高級宿での驚きと楽しみ
宿の案内を聞く、ルリアルカ。
見たこともない風景に驚きが続きます。
セシリーさんに案内された『ミューズの安らぎ』の設備を簡単に説明しますね。
まずは食堂。ここは先ほど私とセシリーさんが食事をした場所です。夜になるとお酒も飲めます。未成年はダメですよ?
次にお風呂です。時間は20時間いつでも入浴可能。時間というのはこの世界は20時間で1日になります。
驚くことに、高級宿になると身体をマッサージしてくれる場所があるようです。やはり、ここは別世界ですね。せっかくですから、一度行ってみましょう。
そして、最後に私が案内された部屋ですが。
「ね?凄いでしょ」
「………」
セシリーさんが自慢げに言いますが、私は反応に困ります。部屋の鍵を使って開けると、驚くぐらい広い広間がありました。
「で、こっちに個人で入れるお風呂があって、こちらがトイレ。部屋の奥に続くドアの先に寝室…」
パタパタと歩きながら説明をしてくれますが、私はそれどころではありません。
「あと、ここにあるベルは鳴らすと受付にわかるようになっているから、用事があったら鳴らしてね」
「………」
「食事は選択になってるけど、面倒よね。全部手配するわ」
「……は!?」
食事に反応してしまいました。食いしん坊?違いますよ?
「えーと、説明は一通りしたけど、覚えてる…?」
「たぶん?」
疑問形でしか答えることができず、横を向きます。
「各場所に入るとわかると思うから大丈夫よね。あ、ルリアルカさん、裸で外に出たりしてはダメよ?」
「そんなことはしません!セシリーさんは私を何だと思っているのですか…」
「だって、財布の時を考えるとねぇ?」
真顔で言われてしまいました。
「下着はつけてますから大丈夫です」
「服を着なさい!この娘は本当に……」
セシリーさんが頭を抱えてます。島だと別に下着でも平気でしたよ?
「とにかく、部屋を出る時は服を着て出ること。いいわね?」
「わかりました」
「ルリアルカさんの両親はどんな教育をしたのかしら……」という言葉が聞こえましたが、聞こえないふりをします。私には両親は居ませんからね。その代わり島の皆が家族でした。
「さてと、私もここで休憩するわね」
そういって、席に座るセシリーさん。宿屋のお仕事はいいのかな?
「私は平気ですけど、宿屋のお仕事はいいのですか?」
「大丈夫。逆に、休んでこいと言わんばかりの目で見送られたわ…」
「そうですか」
ここの宿屋の皆さんはいい人ばかりのようですね。
「ルリアルカさんはお風呂はどうするの?大浴場の方に行くのなら、一緒にいかない?」
「大浴場ですか。気にはなりますけど」
私はやっぱり、大勢のところは苦手です。関心もないですしね。
「人が少ない時間を選んで、その時に行きましょう。はい、決まり」
「拗ねますよ?」
「え!?」
あら?思っていることが言葉に出てしましました。
「ご、ごめんなさい。浮かれてるのは認めるけど、そこまでとは思わなくて」
「いえ。私も思っていた事が言葉に出てしまい。驚きました」
追い打ち?嫌なことを言わないでください。
「私も同じ歳の人と一緒に食事や話をするのは初めてですから、どうすればいいのか悩んでしまいまして」
フォローはばっちりです。たぶん。
「じゃぁ、大浴場にいくのはいいの?」
困った顔のセシリーさん。ちょっと可愛いですね。
「はい。それにこれだけの大きな宿屋ですから、仕方がないと思います」
「よかった」
本当に安心したようです。私、そこまで酷い事を言いましたか?
「お風呂に行くのは少しゆっくりしてからでいいですよね?」
「ええ。ルリアルカさんのタイミングに合わせるわ」
「はい」
セシリーさんは明るい方ですね。ちょっと意地悪な気もしなくはないですが。
「ルリアルカさんは王都に来るまではどこを旅していたの?」
「私の旅路ですか?あても無く歩いて、し…」
「こーら」
「むー」
先に手を打たれてしまい、膨れます。
「気軽に言わない。ルリアルカさんは生きてるんだからね」
「そうですけど…」
「王都にはスラム街もあるわ。そこでは生きたくても生きれない人もいるの。ルリアルカさんの過去に何があったかはわからないけど、生きているんだから。気軽に言っちゃダメよ?」
「気軽に言っ……」
「なぁに?」
怖いです!セシリーさんの笑顔が怖いです!
「こほん…。私の旅路ですか」
怒られるのは嫌です。逃げていませんよ?
