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What do you mean?

作者: 三ッ矢渚

拗らせ女と一人相撲な男の話ができました。書いてくうちに主人公がネガティヴに…何故だろう。誤字脱字、感想ありましたら教えてください。続編も思いついたら書くかも。

『だって俺、梨穂子のこと好きだもん』


ただのうわ言だってわかっちゃいるけど。意味なんてないことも知ってるけど。


バカな私はどうしたって、8年も、この言葉を忘れられずにいる。






「あのさあ、私明日も仕事だって言ってんじゃん」

『夜なら空いてるでしょ? 俺も仕事だし』

「金曜日だよ? 取引先に誘われたらそっち行かなきゃだし」

『えー。俺、梨穂子に会いたいよ?』


その言葉に頭が痛い気がして、指で眉間をもみほぐす。大体、私はまだ家にすら帰れていない。絶賛残業中なのだ。目の前のパソコンには作成途中のエクセルが開いたままだし、今日の商談の報告書類もまだ上がっていない。


デスクの上の電波時計は21時を示しているし、会社から家まで最低でも1時間はかかるし、一刻も早く作業に戻りたいのに電話先の男は呑気に駄々をこねてるし。



『梨穂子。ねえ、お願い』

「嫌よ。金曜日ぐらい休ませてよ」

『ねえ、梨穂子。好きだからお願い』

「だからさあ! 好きとか言わないでくれる。うっとおしい」

『うわ、冷たい』


キツイ言葉がつらつらと出るのは年の功というやつだ。顔の赤みはいくつになっても隠せないけど。


電話越しは吐息の音まで聞こえるもので、奴の低めの柔らかい声と合わさると無駄な殺傷力を持ちやがるのだ。長年の経験で耐性は出来ても慣れることはない。非常に腹立たしい。


大体、私と奴は恋人でも婚約者でもなんでもない。ただの高校から大学、果ては職場の最寄駅まで一緒という腐れ縁の関係だ。決して毎日会うような関係でもないし、こうやって電話し合うような関係でもない。ただ、奴は月に数度、思い出したかのように私に電話を寄越して強引に飲みに誘ってくる。


未だ多大な勘違いを生み続けているだろう、砂糖菓子のように甘い言葉を引っさげて。



「とにかく! 私は外であんたと飲むより、家で飲んでる方がよっぽど楽だし、好きなの!! しつこい!! まだ仕事あるから切るよ!!」

『え、待って梨穂、』


強引に電話をぶちりと切ると、電源を落とす。


これでもう邪魔はされないだろう。気合いを入れようと両頬を叩くと、再び私はパソコンの作業に没頭した。




奴と私の出会いは高校一年の時の席替えだった。クジで運良く窓側の一番後ろをゲットした私は、とてもホクホクしていたのに、隣に来た奴の顔を見た瞬間に思わず顔が固まった。


入学したての高校でもちょっとした騒ぎになる程、顔が無駄に整っているその男『藤堂 遥』は、私と目が合った瞬間にパアッとキラキラした顔をキラキラさせて、


『星海 梨穂子さんだよね! ずっと可愛い名前だなあって思ってたんだよね! 梨穂子ちゃんって呼んでいい?』


いきなり馴れ馴れしく訳分からないキラキラしたオーラを出して絡まれ、思わず顔が引きつったのも憶えている。これはあかん。私と住む世界が違うタイプだ。そんなキラキラした感じは目に毒だ。というか、クラスのキラキラ系女子からの視線も痛い。嫌だ。


『いや、あの、いきなりだし、ちょっと』

『うん。俺ずっと梨穂子ちゃんと仲良くなりたかったんだよね』

『うえ! あの、距離感近いね…』

『あ、ごめん! でも嬉しくて。梨穂子ちゃん可愛いし』


端から聞けばイタい台詞ばかりなのに、それすら使いこなすキラキラ人間に私はクラクラして、色々なことを諦めた。


そっからの3年間、いや、10年間。私は奴に絡まれ続けている。気づけばキラキラした女はほとんどが敵だし、男性は私が奴に絡まれてるのを見ればあっという間に逃げて行ってしまうし、彼氏ができてもすぐ喧嘩になって別れる。25歳の現在も彼氏なし。付き合ったのは最長でも3カ月。そのうち2カ月倦怠期。ちなみに奴はキラキラ星人なので、定期的に彼女がいたり、遊んだり、取っ替え引っ替えしてるらしい。腹立たしい。


