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第三部 二 にばんめのひと

 高校を卒業して二年で高校の学年全体の同窓会が開催されるのは、一応名門に当たる我が出身校が「OBのつながり」を大事にする校風を維持するためだそうだ。昔は企業で大学の学閥というのが幅をきかせていて、この私立高校の学閥というものもあったらしい。

 同窓会の会場は、高校に近い副都心の駅前にあるシティホテル一階レストラン。思いの外広い店内が立食スタイルにしつらえられている。高校のクラスは学年に七組だった。各クラスから半分ずつの人が来たとして百四十人になるが、見た感じ、そのくらいの人数は来ていそうだ。

 由が来ないのは残念だが、私は懐かしい友人と再会しては喜び、はしゃいだ。昔、由のことが好きで、東京ドームに野球に行くきっかけをつくってくれたクラスメイトの馬場くんも来ていた。馬場くんは案の定というか、「木崎さんは?」と聞いてきた。私は無難に「彼女も忙しくて」と言っておいた。「彼女は今もエネルギッシュなんだろうね」と、馬場くんは懐かしそうな顔をした。

 部活の友人、委員会の友人、クラスの友人……フォークダンスのように次々相手を変えてしゃべって回り、少し落ち着いた頃、会場の入口に意外な人影を見つけた。反射的に私はそこへと向かっていた。

 いささか気まずそうな顔で、小川くんが立っていた。

「えーっ! 来ないって言ってたのに、来たんだ!」

 私が明るく声をかけると、小川くんは居心地の悪そうな表情で「うーん……」と歯切れの悪い返事をした。そんな表情を見たのは初めてで、私はなぜかすごくドキドキした。何か話をしなきゃいけない気がしたので、つい聞いた。

「なんでまた、どういう風の吹き回し?」

 小川くんはわずかに驚いた顔になって、パチパチッとまばたきをしてから答えた。

「園田さんも来てるでしょ? 俺だけ理由が必要?」

「だって、絶対来ないって言ってたのに」

「気が変わったっていいでしょ、俺、けっこう気まぐれなの」

 ウソだあ。小川くんが気まぐれだなんて、感じたことない。私は「馬場くんも来てるよ!」と言いながら、袖を引くこともなく雰囲気だけで小川くんを引っ張っていった。

「おー、おまえはこういうの、来ないと思ってたわー」

 馬場くんに歓迎されて、やっと小川くんが笑顔になった。元クラスメイトたちに、私と小川くんはお互いに指さし合って「大学が一緒だったんだよ」と言った。小川くんは結局とても楽しそうで、やっぱりわからない人だなと思った。人懐っこくて可愛い人なのに、踏み込ませないし踏み込まない。気まぐれだなんてさっき自分のことを言っていたけれど、むしろそういう様子を見せてくれたほうが安心できるのに、隙がない。

 なぜ小川くんは来たんだろう。そこに私の影響を探したかった。「どういう風の吹き回し?」「園田さんも来てるでしょ」というやりとりは「キミが来ているから、僕も来たんだよ」という意味にはならないだろうか。

 同窓会が終わって、クラスの仲間は固まって会場を出た。同窓会に来たのは十七人。四十人のクラスだったのに案外少ない。会は、開始が十七時で二時間半設定だったから、もう十九時半。でもこれから飲みに行くにはちょうどいい時刻。

