初めて入る場所、そして暴走
少し王都に慣れてきた、ルリアルカ。
そこへ、セシリーが提案を出します。
「今日は進んで行かない場所に行こうと思うの」
セシリーの何気ない一言です。
「進んで行かない場所ですか?」
「そうよ。喜んでは行かない場所ね」
どのような場所でしょう?想像が出来ません。
『ミューズの安らぎ』でさえ、私には異世界ですから。
「大人な場所に、ルリアルカさんを連れて行くんじゃ!?」
シエラさんが、うわーという顔をしています。
「そんな場所に行くわけないでしょ!……やっぱり、吹き飛ばした方がいいのかしら?」
否定しながら、セシリーから物騒な発言がでます。やっぱり、止めると消化不良なのでしょうか?
「相手になるよ?」
シエラさんもやる気です。はぁ……。
「風と火に土とか混ざると面白いですよね?」
「「……ごめんなさい」」
危険なことは無事に回避できました。暴力的な圧力?酷い事言わないでください。
「ところで、進んで行かない場所とはどのような場所なのですか?」
わからないので素直に聞くことにしましょう。
「行く場所は、スラムよ」
「スラムですか。確かに進んで行かないと思います」
別名、貧民街と呼ばれる場所と記憶にあります。
「また物騒な場所を選ぶね」
シエラさんが面倒そうに言います。
「別に物騒なこともないし、悪い事をしに行くわけじゃないわ。いわゆる、配達かしら?」
「配達ですか」
スラムに荷物を運ぶ?何を運ぶのでしょう?
「なるほど。いつものあれね」
「そうよ」
「全くわかりません……」
シエラさんは納得したようですが、私には謎しか残りません。
「行けばわかるわよ。それじゃ、準備してくるわね」
そう言って、部屋からセシリーが出て行きました。
「少し待てばわかるよ。それにしても、ルリアルカさんは高級な部屋に泊まってるんだ」
「いろいろありまして」
「極端に安い金額言われなかった?」
「ええ。銀貨10枚と言われました」
「安すぎるね……」
シエラさんが呆れてます。普通はそうなりますよね。
「でも、セシリーが色々な人から信頼されるのは、そういう所もあるからでしょうね」
「優しいです」
本人が居ない場所で、べた褒めです。
暫くすると、セシリーが宿の外から呼ぶ声がします。準備ができたようですね。
「行きましょう」
「ええ」
シエラさんと共に部屋を出て、宿の外に向かいます。
「それじゃ、宅配に行くわよ」
「はい」
「はいはい」
目の前には馬車があり、荷台には色々な物が載っていました。食料、布、衣類等が山になっていますね。
「これを運ぶのですか」
「ええ。いわゆる、慈善事業みたいなものよ」
「慈善事業ですか」
行先は物騒な場所ですが、内容は穏やかなものになりそうですね。
暫く馬車に揺られながら、スラムと呼ばれる場所に近づきます。何と言いますか、雰囲気が変わりますね。
活気で賑わっている王都ですが、明らかに違います。ですが、噂を聞いた程、酷い場所ではないようです。配達と言っていましたし、このまま様子を見ていましょう。
「そろそろ着くから」
「前よりもマシかな?」
「?」
私だけ、やっぱりわかりませんね。何がマシなのでしょう?
見える景色を眺めても何か変わったという雰囲気もありません。
「あれは、教会ですか?」
「そうよ。スラムにある教会ね。孤児院というのが正解かしら」
「孤児院ですか」
王都を散策した時に見た教会よりも小さな建物です。
ですが……。
「やっぱり、問題は起きてるね」
「そうね。シエラ、頼んだわよ」
「はいはい。それじゃ、ちょっと行ってくるね」
セシリーが馬車を停止させると、シエラさんが降りて、孤児院の方へ走って行きました。
問題が起きている?スラムで?危なくないですか?
「そんな顔しなくても大丈夫。いつもの事だから」
「そうですか」
顔に出ていたようです。少し気まずいですね。
「あ、誰か飛ばされましたね」
軽く悲鳴の様な物が聞こえた後に、誰かが飛んだのが見えました。
「孤児院にもトラブルを引き起こす人がいるのよ」
「そうですか」
先ほど飛ばされた方が、そのトラブルの種?らしいですね。
荒っぽい事が起こってるとしか思えませんけど。
「セシリー、煙が上がってますけど」
「バカな人が魔法で火事でも起こしたのかもね……」
慌てている声が聞こえます。あ、シエラさんですねこれ。
「時と場合を考えて使いなさ……っ!」
煙が出ていた場所から、爆発が起きました。驚いてない?驚いてますよ?