「そうですね…。島を出てからは海を渡って。そのまま、陸地を歩きながら魔物に遭遇したら、倒して素材を得て、町等で売って…」
簡単に私の旅の行動を説明します。
「つっこみどころが多すぎるのは私の気のせいかしら……?」
「そうですか?」
私はそれが普通でしたし。どの様に言えばいいのかわかりません。
「わかったことは、ルリアルカさんが強いってことだけね」
「………」
私は公定しません。
「魔物も倒せる。盗賊も撃退できる。それで強くないわけないじゃない」
「私は強くなんてありませんよ。ただ、その時にできることをしただけですから。ダメだったときはそれまでです」
思わず、俯いてしまいます。本当に強いのなら、昔も大丈夫だったはずです…。
「………」
「………」
沈黙が続いてしまいましたね。どうしましょう?
「お風呂です」
こうなれば、人が居ても構いません。私の方から誘ってみましょう。
「いいの?今の時間だと人多いわよ?」
「いいのです。行きましょう」
あ、着替えを出すのを忘れていました。
「準備をするので少し待ってください」
そう言って、右手を広げるように動かします。着替えを出しているのですよ?
「準備できました」
言い終わった直後、右手に就寝時に着る服を持っていると。
「……空間魔法?」
セシリーさんが珍しい物をみたという目でこちらを見ています。
「です。旅の手荷物が減るので便利ですよね。物をいつでも収納できますから」
当然のことですという顔をしていると。
「普通はそんな魔法使えないわよ……」
「え……?」
「使えません。魔法の超上級レベルじゃないの……」
セシリーさんがまたも頭を抱えています。あれ?空間に物を収納できるのって普通じゃないの…?
補足説明をここでしますね。この世界の魔法は無、光、闇、火、水、風、土の7つの属性が存在します。私が今使ったのは無属性の魔法です。本来は空間魔法という種類なのですが、無属性の派生ですのでここでは割愛しますね。
「そうなのですか?日常の魔法と思っていましたけど」
「そんな日常はありません!」
怒られました……。私、本気で泣きますよ?
「どうして、ここまで常識がないのかしら……」
セシリーさん、さらりと酷い事言いますね。
「ルリアルカさん、空間魔法が使えるとバレないようにしてね?面倒なことに巻き込まれるから。……他にも色々ありそうね。私で対応しきれるかしら?」
さらに追い打ちが入ります。あ、ダメです、目元が熱くなってきました。
「どうすれば、ルリアルカさんを普通の人に見えるようにできるかしら……」
「うぅ……」
泣いてしまいました。ええ、無理です。さすがに耐えれません。
「え……」
私の頬に流れている涙を見てセシリーさん完全に止まりました。
「うぅ……。セシリーさん、酷いですよ……」
「ご、ごめん!泣かせるつもりなんて本当にないのよ!?ただ、ルリアルカさんがこのまま生きていくと無条件ですごい事に……」
「……さらに追い打ちなんて。酷いです。酷いですよー!」
「いや、だって!?ああ、もう!」
セシリーさんが叫びます。
「ルリアルカさん、ごめんね。本当にごめんなさい!」
深々と頭を下げられます。
「いいです……。私は非常識の中で生きてますから……。うぅ……」
泣いて拗ねてあげます!
「私なんか一般常識なくて、何も知らなくて、何もないのですよ!」
私が泣き叫び、セシリーさんが大慌てでフォローに入るも追い打ち発言をする。そのようなやり取りがしばらく続いたあと。
「むー」
私は盛大に拗ねました。泣くのはやめましたよ?子供じゃないんだから拗ねない?知りませんそんなこと!
「落ち着いてくれたかしら…?」
「落ち着いてます。拗ねてるだけです」
「もう…」
セシリーさんが頭を撫でてきました。
「ルリアルカさん、宿代は気にせずにここで色々と覚えていかない?」
「むー」
「今まで覚えるきっかけがなかったのよ。そうじゃないと、ここまでひど……こほん」
「…きっかけですか?」
人と関わりを持たないように生きていましたから、今後も覚える予定はないのですが。それと、最後はきっちり聞こえましたよ?
「ええ。別に変わらなくてもいいの。ただ、知っているだけでいいわ」
真剣に言われました。私の本心が言い辛いです。
「私が教えてあげる。って、そこまで偉くはないけど……。それでも、ルリアルカさんには今よりも違った道を進んで欲しいの」
「…そうですか」
島の家族以外、ここまで気にしてくれる人は居ませんでした。ちょっと嬉しいですね。
「聞くだけですよ」
「うん。それだけでもいいの」
ここまで言ってくれるのです。色々学ぶのも悪くないかもですね。
「お風呂に行きましょう」
私はぽつりと言いました。
「泣いたので顔を洗いたいのもありますから」
「ごめんなさい……」
少しぐらい反撃もしますよ?