それでも私の側に居続ける奴に、顔と頭が緩んでしまう自分をいっそ殺してしまいたい。期待なんてするもんじゃないのに。いつまでたってもそんな関係にはなれないのに。


25歳。仕事は楽しいけど、仕事だけじゃ寂しくなる年頃だ。




「星海さん、今夜空いてる?」


次の日の金曜日。週の最後ということで、一日中デスクに座り、来週の商談のスケジュールをまとめていた。私の仕事は掃除機の大手メーカーの販売営業で、各量販店の店長さんと商談を繰り返したり、売り場展開を確認したりして、その改善方法を提案していく仕事だ。


歩き回るから体力がいるし、女性だとなめられがちな仕事だけど、売り場のインテリアを考えたり、頭の固いおじさん達相手に上手いこと説得をしたりと、意外と楽しい面も多くある。大学を出て4年目。やっと大きめの売り場も任されるようになってきてとても嬉しい。


顔を上げると、柔和な顔をしたお兄さんがパソコン越しにこちらを見ていた。直属の上司でエリアリーダーの涼元さんだ。名前の通りいつも涼しげな爽やかイケメンで、量販店のおじさん達からの評判もいい。首をかしげると「飲み行こうよ」と言われ、昨日の電話を思い出し、思わず顔をしかめる。


「あれ。都合悪かった?」

「いや、そんなことないんですけど。嫌なこと思い出して」

「ふふっ。星海さんいつも冷静なのに珍しいね?」

「そうですかね? 結構頭の中はバタバタしてますけど」

「そうなんだ。あまり顔に出ないのかな? いいことだね」

「鉄仮面とでも言いたいんですか? 事実ですけど」

「いやいやそこまで言ってないからね?」


クスクスと笑う涼元さんは私の癒しだ。「じゃあ今日は定時にあがろうね」と頭を撫でられ思わず嬉しくなる。後3時間頑張れる。


奴のことは忘れていたことにしよう。どうせ会社の女の子とかに捕まってオシャレなバーとか行くんだろう。




「そういや星海さんってさ、恋人いるの?」


涼元さんと本当に定時までに仕事を終わらせ、会社にほど近い和食屋さんでビールを煽る。私も涼元さんもいわゆる居酒屋が苦手で、2人で飲むときは昼は定食屋さんをやっているような小さなところで飲むことが多い。ご飯も美味しいし。


思わず箸に持っていたてんぷらをポロっと落とすと涼元さんは吹き出して笑った。そんなに面白かっただろうか。


「本当に星海さんって表情変わらないけど、行動に全部出ちゃうよね」

「え。恥ずかしい…」

「いやいやチャームポイントだと思うよ? 素敵」


ニコニコしながら日本酒を飲む涼元さんはそれでも爽やかでカッコいい。しかもザルで、取引先の厄介な親父とかを酔い潰してタクシーで送る姿とか本当にカッコいいといつも思う。


「で、恋人いるの?」

「…いると思います?」

「ふふっ。じゃあいないんだね。もったいない」


何がもったいないのかわからなくて首をかしげると、涼元さんが意味ありげに眉を上げる。


「ほら、あんまり焦ってる様子もないからさ。他の子とかに比べると」

「…結婚ですか?」

「うん。だからてっきり彼氏でもいるのかと。あ、別に女性は結婚が全てとか思ってるわけじゃないよ。僕としても仕事続けてくれる方がありがたいわけだし。でも、プライベートも充実しててほしいなあって思うからさ」


その言葉に思わず唸る。確かに最近仕事しかしてないし、週末は家で寝るか酒飲むか弟に押し付けられたゲームするかとかしかしてない。


「なんか趣味とかあるの?」

「ないですね…」

「ふーん。じゃあ好きな芸能人がいたり?」

「いや、特に」

「じゃあ好きな人がいるんだ?」


何故か脳裏に奴の顔がチラついて、首を横に振る。涼元さんに「へえ」とニヤつかれて思わず顔が赤くなる。


なんだこの反応は。私は恋する乙女か。馬鹿か。いい大人にもなって。


でも正直涼元さんの言葉は図星で、結局私はもう8年間も奴の真意に期待して、忘れられずにいるのだ。




『りーほーこ。一緒に帰ろうよ』


私はスクールバッグに教科書を詰め込みながらふんっ、とそっぽを向いた。『梨穂子はかわいいなあ』という言葉に赤くなった自分が恥ずかしくなり、ますます向き合えなくなる。



