第一節「トラック」
始まりました。誰得?アンチテンプレ奇譚の投稿です。作者が何かを読んでイラッとした時に不定期更新されるだろうアンチテンプレというテンプレを使った本作は作者の書いているとある作品の世界観を使った代物です。ですが、これ単体で完結予定なので安心してどうぞ。作者は基本的にノムクンが現在メインになっているので投稿は遅めかもしれません。他の作品で停止しているものが幾つもありますが、たぶんこれは現在投稿再開した回統世界ファルティオーナと一緒に完結するまでやり切るかと思います。では、本編をどうぞ。
第一節「トラック」
オッス!!
オレ、宮坂圭太27歳!!
ちょっと、報われないサラリーマンさ!!
少し前に自己啓発本に言われるがまま、自分を有りの儘に解き放つ術を得たんだ!!
そうしたら、何と不思議な事にクソみたいな社会からトラックによって救われてしまってな!!
今じゃ、馬鹿みたいに幸せな暮らしをしてるんだ!!
オレの周囲には皆、可愛い女の子がわんさか寄って来て、毎日のように大変な騒動を起こすものだから、近頃は赤い髪の炎属性の魔法や能力が使えるお嬢様やお姫様は半径30m以内に立ち入らせないようにしてる始末さ!!
オレの回りで押し合い圧し合い『圭太様は私のものよ!!』『否、吾のものだ!!』とか!!
まったくオレはオレのものなのに困るったらありゃしない!!
昔から根暗で間抜けで運動オンチで綽名が虐めっ子のズボン下げ攻撃があった日から《《丸出し》》だったオレも今じゃすっかり転生憑依系ハーレム主人公の一人とは人生何が起こるか分からないね!!
人間はトラックに引かれるように出来ている!!
そして、幸せな未来は可愛いファンタジーな異世界のお姫様やお嬢様と作っていく!!
これがトレンドってやつさ!!
旧い王国に囚われたお姫様をモブその他と一緒に助け出した話!!
お嬢様を守る騎士と彼女との結婚を掛けて決闘した話!!
ついでに魔族からの襲撃を受けて今にも滅びそうだった土人国家を救って、神様みたいに崇められた挙句秘薬や貢物で超能力に超魔術を手に入れた話!!
どれもこれも、まったく今から語って聞かせたいくらいだぜ!!
僕の隣には今、可愛い原色過ぎる蒼い髪のクール系美少女がドキッとするくらい近くにいる!!
おっと、済まない!!
ドキッは無しだ!!
何故なら僕は鈍感系主人公として現在10人くらい攻略中だからね!!
「ぁ~~~ぅ~~~~~ぁ~~~~~~~~~~~~~」
僕のいる異世界の名前はファルなんたら!!
ついでに転生……憑依した人は可愛いショタ好きオネーサンには堪らない十四歳の男の子!!
まったく彼は付いてる!!
だって、英雄になったし、可愛い女の子にはチヤホヤされまくりだし、彼の幼馴染の地味系文学少女は今じゃ僕の片腕、善きパートナーとして働いて、奴隷上がりの自分に優しくしてくれる僕にメロメロで幸せそうなんだ!!
正しく僕様様さ!!
おっと、オレサマサマさ!!
「ぁ~~~ぁ~~~ぅ~~~」
だけど、一つだけオレにもどうしようもない出来事が起こったんだ!!
あいつらは突然現れた!!
今まで主人公最強オレTUEEEでどんな冒険も切り抜けてきた僕にもよく分からない手品!!
あんなの反則じゃないか!!
だって、僕の使った魔術は一瞬で消されてしまったし、僕の使った最強オレTUEEE我流剣術すら通じなかったんだぜ!!
今までそれでどんなラスボスっぽいドラゴンだって倒せたし、どんなに自分より強そうな連中にだって負けなかった!!
属性魔法を四通り!!
ついでに相手を幻惑したり、お色気専門の魔眼すら備える僕にどうして、普通の剣が通用したのか!!
未だに謎さ!!
「ぁ~~~ぅ~~ぁ~~~ぁ~~~ぁ~~~」
どうやら、連中は僕の知らない魔術を使う未知の強敵らしい!!
だが、心配しないでくれ僕の嫁達よ!!