「よーし二次会行こうぜ、二次会」

 馬場くんが場を仕切る。まさに適役。何人かは輪を外れて帰ったけれど、私は当然二次会に行くつもりだった。小川くんは……とさりげなく視線で追った。

「馬場、……せっかくだけど俺、帰るね」

 彼は遠慮がちの笑顔で馬場くんに言った。私はその声をキャッチしてガッカリした。

「えー、マジかよー」

「いや今日は、元々来るつもりもなかったし、ちょっと」

 小声の押し問答の後、小川くんはすいっと無言で輪を離れた。みんなはそれぞれしゃべっていて、誰もそれに気付かなかった。私だけが彼の背中を目で追った。

 帰っちゃうんだ。私、二次会では、できれば小川くんの隣に座りたかったのに。

 帰っちゃうんだ。なんでだろう。なら、なんで来たんだろう。来たんだったらなんで帰るんだろう。

 今なら間に合う。私は意を決して、友人たちと馬場くんに言った。

「ああ、そういえばちょっと……今日は、二次会はヤメとく。また会おうね」

 そして踵を返して小川くんの後を追った。ミエミエかもしれない。小川くんがいなくなった途端、二次会に行くのを中止して後を追ったようにしか見えない。だけど構うもんか。

 早足と小走りで駅に向かったら割とすぐに追いついた。

「小川くん」

 夜の繁華街の雑踏に負けないように声をかけた。彼は一瞬、自分の耳に入ってきた言葉と音を再確認するように首をかすかに傾け、それから振り返ってくれた。

「小川くん」

 私は自分の所在を知らせるためにもう一度呼びかけて、彼と目が合ってから近くへ歩み寄った。

「帰っちゃうの?」

「うん、元々過去を振り返るのは好きなほうじゃないから」

 わずかに含みを持たせた彼の口調で、私はあいまいな不安にとらわれた。その気配を察してか小川くんはいつもの優しい表情に変わった。

「園田さんは同窓会好きなんでしょ、なんで二次会行かないの」

 あなたが、こっちに来たからだよ。

「邪魔だった? 声、かけないほうがよかったかな」

 なんでという問いへの答えは言えなかったから、こう返した。問いとも言えない問いへの小川くんからの答えもなかった。そのまま黙って駅へ向かった。沈黙は重いものではなく、静かなものだった。

 駅に入り、改札が近づくと、柱の陰に寄って彼は立ち止まった。私も通行の妨げにならない位置にすっと入った。彼は改札に向かっていく人波を見ていた。

「なんで、園田さんって、俺と縁があるんだろうね」

 呟かれた言葉で、彼も奇妙なつながりを感じていたのだと初めてわかった。

「……ここからだと乗り換えだけど、少し歩いた駅からだったら一本で帰れるよ」

 そう言うと小川くんは穏やかに微笑んだ。

「俺はそっちまで歩いてから帰る。一緒に来る?」

 そりゃあもちろん。でも、小川くんの雰囲気がいつもと違う。

「うん、まだ夜も浅いし、ゆっくり歩いて帰ろう」

 私が答えると彼はまた人波の流れに戻り、ただし改札には向かわずに、私を伴って駅の向こうへと抜けた。しばらく歩いて繁華街を越えると静かな道に出た。ぽつぽつと人は歩いているけれどその間隔はまばらで、私たちは幾分二人っきりな気配だった。私はその状況を「いいムード」だと思っていた。でも、そうではなかった。

「――園田さん、サークルで、彼氏できたよね」

 突然小川くんにそんなことを言われて私は飛び上がった。

「えっ! なんで!」

「いや、校内でいつも同じ人と一緒にいたし……学食で、その人とサークル席にいるのも見たし……あ、サークルの人なんだな、と思って」

 もちろん自分でも「小川くんはこの様子を見たらどう思うだろう」と何度も思った記憶があったし、気付かれていても当たり前だ。ただしそれは一年以上前の話だけど。

「正直、寂しいような気もしたけど、ホッともした。秋、……サッカー見に行ってから連絡しなくなったの、まずかったかなと思ったりもしてて……」

 えっ、何。何の話。これまであいまいだった私と彼の関係を何かの形にしていくような言葉。私に彼氏がいたら小川くんが寂しいなんてことがあるの? サッカーの後に連絡が途絶えたことにも意志や意図があったの? それも、恋愛的な意味での意図が。

 私は動揺して、「もう荘内先輩とは別れた」という話をしそこねてしまった。でもそんなことは目下あまり意味がないらしい。私は神妙に話を聞き続けた。

「園田さんが俺のことどういうふうに思ってるのかなって、けっこう気にしてたんだよ。俺自身、恋愛でもいいかなとか、いろいろ、考えてキミに会ったりもした。でも結局――自分がハッキリしないなって思って……あのサッカーの時に、このままは良くないなって思ったから、一回自分をリセットすることにした。園田さんも、なんか、俺は違うなって思ったんでしょ? あれから連絡くれなくなったから」

