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影の行進

作者: オムニバス

頑張って書きました

哉太は学校から戻ると二階へ上がり、ベットにダイブした。時計は四時を回り、日差しはだいぶ和らいでいる。「はぁ…」哉太は一つ小さなため息を吐くとクローゼットの方をじっと見つめた。あと1時間もしないうちに始まる塾の事を考えると気が重い。いっそ時間が止まれば良いのに、そんな思いで哉太はひたすらクローゼットを見続けた。


すると、不意に影が沸き立ったように見えた。


比喩でも誇張でも無い。


哉太は背こそまだ小学生と変わらないが、今年中学生になった。当然、影が沸き立つ何ていうオカルトを信じる年齢ではない。でも、壁に埋め込まれたクローゼットにさす影が煙のように空気中に溶け出すように見えたのは確かな事だった


だいぶ疲れてるな、哉太はそう思って目を擦った。


そして、今日学校で起きた事を反芻し、何の気なしに再びクローゼットの方へ目を向けた。


すると、落ち着きを取り戻したように見えた影は、忍び寄るように光に照らされた壁を侵食しはじめた。


「嘘でだろ……」哉太は思わず息を飲んだ、しかしその物理的にはあり得ない現象を、精神は当然のことの様に処理しようとしていた。


そして、哉太はクローゼットの影を黙って見続けていた。


影はうねる波の様に壁の上をぐんぐん進み続け、次第にその面積を増やしていく


哉太は最初のうちこそ動く影に、その影の異様なスピードに、恐怖をを感じていたが、その恐怖は数分後には好奇心に飲み込まれつつあった。


そしてついには、影の動きを小気味好く感じるほどにまでなったのであった。



随分と長く静寂がそこにはあった。哉太は息をするのも忘れて影を見続けた。


そして、次に息を吐いた時、吐息と共に狂喜にも似た感情が漏れでたのを感じた。首の後ろに汗が垂れてきているのがわかった。


影はもうクローゼット全体を覆い、そればかりか光の元凶を討伐する様に天井に向かい始めていた。


哉太はふと、この影が最終的にどうなるだろうか、と漠然とした疑問が浮かんだ。それは期待や未知に怯える感情に加え一抹の寂しさを含んだ疑問だった。


影は上に向かって進んだか、そのスピードはさっき迄の波の様な勢いはなく、それはさながら、統率の取れていないブリキの兵隊達が重い頭を揺らして行進する様な愉快さがあった。そしてそれは哉太を一層寂しくさせた。


影は天井の丸い蛍光灯をぐるりと囲みこんで行進をやめると、時折、風に吹かれる稲畑の様に揺れた。


哉太はこの時間が永遠に続く気がした。続いて欲しいと願った。


部屋にはもうほとんど光はなかったが、電気スタンドの様な蛍光灯の下は、寝っ転がっても本が読めるぐらいには明るい様に感じた。


そうだ新書を読もう。重くて角ばってて、殴ったら人も殺せそうなやつがいい。


そして、実際に本をとりだすため、体を起こそうとしたその時、哉太は異変に気付いた。


体が動かない。


どうやっても動かない。哉太はもう一度力を込めようとして、どうやれば良いかが分からなくなった。


どうして、こんな簡単な事が出来ないのか。もしかしたら、簡単な事だから出来ないのかもしれないと哉太は思った。


試しに数学の公式について考えてみると、何の問題もなく簡単に思い出せた。


そうか、理由が無いから動かないのか、哉太は納得したが、どうしたらいいかは見当もつかない。


体が動かないと、もしかしたら本当にずっとこのままかもしれない。哉太はそう思うと、急に影が恐ろしく見えてきた。


こいつらは僕をどうする気だろうかと、哉太は考えた。動けなくして、閉じ込めて、どうするんだろうか。殺す気だろうか。哉太は叫びたかった、でもどうやっても声は出なかった。


物音ひとつしない空間で、哉太は心の中で呟いた。「大丈夫、大丈夫」哉太は心の中でそれを繰り返していた。


影は相変わらず動かず、時折揺れた。


そして、哉太が祈りのような呟きを7回繰り返して、8回目に差し掛かったところで、遂に影は蛍光灯の光を侵食し始めた。


やばい、哉太は本能的にそう思った。


もうあと、1分もかからずに影は蛍光灯を飲み込んでしまうだろう。


そうなれば本当の暗闇になる。


「助けて」哉太は思わず心の中でそう叫んだ。


しかし、とうとう光は見えなくなって、完全に消えてしまった。


パッと最初から何も無かったように、何も見えない。哉太はその事が怖くてたまらなかった。


ああ、もうだめだ。ついに、恐怖で涙が溢れた。その時だった。


ガチャ、玄関のドアの開く音。


「ただいま。哉太?哉太、まさか居るの。今日塾の日よ」


その声は影をさいて哉太に届いた。


そしてその声が届くとほぼ同時に、哉太は跳ね起きていた。影は一瞬にして姿を消して、いつも通りの場所に逃げ戻った。


起き上がった哉太は、自分が異常な汗のかき方をしている事に気付き、その荒い息にも驚いた。


声の主は母で間違いない。


パートから帰って来たところで、いるはずの無い息子が、まだ家に中に居る事に気付いて声をかけたのだと哉太は理解した。


「哉太、寝てるの?入るわよ」


母はそう言って部屋のドアを何の許可も得ないままに開けた。


「哉太、起きてるの、今日塾よ、時間、もう始まってるでしょ」


塾、そうだ今日は塾が有ったんだ。哉太は一気に現実に引き戻された。時計を見ると、もうとっくに授業の始まる時間を過ぎていた。


「哉太、早く準備して行きなさい、もう本当にあんたは、ボーとして。あら、どうしたの、あんた泣いてるの?」


「泣いてないよ。欠伸しただけ。」


言い当てられたのが何だか決まり悪いように感じて、哉太は咄嗟にごまかした。


塾に行かなきゃ、何故かそう思った。


その日は結局、塾で怒られ、家で怒鳴られ、散々だった。父は時間には人一倍厳しい人で、余計に怒られた。1時間半徹底的に怒られ、見たかったテレビ番組を見損ねる羽目になった。


そして、布団に入って目をとじたとき、ようやく安堵のため息が漏れた。それは同時にこのとても長い1日の終わり意味するような長い溜息だった。


そしてその夜、哉太は夢を見なかった。





あれから五年が経とうとしている。哉太は今年大学生になった。この五年間で、哉太は身長がぐんと伸びで父を抜いた。


しかし、考えると未だに手から汗が吹き出るあの影の事は今も、誰にも話せていない秘密になっている。

感想お待ちしてます( ̄^ ̄)ゞ

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