かぁ……」
二人が色々な意味で納得しているようです。
「部屋は空いているかな?」
ドアが開き、商人風の若い男性が宿に入ってきました。
「『ミューズの安らぎ』へようこそ」
良い笑みだと思います。自信がありますよ。たぶん、きっと……。
「し、失礼しました!」
そう言い終えると、男性は宿を出てしまいました。何故でしょう?
「今のお客さんには悪い事したわ……」
セシリー、少し顔が赤いですよ?
「そうだね。あれはないと思うよ……」
「ええ!?」
シエラさんまで顔が赤いです。それよりも、酷いことをしたみたいな言い方ですが……。
「ルリ」
「な、なんですか?」
「笑顔禁止」
「……え?」
「だから、笑顔禁止!残念美人のままでいて!」
「無茶言ってますよね!?」
シエラさん、横で頷かないでください!
「何て言えばいいのかしら?えーと、危険?」
「酷いです!」
「男性客なら、笑顔で落とせるよね」
「そう!それよ!」
「………」
私は何と言えばいいのかわかりません……。
「あの笑顔!確かに、ルリは食事の時は嬉しそうに食べるわ。本当に幸せそうにね」
美味しい料理は笑顔になるのです。
「美人で整った顔に薄い赤い瞳、少し赤みを帯びた頬に満面の笑顔!あの笑顔は反則よ」
「笑顔で倒せる……。殺人スマイル?」
「物騒なこと言わないでくださいよ!」
「私でもちょっと危ないと思ったし」
「私も」
二人がうんうんと頷きながら言います。
「私はどうすればよいのでしょう……」
「「………」」
答えは返ってきませんでした。いいです。お昼は盛大に食べますから!
「さて、次はギルドの仕事ね」
「そうですね」
お昼は満足でした。自然と笑みがでます。
「ルリさん、ギルドではあの笑顔はダメだからね。確実にトラブルになるから」
「進んでトラブルに巻き込まれたくないです」
「誰でもそうよね」
セシリーが頷きながら言います。先ほどのトラブルの原因はセシリーと言っても過言ではありませんよね?
「先にお父さんに説明してくる。あ、服はそのままでいいから」
そう言って、シエラさんはギルドマスターのウェイスさんの部屋に向かったようです。
「このままでよいのですか。宿みたいに制服とかはないのですね」
「うちは制服を使ってるだけで、普通の宿は制服とか使わないわよ?」
「そうなのですか」
「『ミューズの安らぎ』は少しは大きな宿だから。それに相応しいようにしているのよ」
納得です。皆さん、立派ですから。
少し時間を潰していると。
「ルリアルカさんが手伝ってくれるのか」
ウェイスさんが部屋から出てきたようです。ギルドマスターが出てくると、周りがざわついてますね。
「はい。よろしくお願いします」
「物騒なことは無いとは言いきれんが、何かあればシエラや私に言いいなさい。先日の事は報告を受けているから何かあっても大丈夫だとは思うがね」
「はい」
「いい返事だ。よろしく頼む」
ウェイスさんはそう言って、戻って行きました。
「お父さん、心配し過ぎ」
「そうなのですか?」
「普段、受付まで余程の事がない限りは出てこないから」
嬉しい事ですが、シエラさんは複雑そうです。
「仕事は受付でよいのですか?」
話題を変えるのも含めて尋ねます。
「うん。説明は私がルリさんにしたのと同じでいいけど、後は依頼の受注かな」
シエラさんが受付にある本の様な物を指します。
「この依頼書と同じ物がギルドの壁や外の看板に貼ってあるの。それを引き受けてくれる人に説明……なんだけど、こっちはややこしいから、常時の依頼だけでいいかな」
パタンと依頼書の本を閉じました。
「こっちがいつでも受け付けてる依頼内容ね」
別の本を渡してくれました。
内容は魔物の討伐、盗賊の討伐……物騒な内容ですね。後は王都の掃除のお手伝い?
内容をまとめてみましょう。
魔物、盗賊の討伐は王都から報奨金有り
王都が買い取る物の収集 食料や素材となる資源
慈善事業は王都の清掃活動(王都所有の建物の清掃)等
慈善事業と書かれていますが、ギルドを経由すると、少しは給金が出るようです。わかりやすく、孤児院から働きに来る子供がいると書かれてますし。
「いつも受け付けている内容も、こうして見ると多いですね」
私も素材を売ったりして宿代にしていましたが、ギルドに持ち込むと常に買い取ってくれたようです。何度か買い取れないと言われたことがありましたから、少し損をした気分です。
「王都だからね。でも、全部穏便に済むとは限らないから」
「そうよ。穏便に済まない時は、シエラが叩き出してるし」
受付の外からセシリーが言いました。初めて来たときに、外に叩き出されている人を思い出します。
「あれも面倒だけどね……」
「そうなのですか?」
シエラさんだと、そのまま叩き出しそうなイメージがあります。
「ルリさん、失礼な事考えてない?」
「いえ。シエラさんだと、ドカンと殴り飛ばして終わりかなと思いまして」
「……否定しないけど、失礼だよ」
否定しないのですね。
「毎日あるのよ。色々と文句をつける人が」
「そうなのですか。えーと、私もシエラさんの様に叩き出せばよいですか?」
「ルリさん、叩き出すって簡単に言わないで……。あれは最終手段だからね。」
買い取りの時にダメになった物も無理に買い取らせようとする人もいるそうです。
「会話で対処できるなら当然ね。宿でも無茶なクレームもあるから」
「宿とはまた違う内容だけど、こっちの方が頻繁に起きるのがね」
どちらも大変としか思えません。
「ルリさんは最終手段はなしで」
「私限定みたいな言い方ですね」
「手加減しても大変なことになりそうね……」
セシリーが目を瞑りながら言いました。私は獰猛な動物ではありませんよ?