 衝撃の告白だった。この人、私と恋愛する気もあったんだ。あのとらえどころのない態度で。でもそれ以上に……やっぱりあの日、「なんか、違う」とお互いに思ったし、お互いに理解したのは確かで、それはなんだったんだろう。

「その後、園田さんに彼氏ができたみたいだったから、ああ、俺、失礼しないで済んだんだなー、よかったなーって思って」

 人はそうそう「何も考えていない」なんてことはない。私の心の中では大量の思いがいつも蠢いていた。それはどうやら彼もそうだった。

 一つも返事をしないのはおかしいから、漠然とした言葉だけを返した。

「……そうなんだ。私たちのこの変な縁が、なんなんだろう……って思うことは時々、あったけど、やっぱりなんだか、ハッキリしなかったから……」

 本当は高校のときからずっと惹かれているのに、なぜか一番好きにはならないひと。情熱がたぎらない穏やかな憧れ。ずっとずっと大好きなのに……。

 小川くんは静かな口調で続けた。

「園田さんにはもっと、俺のことを少しくらいは、説明っていうか、話しておきたくて……でも、もう帰りたい?」

 私は答える代わりに話す場所を求めて視線を左右に迷わせた。私より背の高い彼が、その気配を察して視線を走らせて少し先の公園を見つけた。

 小川くんが指で公園を指して「寄る?」か「座る?」かの無言の問いかけをしてきて、私はうなずいた。二人で公園に入っていった。外灯も明るく、不審者の姿もなくて安心して話ができそうだった。由の告白をブランコで聞いた日を思い出した。小川くんは何を話してくれるんだろう。

 ベンチに並んで座った。ちょっと他人な距離。この距離が今の私たちの距離。

「高校の時、馬場が、俺のこと恋愛しないとか恋愛に興味ないとか言ってた……って言ってたよね。それは多分、園田さんが木崎さんと仲がよかったから、馬場が『木崎さんが小川のほうに興味を持ったら困る、園田さんにこう言っておけば木崎さんにも伝わるだろう』とか思ったんじゃない。あいつ当時、やたら焦ってたから。俺は別にずっと普通の人だし、……まあちょっと正直に言っちゃうと野球行った時、馬場が木崎さんなら俺は園田さんでいいな、なんて思ったりもしたし」

 ええ! だったらそういう態度をしてほしかった……。私が呆然としていると、小川くんは苦笑した。

「高校生が夜の時間に何かに誘ってもなーってちょっと迷ってたら、園田さん、あっさり『帰ろうか』って言ったよね。はい終了、って俺そこでガッカリしたんだけど」

「ウソ! 私のほうが帰ろうとか言ったっけ?」

「俺は言ってないよ、帰ろうって言ったの、そっちだよ」

 全然記憶にない。あの時、小川くんに全然その気がないと思い知らされた気がするけど、その中に「彼が先に帰ろうと言った」というイメージもあるのだが……。その頃の記憶はもうちゃんとした形では残っていない。私の記憶違い、そして大いなるミスだったのか。

「大学でまた会って、やっぱりアリかもなーって思ったし、だから映画も誘ったでしょ?」

 けっこうイイコトを言われている気がする。でも、小川くんは私に今も彼氏がいる前提で話している。どこだろう、この彼の話の終着点は。

「園田さん、相槌くらいうってよ。俺、なんか恥ずかしくなっちゃうんだけど……」

 彼に言われて、まばたきしながら隣を見たら、やっぱり可愛いまなざしがあった。いや、でも、あなたの話の行方が見えないから、どういう顔をして聞いたらいいのか……。

「あの、うん、ゴメン。あの、基本的に、今言われてることが、大半こっちも同じだから、なんというか、ちょっと動揺してて。高校の時、私、由には言わなかったけど内心小川くんいいなーってホントは思ってて、大学で見かけたときも超ラッキーって思ったし、その」