「これは危険ですね」
「本当にトラブルがあったようね。どうしましょう、馬車には人が居ないとダメだし……」
セシリーが本当に困った顔をしています。横にいる私はあてにされてないのでしょうか……。
「崩れましたね」
建物の一部が崩れたのが見えました。原因は魔法ですね。えっと、属性は地属性ですか。
ふと、違和感を覚えたので思い出してみます。シエラさんの系統属性は火と風でしたね。ということは、別の人の魔法が原因で崩れたということですか。シエラさんが慌てているのはこれが原因ですね。
「私が見てきます」
「ルリ!?」
セシリーが慌てます。そこまで慌てなくてもいいのですが。
「セシリーは馬車に居てください。それと、少しだけ嫌な感じがするのです」
ほんの少しですけど。でも、思っている内容が起きているとすれば、セシリーとシエラさん二人でも止めれませんから。私が行くのが一番早いのです。
「で、でも」
「適任者は私です。行ってきます」
「無茶はしないようにね!」
馬車から降りて、孤児院へと走ります。距離は少しありますけど、嫌な予感がしますから一気に行きましょう。
風を切るように全力で走ります。数秒で孤児院へ辿り着けるように。
「いったぁ……」
孤児院の前に着いたと同時に、シエラさんが壁に叩きつけられました。魔法で弾き飛ばされたようですね。
「大丈夫ですか?」
嫌な予感は的中したようです。
「ルリアルカさん!?ここは危ないから下がって!」
シエラさんが叫ぶように言います。あちこち怪我してますね。
「大丈夫です。先に、シエラさんの手当をしましょう」
「私は大丈夫だから、早くにげ……」
「頭から血を流しておいて、その言葉は聞けません」
会話の途中でシエラさんが頭から血を流し始めました。壁に叩きつけられた時に打ったのでしょう。見逃すわけにはいきません。
「で、でも!」
「落ち着いてください。怪我人は黙って治療されるのがいいのです」
「……わかった」
私の口調が少し粗くなったので、シエラさんはおとなしくしてくれました。苛めてませんよ?
「じっとしててください」
シエラさんの頭に触れます。傷はすぐに見つかりました。傷はそれほど深くはないですね。
イメージします。傷が治るイメージを。
イメージをしながら、魔力を込めます。順調ですね。傷が塞がっていき、血が止まりました。
「ルリアルカさん、今のは……」
「回復の魔法です」
そう言って、シエラさんの傍から立ち上がり、原因の元となる方を見ます。
「暴走ですね」
魔力の暴走。制御に失敗したのか、何か感情的になることが起きたのか。どちらにしても、放置しておくと、この辺りは瓦礫の山になります。怪我人どころか、死人まででてもおかしくありません。
だから、私が止めるしかないです。お友達が怪我までしたのです。止めないというのが無理です。
「孤児院に新しく入った子が魔法を使えるらしくてね。でも、何かずっと怖がっているような感じかな?」
「そうですか」
そう言って、暴走を起こした子供の方へ歩こうとした時。
「ルリさん、近づいてはダメ!」
「ルリさん?」
愛称で呼ばれた方に反応してしまいました。
「あ、ゴメン」
「いいですよ。それでは、止めてきます」
「危険過ぎるからダメ!それに、あの暴走はもう……」
シエラさんが言いたい事はわかります。
負の感情の魔力暴走。生命力が尽きる直前まで無造作に魔力を消費し続けるものです。ですが、暴走を起こしたのは子供です。間違いなく絶命します。
「それでも、止めないとダメなのです」
そう言って、シエラさんの元から離れます。シエラさんが腕を掴もうとしたのがわかりましたが、避けるように動いて進みます。
「ルリさん!」
「大丈夫です」
振り返らず、真っすぐ子供の方へ。あちこちから制止する声が聞こえますが気にしません。
子供の目の前へ立ちます。泣いていますね。泣いている理由はわかりません。魔法を暴走させる原因で泣いているのか、怪我人が出たから泣いているのか。声は、魔力の消費が酷くて出せないようですね。
「大丈夫ですよ」
「………」
子供はこちらに向かって、魔法を撃ってきます。ですが、それは当たらない方向に撃たれるものです。
「私はあなたの敵ではありません」
「………」
さらに距離を縮め、手が届く範囲に入った瞬間……。
「っ……」
右腕に衝撃が走りました。
見てみると、石の槍というのがいいのでしょうか?小さいですが、右腕に突き刺さっていました。
一本ではなく数本としか言えません。
「………!」
子供の涙が増えましたね。
「大丈夫です」
「……はな……て……。おね……だから……」
「意識があるのですね」
これには少し驚きました。魔力の暴走の中で意識があるのですね。
「大丈夫ですから」
子供を抱きしめます。直後、左腕と背中に衝撃が走りました。痛いです。
「はな……て!……まま……と、おね………が、し………」
「私は死にませんよ」
抱きしめる腕に力を少し入れます。
「いいですか?私の心臓の音がわかるように集中してください」
「にげ……」
「私は逃げません。もう一度、言います。私の心臓の音がわかるように集中してください」
「………」
少しだけ、暴走の規模が小さくなった気がします。うまく集中できているようですね。
「ルリさん!早く離れて!」
シエラさんが悲痛な声を上げていますが、無視します。今はそれどころではありませんから。