僕は負けない!!
必ず可愛い君達の下へ帰って、幸せ円満ハッピーエンドを迎える気だから!!
「ぁ~~~ぅ~~~~ぅっ………」
―――対象の絶命確認しました。
―――情報の吸出しは既に終わっています。
―――周辺因果律導線の復帰を確認。
―――北部主要導線の歪曲率下がります。
―――対象の周囲人材から記憶崩壊を確認。
―――ケース112432は本日11:32時を持って終了。
―――状況F。
―――続いて112333に取り掛かります。
―――現在、狙撃班を予定地点に向かわせています。
―――では、状況を開始して下さい。
ポンと十四歳程の少年の顔が映し出された書類に軽く赤いインクで×のスタンプが押された。
小さな書斎。
その最中での事である。
黴の生えたような旧い石室の壁にはズラリと本が並んでいた。
黒檀で出来た机上の虚空には魔術によって幾つもの映像が浮かんでいる。
遠隔地の情報であるが、リアルタイムで書斎の主は一人の人間が死ぬ瞬間を見ていた。
「ふぅ……」
それにしては軽い溜息。
憂鬱さの欠片も無く。
やっと仕事が一段落した安堵を零して。
椅子から《《彼》》は立ち上がる。
その途端だった。
しばらく、お茶にしようとしていた彼の机上に新たな映像の窓が開き、その中には蒼い髪の少女が映っていた。
透き通るような、というよりは本当に透き通った髪の毛は薄らと耀いている。
まだ十四歳程だろう。
鼻梁は整っている方だが、如何せん同世代と比べて、その《《彼女》》は表情に乏しく。
また、切れ長の瞳と底冷えするような眼光が少女を常人とは見せない。
「何かあったか? ライラ」
名を呼ばれた少女が今まで胴体から切り離されてすら生きていた対象《112432》をコロンと拷問部屋のダストシュートに優しく入れて向き直る。
「お腹空いた……」
グゥと確かに映像越しにも聞こえるような腹の音に彼が思わず笑ってしまう。
「はは、そうか。なら、一緒に何か食べよう」
「………」
「他に何かあるのか?」
映像の中で少女は僅かに眉根を寄せていた。
「アズラル自治区の混乱はどれくらいで治まりそう?」
彼は本当に善良な少女の心配を好ましく思い。
僅かに誇張して優しげな笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。今回は三ヶ月以内で処理出来た。対象が齎した混乱もその内に治まるだろう。まぁ、滅ぼされた土着の源竜も最古の個体というわけじゃない。そちらは現地の人間がどうにかするだろう。惑わされていた小国群の方も立て直すのに時間は然程要らないはずだ」
「騙されてた子達も?」
「ああ、問題ない。先程、しっかりと記憶が崩壊したと確認された。今、現着した部隊が記録の抹消に動いている」
「なら、いい」
「禊をして定例集会が終ったら外に出よう。麺麭と燻腿の美味い店を見つけた」
「うん……じゃあ、定例集会で」
「ああ、それじゃあ」
魔術の映像が途切れ。
彼は石室のドアを開けて、
大理石製の廊下を歩き始めた。
所々空いている窓の外には透き通った蒼穹と巨大な古木が乱立する渓谷。
遥か天空を望む高みからの光景は涼やかな風と相まって、人のちっぽけな悩みなど吹き飛ばしてしまいそうだ。
「あ、ラレルカ様。お仕事ご苦労様です。今から集会ですか」
通路先から歩いてきた二十代の女。
人懐っこい笑みを浮かべる北部特有の民族衣装。
樹皮の褐色で染めた全身を蔽う袖の長いローブ姿の部下に彼は鷹揚に頷いてニコヤカに手を振る。
すると、ほんわりと頬を染めて。
少しだけ恥しそうに女性は通り過ぎていった。
通路を進んだ先。
専用の更衣室に入った彼は仕事着である教会の制服を脱ぐと真白の布に金糸の刺繍、紫の蔦で編まれた冠を身に付けて、そのまま別の通路に続く扉から歩き出した。
深く静まり返った暗い通路の先。
人の気配もする出口に掛けられた紫の布から出る寸前。
彼は一息吸った。
そして、何事もなく其処に辿り着く。
静まり返った岩製の大伽藍。
天蓋まで百m近い岩の聖堂の内部には数百人の人間が教会の制服姿で長椅子に座っている。
(あの子は……)
聖堂の最も後ろにある扉が少し開くのが見え。
僅かに笑んで。
それ以上は気にせず。
彼は登壇し、大勢の前で声を張り上げようと息を吸った。
清々しい程に澄んで冷たい空気。
天蓋の岩盤に嵌め込まれた分厚い硝子から差し込む光が全てを照らし出す。
20mの高みより、巨大な聖母の聖硝子を背に彼は言った。
「許してはならない……」
よく通る声。
多くの瞳の前での演説には何ら緊張も覚えず。
彼は更に大きく叫ぶ。
「許してはならない!!」
何を?
