第五章 紅い旋風
マクルスから依頼料を貰ってから、三日が経過した。今日も俺はこの広いアラーム城下町をブラブラとしている。昨日、魔族討伐組合に行って適当な依頼を探したが、どれもこれも報奨金の額も内容もパッとしないものばかりだった。
まぁ、たまにはこういうゆったりとした気分で町を歩くのも悪くは無い。
運が良ければ秋留に出会えるかもしれない。まだこの城下町にいるだろうか。こんな事なら城にいる時に連絡先の一つや二つ聞いておくんだったと、思わなくもないが。
出会いたくない青い髪のあいつには何度か出くわした事があるが、その度に俺は高度な気配消しを使ってやり過ごしている。
「ぎゃあああああ」
男の悲鳴が聞こえてきたのは、俺が大通りで魚肉バーガーを注文している最中だった。両手にネカーとネマーを構えながら、俺は悲鳴の聞こえてきた方に走り始めた。
普段なら金にならない事には首をつっこまないと決めている俺だが、最近暇で退屈していた。その退屈しのぎには丁度良さそうだし、上手く行けば礼金などをもらえるかもしれない。
「また悲鳴が聞こえたぞ!」
青色の制服を着た複数の男達が慌しく走り回っている。あの制服は治安維持協会のものだ。
また……?
この城下町で何かが起ころうとしているのだろうか?
「!」
風を切り裂く乾いた音が聞こえ俺は素早く身を屈めた。隣を反対方面へと逃げていた一般市民の背中に鮮血が走る。
「うわぁ!」
俺と同じ方向へ向かっていた治安維持協会員達もあっけなく吹き飛んでいった。
「ちっ」
俺は舌打ちすると立ち止まり辺りの気配を伺った。
後ろか!
俺は咄嗟に前転する。俺の頭上を何かが通り抜けていったのが分かった。
「ほう! 我の攻撃を二度も避けたか!」
俺はネカーとネマーを構え、声のしてきた頭上を見上げる。
空から優雅に舞い降りたのは、一匹の黄金の毛並みをした鳥の獣人だった。右手には黄金色のレイピアを握っている。
「お前、獣人か? 獣人っていうのはそんなに野蛮なのか?」
俺は獣人というものにほとんど面識がない。
今まで冒険して来た大陸でもあまり見かけなかったからだ。
「獣人? 我をそんな下等な生き物と一緒にするな。俺は知恵ある高貴なモンスター様だ!」
傲慢なモンスターは無視して俺は辺りを見渡した。普段着の男や買い物帰りの女性。騒ぎを聞きつけた冒険者や兵士の姿。その全員の身体が真っ赤に染まり、石畳の地面に転がっていた。
舌打ちを一つして、素早い動きでネカーとネマーのトリガを引いた。的確に頭と心臓を狙ったのだが、鳥人は左手に装備していた黄金の盾で頭への硬貨を防いだ。心臓を狙った硬貨は、鳥人が胸に装備していた金色のチェストアーマーに弾かれる。
しかしその衝撃は伝わったらしく、くぐもった叫び声と共に鳥人は体勢を崩した。
俺は再びネカーとネマーのトリガを引いたが、それより一瞬早く鳥人は空へと舞い上がる。丁度、太陽をバックにしているせいで、鳥人の姿を確認する事が出来なくなった。
風の音と共に俺の左腕に激痛が走った。危うく落としそうになったネカーを慌ててホルスターに戻す。
俺は鳥人の攻撃を防ぐべく、大通りから脇の細い通りへと身体を滑り込ませた。
そして大通りに向かってネマーを構える。俺を追ってこの細い通りに向かってきたところを、ネマーの乱射で倒すつもりだ。
予想通り大通りからこの細い通りへと突っ込んでくる鳥人。俺は鳥人目掛けてネマーのトリガを連続で引いた。この距離なら避けられないはず!
しかし俺の予想を裏切り、俺の放った硬貨は鳥人に届く事なく、あっさりと弾き飛ばされた。
再び俺の目の前で鳥人の持つレイピアが振られた。その攻撃をなんとかネマーの銃身で防ぐ。
そして俺の後ろ、細い通路の奥で鳥人が優雅に舞い降りる。俺の眼には鳥人の身体を守る様に風の流れがあるのが見えた。
「そ、その風のバリア……。ま、魔法を使えるのか?」
俺は素早くネマーもホルスターに戻し、その右手を左腕に受けた傷口へと持っていく。こういう事もあろうかと、俺は両手の手袋に回復薬を塗りつけてある。
この会話は言わば、傷が回復するまでの時間稼ぎ。モンスター如きにこの時間稼ぎがバレる訳がない。
「このバリアが見えるのか? 風結界魔法ブロウドが……」
下等な生物を見るような見下した眼をしながら鳥野郎が喋っている。
金色の喋るモンスター……。バルバロスのように何か特別な存在なのだろうか。
「魔法の詳しい説明などいつでも出来る! 時間稼ぎはさせんぞ!」
ちっ! 時間稼ぎだとバレたか。モンスターにしては、頭が回るようだ。
鳥人は再び呪文を唱え始めた。
「全てを吹き飛ばすシルフの咆哮! ブリーズインパクト!」
呪文攻撃に気づいた時点で、この細い通りから大通りへと後退しようとしたが、間に合わなかった。
俺は全身に突風を浴びると、大通りの反対側の民家の壁に叩きつけられた。気を失いそうになる程の衝撃を受け、息が止まる。
鳥人は更に追い討ちをかけるため、通りから勢い良く飛び出して来た。俺は目の前に迫ってきた鳥人目掛けて、再度ネマーのトリガを引いた。
「無駄だぁ!」
先程の繰り返しで、風の結界に弾かれた硬貨が鳥人の頭上に舞う。俺の予想通りに。
俺はネマーの照準を宙を待っている硬貨に合わせて、トリガを引いた。
「どこを狙っている!」
俺は両手をクロスにして、これから起こる衝撃に供えた。
同時に小さな爆発が城下町の路地の空気を振るわせた。
俺が一発目に放った硬貨は、硬貨の間に火薬を挟んだ特別製。風の結界に弾かれる衝撃では爆発しない事は予想していたため、俺は弾かれた硬貨に更に衝撃を与えるために二発目の硬貨を放った。
クロスしていた手を解除し、煙に包まれた辺りを見渡す。左前方の壁に鳥人が叩きつけられているのが確認出来た。
俺はネマーのトリガを連続で引いた。今度は普通の硬貨弾。冒険中でもないのに特別製の硬貨をそれ程持ち合わせていないからだ。
だが風の結界に守られていたせいか、ダメージが浅かったようだ。鳥人は硬貨が当たる前に再び宙へと舞い、俺の放った硬貨は空しく民家の壁に突き刺さった。
「やるな、冒険者!」
身体から煙を立たせながら鳥人が言った。風の結界は張ったままのようだ。火薬を挟んだ硬貨はもう無いので、さっきのような奇策で奴にダメージを与える事は出来ない。