「大丈夫です。ここにはあなたを傷つける人は居ません。少しずつでいいですから、私の心臓の音を聞きながら、落ち着いてください」
抱きしめながら言います。
「慌てないでいいです。そう、ゆっくり……」
「………」
徐々に暴走が小さくなっていきます。魔力の消耗も激しいようですし、私の魔力で代用しましょう。
「少しだけ、私の魔力を送ります。あなたが無事なように」
「……うん」
意識を保っているだけあって、余裕ができたのでしょう。小さいですが返事をしてくれました。
「あとは、暴走の原因となった魔力を抑え込むだけです。できますよね?」
「………」
返事の代わりに魔力が穏やかなものになって行きましたね。暴走の心配はもう大丈夫です。
「さて、落ち着き……?」
「……!」
子供の身体が一瞬跳ねました。魔力の流れが変わるのがわかります。
「……二回目の暴走?」
「あぁぁぁ!!」
爆発的に魔力が溢れました。これはまずいですね。
「ルリさん!早く逃げてー!」
シエラさんの叫び声が聞こえます。
「何か原因があるはずです。でも何が……?」
子供の魔力がこちらに流れたのでしょう。その原因がわかりました。
「そうですか。これは私の失敗ということですね……」
子供は男の子と思っていましたが、女の子でした。
孤児院に来る前は母親と二人で暮らしていたみたいですね。ですが、住んで居た集落が魔物に襲われ、王都フェイマスに向かう途中に盗賊に襲われたようです。
「ほんと、失敗です」
母親は娘を庇うように抱きしめ、背中を切られて亡くなったようです。その直後、討伐隊を編成した王都の軍により、盗賊は全員討伐され、残された女の子は身寄りもなく、この孤児院にきたということですか。
「辛かったでしょう」
「………」
今度は意識は完全に無いようです。返事というよりも、反応すら全くありません。
「助けてあげますからね」
周りが何と言おうと、助けます。
「ルリさん!」
「ルリー!」
セシリーも来たのですね。
「大丈夫です!安全な場所に離れて居てください!」
「でも!」
「問答をしている暇はありません!」
セシリーとシエラさんには悪いですが、ここは一蹴させてもらいます。
「さっきよりも消費が激しいですね……」
魔力が攻撃性を持ち始め、こちらに向かってきます。石の槍ではなく、今度は火の槍でした。
将来、有望な気がします。のんびりしすぎ?違いますよ。
「これほどの悲しみ、解るとはとは言いません。ですが……」
形振り構っていられません。
「あなたが死んでいい理由にはなりません!」
言い終えた直後、力を解放することにしました。
背後で「バサ!」という音がします。回復優先にするにはこちらの方がいいのです。
「魔力を流しながら維持。暴走している魔力を覆いこむようにして、圧縮……」
魔力の流れを把握したので、一気に抑え込むことにしました。
「っ!」
火の槍が降り注ぐ状態のままですからね。何回も直撃しますよ?
服のあちこちに穴や燃えている部分がありますが、気にしません。
身体は痛くないのか?ですか。痛いに決まってます。ですが、そんな些細なことはいいのです。
「あと少し……」
暴走している魔力が、抑え込もうとしている私の魔力に変わっていくのを確認し。
「これで大丈夫です」
残りの暴走している部分も私の魔力に変わりました。
「眠っている姿からは想像できない魔力でした」
「………」
魔力の安定を確かめ、女の子の頭を手で触れます。
「頑張りましたね」
魔力の暴走が連続で起きたのですから、死んでいてもおかしくはありませんでした。
「ルリよね?」
「はい」
背後から声を掛けられます。セシリー、まだ安全とは言ってませんよ?
「真っ白な翼……」
シエラさんは翼を呆然と見ています。ですが、掴もうとしないでください。
「この子は大丈夫ですよ」
抱きしめていた女の子を見えるように見せます。
「無事に助けられたのでよかったです」
「大丈夫じゃないじゃない……」
「え?」
セシリーが否定します。
「無茶しないでって言ったじゃない!」
「無茶はしてませんよ」
「ルリさん、その姿は納得できないよ」
シエラさんがこちらを見ながらいいました。
私の姿ですか。無茶をしたから、翼が生えるわけではありませんよ?
「そんなに怪我して、服もボロボロで……もう……」
セシリーが泣き始めてしまいました。
「心配させすぎ」
シエラさんも泣きそうですね。
「無茶は本当にしてません」
バサバサと背中の翼を広げながら言います。
身体のあちこちに魔法を浴びているのでボロボロなのは否定しません。
身体に傷は残ってませんよ?血が流れた後とかはありますが。
怪我を治しながら、魔力を抑えてましたから大丈夫です!え?威張るところじゃない?
「少し疲れました」
「バサ!」と大きな音をたてた後、翼が消えます。回復する必要はありませんから。
「セシリー、怪我は治ってますから……」
「そういう問題じゃないの!こんなにも人を心配させておいて……。怪我が治っているからいいって事じゃないのよ!」
「ええー!?」
この後、泣きながら怒るセシリーに正座させられ、お説教を貰いました。
私、女の子を助けて、良い事をしましたよね?
ルリアルカの翼は家族の一人の種族の血によるものです。
「種族 不明」という部分の一つがここででましたが、家族は多種族です。
色々なことができますが、世間知らずなのは変わりません。
次回の更新も書き終わり次第となります。