そう訊ねたそうな人間はこの場には一人とていない。
そんなのは彼のいる職場の人間からしてみれば、自明の事であったからだ。
「神代の終りより、我らはこの大陸で多くの国々が興り、失われていくのを目にしてきた。人類史とは正に教会と共に在った。だが、その中に彼らはまるで我が物顔で入り込んだ。それを害虫のようだとは言うまい。彼らの齎す知識、技能、思考、思想、その多くに善悪は無いからだ」
誰も何も言わない。
待っているのだ。
彼の言葉を。
彼の決意を。
だからこそ、彼は言う。
「しかし、しかしだ。彼らは本当の意味で大陸の住民とは成れない。それは何故か? 君等とて知っているだろう。そうだ。彼らは因果の歪みを齎す。大いなる禍となる。彼らは自らの人生の為に多くの人々に不幸を押し付け、その不幸を我が物顔で解決し、善人のように振舞う。いや、確かに善人もいるのだろう。この大陸を良くしたい。この大陸に新たな変革を。そう志す想いは何ら他の人間と変わりはしないかもしれない」
事実は常に一つだ。
真実という名の主観を除かなければ、何事も本当の意味で語れはしない。
認識に誤りがあっては仕事に疑問を挟む者も出てくるだろう。
それを防ぐ意味でも、事実は事実として伝える。
それこそが大事な事であると彼は言葉を省かない。
「だが、その結果はどうだ? 助長される戦乱。新たなる知識や思想によって大国は揺れ、戦争となる。続いて歪曲された因果が何もかもを不幸のどん底に叩き込めば、地獄はこの世となる。更に言えば、彼らは自らを犠牲にしても他者を救おうという気持ちすら無い者が大半だ。二度目の人生だと言う者がいた。これが本当の自分だと嘯く者がいた。生きたいだけだと大陸の民を虐げ、殺す者もいた。それを許しておけるだろうか?」
答えは決まっている。
決まっているからこそ、彼はそれにまた一つ答えを被せる。
「彼らはこの大陸の住人ではない。そも彼らは別の世界の人間なのだ。しかし、それでも彼らは傍若無人だ。お客様という自分達の立ち位置も理解していない。最初に持っていた知識や経験、技術を惜しげもなくばら撒き、その因果の歪みが齎す大いなる力を持って、次第に増長し、多くの人間を不幸に追いやっていく」
被せた答えは憎しみに、正義感に、真の鋼の心を育てる餌だ。
「最前列、十七番目の子羊よ。君は自分の娘が本来出会うべき人と出会わず、本来好きになったはずの人間を好きにならず、自らの想いだと誤解して、その禍の元凶に好意を寄せ、不幸へと飛び込み、本来の自分を見失っていくとしたら、その相手を許せるか?」
『許せません。許せるはずが無い!! 大司教様!!!』
そんな叫びが返った。
答えは決まっている。
誰もが不幸においやられるという圧倒的な正義を語るに十分な事実。
それを前にしては誰もがそう答えざるを得ないだろう。
無論、許せる者はいるだろうが、そんなのは少数だ。
少数者に配慮する民主主義とて、犯罪者や生きているだけで人々を不幸においやる《《公共の敵》》を庇い立て出来るものではない。
「そうだ。許せるはずがない。何故なら、我らは人間だからだ。完全なる者ではないからだ。主は大いなる慈悲を語って下さる。しかし、現実に対処する時、我らはそれ以外の手段しか持たない事が往々にしてある。今現在、彼らを止める術を我らは死以外に持ち合わせていない」
彼が頷くと最前列で叫んだ男が座った。