「明後日! 再び決戦の時が来るだろう! その時を楽しみにしているぞ!」
鳥人はそう捨て台詞を残すと、空に舞い上がり消えていった。
「明後日……」
俺は言い知れぬ不安感を抱きながら、鳥人の消えていった空を眺めて呟いた。
金色の鳥人。確かバルバロスの前に現れたオークも金色をしていた。何か関係があるのだろうか。
石畳の所々にヒビが残っているものもあったが、ここは、アラーム城謁見の間。
目の前の真新しい玉座には、相変わらす顔色の悪いラディズ国王が座っている。連続する領地内での事件発生により憔悴し切っているようだ。
俺の隣には、以前会った時とは違って冒険者らしい格好をした秋留と、その向こう側に何度か見かけたカリューがいる。
秋留は黒いマントに白のライトメイル、魅惑的な黄色と黒のチェックのミニスカートを穿いていた。
一方、ドラゴンとの戦闘でダークスーツを修復中の俺は、赤いYシャツに黒のノースリーブコートだ。だいぶ暑いが装備のためにはしょうがない。
「お主らに再び集まってもらったのは他でもない。昨日、アラーム城下町に金色のモンスターが出現した事は知っているな?」
俺達三人は無言で頷いた。どうやら昨日の騒ぎは秋留もカリューも気づいたようだ。
「突然現れたモンスターによると、明日何かが起きるらしい事を言っていたそうだ」
オドオドしながら、ラディズ王は話を続ける。
「事の真相を確かめるために、城の兵士にホープキング山に偵察に行かせたんだが……」
ここでたっぷりと間を空けるラディズ王。もったいぶるような内容ではないと思うのだが。
「山の麓にモンスターが集結しつつあるようなんだ……。奴ら、この大陸全体からモンスターを集めているらしい……」
宣戦布告だったか。しかしモンスターには知能というものがほとんどないはず……。そのモンスターを一箇所に集めている。恐らく金色のモンスターの仕業だろう。
ラディズ王は賢者の石という物をゴールドドラゴンに献上していたという話だったが、その石の力でモンスターが知能を持ってしまったのだろうか。
「どうするおつもりですか?」
秋留はラディズ王に尋ねた。秋留に話し掛けられ、ラディズ王は少し落ち着いて話し始めた。
いつも思うのだが、ラディズ王を落ち着かせるために秋留は何かの魔法を使っているのだろうか?
「今まで軍事参謀長がやってきた事に対する罪の償いと思っている。しかし! 民を見殺しにする訳にはいかん! 平和は戦って勝ち取ってみせる!」
ラディズ王は突然立ち上がり、俺達の眼を一通り見つめた。秋留への目線だけ長かったような気がするが、気のせいだろう。
「我々の力で良ければ、是非、協力しましょう」
勝手に眼を輝かせたカリューが話を続ける。
単細胞カリューは『民を見殺しには出来ない』『平和を勝ち取る』などの熱血的な単語につられた結果だろう。協力するのは良いが、依頼料は頂きたいものだ。
「ラディズ王。今現在、モンスターの軍に対する対策は立てているのでしょうか?」
秋留が何事も無かったかのように話を続ける。秋留も依頼料などいらない、正義のためなら命も捨てられるという信念の持ち主なのだろうか。
「モンスターに負けぬよう、ゴールドウィッシュ大陸にある他国へも援護を要請している」
ラディズ王は謁見の間の壁に取りつけられている、大きめの地図を指差して話始めた。
このゴールドウィッシュには、多くの金鉱山を保持しているこのアラーム国をはじめとした四つの国がある。
あまり仲は良くないと聞いたことがあるが、この王も我がままを言っていられる状態ではなくなったという事か。
「魔族討伐組合、治安維持協会へも援護の要請をしている。明日までには多くの冒険者が駆けつけてくれるはずだ」
国からの要請ともなれば、依頼料も半端な額ではないだろう。しかもこの国は金で栄えているアラーム。期待は大きくなる一方だろう。そんな中、俺達は無償で力を貸さなくてはならないのだろうか。
しかし、秋留に嫌われるかもしれない事を言えない俺は、黙って話を聞いていた。
「ラディズ王。それでは、私達も早速明日の戦闘に備えて装備を整えたいと思いますので、そろそろ失礼させて頂きます」
秋留がラディズ王の方を見ながら言った。暫く続く沈黙……。ラディズ王は秋留に操られているかのように暫く呆けていたと思ったら、突然話始めた。
「すまんすまん! お主らも冒険者、依頼料が必要だったな」
「いえ、ラディズ王、そのようなつもりで言ったのでは……」
咄嗟に言い返す秋留だったが、ラディズ王は傍にいた近衛兵に何やら耳打ちをすると、三つの銭袋を持って来させた。
「ここに、支度金として五百万カリムを容易した。プラス、モンスター軍との戦闘終結後、更に千万カリムを手渡そう」
俺は高額な依頼料に気分が大分高揚してきた。暫くは豪遊が出来る。
「この命に代えましても、アラームの国は守ってご覧にいれます」
何も喋っていない俺は、適当にラディズ王が喜びそうな事を言っておいた。
「うむ、頼むぞ。後、城の武器庫も見ていってくれ。何か必要な物があれば、このサラムに言ってくれれば用意させよう」
紹介されたサラムという兵士は軽く会釈をすると、俺達三人を従え、謁見の間を出て階段を降り始めた。
勿論、既に銭袋は俺達の手に握られている。
暫くして、城の一階の扉の左右に兵士が見張りをしている場所にやってきた。
頑丈そうな鍵で閉められている分厚い扉を、サラムが懐から出した鍵で開けた。中には剣や杖、兜や鎧などが所狭しと並べられている。武器庫独特の金属の匂いが鼻に突く。
「何か必要なものがあれば言ってくれ」
サラムが扉の前に立って言った。
早速俺達は部屋の中に入って武器や防具を見て回る。
秋留もカリューも冒険者の経験が長いのだろう。手に取る武器・防具はそれなりに威力のある物や、魔法がかかっている物が多いようだ。
俺は武器庫の奥の方に銃専用の棚があるのを見つけた。使い方の分からない銃や、俺の力じゃ持ちきれないような巨大な銃身をした銃もある。
その中でわりと軽めのライフルの分類に当たる銃を手に取った。今回はモンスターの大群を相手にしなくてはいけない。少しでも数を減らすためにも、射程の長いライフルはありがたい。
「ブレイブ殿は銃が使えるのですか?」
隣に来ていたサラムが聞いてきた。
「大群を相手にするからな。出来れば射程の長い武器で数を減らしておきたい」