 しどろもどろに答えたら、小川くんは優しく微笑んだ。こんな会話をしている状況下でよく落ち着いて笑えるなと思った。

「そうなんだー。その時、ちょっとどっちかが勇気出してたら、どうなってたかわからないんだねー」

 気軽におっしゃる。でもお互いにそこまで好きじゃなかったということだ。

「でも肝心のところで縁がないよね、俺たち」

 そう言って彼は脚を前に投げ出して空を見上げた。月明かりが私たちを照らしている。その時のその空間は、私に「彼氏とはもう別れた」という言葉を出させなかった。もしその話をしたとしても、その次に、彼に好きだとか何とか告白するわけではない。

「結局、君と縁がない理由っていうのが、多分俺のせいだったと思うんだよね。それで、――今日、またこうして二人になれたから、いろんなこと、話したくて。園田さんはなんか、知る権利があるっていうか、俺の事情を教えておかないと、この変な態度とか行動とか、嫌われちゃうよなと思って……」

 それから長い間があって、小川くんはまた語りはじめた。

「まだ全然幼稚な頃、ガキみたいな頃の話だよ。俺に恋愛相談を持ちかけてくる女の子がいたのね。俺の親しい友人に気持ちを伝えてくれ、的な話。面倒だったけど、その子に面倒だとは言えないし、友人との関係ってものもあるじゃない。だから俺、ちゃんと相談聞いてやってたわけ。結局その二人はダメだったんだけど、それからも、その女の子がいろいろと相談してくるの。俺は信頼できる、とか言って。さらに誕生日にプレゼント持ってきたり、バレンタインにチョコ持ってきたり、するわけ。相談とか言って呼び出されて相談なんて何もなかったり。……俺も普通の男だから、勘違いだってするよね、コイツ俺のこと好きなんじゃないのって。で……こっちから告白したら、そんなつもりなかったって。おいおい、ふざけるなよって思ったけど、おとなしく引き下がったよ。そしたら……」

 私はただただ黙って聞いた。小川くんが自分のことをこんなにたくさんしゃべっている。この瞬間は奇跡だ。

「次の誕生日にもね、ちゃーんとプレゼントが来るの。俺の家まで渡しに来て、俺、何しに来たのって言っちゃったよ。そしたら、これだけ、って渡して帰ってった。意味わかんねーって思ったら、それからもなんかちょこちょこメール寄越したりしてきて……。ホントに俺、バカだって思うけど、やっぱりその子に未練があって、連絡とっちゃうんだよね。好きなような、腹が立つような気持ちでずっと関わってて……そしたら、ある日、『失恋したから、会いたい』だって。何、それ。他に好きな男いたんじゃん。そういえばクリスマスだったなー。クリスマスイブ直前くらいに連絡あって、イブのデートの誘いかと思って電話取ったら、そんな話だった。で、イブに会って、好きな男の話、ずーっと聞いてやって、彼女は少し元気が出たって笑顔で帰っていった。なんだそれ」

 その女の子もすごいけど、小川くん……あなた、バカだと思う。いい人すぎると思う。優しい人。でも、言われてみれば、そういうあったかさ……私も知ってた気がするな。

「バレンタインも、会って渡したいけど、会えなければ送るねって言われて。さすがにもう清算しようと思って断絶するつもりで会いに行ったら、悲しい顔して、会いたかったとか言われて……俺、結局普通にデートして、チョコもらって帰ってきた。

 それからも、連絡取ったり、会ったりして……また告白もしたよ。でもあなたは違うとか言われて、じゃあもう会えないよって言ったら、それは嫌だって言うの。そしたら次の夏かなんかには、彼氏ができたーって連絡が来た。さすがにキレて返事しなかった。『怒ってる?』だって。怒るとか、そういうレベルじゃないよね。二度と連絡してくんなって返信して、ケータイメールは拒否にしたんだけど――ケータイ番号は……変えたら園田さんと連絡がつかなくなるんだなーって思ったら、変更できなかった。園田さんに対しては、やっぱり、なんだか縁を切りたくないみたいな気持ちがずっとあって……」