「案内するわね」
「はい」
何度やり取りを交わしたかわからない会話をし、部屋を出ます。あ、鍵を閉めないと。
「大浴場は本当に大きいから、くつろげるわよ」
「お風呂は好きです」
1時間ぐらいは平気で入りますからね。そう思いながら歩いていくと、大浴場と書かれた看板が目に入ります。看板も大きいですね。
「脱いだ服をこの棚に入れてね。あ、宿屋で洗うこともできるから。こちらで服を洗えばいいかな?」
セシリーさんの決定事項が増えました。私だって洗濯ぐらいはできますよ?でも、今はお風呂です。ゆったりとくつろげる空間が目の前にあるのです!
「早くお湯に浸かりたいたいです」
そう言って、ワンピースを脱ぎます。下着姿になりますが。あれ?
「…ルリアルカさん、胸に巻いてるのはなに?」
「布ですよ?長い布を巻いていると楽ですから」
「下着をちゃんと買いなさい!」
「私の島だと女性でもこういう…」
「か・い・な・さ・い!」
「はい……」
私、また泣いてしまいそうです。島だと本当にこうなのですよ?
「う……」
突然、セシリーさんが変な声を出しました。何かあったのかな?
気にせずにそのまま布を外していきました。
「負けてる……」
肩を落とすセシリーさん。何か勝負しましたか?
「何が負けてるのかわかりませんけど?」
「それよ!」
布を外し終わった、私の胸を指さします。胸の大きさ?そんなに重要なことなのですか?
私が首を傾げていると。
「私の方が背は高いわよね」
「ですね。10cm以上違う気がします」
「それでも負けるのって何かね……」
「女性の価値は胸で決まるのですか?」
下着も棚に入れ、セシリーさんに尋ねますが、私は違う方向を見ています。
お風呂が私を呼んでいるのです。
「それはないわ。ただ、私がへこんだだけよ」
セシリーさんも服を脱ぎ終え棚にしまいます。
ふと目に映りました。綺麗な姿です。空の様な青い髪も綺麗です。
私がじーっとセシリーさんを眺めていると。
「ど、どうしたの?」
「いえ、綺麗だなーと思いまして」
「ええ!?」
「では、お風呂に入りましょう」
慌てている、セシリーさんを置いてお風呂場に進みます。浴場のドアを開けると見事な空間でした。
思い切りくつろげそうです。
「えっとシャワーか、お湯を浴びないとー」
見渡しながら探してみるとシャワーがありました。高さ的に私にはうれしいですね。
蛇口を捻り頭からシャワーを浴びていると。
「きゃっ!?」
と悲鳴が聞こえました。今の声は、セシリーさんですよね。
声の方に振り返ります。
「ルリアルカさん、怖いわそれ……」
少し青い顔をして言われます。私が怖い?別にシャワーを浴びているだけですよ?後ろ髪は足元までの長さがありますから、少し動くと身体に張り付きますけど。
「うん……。真っ黒い棒みたいね……。女性だとはわかるけど」
「酷い言われようです……」
全身に髪がまとわりついているので、黒い服のように見えているのかもですね。
そのままの状態で湯船に向かい、浸かります。いい湯加減です。
「ふぅ……」
お湯に浸かって一息ついた途端。またもや悲鳴が聞こえました。お風呂はゆっくりする場所ですよ?
「ルリアルカさん、お化けと勘違いされたことってない?」
湯船に浸かると髪が当然浮き上がります。広がるようにぶわーっと。
「ないと思います」
「気にしたら疲れそう……」
セシリーさんも湯船に浸かります。少し熱そうですね。
ふと、前髪をかきあげ、後ろに向けました。
「ルリアルカさんの顔、初めてみたわ。薄い赤い色の目をしているのね。人形みたい」
「私は人ですよ」
「前髪、切ったらいいのに。可愛いのに勿体ないわよ?」
「そういうのは気にしませんから」
興味なさげに言い、お湯に浸かっていると。
「残念美人って、ルリアルカさんの様な人を言うのかしら?」
「泣きますよ……?」
湯船でくつろぎながら、会話が続きます。悪くないですね。
人とまともに話すのも久々ですが、明るく楽しいです。泣かされたのは横に置いてしまいましょう。
私は色々なことを思い浮かべながらもお湯に浸かります。あれ?セシリーさんの様子が変ですね。
「ごめん、ルリアルカさん……。のぼせたわ……」
「え……」
セシリーさんが湯船に沈みます。え?ええ!?まだ1時間ちょっとしか浸かってませんよ!?
「ダメです!セシリーさん、お風呂は溺れる場所ではありません!」
沈んでいくセシリーさんを引き起こし、湯船から立ち上がります。
もう少し浸かりたいですが無理ですね。
セシリーさんを抱え、浴場から私は出ました。
ルリアルカの感情の起伏は激しいです。これは家族以外、触れ合うことがなかったのが原因でもあります。
身長は160cmに届くか届かないかという高さです。セシリーは高い方になりますので、170cm程となります。
見た目は美人よりも可愛いのですが、表情を隠す前髪のせいで全てを台無しにしています。
セシリーが言った「残念美人」はここに当てはまります。
次回の更新も書き終わり次第の更新となります。