俺は軽くネカーとネマーでアクロバティックな動きを見せると、サラムに言った。勿論、同じ部屋にいる秋留を意識しての事だ。
「それでしたら、これはどうでしょう?」
そう言ってサラムが棚の裏の方から取り出してきたのは、一丁の真っ赤なライフルだ。おかしな事に、長い銃身の先には、穴の代わりに水色の綺麗な水晶がついている。
「これは魔法銃と言いまして、とある魔法使いの方に魔力を込めて頂いたライフルです」
サラムがその魔法銃を構えた。その姿が様になっていて少しムカついたが、腕は俺の方が断然高いはずだ。
ちなみにサラムは人生の折り返し地点を少し越えたような落ち着いた風貌をしていたが、武器を構える隙の無い姿はその力量を物語っているように見えた。
「この魔法銃は先端に水色の水晶がついているでしょう? だから、水属性の魔力弾を発射します」
そう言って水色の水晶のついた魔法銃を俺に手渡すと、サラムは棚の裏に行って色の違う水晶のついたライフルを三丁持って来た。
「黄色い水晶のついた雷属性、赤い水晶のついた火属性、茶色い水晶のついた地属性です」
「全部もらおう」
魔力弾を発射するライフルを気に入った俺は即決した。
「重くならないですか? 一応、そのライフルは折りたためますけど……」
そう言うと、サラムは持っていたライフルを素早く折り畳んだ。サイズは半分程になった。
俺はそれらのライフルをコートの内側へと全て取りつける。
この黒のノースリーブのコートは一見するとただのコートだが、実は飛竜の羽を編み込んだ特別製で、装備したアイテムは十分の一程度の重さにする事が出来る。飛竜の羽自体に浮力があるからだ。
ただし、重さが減るだけで大きさが変わる訳ではないから、動きにくくはなるのだが……。
俺はサラムから魔法銃に関する簡単な説明を聞くと、一人で武器庫の他の場所を見回った。しかし、俺の眼を引くものは、他には無いようだ。
結局、秋留は何に使うのかよく分からないアイテム数点とカリューは大振りの剣一本と短剣三本を装備し、武器庫を後にした。
城下町にある沢山の飲食店の一つスパイス亭。俺達三人は城を出た後、少し遅めの昼食を取るためにこの店に入った。店内はランチタイムを少し過ぎたにも関わらず沢山の客で埋め尽くされている。
俺達は店のほぼ中央のテーブル席に案内された。外の景色を観察するのが好きな俺は、どうも落ち着かなかったが我慢する事にする。
俺は注文したカレーランチセットBが来るまで店内を観察していた。目の前に座っている秋留は眩しすぎて直視出来ない。
「おい、これからどうするんだ?」
「はぁ〜、どうしようかなぁ……」
モンスターの大群が攻めて来るという情報は、早い段階でこの城下町の住民に伝わったらしく、この店内の至る所でも今後どうするかを話し合っている声が聞こえてくる。
席の真横にまとめた荷物を置いて食事をしている家族や、両手でも抱えきれない程の鈍器を見ながら食事をしている戦士風の男の姿も見える。
これから起こるであろう戦闘の準備は着々と進められているようだ。
「さて、どうしようっか?」
秋留が聞いた。その眼はどこか悪戯っぽく光っている。
「力あるのみだな。片っ端から片づけてやる」
カリューが隣でカレーを乗っけたスプーンを持ちながら、アホっぽい台詞を吐いている。俺は格好良くサラムから頂いたライフルを構えて言った。
「まずは遠距離攻撃で、ある程度数を減らすべきだろうな」
秋留は無言で頷いたが、顔は曇っている。
「何か不安な事でもあるのか?」
俺は思った事をそのまま秋留に聞いた。
「あいつら金色のモンスターの知能がどこまであるかによるね。モンスターを迎え撃とうとする魔法を使える者は皆、遠距離攻撃を狙っているはずだし……」
水を一飲みしてから、秋留は話を続ける。
「知能のあるモンスターが何も対策をして来ないとは思えないんだけど……」
「問題ないさ、最後は正義が勝つんだ!」
カリューの正義一直線な台詞のせいで俺達の会話は終わってしまった。それ以降、俺達は黙って料理を食べ続けた。
俺にはここの料理は少し辛いようだ。
額に汗を浮かべながら料理を食べ終えると、俺達はそれぞれの宿に戻った。明日の早朝、城下町城門前で待ち合わせる事を約束して……。
眠い目を擦りつつ、部屋の時計を確認した。四時……。七時間は寝れたようだ。
俺は手早く顔を洗うと、ブラシで簡単に髪の毛を整えた。特に、広い額を隠すのに苦労したが綺麗にまとまっている。
今日も秋留と会える!
俺はモンスターの大群と戦闘するよりも、その事を考えていた。秋留の事は何としてでも守る! 俺は心に誓いつつ、装備を整えた。昨日頂いてきたライフルは、コートの取りやすい場所に装備する。
ライフル以外にも俺のコートの内側のポケットには、数々のアイテムが括りつけてある。
それと城門脇には硬貨を詰めた木箱を置いといてくれるように、サラムに伝えておいた。これで俺の金は使わなくて済むし、余ったら頂ける。
「お〜い! ブレイブ! 準備出来たか?」
同じ宿に泊まっているカリューが扉の外で騒いでいる。俺は最後にネカーとネマーを確認すると、部屋の扉を勢い良く開けた。その扉は豪快な音と共にカリューの顔面を直撃する。
「くっか〜!」
カリューは鼻を押さえて涙目になっているようだったが、俺はそれを無視して宿屋の階段を下りた。
「ブレイブさん、行ってらっしゃい。気をつけて下さいな」
宿屋玄関前のカウンターで主人に話し掛けられた。
俺は戸締りをしっかりするように主人に伝えると、外へと出た。後ろからは文句を言いながらカリューがついてきている。
まだ陽が昇りきっていないにも関わらず、宿屋の前の大通りは数多くの冒険者で一杯になっていた。一方、店屋の多くは、扉や窓に板を打ちつけ、万が一に備えている。
俺達はそのまま城門目指して歩き始めた。通りの至る所には兵士が見張りについている。モンスターに攻め込まれた時には、彼らが活躍してくれる筈だ。
歩きながら俺は周りを見渡した。状況を把握しておく必要があるからだ。
城下町にある高台の何ヶ所かには、射手が構えているようだ。教会の鐘の横や時計台の屋根にも射手の姿が見える。兵士姿、冒険者風などの射手が交ざりあっている。中にはエルフ族もいるようだ。