 私は彼の横顔をじっと見ていた。何やってるのと糾弾していた。だったら私でよかったじゃない……と思った。

 サッカー場でのあの不思議な気配も、結局は不思議なことではなく、きっと説明がつくんだろうと思って、私は彼に問いかけた。

「サッカー見に行った時は、……その人とは、どういう状況だったの?」

「俺、実は、その彼女に園田さんのことを、付き合おうかなと思ってる人がいるから……って言ってたの。半分は彼女への当てつけかもしれないけど、半分以上は、ホントに園田さんならいいって思って。でも……みっともない話だけど、その後結局、ケータイメールの彼女への拒否は解除しちゃってて、それで……行く日付教えたりしたわけじゃないのに、スタジアムにいる時に、その子からメールが来た。すぐには見なかったけど、園田さんが後半に席を立った時に、誰からかなと思って見たら、彼女からで……『離れていくのは寂しい』って。返事は出さなかったけど、俺はそれで……少なくとも、園田さんに対して失礼だよなと思って、次に誘うならちゃんとしてからって、それでそれからは君に連絡しなかったんだけど……」

 最後のところはウソだなと思った。メールを見て、小川くんは私でなく彼女を好きな自分に気がついたんだと思う。私はそれを察したんだろうか。それともその瞬間、縁が切れたんだろうか。あの時「空気が変わった」理由はわかった。

「……じゃあ、今も、その子と微妙な関係が続いてるってこと?」

 私の問いかけは静かだった。本当は笑いだしたい気分だった。でも今笑うのは失礼だから静かに聞いた。

「彼氏と別れたって連絡してきたとき、最後のつもりでまた告白した。でも、やっぱり俺は違うんだって。だったら連絡してくるな、金輪際関わるなって言って、またメールは拒否にしたし、電話も出ないようにした。そしたら、しばらく経って、留守番電話に『彼氏ができました』って入ってた……。いい加減にしろよと思ったけど、電話したりメールしたり、したらあっちの思う壺だから、俺はもう二度と彼女とは関わらない」

 でも電話番号は変えないんだね、と私は思った。私との縁を切りたくないなら、番号とケータイメールを変えて、私にちゃんと連絡先を伝えればいい。なのに今も番号を変えていないのは、そんな言い訳をして、彼女のこと、断ち切りたくないんだと感じた。

「以上、バカな男の身の上話でした。俺がこんなだから、園田さんを振り回すことになっちゃったかな……と思ったんだけど、サークルで彼氏ができたみたいだったから、本当によかったと思った。でも俺だって、それなりに園田さんのこと、好きは好きだったんだよ。君から見ると、俺はその気があるのか、ないのか、だいぶ失礼な奴に見えるだろうなってずっと気にしてた。今日、説明できてよかった。彼氏とお幸せにね」

 私は静かに「ありがとう」と答え、彼が立ち上がるのに合わせて立ち上がり、彼に笑顔を向けてみせた。そして明るく会話をしながら駅まで一緒に歩き、別方向の電車に乗った。

 一人になってから、私はおかしくてずっと笑っていた。多分電車の他の乗客からはものすごく嬉しそうにニコニコして見えたと思う。私の心は自分への嘲笑でいっぱいだった。笑えて笑えてどうしようもなかった。

『俺だって、それなりに園田さんのこと、好きは好きだったんだよ』

 そうだよね。世の中はたいがい、お互い様。

 私は、自分が彼を「にばんめに好き」なんだと思っていた。

 そうじゃなかった。「二番目」だったのは私だった。

 どんなに私が小川くんに近づいても、そもそも無理だったんだ。彼にはずっと好きな人がいた。

 今度こそ小川くんと恋が始まるのかもしれないと思った。あるいは、他の恋をしても小川くんはその位置にいてくれると思っていた。

 それなりに好きでいてくれたのは嬉しい。ただ、お互い様だった。二番目なんて思ってゴメンと、後ろめたく思いつつも結果として彼をやや軽んじていた面はあったと思う。見事なしっぺ返し。私にとって彼が一番だった瞬間はあるのに、多分彼の中で私が一番になったことはない。

「それなりに好き……か」

 電車を降りて、一人の夜道で声に出して笑った。

 そしておそらくはその一番の彼女をまだ忘れていないであろう小川くんのことを、私は、心のずっとずっと奥底に沈めていった。

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