「何か起きたら、私に教えてくれたらいいから。でも、横に居るからわかるかな?」
「私は隅で見学してるわ」
セシリーは果実水を手に持って、ギルドの隅にあるテーブルへと行きました。果実水なんていつ買ったのでしょうか?
「ルリさん、よろしく」
「はい」
私のギルドのお仕事の始まりです。
ギルドのお仕事は表情が変わらない私でも気軽にできました。ギルドの方いわく、淡々と仕事が進むので逆にいいらしいです。複雑な気分ですが。
「別に荒っぽい事は起きないので平和です」
シエラさんは毎日のように荒っぽい事が起きると言っていましたが、本当か怪しくなってきました。
「珍しく平和ね。逆に気味が悪いかな」
「平和がいいのです」
そう言った途端、バン!とギルドの入口が開きました。騒々しいですね。
「面倒なのが来たわ……」
シエラさんがため息をつきながら言いました。入ってきた方は、簡単に言うと大きな剣を背負った冒険者でしょうか?あれ?尻尾があります。獣人族のようですね。
獣人さんはギルドに入って真っ直ぐ、受付の方に向かってきます。え?私の方に来ますよ?
「素材を売りたい」
目の前には雑に切られた毛皮と焦げた肉?があります。
「素材の買い取りですね」
私は普通に答えました。横でシエラさんが小声で何か言っていますが聞こえません……。
(素材はよいのですが、これはどうなのでしょう?毛皮は狼でしょうか?ある程度の大きさはありますが、所々に焦げた跡や穴があります。肉はこれも狼になるのでしょうけど、ほとんど焦げてます。食べるのもダメな気がします)
「少々お待ちください」
買い取りの査定表を見ましょう。狼の毛皮は銀貨50枚ですか。ですが、焦げたり穴がありました。そうすると……銀貨5枚ですね。肉は焦げてますから……買い取り不可ですか。
「買い取りは銀貨5枚となります」
私の買い取り額を伝えた途端、ギルド内がざわつき始めました。何か間違えました?
「銀貨5枚か」
納得したくれたようです。あれ?
「ふざけてるのか?」
「……いいえ」
胸倉を掴まれてしまったので、そのまま身体が浮いています。獣人族は背が高い人が多いですから。え?落ち着いてる場合か?ですか。
「これは赤狼の毛皮と肉だ。そんなに安いはずがない」
「買い取りの査定をした結果です」
(赤狼?狼とあまり変わらない気もします。損傷が激しいですからね)
「あ、あの!」
「お前は黙ってろ」
シエラさんが割り込もうと横から声を掛けましたが、一蹴されましたね。
「赤狼でしたか」
赤狼は狼の魔物が魔力を得て変貌したものです。
「ですが、焦げや穴もあります。肉に至っては焦げていますので、買い取り不可となります」
「納得できるとでも?」
掴まれている部分に力が入っているのがわかります。これがシエラさんの言っていた荒事ですか。
「納得するしないではありません。ギルドで決められている査定の結果です」
「買い叩いたりしてるんじゃないのか?」
「そのようなことをして得がありますか?」
睨まれますが、そのまま平然と答えます。怖くないですし。
「嘘を言うのなら」
獣人の方が背中の剣に手を掛けます。ギルド内がさらにざわつきました。ふと、視界の隅にセシリーが見えました。真っ青ですね。
「私が嘘を言っているのなら、その剣で切り捨ててくださってかまいません」
私の意見にギルド内が静かになりました。
「不当な事で得る物に価値はありません。この素材を不当な方法で手に入れた……、というのでしたら問題ですが」
「全うな手段に決まっている!」
「なら、正当な価格で売り、その代金を貰うというのが適切だと思います。私は間違ったことを申しましたか?」
「………」
「………」
縛らく沈黙が続くと。
「小娘に言い負けるとはな」
手を放してくれました。
「銀貨1枚でいい。別に金には困っていない」
「銀貨5枚です」
「4枚はお前の服の費用だ」
指を指されました。少し破けましたね。
「お気になさらず。正当な代金を受けとってください」
「いや、服の……」
「お受け取りください」
「……わかった」
私が銀貨5枚をカウンターに置くと、素直に受け取ってくれました。
「お前、名前は?」
「ルリアルカといいます」
「聞いたことないな」
「今日がギルドで初めてのお仕事ですから」
「……本当か?」
獣人さんが呆れた顔をしています。何か変ですか?
「お前の様なのがいつも受付にいると楽な気がするな」
「そうですか」
「度胸もある」
「誉め言葉として受け取っておきます」
「これから退屈しないかもしれんな」
そう言うと、入口の方に歩いて行き、ギルドから出て行きました。
「荒事は起きることなのですね」
そう言った後、セシリーとシエラさんに怒られるのでした。
最近、怒られてばかりの気がします。
セシリーとシエラによる「ルリアルカに常識を教えよう」という行動ですが、所々でトラブルが起きています。
ルリアルカはトラブルメーカーではありませんが、二人とお友達になってから増えています。
次回の更新は書き終わり次第です。