目の前に巨大な石造りの城門が見えてきた。城門の左右には巨大な見張り台があり、そこには二機の巨大な投石機が設置されている。
「すげえなぁ」
隣でカリューが巨大な投石器を見上げて呟いている。確かにこれ程巨大な投石器は見た事が無いし、大群で攻めて来るモンスターの群れには有効な武器だろう。
城門前には数え切れない程の冒険者が待機していた。中には冒険者情報誌『冒険者クラブ』に載っているのを見た事のある冒険者もいる。
俺はその中から、サラムの姿を見つけ出した。
「ブレイブ殿、お待ちしてました」
サラムの傍には木箱が三つ並べられていた。
「ブレイブ殿のご要望通り、硬貨を沢山ご用意させて頂きました。ラディズ王の命を助けられたブレイブ殿だからこその処置ですので、勘違いなさいません様に……」
俺は木箱の一つを開けてみた。中には千カリム硬貨がぎっしりと詰まっている。周りにいた冒険者の眼の色が変わったようだ。気をつける必要がある。
さすが国ともなると太っ腹だが、一番安い硬貨を詰めているのは少しがっかりだ。
俺は素早い手の動きで木箱に詰められた硬貨をネカーとネマーに詰めると、近くの城門目掛けてトリガを引いた。木箱に詰まった俺の硬貨を羨ましそうに見つめていた愚か者共の頭に、無数の岩の破片が舞い散った。
どうやら硬貨の威力を理解したらしく、周りの冒険者達は目を反らし始めた。
「戦闘中はこのミゲルが木箱を見張っておりますので、ご心配なく……」
サラムが苦笑いをしながら説明すると、隣にいた兵士が敬礼をした。
「それでは私はこれで……」
そう言うと、サラムは軽く会釈をして持ち場に戻って行った。恐らく王を守るために城に行ったのだろう。
それにしてもミゲルって、騎士団の砦に忍び込んだ時に俺が転ばせた兵士隊長じゃないか! こんなドジな奴が俺のカリムを守るって大丈夫だろうか。
サラムが去ったすぐ後に秋留がやって来た。危うくミゲルに話し掛けられるところだった。
秋留の髪の毛が少し跳ねている。
「おはよ、秋留」
俺はカリューに先を越されないように素早く言った。しかし秋留は軽くこっちを見ただけで、返事は返ってこない。
「朝は弱いんだよね」
俺は秋留がボソッと言った一言を聞き逃さなかったが、特に突っ込まない事にした。
腰には赤い柄のレイピアを下げている。魔法使いが持つ武器には魔力を込められるものが多いと聞いた事がある。秋留が装備しているあのレイピアにも魔力を込める事が出来るのだろうか。
日が少しずつ昇り、辺りがだんだんと明るくなってきていた。
もうすぐ戦闘が始まる。全員の意識が一つに高まり、辺りの空気が重苦しくなってくる。
秋留の目も今はパッチリとして遠くを見据えていた。
「始まるな」
カリューは背中の鞘から剣を抜き出して構えた。周りの冒険者達も武器を構える。俺もネカーとネマーを握りなおした。
城下町を囲む城壁の上にいる射手や魔法使い達も身構えている。あちこちから呪文の詠唱も聞こえ始めた。止まっていた時が一斉に流れ出したような感じを受ける。
今にも戦闘が始まると思えたその時、突然、城下町の上空に邪悪な気配が出現した。
その邪悪な気配に気づいた秋留は唱えていた魔法を上空に放った。
「コロナ・レーザー!」
秋留のかざした両手から真っ赤なレーザーが上空目指して進む。空には、黄金に輝くゴーレムが浮かんでいた。
他にも上空の敵に気づいた魔法使いがいたのだろう。色とりどりの光の柱が何本もそのゴーレム目指して突き進んでいった。
「なっ?」
ゴーレムを中心に広がった真っ黒いドーム上の球体が幾筋もの光の柱を飲み込んだ。秋留の放った真っ赤なレーザーも例外ではない。
その真っ黒い球は一瞬のうちに城を覆い尽くす程の大きさに広がった。
「エーテルクラッシュ?」
秋留は上空の球を見上げながら呟いた。
「エーテルクラッシュ、って何だ?」
カリューが秋留に聞いた。
「簡単に言うと、魔力を無効化するフィールドだよ。本来ならマイナス効果をつけられた相手に対して使うものなんだけど……」
秋留は明らかに動揺している。その間にも、上空の球体は大きくなって来ている。
「城下町から一旦離れるよ!」
秋留は辺りの冒険者にも聞こえるように大声で叫んだ。まるで、空気を伝わって言葉がどこまでも流れているように感じる。
その声を聞いた冒険者達は城壁の外を目指して走り始めた。
俺達が城壁の外に出たのと、城下町全体が黒いフィールドに包まれたのは、ほぼ同時だった。
秋留は隣で魔法を唱え始めた。フィールドから免れた他の魔法使い達も魔法を唱え始めている。当初の予定通り、魔法による遠距離攻撃を仕掛けるためだ。
一方、球体に取り込まれた城下町からも魔法を唱える声が聞こえてきているが、魔法を放出する事が出来ないようだ。
しかも、この黒いフィールド。一度中に入ってしまうと外に出れなくなってしまうようで、球体の中へと助けに入った兵士が外に出られなくなって右往左往している。
さっきまで俺達がいた城門前は一応フィールドの外だから、ミゲルと俺のカリムは何とか無事のようだ。
今のところ、透けて見える球体の中ではモンスターが発生している事はないようだが、この先何が起こるのか不安だ。
暫くすると多くの魔法が遠くに見えるモンスターの大群目掛けて一斉に解き放たれた。
遠くで巨大な火柱や雷が落ちる。誰の耳にも聞こえてきたであろうモンスター達の断末魔と雄たけび。
しかし、城下町からの魔法の遠距離攻撃が無いため、モンスターの数はほとんど減っていないようだ。
「後ろの球体、なんとかならないのか?」
俺は遅れを取らないように、コートの内側から赤い水晶のついたライフルを取り出しながら秋留に聞いた。
「今、魔法唱えながら考えてるから待ってて!」
そう言うと、秋留は両手で持った三日月型の魔力の球がついた杖を天にかざして呪文を唱え始めた。
モンスターの本隊が到着するまでに、この黒い球体を何とかする必要がある。しかし今は着々と近づいてくるモンスターの数を減らすのが先決だ。
俺は近くの岩に銃身を固定して、ライフルに取りつけてある照準を覗いた。遥か彼方に蠢くモンスターの一体一体がはっきりと見える。
俺は後々面倒となりそうな鳥類のモンスターに照準を合わせてトリガを引いた。軽い発射音と共に、照準を通して見える一体の鳥類モンスターが燃え上がり大地に落ちる。まずは一匹!