「近頃は転生してくる者も憑依してくる者も多くの点で過去の来訪者達に劣っていると報告が上がってきている。特に自己犠牲の心に欠け。また、恵まれた環境を維持する為に本来の地位にあるべき他者を蹴落とし、旧来からの伝統を丸ごと否定し、全てを自らの思うが儘にしようと支配欲に塗れ、理由も無く《《れべるあっぷ》》とやらの為に異種や亜人を虐殺し、美姫や位の高い家の娘や奴隷を侍らせ、まるで王様気分で自分は不幸な境遇だったのだと嘯く輩が多いとな」
その《《犠牲者》》となった娘達の親でもある一部の信者達が涙を零す。
「二度目の人生? 笑わせるなッ!! 一度目への復帰も望まず。ただ二度目に縋ろうとする輩に新たな命を生きる資格など無い!! 誰もがただ一度の生を生きるからこそ、人は耀けるのだ!! 二度目を望む者に二度目の人生が勤まるはずも無かろう!! 更に自らの特別に胡坐を掻いて他者を虐げる者が一部とはいえ、畏れ多くも救世主を騙るなど万死に値するッッ!! 人々はそのような彼らが自らの為に働いていると勘違いしているようだが、そもそもそんな奇特な人間ならば、まずは慎ましく暮し、人々に異世界からの来訪者である自分の影響が出ないよう、静かに生きる事を目指すはずだ」
どこからか。
そうだと声が上がる。
「事件や事故に巻き込まれて仕方なく力や智識を使ったのだと主張する者にしても同じだ。何故、自分の傍でそんなものが起きるのか理解していない。しようともしない。理解してすら、自らを犠牲にしようという者は過去一度とて現れなかった!! 同情の余地はあろう。が、彼らの行いの大半は地域の政情不安定化を招く。生きているだけで不幸を呼ぶ者であり、同時にそのような罪を犯すとすれば、生かしておける理由などまったくないッ!!」
そうだと更に声が上がる。
「今、大陸は大きな岐路に立たされている!! この騒乱の気配に満ちた今の時代に彼らのような者達が蔓延れば、どうなるかは自明だろう。故に私は必ず彼らを葬り去ると此処に誓おうッ!! 人々が幸せと安寧に向かっていけるよう!! 人々が我々のような犠牲者とならぬよう!!」
そうだと誰かが立ち上がる。
「転生者を抹殺せよッッ。憑依者の肉を一欠けらも残すなッッ。《《とらっく》》なる魂の運び手が如何に彼らを送り込もうと我らは負けてはならないッッ!! 異世界からの侵蝕を断固として廃絶し、世界を、未来を、息子達を、娘達を、異邦人達から守り切るのだッ!!!」
『転生者に死をッ!!!!』
『憑依者に絶望をッッ!!!!』
「その為ならば、我らは悪鬼羅刹と成りて、己のが手を血で濡らそう!! 銃弾による狙撃結構!! 暗器による暗殺結構!! 魔術の深奥を用いッッ、奴等の知らぬ力で畳み掛けろッッ!! 大いなる因果の歪曲すらも、我らの意思と決意の前には無力なのだと知らしめろッッ!! 毒殺だろうと刺殺だろうと圧殺だろう絞殺だろうと焼殺だろうと構わないッッッ!! 己が手にある全ての手段を用いて戦い勝ち続けるのだッッッッ!!! これで【異郷観測機関】北東支部定例集会を終わりとするッッ!!」
全ての人々が総立ちとなった。
万雷の拍手の中、彼は傍らに侍従が持ってきた銀金の錫杖を掲げる。
それから背後の部屋に下がって一息付いた後。
誰もいないのを確認しつつ、ポツリと呟いた。
―――二度目の人生も独裁者とは因果応報か、と。
己を嗤い、そう愚痴って。
彼と少女の約束の時間がやってくる。
「ふ……これではあのチョビ髭の方がまだ上手く演説出来そうだな……」
まったく、本当に、どうしようもない事であったが。
細身の少し頬のこけた気弱そうな青年。
ラレルカ・ベルヘレム・レストロールの本名は―――大陸標準言語のものではなかった。