高校三年生の2月。クラスのほとんどが進路も決まり、学校にいることも少なくなった頃。かくいう私も第一志望だった関東の私立大学が推薦で決まり、一人暮らしを始めるための準備をしていた。今日は久々の登校日で改めて書類関連の確認に職員室を尋ねたところ、ニヤニヤ笑いの担任にとんでもない爆弾を放り込まれたのだ。


『藤堂、お前と同じ大学に行くって一般受けて通ったらしいぞ。愛されてるなあ』


その瞬間、私は他人と進路について積極的にコミュニケーションをとらなかったことを後悔した。敢えて、誰にも教えなかったのだ。その頃にはもう、私は奴に対して嫌気がさしていた。懐いた犬か何かのように私を構い倒してくる奴のことが嫌だったし、それを見て遠巻きにしたり、攻撃に転じてくる周りも嫌だった。


決して、決して奴だけのせいではないのだけれど。周りの人間の視線や言葉が痛いほど刺さるし、気になる年齢だったのだ。キラキラ星人と私みたいな普通の人間が釣り合わないことなど百も承知だった。言われなくたってわかっている。わかっているのに、なんとなく構われるのが満更でもなかったり、一緒にいると顔が熱くなったりする自分に嫌気がさしていたのだ。だから、逃げるつもりだった。何からも。


冷たくしても、避けるようにしても奴の態度が変わることはなく、最終的に私は地元を出るという選択肢を選んだ。勿論、勉強したい分野ややりたいこととしてその大学に行きたかったのは勿論だが、後押しになったのは、もう離れたいという、その一心だったのだ。


だから、奴が地元の大学の推薦が決まりそうだと聞いたときは内心ホッとしたのに。同時に少し寂しかったのは気づかないふりをしたのに。なのに。



『梨穂子、マフラー落ちてるよ』


グルグルと適当に巻いて出て行こうとした私の肩を後ろから自然に掴んで、マフラーを整えてくれる。なんだこの遠慮のない関係は。私はもっと、距離のある関係で良かったのに。背を向けたまま真っ直ぐ廊下の方に向かおうとすると、今度は後ろから手を掴まれた。


『…なに、藤堂』

『梨穂子。遥って呼んでって言ってるでしょ』

『そんなんどうでもいいでしょ』

『よくないよ』


『全然、よくない』と掴んだ手にぎゅっと力をいれるそいつに胸の奥がきゅん、となる。ふざけんな。ふざけてる。コイツと私は何でもない。ただの知り合いだ。飼い犬に構いたくなるような感覚で私に絡んでるだけだ、しっかりしろ私。


掴まれた手をべりっと剥がし、真正面から目を見るように振り返る。相変わらずキラキラとした甘い顔が少し困ったような笑顔でそこにいる。


『何の用。私、もう帰るんだけど』

『うん、だから一緒帰ろう?』

『帰らないし。私、今日自転車だから』

『えぇー、じゃあニケツしようよ。俺漕ぐよ』

『嫌だ』

『冷たいなあ』


ニコニコと楽しそうに笑うその顔に、また少し、胸の奥が反応する。掻き消すように私は敢えてしかめっ面をした。


『…同じ大学ってどういうこと』

『どういうって。そういうことだよ』

『なんで。地元で進学するんじゃなかったの』

『気が変わったの。梨穂子いないとつまらないじゃん』

『…どういう意味』

『そういう意味だよ』


真っ直ぐに柔らかく私を見つめるその目線から逃げて、大きくため息をついた。


『そういうこと。誰でも彼でも言ってたらバチ当たるよ』

『言ってないよ。梨穂子だけ』


嘘だよ。やめてよ。期待するな。


『どういうつもり』

『ははっ。キツイなあ』


生きる世界が違うんだから。意味なんてないんだから。からかわれてるだけだって。


『だって俺、梨穂子のこと好きだもん』


真意が知りたくなって、どういう意味なの、何考えてんのって聞きたくて。聞いたら終わりなことも知っていて。


あの日の私は逃げ出した。それから今まで結局その意図を聞き返せないでいる。奴は何もなかったかのように私を構い続けていて。私も気にしていないかのように振舞って、恋人を作っては失敗する8年間を過ごしてきた。