その間にも回りの魔法使い達は次々と魔法を唱えている。
しかし俺は気づいていた。それらの魔法がモンスターに当たる事が少ない事に。所詮は大群目掛けて発射しているだけという事だろうか。
ただ、秋留の放つ魔法だけは、的確にやっかいそうなモンスターを捕らえている。まさか、まだ五百メートルは離れているモンスターの一体一体が見えているのだろうか。
どれ程のモンスターを打ち落としただろうか。
既に辺りの空には鳥類モンスターが飛び交い始めた。そのモンスター目掛けて、城下町、城壁の外にいる魔法使いや射手が狙いをつける。時折、モンスターを外れた矢が空から降って来ているが大丈夫だろうか。
隣では、カリューがモンスターの大群へ飛び出したくてウズウズしているようだ。モンスターの大群は三百メートル程の距離にまで近づいてきていた。俺の視界に移る水平線全てにモンスターが敷き詰められている。
と、俺は地面が一瞬歪んだような気がした。
「カリュー、俺がネカーぶっ放す場所に行ってくれ!」
俺はライフルを脇に置くと、ネカーを少し離れた大地に向かってネカーをぶっ放す。
何も聞かずにカリューは剣を構えて、その地面目掛けて走り出す。カリューも気づいたのだろう。
「グオオオオン」
地面が突然隆起して、一体のゴーレムが出現した。岩で出来た人型のモンスター。城下町の上空を浮かんで黒いフィールドを維持しているゴーレムとは違い、ただの土色のゴーレムだ。
そのゴーレムが出現したと同時にカリューの剣が唸りを上げる。
ゴーレムは出現と同時に砕け散った。しかし、同時に地面の至る所からゴーレムが出現し始める。
俺は五感を総動員して、出現した瞬間にゴーレムをライフルで破壊していった。
秋留も遠距離攻撃から手近のゴーレムを倒すために魔法を唱え始めている。
その間にも、今まで遠くに見えていたモンスターの群れが近づいてきていた。
今や城下町の中を含めて、色々な場所で戦闘が開始されている。モンスターの叫び声に交ざって、人々の断末魔も聞こえ始めた。
俺もライフルを打つ合間にネカー、ネマーで周りの冒険者の援護をしているが、それが追いつかない程、辺りは鳥類モンスターとゴーレムに囲まれてきている。
俺は周りで出現しているゴーレムを他の戦士系の冒険者達に任せて、ライフルで遠距離攻撃を再開した。まだまだモンスターの数は減らない。俺はライフルのトリガを引いて、次々と大型モンスターを倒していった。
既に火属性と地属性と水属性のライフルは撃ち尽くした。残っているのは、雷属性のライフルだけだ。
俺は最後の一丁の照準を覗いた。
そこには他のモンスターの十倍の大きさがありそうな一匹のトロールが映し出された。顔は左眼と右眼の大きさが違い、鼻は大きく垂れ下がっている。全身をボロい布で覆っているが、布から出ている堅そうな毛は金色に輝いていた。
普通のトロールは人間サイズで緑色の毛並みをしているはず。そうなると、俺が見ているトロールは、上空に浮かんでいるゴーレムと同様という事だろう。
俺は慎重に照準を合わせるとトリガを引いた。
巨大なトロール目掛けて、稲妻の弾丸が飛んで行く。
見事トロールの額を打ち抜いたが、まだその足は止まらないようだ。俺は何発もトロールの身体を打ち抜いたが、足が止まる気配は一向にない。
ライフルのレンズ越しにトロールを観察してみると、異常な速さで傷が回復しているように見える。
「秋留! 巨大なトロールが見えるだろ?」
秋留は呪文を放ちながら無言で頷いた。
「何発もライフルを打ち込んだけど、倒れるどころか立ち止まりもしない!」
「今はモンスター軍との距離が遠すぎて強力な攻撃魔法は届かないの。とりあえず、周りの雑魚から片づけていって」
秋留は早口でそれだけ言うと、再び魔法の詠唱を始めた。モンスターの大群との距離は百メートル程に縮まっている。動きの素早い狼系のモンスター等は既に辺りの冒険者と戦い始めていた。
俺もライフルの照準を覗いてトリガを引き続けた。時折近くにモンスターの気配を感じた時はネカーとネマーをぶっ放す。
「エーテルクラッシュ使える人!」
秋留は突然叫んだ。その声が再び辺りに風に流れるように伝わる。しかし誰からも返事は無いようだ。
エーテルクラッシュ。今、後方に広がっている黒いフィールドがエーテルクラッシュだという事だったが。秋留はどうするつもりだったのだろう。
俺の疑問を察したのか秋留が話し始めた。
「エーテルクラッシュにエーテルクラッシュをぶつけるの! うまく行けば、お互いの魔法を打ち消しあって、このフィールドを吹き飛ばすと思ったんだけど……」
秋留は歯軋りをしながら呟いた。再び呪文の詠唱を始めながら色々と考え始めたようだ。
「どりゃああああ!」
近くでカリューが吠え、三匹のモンスターが真っ二つにされて宙を舞う。
「ふう」
人間離れな事をした後に軽い感じでカリューは息をついた。
「後方で回復魔法の援護をしてくれてるから、思う存分戦えるよ」
カリューは剣についた血を振り払うと、後ろを振り返りながら言った。
確かに後方には、僧侶や神官達が戦う冒険者達のために回復呪文を唱え続けてくれているが、中にはネクロマンサーも混じって回復呪文らしきものを唱えているようで安心は出来ない。
再びカリューは大地を蹴って近くのモンスターの首を跳ね飛ばすと、宙で一回転してそのままゴーレムの身体を縦に切り裂いた。相変わらず人間離れをした戦い方をしている。
俺は気を取り直すと打ち終わってしまったライフルを投げ捨て、ネカーとネマーに持ち替えた。近くにいたモンスターの頭を片っ端から打ち砕いていく。やはり長年連れ添った相棒は手に馴染む。
暫くしてネカーとネマーを打ち切った俺は、硬貨の補充をするために城門の前まで戻った。俺の木箱の守りをしていた兵士の周りに、モンスターの群れが出来ていた。兵士は俺の姿に気づくと大声で俺を呼んだ。と同時に、モンスターの視線が俺に移る。
「ちっ!」
俺は舌打ちをすると、自分の硬貨をコートの内側から素早く取り出し、ネカーとネマーに補充した。
目の前まで大口を開けて飛び込んできていた狼系モンスターの口内目掛けてトリガを引く。モンスターの身体は五メートル程吹き飛んで城門に激突した。
その光景を目の当たりにしたモンスター数匹が俺の向かって飛び掛って来たが、問題なく全て打ち落とした。
「ブレイブさん、助かりました」
確かミゲルと呼ばれていた兵士は、涙目になって頭を下げている。
俺は木箱の中の硬貨をコートの内側に取りつけていた大き目の袋に、口一杯まで詰め終えると、ミゲルを無視して再び秋留の隣へと舞い戻った。
「荒れ狂う空を縦横無尽に闊歩する雷帝ヴォルトよ。汝の力を大地の民に知らしめ、全ての者に滅びの恐怖を……」
俺が戻ると丁度秋留が目前に迫ったモンスターの群れ目掛けて呪文を唱えていた。上空には晴れ間にポツンと真っ黒な雲が出現している。
「スプラッシュサンダー!」
秋留の叫びと共に上空の雨雲から幾筋もの雷がモンスターの群れ目掛けて飛来した。雷を受けたモンスターは一瞬で消し炭と化す。
周りにいた魔法使い達も遠距離魔法から中距離魔法へと切り替えたらしく、先程からの攻撃とは異なった魔法が辺りを行き交っている。
しかし、そろそろモンスターの群れとの距離も無くなる。そうなると乱戦となり、味方も巻き込んでしまうような巨大な魔法は使えなくなってしまうだろう。長年コンビを組んでいる様なパーティーなら連携も出来るのだろうが……。
俺もネカーとネマーで近くのモンスターを倒し始めた。中には全く見た事も無い様なモンスターもいる。
辺りはモンスターの死体で地面が見えない程になってきた。冒険者の中には死体となったモンスターを操っている器用なネクロマンサーもいるようだ。
たいした時間も経たない内に乱戦となってしまった。長距離攻撃でどれ程のモンスターを倒せたのだろう。モンスターの上げる土煙で後どれ位の数が残っているのか把握出来ない。
俺がネカーとネマーを打ちまくっていた時、上空の空気が動いたのを感じ、咄嗟に後方に回転した。隣にいた秋留も華麗に宙を舞い大地へと降りる。しかし、逃げそびれた近くの冒険者の何人かの身体が吹き飛んだ。
「また会ったな、冒険者!」
空から舞い降りたのは全身金色をした鳥人だった。前に城下町で俺を襲って来た鳥人だ。
「あの時は名乗らなくて悪かったな。我が名はビュール。誇り高きバルバロス様の五金獣の内の一人だ!」
ビュールと名乗った鳥人は、右手に持った黄金のレイピアを俺にかざしている。俺は問答無用でネカーとネマーをぶっ放した。その攻撃が突然地面から生えた金色の腕によって遮られる。
「ヒキョウナ、ヤツダ」
地面から出現した金色のゴーレムが喋った。俺は咄嗟にエーテルクラッシュの球体がある上空を振り向いた。そこには金色のゴーレムの姿は無かった。
「クロイノ、ナヲナノレ」
金色のゴーレムは俺を指差しながら言った。黒いの、とは俺の事らしい。
「盗賊ブレイブだ」
俺は挨拶と同時に、鳥人の前に立ちはだかったゴーレムにネカーとネマーをぶっ放した。しかし小さな破片が舞うだけで、ゴーレムの身体を砕く事が出来ない。
俺の紳士的な態度に敬意を表すためか、ゴーレムは金色の腕を俺に繰り出してきた。
動きの遅い攻撃を予想していたが、ゴーレムの動きが速い。俺は回避が間に合わない事を悟り、ネカーとネマーを防御のために胸の前で交差させた。
「死を悟った嵐の猛攻は、仇名す者を滅ぼす爆風となる! ウィンド・ボム!」
秋留が咄嗟に唱えた魔法が、俺の目前まで迫っていたゴーレムの身体を吹き飛ばした。同時に俺はゴーレムの影に隠れていた鳥人に、ネカーとネマーを放つ。しかし、いつの間に唱えていたのか、鳥人の周りに張り巡らされた風の結界が硬貨を弾き飛ばした。
「ブレイブか。中々卑怯な奴みたいだな」
ビュールと名乗った鳥人はレイピアを鞘に収め、腕を組みながら俺を睨んでいる。騎士ではない俺は、正々堂々などという戯言は嫌いだ。
「そっちのお嬢ちゃんも中々卑怯みたっっっぐ」
ビュールが喋り終わるよりも早く、秋留の唱えた炎の魔法がビュールを風の結界ごと吹き飛ばした。しかしダメージは受けていないようだ。
「幻想士の秋留だよ、よろしくね」
「オレノナハ、ボローム」
金色ゴーレムの方も秋留の魔法でのダメージは受けていないようだ。平然と立ち上がり何事も無かったかのように話している。
ビュールとボローム、秋留と俺とで五メートル程間をあけて向き合う形になった。俺達の愛のパワーを見せつける良い機会だ。
しかし、生半可な攻撃では傷もつけられそうにはない。
暫く睨みあう両者。その間も周りでは他の冒険者達が多くのモンスターと死闘を繰り広げていた。時折り近づいてくるモンスターは俺のネカーとネマーで瞬殺している。
「全てを吹き飛ばすシルフの咆哮! ブリーズインパクト!」
沈黙を破ったのは、ビュールの唱えた呪文だった。俺と秋留の間を通り抜ける軌道で飛んできた風の攻撃をお互い左右にジャンプしてかわす。
俺の方へボロームが素早く近づいてきた。金色の巨大な拳を後方にジャンプしながら避ける。避けながらボロームの顔についた二つの小さな穴、恐らく眼と思われる物に向かってネカーとネマーを同時にぶっ放した。
金属に弾かれる音と共にあっさり硬貨は弾かれた。一体奴の身体の構造はどうなっているのだろう。俺の攻撃に全く怯まないボロームは、連続で左右の拳を繰り出してきた。それを一つ一つ慎重に避けながら、ボロームの全身に硬貨を打ち込んだが、全くダメージを与える事は出来い。
「ヨケルダケカ!」
ボロームの台詞と共にボロームの足に力が入った。力を入れた地面にヒビが入る。
蹴りが来る事を予想した俺は、俺の身長の二倍程あるボロームの足の間を潜って背中側へ回った。ボロームの蹴りが空気を切り裂いて宙を流れる。
空振りした事により体勢を崩したボロームの軸足にネカーとネマーを打ち込んだ。更に体勢を崩したボロームが俺の方に倒れて来る。
倒れてくる事も予想していた俺は、その場所を避ける時にボロームが倒れるであろう位置に小型の火薬瓶を設置した。
小さな爆発が起こりボロームの身体が浮いた。
乱戦時に使うよう火薬の量を調節して作った火薬瓶だ。周りに被害を出ない程度にしている。それでもダメージは与えられただろうか。
しかし次の瞬間、土煙の中から繰り出されたボロームの右腕をまともに腹に喰らってしまった。口の中に血の味が広がる。
俺は空中で一回転して地面に着地すると、ボロームがいると思われる土煙の中に向かってネカーとネマーを発射した。再び硬貨が弾かれる音がして、土煙からボロームの全身が勢い良く飛び出してくる。
照準を再びボロームの眼に合わせて連続でトリガを引いた。今度はダメージ目的ではなく、視界を遮るために。
俺の予想通りボロームの攻撃は俺の脇をかすめた。通り過ぎたボロームの背中を確認すると、火薬の効果だろう。常人には見逃してしまうほどの小さなヒビが入っている。俺はそのヒビ目掛けてネカーを打ち込んだ。
「グオッ」