もう私は毒されているのだ。キラキラ星人に魅せられて。自分のものにはならないことを知ってて、いつまでもいつまでも蓋をしたままでいる。そのまま誰にも気付かれずに腐ってしまえばいい。私と彼では生きる世界が違うのだ。たまに会って笑い合うぐらいが本当に本当に丁度いいのだ。心底そう思うのだ。




「梨穂子」


終電にはまだ少し余裕があるぐらいの時間。涼元さんに駅まで送ってもらって、タクシーに乗った彼を見送ってから後ろを向くと、やけにオシャレなスーツ姿の奴がいた。駅の柱にもたれ掛かって、夏も終わりと言えどまだ暑いのに、涼しげにストライプのシャツの袖を折って着こなしている。


声のトーンは相変わらず甘いのに、顔はなんだか険しかった。次に言われる言葉が想像ついて、嫌になって真っ直ぐ改札に向かう。


「ちょっと、なんで無視するの」

「こんな時間に駅いるってことはそっちだって飲んでたんでしょ。私が誰と飲もうと関係なくない?」

「む。先を越された」

「大体想像つくわ」


それでも手をつなごうと掴んでくる右手を払い落として、また掴まれてということを三回繰り返して、諦めた。奴はホクホクと嬉しそうな顔で私の顔をじーっと見つめる。


「今日は俺の家でいい?」

「嫌だ。帰る」

「もう諦めてるくせに」


半ば強引に違う線に乗せられて。30分ほど電車に揺られて、奴の最寄りに着く。もう終電は間に合わないだろう。歩いて帰れないこともない距離だけど、コイツがそんなこと許してくれないだろう。ほとんど運搬されるような形であれよ、あれよと彼の家に連れ込まれた。


「ねえ、スマホの電源切りっぱなしだったでしょ。LINEしても既読すらつかないし。会社の携帯番号教えてよマジで」

「絶対嫌。死んでも嫌」

「もうー。仕方ないなあ」


勝手にクッションを積んで、適当に座っていたら、奴が後ろから抱き込むような形で私を抱きしめる。無駄にドキドキする耐性のない自分に嫌気がさす。本当に本当に嫌気がさす。こいつは私を犬か何かだと勘違いしてると言うのに。


肩に置くようにされた頭をペシッと叩いたら、奴は不満そうに私の頭の上に顔を移動した。


「梨穂子はさ。実はすごいネガティヴだよね。俺こんなに好きなのに」

「ああ、そう。はいはい。わかったから缶ビールとってよ、藤堂」

「もう、藤堂ってやめてよ。そんなこと言ってると梨穂子の苗字も藤堂にしちゃうよ?」

「なにその笑えない冗談。私、星海って気に入ってるから勘弁してもらっていい?」

「ああ、それも一理あるなあ」


受け取った缶ビールを煽って、奴の腕を剥がそうと暴れると、嬉しそうにぎゅっと抱き込まれた。抵抗する犬か何かだと思われてるに違いない。


こうして私は今日も、彼の真意を知らないまま心臓に悪い週末を過ごすのだ。

星海 梨穂子【25】 ネガティヴ拗らせ女。

そこそこ可愛いけど恋愛に関して自分に全く自信がない。鈍感。

仕事は好き。お酒も強い。藤堂も好き。


藤堂 遥【26】 中身がヘタレのキラキラ星人。

高3の時、告白したのに逃げられたのが地味に効いてて強く出られない。

でも、逃がす気はない。こうなったら梨穂子から告白させると息巻いて早8年。

多分涼元あたりにカマかけられて告白しちゃう。

周りはゴリゴリに固めてます。確信犯。

仕事は多分書籍関係とか。


涼元【33】 若きホープのエリアマネージャー。

丁度いいイケメン。藤堂ほどじゃないけど、普通にかっこいい。

多分梨穂子の好みは本来こっち。藤堂もそれを察しているのでめっちゃ警戒されてる。

恋愛で好きとかじゃないけど、梨穂子のことは普通に可愛がっているので、簡単に渡す予定はない。

寿退社とか認めるつもりもない。



登場人物こんな感じです。頑張れ藤堂。先は長い。

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