ボロームの口から初めて苦痛の声が漏れる。俺を狙っていたボロームの拳が勢い良く地面を打った。何か嫌な予感がした俺は、その場から上空に飛んだ。
爆音と共に辺りの地面から無数に生える岩の拳。その無数の攻撃は、辺りで戦闘していた冒険者や他のモンスターを吹き飛ばした。
近くで戦っていた秋留とビュールは地面から生えた拳の攻撃を咄嗟にかわしたようだ。
どうやら、城の近くに突然出現したゴーレムは、このボロームが生み出したものらしい。無数に生えた岩の拳は、その巨大な全身を地上に現した。
無数の岩ゴーレムが一斉に俺の方を振り向く。俺はネカーとネマーを連射して、次々に岩ゴーレムの頭を砕いていった。しかし量が多い。
左方から繰り出された岩ゴーレムの攻撃を上体を反らしてかわし、正面から攻撃してきた岩ゴーレムの頭をすれ違い様に打ち砕いた。
避けながら攻撃をするという動作を繰り返していた時、突然、右にいた岩ゴーレムの身体が砕け散り、俺の方へ無数の岩の破片が飛んできた。
ネカーとネマーの連射で岩をほとんど打ち落としたが、いくつかが俺の身体に命中する。
そして、体勢が崩れた隙にボロームが再び攻撃を繰り出してきた。ボロームの風を切り裂く左腕の攻撃が、俺の右肩をかすめる。
若干の痛みを伴ったが俺はそのままボロームの後方へ回り、背中の小さな亀裂に向かってネカーとネマーを連射した。
再び上がるボロームの絶叫。ボロームが振り向き様に繰り出した右拳は、近くにいた猿型のモンスターを殴り飛ばした。
依然として俺目掛けてゴーレムが次から次へと攻撃を繰り出してくる。
俺はボロームの攻撃を避けつつ、ボロームの背中へと攻撃を繰り返し続けた。ボロームの背中の傷は明らかに広がってきている。
と、その時、風の結界をまとったビュールがボロームに激突した。秋留が魔法で吹き飛ばしたらしい。
「死を悟った嵐の猛攻は、仇名す者を滅ぼす爆風となる……」
秋留が俺の隣に走りこみながら魔法を唱えた。
その詠唱を聞いたボロームがビュールの前へと出て、対抗呪文を唱え始める。
「エーテルクラッシュ!」
ボロームの詠唱と共に目の前に真っ黒な球体が出現した。その球体を確認したと同時に秋留がボロームとビュール目掛けて走り始めた。
「ブレイブ! 援護して!」
秋留が呪文の詠唱の途中で俺に叫んだ。という事は先程唱えた詠唱が無駄になったという事か。
俺はあまり深い事は考えずに、ネカーとネマーをビュールとボロームに乱射した。同時に俺もビュールとボローム目指して走り始める。走ってる途中もネカーとネマーを乱射し続けた。
ビュールが警戒してか秋留に向かってレイピアを振り上げる。
俺は飛竜のコートの内ポケットから真っ白い毛糸の玉を取り出すと、ビュールのかざしたレイピアに向かって投げつけた。
「な、なんだ!」
レイピアに当たって開いた白い毛糸の玉『縛りの糸』がビュールをつつむ風の結界に取り込まれていく。
ビュールの風の結界は堅い物質などは弾き飛ばすが、蜘蛛の糸のような軽い物は巻き込んでしまう事を前回の戦いで見抜いていた。
視界が悪くなったビュールは咄嗟に風の結界の魔法を解いた。障害物のなくなったビュールの身体へと周囲を舞っていた縛りの糸が降り注ぐ。
身動きの取れなくなったビュールは地面へと舞い降りた。その間も俺はボロームの眼に向かってネカーとネマーを乱射して視界を遮り続けていた。
「水の精霊、美しき精霊ウンディーネよ。汝が使いし全てを写す優しき鏡を我に与えたまえ……」
ボロームの目の前まで行った秋留が呪文を唱え始めた。ボロームに背を向けて。秋留の目の前には、先程ボロームが出現させたエーテルクラッシュの球体が浮いている。
「ナニヲスルツモリダ!」
ボロームが俺からの攻撃を右腕で防ぎながら左腕を振りかぶる。俺はボロームの後ろに回り込み再び背中の傷に向かってネカーとネマーを乱射した。
「ミラーオブアクア!」
「グオオオッ!」
ボロームが叫んだのと秋留が魔法を唱えたのは同時だった。秋留のかざした両手の眼の前に水で出来た鏡が出現する。
秋留がその鏡をエーテルクラッシュにぶつけた。
辺りを閃光が包み、エーテルクラッシュは凄い勢いで飛んでいく。城下町全体を覆う巨大なエーテルクラッシュへと。秋留は、相手の魔法を跳ね返す様な魔法を唱えたようだ。
巨大な風船を小さな針で破裂させるように、二つのエーテルクラッシュは突風と共に消え去った。辺りに転がっていたモンスターや人の亡骸も突風と共に崩れ去る。
「火炎の王を守りしサラマンダーよ。炎の槍となり我が意に従え! フレイム・スピア!」
秋留の唱えた魔法は身動きの取れなくなったビュールへと。俺の放ったネマーとネカーの効果は辺りのモンスターを巻き添えにして暴れ狂うボロームの背中へと飛んでいく。
「ぬがあああ!」
「ブオオオオム!」
ビュールは炎の槍が身体へ突き刺さり全身が燃え始めた。ボロームは背中の小さな傷が全身へと行き渡り崩れていく。
五金獣と名乗っていたビュールとボロームを倒した。
しかし安心は出来ない。
既に辺りに無傷の冒険者はいないからだ。まともに立っているのは数人だった。いつしか、後方で回復魔法の援護をしていた僧侶達も力尽きている。
少し離れた所でカリューが死体の山を築いているのを除いて、まだまだ人間側が不利なのは変わらない。
そして、俺達の目の前には、遠距離攻撃で不死身の回復力を見せた巨大なトロールが立ちはだかっていた。
「ふぅ……、さて、あのデカイのはどうする?」
「巨人には巨人を……」
秋留はそう呟いて、眼を瞑り呪文を詠唱し始めた。
「岩山の巨人ジャイアントロックよ……」
その間に俺は秋留の傍でネカーとネマーを構え、俺達に襲いかかるモンスターを確実に仕留めていく。
俺の視界の端で、カリューが金色のオークと対峙しているのが見える。ホープキング山で出会った、ゴールドオークの様だ。
「我の前にその力を示せ、ジャイアント・アーム!」
俺が援護をしている後ろで秋留が呪文を唱えた。目の前の空間が歪み、勢い良く巨大な岩で出来た腕が飛び出す。
その巨大な岩の腕を、またしても巨大なトロールの腕が向かえ打つ。
気持ちの悪い音と共に、弾け飛んだのはトロールの金色の腕だった。その見るからに痛そうなダメージでもトロールは何事も無かったかのように、残った左腕を秋留目掛けて振り下ろす。その激しい攻撃を秋留は宙を舞う羽毛の様に華麗に避けた。
秋留は宙を舞いながら再び呪文の詠唱を始める。俺は秋留の傍に駆け寄り、辺りから襲ってくるモンスターを打ち落としていった。
秋留がトロールに呪文を放ちつつ、俺がネカーとネマーで辺りにモンスターの死体の山を築いていく。
いつしか俺と秋留、そして少し離れたカリューの周りの地面は、モンスターの死骸で埋め尽くされていた。
「うおおおお!」
カリューの持つ鋼鉄の剣がゴールドオークの持つ三叉の槍と交錯する。
「甘いわぁ!」
ゴールドオークは叫び、両手で持った槍を捻ると、三叉に挟まったカリューの剣が真っ二つに折れた。
舌打ちをすると、武器を失ったカリューは後方に飛び迫り来る槍の攻撃をかわす。
「氷の精霊セルシウスよ。氷の契りに従い、全てを撃つ弾丸となれ……。フリーズバレット!」
槍を繰り出しながらゴールドオークは呪文を詠唱した。ゴールドオークの目の前に無数の氷の弾丸が生まれる。
俺は咄嗟にネカーとネマーの照準をその氷の弾丸に向かって合わせた。
巨大トロールの口から紫色の液体が俺目掛けて飛んでくる。その攻撃を素早く転がってかわしたが、転がった先にいた蜥蜴型のモンスターの尻尾の攻撃を左眼に喰らってしまった。
片目でネカーの照準を蜥蜴モンスターの脳天に合わせてトリガを引いた。やはり片目では照準が合わないようで、蜥蜴モンスターの腹が吹き飛んだ。
俺は左手を左眼に当て応急処置をしながら、右手のネマーで秋留とカリューの援護を続けた。ちなみにカリューは、氷の弾丸を落ちていた剣で全て叩き落とし、引き続きゴールドオークと戦っている。
「はぁ、はぁ……」
隣の秋留は肩で息をしている。目の前のトロールは身体中欠損しているが、みるみる内に足りない部分を補っているようだ。
「秋留、大丈夫か?」
俺は秋留の援護をしながら聞いた。
「あ、後少しだから……」
そう言うと、秋留は再び呪文を唱え始めようとした。と、横から蜥蜴型のモンスターが秋留に飛び掛ったきた。
「はぁっ!」
モンスターの腹に秋留が素早くレイピアを突き刺した。人間の頭大程のモンスターがレイピアに指されて小さく爆発した。やはりあのレイピアは普通の武器ではなかったようだ。
「ふぅ……本当なら木っ端微塵にするつもりだったんだけどね」
秋留が額の汗を拭って言ってきた。秋留の魔力もそろそろ限界だろう。俺はコートの内側から、とっておきの一品を取り出して秋留に手渡した。
「こ、これは?」
肩で息をしながら、秋留は聞いた。
「魔力の実だ。食べれば魔力が回復する事間違い無しだよ」
俺は既に回復した左眼から手を離し、両手でネカーとネマーを操りながら秋留に言った。
「これが魔力の実? 初めて見るよ」
トロールの攻撃を器用にかわしながら、秋留は言った。
魔力の実とはその名の通り、魔力を回復する事の出来るアイテムの一つだ。希少価値が高く、まず市場には出回っていない高級品だ。
魔法の使えない俺が、どうしてそんなものを持っているのかは企業秘密だ。
秋留は軽く頷くと、ドングリ大程の実を口に放り込み噛み砕いた。
秋留の身体の内側から暖かな白い光が漏れ出す。
「助かったよ、ブレイブ!」
秋留の顔に生気がみなぎっているのが分かる。秋留は力強く魔法の詠唱を始めた。
「ウンディーネの怒りは全てを飲み込む反流となる……」
魔法を唱えるには、魔力の篭った言葉を発する必要がある。
俺も長い間冒険者をしていてその程度の知識は身につけている。
トロールが秋留目掛けて、回復させた右腕を振り上げた。腕を吹き飛ばしただけでは止まらない! 俺はそう判断し、ネカーとネマーに火薬を挟んだ硬貨を入れた。打ち尽くすまで連続で巨大トロールの左足を狙う。
巨大な爆音と共にトロールの左足が木っ端微塵に吹き飛んだ。足を失い体勢を崩したトロールだったが、その拳は尚も秋留に向かって振り下ろされる。
「流水の力を我が手に宿し怒りを静める剣となれ……」
秋留の呪文の詠唱はまだ終わっていない。この後に魔法を放出するための言葉を発する必要がある。
魔法の威力を上げるためには、魔法を放出した時のイメージも行わなくてはいけない。秋留は今まさにイメージを強めている段階に違いない。
このままでは間に合わない。トロールの右足を狙おうにも、火薬の弾丸を撃ち尽くしてしまい、硬貨を詰め替えている時間がない!
俺は意を決して秋留の前へと移動した。秋留の事は俺が守る。
その時、トロールの右足が斜めにずれた。鋭い斬撃だった。両足を失ったトロールが天を仰ぐ。
「危なかったな。ブレイブ、秋留」
傷だらけになりながら、カリューが俺達の前に現れた。ゴールドオークと戦っていた場所を振り返ると、そこには金色の毛並みを真っ赤に染めた首の無いオークの死体が転がっていた。
秋留が力強く頷き、呪文詠唱最後の言葉を発する。
「フラッドブレード!」
秋留の唱えた呪文と共に、秋留の右手から透き通った刃が生まれた。その鋭い刃が一直線にトロールの醜い身体へと突き進む。
崩れかけた両腕を身体の前でクロスさせて、トロールは防御体勢を取った。
しかし、水で出来た鋭利な刃物は、そこに何も無いかの様にトロールの身体を通り過ぎて、やがて自然に消滅した。
目の前の両足を失ったトロールは暫く動かなかったが、やがて肉を切り裂く音と共に、左右に切り裂かれていった。
真っ二つになったトロールの身体は白い湯気を発しながら再生を繰り返そうとした。
「おい、秋留、大丈夫なのか?」
俺は両手でネカーとネマーを構えながら秋留に聞いた。
「もう、目の前のトロールから、生命力が感じられない」
秋留が大きく息を吐き出しながら言った。俺は目の前のトロールの左半身を眺めた。もうもうと上がっていた湯気が収まって行く。
「このトロールは強大な生命力で傷や欠損箇所を補っていたに過ぎないの」
「無限に回復する身体とは別に、体力は無限じゃなかったって事だな」
辺りにまだ残っているモンスターを切り倒しながらカリューが言った。俺もネカーとネマーで生き残った雑魚共を葬っていく。
「無限じゃないけど、強大な体力を削るのは大変だったけどね」
大きく深呼吸しながら、秋留が言った。
こうして見回すと、襲ってくるモンスターもほとんどいなくなった。指揮官を失った兵隊の様に逃げ去っていくモンスターの姿も見える。
「とりあえず私はまだ助かりそうな負傷者の回復をするから、ブレイブとカリューは襲ってくるモンスターの撃退お願いね」
秋留はマントを翻しながら言うと、近くに倒れている冒険者の元に行って、脈を確認すると回復呪文を唱え始めた。
一方、俺とカリューはそれぞれの武器を構えなおして、襲ってくるモンスターを倒しに行った。